ラスボス系少女愛歌ちゃんが征くFate/EXTRA(仮)   作:暁刀魚

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32.愛が二人に訪れるなら

「ッッッッッ――――」

 

 声は、漏らさなかった。

 強烈な痛みが彼女を襲うことだろう。

 データとはいえ、腕をまるごと持って行かれたのだ。

 それでもなお、こちらを見ているその瞳は、ぞっとするほど強烈だ。

 

 愛歌はまだ、揺らいでいない。

 

 みれば、愛歌の右肩がまるごと、ゴミクズとして呑まれ、掻き消えている。

 つかめたのはそこまでだった。

 それでも、無残な愛歌の姿は、ある種の悲壮すら感じさせる。

 

 それでも――まだ愛歌が墜ちていないのならば、ここで確実に仕留めなくてはならない。

 

 リップは即座に愛歌を握りつぶした手を構えた。

 弓のように引き絞り、彼女の元へと殺到する――――はずだった。

 

 

 直後に、今度はリップの手が痛みに飲み込まれた。

 

 

「…………え?」

 

 理解が及ばない。

 痛みも、現実も、そして何より痛みのわけも、全てがリップの思考に理解を与えなかった。

 

 ただ、手が動かなくなっていることだけを自覚する。

 同時――視界の先の愛歌の右手。

 その周囲を渦巻くように魔力が胎動し、形を伴っていくのが分かる。

 

 目を見開いて、驚愕で持って受け入れた。

 ――――腕が、再生した。

 壊れた花瓶が元の形に戻るかのように、黒い何かが張り付いて、元の腕に成り代わる。

 

「……な、なん、で」

 

「何で、と言われてもね。この体は所詮アバター、魔力さえあれば再構築は容易だわ」

 

 軽く手を揺さぶって、調子を確かめる愛歌に、手を抑えたまま動けないリップ。

 確かにそれに対する問いもあったが、そうではない。

 

 一体今、自分の身には何が起こっているのだ?

 

 見れば自分の腕は黒いノイズ飲み込まれている。

 存在を保てずに、消滅した時のそれと同じだ。

 違うとすればその侵食が自分の手だけに抑えられているという点。

 

「流石に、宝具と同化しているだけあって、貴方全体を侵すことはできなかったみたいね」

 

「それは……どういう」

 

「あら、簡単なことよ」

 

 言いながら、愛歌はリップによって飲み込まれた手のひらに紫の造花を出現させる。

 愛歌のメインウェポン、悪徳に満ちた毒の花。

 まさか、と絶句する。

 

 飲み込んだがために、触れたのか――あの毒に。

 手のひらの毒《バグ》の発動条件は、毒が対象に触れること。

 つまり、トラッシュ&クラッシュで破裂させた愛歌の右手の中に混じっていた毒が、ウィルスとしてリップの手を侵食したのか。

 

「それを……狙ってやったんですか、愛歌さんは」

 

「そうね。あまりやりたい選択肢ではなかったけれど、これが一番確実だもの」

 

 ――――してやられた。

 愛歌は完全に計算ずくだったのだ。

 この状況も、こうして自分の手が破壊されることも。

 

 見込みが甘かった、などというレベルではない。

 完全に思い違いをしていた。

 愛歌は、パッションリップという単なる一AIが、知略で挑んでいい相手ではなかったのだ。

 

 根源接続者――などと、彼女のことを誰かが呼ぶが、とんでもない。

 彼女は“その程度”で済まされる器では決して無い。

 

「あ、あ、あ、そそそ――」

 

 そこに、先ほどから硬直していた少女の声。

 セイバーだ、彼女もまた、状況の変化についていけていなかった。

 

 あまりに衝撃的な状況だったのだ。

 愛歌を心底から信頼するセイバーからしてみれば、あれは心臓に悪いというレベルではない。

 

「――奏者ぁ! 何をしているのだ! 無茶をするでない、するでないぞ!」

 

「今更言っても遅いわ、セイバー」

 

 嘆息と共に、愛歌はセイバーのそばに転移する。

 こちらを油断なく見据えたまま。

 

「ぐぅ……しかしアレだ、奏者ならば問題ないという自分と、奏者でもと危惧する自分、このせめぎあいがなんとも……」

 

「言っていないで気張りなさい」

 

 ――言葉の矛先が、そこでリップへ向けられた。

 

「さぁ、もう決着でしょう? ――――来なさい、全部叩き潰してあげる」

 

 …………あぁ、まったく。

 

 この人は、何でも見抜いてしまうのだ。

 既に決着は近いということはもとより、次の一撃でパッションリップが決めに来ているということを。

 しっかりと、理解している。

 

「……貴方は、愛歌さんは――強い、ですね。何だか、それに憧れちゃいそう、です」

 

「そうかしら。誰かに恐れられていることは知っているけれど、だからと言って強いかはまた別の話しだわ」

 

「脅威としての、話しじゃ、ないです。心が、その精神が、強くて、頑丈なんだって、思うんです」

 

 それこそよくわからない、と愛歌は首を傾げる。

 可愛らしくも、けれども彼女の強さは、揺るがない。

 

「……しかしな、パッションリップよ」

 

 そこに、セイバーの声が掛かる。

 不思議な存在、愛歌のそばにいて、彼女は今も揺るがないように見える。

 興味はない、自分にとっては関係のない、むしろ邪魔な存在だ。

 

 それでもリップは、セイバーの在り方には素直に関心せざるを得ないのである。

 

「まだ貴様には解らないだろうが、それが“正しい”とは限らないのだ。奏者とて、自覚はなかろうが感じていることだろうさ」

 

「……どういうこと?」

 

「今は気にせずとも良い、ということだ」

 

 愛歌の強さが、正しいとは限らない……?

 こんなにも彼女は気高く、強く、愛らしいというのに?

 

 ならばそれで良いではないか、彼女の在り方が揺らぐという方が、よっぽど正しくないだろう。

 

「――解りません。解りません、解りません、解りません。貴方が何を言っているのか、全然解りません」

 

「……そうか」

 

「だから――――これで、死んでください。受け止めてください、私の全てを。貴方が、貴方達が――!」

 

 

 ――――死がふたりを分かつまで《ブリュンヒルデ・ロマンシア》。

 

 

 死の舞踊。

 破滅へと誘うリップの宝具、最後の切り札。

 

 だが、その前にまずすることがある。

 

 ――リップの手が、自分が移るレリーフへと向けられた。

 

「……何?」

 

 セイバーが眼を細め、愛歌が同時に訝しむ。

 彼女の視線の先には自分自身がいる。

 

 ――“まさか”。

 

 セイバーと、愛歌が思うよりも早く。

 

 

 ――――パッションリップは、己のレリーフに向けて、トラッシュ&クラッシュを起動させる。

 

 

「ま、」

 

 待て、と呼びかける暇すらなかった。

 何をしていると、問いただすことは叶わなかった。

 

 すぐに理解できたのだ。

 パッションリップが自身のスキルを発動させたのは、“愛歌によって毒された方の手”である。

 

 つまり、

 

「――――不完全な状態でスキルを起動させたのか!」

 

 セイバーが吠える。

 そう、そういうことだ。

 

 通常であれば、リップは自分に対してこの超圧縮は使えない。

 それは言ってしまえば自滅と同じ。

 しかし、その機能に障害があれば?

 完全な状態で発動できなければ、どうなる?

 

 答えは簡単、不完全な状態で、その効果は発揮される。

 

 

 ――直後、この決戦場が、ひび割れ地を揺るがし始める。

 

 

 それはもはや立っていることも敵わない衝撃であった。

 セイバーの身体が釘付けにされる。

 ――壊しきれなかったのだ、不完全な機能故に、パッションリップは自身を破壊しながらも破壊し尽くせなかった。

 

 それを考慮の上で、リップはあえて自爆したのだ。

 そう、本来であれば自滅に終わる行動も、現在であれな捨て身の戦術だ。

 

「これなら、私は、まだ、死にません」

 

 それがわかった上で、リップは愛歌によって破壊された爪を逆手にとった。

 これではもう、セイバーはろくに身動きがとれない。

 袋のネズミ、完全に窮地へと追い詰められているのであった。

 

 ――状況が、終幕へと導かれつつあった。

 パッションリップは己を危険に晒しながらも、絶対的にセイバーに対して有利な状況を築きあげる。

 

 これでは、愛歌はリップに攻撃できない。

 リップが読み取ったことは、完全ではなかったものの全てが真実だ。

 セイバー抜きで、愛歌がリップに鑑賞することは不可能だ。

 そうでなくとも危険が多すぎる。

 

「――私は、きっと愛を知りません。でも、それを知るために、私は生まれてきたんだって、思います」

 

 天井を見上げ、崩れ落ちる煤が、リップの頬に張り付いて、そのままどこかへ吹き飛んでいく。

 宛らそれは無機物の涙。

 揺らめく地に身をおく彼女は、どこか絵画のようにすら思えた。

 

「それが間違っているのなら、受け止めてください。正しいと思うのなら、壊されてください。私の生き方は、きっとこの瞬間、この大切な時間の中で決まるんだって、そう思いますから」

 

 ゆっくりと、一歩後方へ足を下げて爪を構える。

 射出する構え、宝具として、宝剣として爪をふるう。

 

 目標はセイバー、今の彼女は動けない。

 周囲に視線を向けて、なんとか身体を動かそうとするが、できていない。

 その悲痛な表情が、今にも叫びだしそうなその唇が、リップにははっきりと見て取れた。

 

 狙いはあくまでセイバーだ。

 彼女はリップの恋には何ら関係のない存在。

 それでも、“彼女に攻撃”することで、最良を引き出すことが出来るなら。

 

 

「――――死んで、ください!」

 

 

 宣告。

 同時、猛烈な勢いで爪が飛び出し。

 

 ――セイバーの姿が掻き消えた。

 

「愛だとか、恋だとか」

 

 現れるのは、沙条愛歌だ。

 やっぱり彼女は、リップの前に来てくれた。

 空間転移でセイバーと入れ替わり、決着のために赴いたのである。

 

 そう、リップはこれをまっていた。

 

「そんなこと私に分かるわけ無いじゃない。する暇も、しようと思ったこともないのだもの」

 

 時間はほとんど永久のように感じられた。

 無限の中に身をおいて、はっきりと愛歌の声だけがリップに届く。

 

 

「でもね――――憧れる気持ちなら、なんとなく分かるわ。だって今の貴方、恋する貴方は、とっても可愛いんですもの」

 

 

 それは、きっとリップが求めていた言葉。

 今度は裏切られなかった。

 否、受け入れられることを、リップが了解できたのだ。

 

 それが、本来の自分であれば考えられないくらい、優しく確かな感情であることには、まだ気がつかない。

 

 そして迫る終幕の時。

 死に包まれた宝剣は、パッションリップの恋心は、

 

 

 ――――それを、沙条愛歌は紙一重で回避する。

 

 

 否、最初から彼女はリップの爪の軌道には居なかった。

 元から逸れていたのだ。

 

 リップと愛歌は、直線上にはいなかった。

 別に、それならそれで構わない。

 そうだというのなら、無理やり愛歌の元へ駆けつけるだけ――

 

 だから、これで終わりだ。

 

 何もかも。

 

 毒にまみれた自身の手を、崩れ落ちる戦場の爪痕に引っ掛ける。

 痛む身体――元から、あのレリーフを破壊した時からそうだったが、それが更にじくじくと痛む。

 

 知った事か。

 

 そんなことは関係ない、そんなことはどうでもいい。

 リップには、リップだけの譲れない思いというものがある。

 

 それを確かに露わにするために、ここだけは、絶対に、退けない。

 

「受け取って、ください……!」

 

 言葉とともに、放たれるはリップという弾丸。

 足ではその場から動けない。

 愛歌へ迫るなどもってのほか。

 そも、ただ近づいていては転移によって逃げられてしまう。

 

 それでは駄目だ、ならばどうする?

 

 答えは最初から決まっていた。

 自身の力を、そのまま速度に変えるのだ。

 

 

 故の、射出、パッションリップが掻き消えたと思った時には、愛歌の目の前に彼女は出現している――!

 

 

 あぁ、これで終わりだ。

 何もかも。

 

 愛歌はこれを躱せない。

 かわそうなどという思考を、持たせるよりも速かった。

 駆け抜けて、駆けつけて、故にリップはここにいる。

 

 飛び出した直後に態勢を変えて、愛歌に潰された方の手を縦にするように直進する。

 リップの手、自身を守る剣を、愛するものに突き立てるのだ。

 

 ――――最後の瞬間、なぜだかリップは愛歌の顔を見た気がした。

 

 リップは愛歌に目を向ける余裕はないし、そも愛歌の方を見ても居ない。

 果たして、幻覚か何かだっただろうか。

 

 それでも、

 

 それは、

 

 なんだか、

 

 幸せに満ちた顔をしていて。

 

 

 ――――――――直後、着弾。

 

 

 かくして、長きに渡ったパッションリップとの死闘は、終結する。


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