ラスボス系少女愛歌ちゃんが征くFate/EXTRA(仮)   作:暁刀魚

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34.そして訪れる運命の――

 既に愛歌がパッションリップのレリーフに潜り、大分時間が経過していた。

 こうなってしまえば、生徒会メンバーは愛歌とリップの戦いに何も関与することができない。

 とはいえ、愛歌が負けることがあり得るか、と言われれば、ありえないだろうと誰もが答える程度には、愛歌は信用されているのだ。

 

 そういうこともあって、現在のメンバーは手持ち無沙汰である。

 もしもこの後愛歌が帰還した際に問題が発生した場合、ソレに対処しなくてはならない以上、解散とすることはできない。

 もちろん、そうやって何かを放り出すような面子でもないのだから尚更だ。

 

 よってか、彼らは現在雑談に興じていた。

 完全に意味のない会話を交わすというほどではなく、かと言って今後を見据えた作戦会議でもない。

 この場に愛歌がいない、だから彼女のことについて考えよう、と、これはそういう趣旨だった。

 

 これまでも何度かこういう機会はあったためか、現在の話題は最新のモノ。

 つまり、パッションリップに対してとった愛歌の行動に関するものだった。

 

 アレは通信越しでも度肝を抜かれたし、今でも少しだけ信じられないくらいだ。

 けれども間違いなくリップを愛歌は籠絡し、しかもその心の迷いを取り去らってしまった。

 

 信じられないといえば信じられないこと。

 彼女はアルターエゴ、本質的に人間とは相容れない存在なのだ。

 特に彼女の場合は、“被虐体質”という、誰かと係る上ではハンデ極まりない枷もある。

 

「たしかに、そういうのはあの娘らしいっちゃらしいわよ。でもなんて言ったらいいのかしら……」

 

「何か違和感がある、と……そうミストオサカはおっしゃりたいのですか?」

 

 ラニの確認に、そうそれ、と凛は同意する。

 

「それでしたらボクも、らしくはない、と感じましたね。いえ、何処が、といえば困まってしまいますが……」

 

 レオがそれに同意する。

 ――そこで、会話が一度途切れた。

 桜と、そして騎士王は何かを思案げだ。

 おそらくは違和感に対して、自分なりの答えをつけようとしているのだろう。

 

「セイバーさんなら……あの人なら、何か解るかもしれませんね」

 

 結局、生徒会メンバー達が行き着いた結論はそこだった。

 赤きセイバー、表の聖杯戦争より愛歌とともにあったサーヴァント。

 彼女は確か愛歌のSG――それも一番重要な三番目のそれを知っているという。

 

 もしもそれが正しいのなら、セイバーならば……

 

 とはいえ、それを聞くタイミングは、残念ながら見つけられていないのだが。

 

 と、そこに。

 

 

 ――コン、コン、と、打ち鳴らすものの力が強いのか、甲高くはあるが鈍いノックの音が何度か響く。

 

 

「……どうぞ」

 

 急な往来に、レオは少しだけ驚きながらもそう促す。

 このようなタイミングで一体誰が――?

 

「――――うむ、失礼する」

 

 そこに現れたのは、意外な顔といえば意外な顔。

 ちゃんぽん系宗教家、――臥藤門司であった。

 

「あら、一体貴方が何のよう? これまで、あまり私たちの所に近寄って来なかったのに」

 

 凛のそれに嘲りの色はない。

 あくまで観察と、多少の警戒。

 

「いや何、それは小生部外者である故、口を出すのも無粋だと思ったのだ。まぁ小生の力無くとも、このメンバーならば問題なくこの地獄をくぐり抜けることもできようものだ」

 

 つまり、遠慮していたと。

 必要でないのならば近寄らない、と。

 

 では、

 

「……一体何のようでしょう。急ぎの用事、ではあるようですが」

 

「あぁ、いや別になんということはない、殺生院キアラという女を探している。確かこの校舎のどこかにいると聞いてはいるのだが」

 

「――まってください」

 

 レオが、疑問を浮かべて静止する。

 

「会っていない、のですか? この旧校舎はさほど広くはありません、出会おうと思わずとも、どこかで出会ってしまうはずですが」

 

 ――特に、キアラは一箇所に引きこもるということをしない。

 現にこれまで、キアラとは誰もが一度は顔を合わせている。

 この生徒会室の外で、だ。

 

「うむ、何やら面倒なあれやこれやの性らしいのだが、今はそれはいい、その女はどこにいる」

 

「――今は、多分サクラ迷宮で愛歌をパッションリップのレリーフに送り届けたところだろうけれど、どうかしたのかい?」

 

 それまで口を噤んでいた――特に口を挟む理由もなかった――騎士王が答える。

 

「そうか、それでは駄目だな。……まぁよい、話は聞けたので、拙僧はこれにて然らば」

 

「え、あぁ、はい」

 

 何やら台風のように、臥藤門司は去って行ってしまいそうだ。

 とはいえ、珍しい訪問者なので、すぐにレオは気を取り直して質問をする。

 

「そういえば、貴方はミスサジョウのSGについて、何かご存知ではありませんか?」

 

「うむ? そんなことか?」

 

 何を言っているんだ、と言わんばかりの声音。

 ――まさか、

 

「――――知っているのですか!?」

 

「何、然程複雑なものではなかろうよ。……いやしかし、これは小生が口にしてどうにかなる問題ではない、お主たちもだ。まぁそうさな――」

 

 そこで、門司は再び扉に手をかける。

 生徒会の役員たちに背を向けたまま――

 

 

「もう一度、ここで話す機会があれば、話してみるのも一興やもしれんな」

 

 

 それは、何だか不吉に聞こえる言葉のようで、けれども誰も声をかける事はできず。

 

 臥藤門司は立ち去るのであった。

 

 

 ◆

 

 

 ――リップとの死闘が終結し、愛歌とセイバーはサクラ迷宮に帰還した。

 そこでセイバーは、在ることを愛歌に提案する。

 

「――このまま少し、次の階層を探索してみぬか?」

 

 と。

 

「あら、いきなりどうしたの? 貴方、そんなに危険が好きな手合いだったかしら」

 

 愛歌としては、その是非よりも、その真意。

 急にセイバーは何を言い出すのかと、そう問いたいのである。

 

「いやなに、確かにリンの時もラニの時も、次の階層は探索してこなかった――が、それは偶然に偶然が重なったものだぞ?」

 

 最初はBBが待ち構えていて、次はそもそも、その時において迷宮はそこが最深部だった。

 だから、次の階層へ、という提案はなされなかった。

 今回はむしろ、この方が当然ではないかと、セイバーは言うのだ。

 

「生徒会の者達に連絡もせず、というのはアレだが、しかしな、余の直感がこう告げているのだ。今すぐにでも次に向かうべきだ、とな」

 

「ふぅん……」

 

 セイバーには直感スキルが備わっている。

 正確には、皇帝特権スキルでそれを習得できる。

 であれば――だ。

 スキルとなるほどの直感がそう告げるのであれば、これは悪い選択ではないだろう。

 

 むしろ、直感にそこまで言わしめる現在を考えれば、行かない方がマイナスになる可能性は高い。

 

 そも、愛歌が独断専行をした所で、それは現場の判断としてそれが最善であったと、生徒会のメンバーは皆納得するのだが。

 

「そういうことなら……行きましょうか」

 

 それこそ、是非もない。

 結論としては、それが最善ということになるのだから――

 

 ゆっくりと、愛歌はセイバーとともに、リップが築き上げたレリーフのその奥へ、進み始めるのであった。

 

 

 ――そして、その先に、ぽつりとデータが鎮座している。

 

 

 礼装とも、アイテムのデータとも違う何か。

 罠かとも思えるが――ともかく、リップのゴミデータとも違うようである。

 

 調べてみれば、すぐに解った。

 あぁ、これだ。

 そっと救い上げるように、愛歌はそのデータを掲げてみせる。

 

「……やっと」

 

 その様子に、セイバーもその中身に合点が行ったようだ。

 そう、それこそが――

 

 

「やっと見つけた……私の、記憶…………!」

 

 

 そして、愛歌とともにこの月の裏側にてダンジョンアタックを続ける、仲間たちの記憶。

 BBによって奪われ、そして探し続けた記憶のデータ。

 ――それがようやく、こうして手元に戻ってきたのだ。

 

 どれほど焦がれた、ということもない。

 ひたすらに欲したつもりも、特にはない。

 

 愛歌自身、自分の記憶については、無ければ不便だというだけのこと。

 セイバーはおそらく表と変わらず自分とともにあり、こうしてここまで辿り着いた。

 であればそこに鎮座する記憶に、どの程度の思い入れがあるというのか。

 

 必要がないのなら、手に入れたことを喜びこそすれ、感慨など浮かばない。

 

 ――そう、思っていたはずなのだ。

 

「……不思議ね、今はちょっとだけ嬉しいわ。何故かしら」

 

 思い出すことはできない、かつてのセイバーの顔。

 今の彼女は、あくまで真剣に、愛歌の方を向いている。

 

「これを持って帰りましょうセイバー。記憶の開封は一度にまとめて行うべきね。何か起こっては手間だもの」

 

「――いや」

 

 ――――愛歌の言葉を、セイバーは真っ向から否定した。

 

 

「今すぐ、自身の記憶を詳らかにするのだ、奏者よ!」

 

 

 焦りにも近い表情で――どうしてだか、真面目すぎるほど真面目に。

 ――らしくない。

 そんなことを、愛歌はセイバーに対して思った。

 意識は、せずに。

 

「どうしたの? 私が別に記憶を覗いても構わないでしょうけれど、それは彼らにとって公平ではないわ。彼らに不満を持たせるのは、合理的でないもの」

 

 だから駄目だと、セイバーの言葉を否定する。

 ――だが。

 

「それでは駄目なのだ!」

 

 語気を荒らげ、セイバーはぐい、と愛歌に近づく。

 ――何だ、これは。

 思わず気圧されたのか――はたまた、違和感を全身に総毛立たせたのか。

 愛歌の心底が注げる。

 

 こんなセイバーは、初めてだ。

 

「余の直感が告げている、今すぐこの場で奏者はその記憶を確かめるべきだ! さもなくば、取り返しの付かないことになりかねない――!」

 

 叫び。

 訴えかけるセイバーなど、これまで一度として見たことはない。

 セイバーは常に愛歌の従者であった。

 少なくとも、愛歌に対してこうして食って掛かることはしなかった。

 それはおそらく表であっても同じこと――

 

 だから、

 

 こうしてそんな表情を見せたセイバーに、

 

 

 ――――応えないわけにはいかないではないか。

 

 

 セイバーは自身の直感――スキルとして確率された技能を根拠としたのだ。

 ならば、正当性としては十分だ。

 ゆっくりと、愛歌が手にしているデータ――淡い光のようなものが、その強さを増す。

 

 それと同時、愛歌の記憶の中に――

 

 

 ――――数多の欠けたピースが埋まっていく。

 

 

 あぁ、これは、

 

 そうだ。

 

 寂寥感――少しばかり、切ない感覚。

 最初に思い浮かべたのはセイバーであった。

 表において、必ず愛歌の隣に居た存在。

 それは今もであるが――当時のそれは、今とは随分様子が違っていた。

 

 だから、言わなくてはならないことは山のように在る。

 思わず声を上げてしまいそうになる事実も、また。

 

 だが、今はそれどころではない。

 

 思い出した。

 

 思い出してしまった。

 

 

 ――――自身の記憶の中に、随分長いこと繋がっていなかった、一つのピース。

 

 

 あの運命の夜。

 

 地獄の中で見た景色。

 

 その中で、ぼんやりとしたままだった最後の欠片。

 

 欠けた夢が、つながっていく。

 

「そう、そういうこと」

 

 彼女に邂逅した時、幾度と無く感じてきた“相容れない”という感情。

 当たり前だ、あの女と、仲良しこよしができるはずもない。

 

 ――かくして、彼女の中に生まれでた感情は、彼女自身を翻させる。

 

 うねり出る気配、身を三度引き裂かれ、六度霧に溶かされて、それほどまでに、あらゆるものが粉々に砕け散るかのような感覚。

 

 ――愛歌から伸びでた気配が、セイバーの頬を切り裂いたような、そんな気がした。

 この感覚を既に知っているセイバーでさえ、これは耐えるということがせいぜいであった。

 

 ただ、立つことすら不可能な気配。

 沙条愛歌は――――怒っていた。

 

「――――行くわよ、セイバー」

 

 その言葉に、もはや感情と呼べるものはない。

 必要がないからだ、そんなもののために自分の意識を一つでも裂けるものか。

 

 

 ――かくて、愛歌の周囲を、超弩級の瘴気が漂い始める。

 

 

 そこに、

 

 

 はかったように、声をかける女が一人。

 

 

「あら、このような所で、一体何をしているのですか?」

 

 さも、今たどり着いたとでも言わんばかりに笑みを浮かべて。

 けれども、その笑みは即座に凶暴なモノへと変わる。

 見てしまったのだ。

 ――愛歌の手のひらの、そのデータを。

 

「……なるほど、であればこう行ったほうがよろしいかもしれませんね」

 

 愛歌の隣で、セイバーは息を呑む。

 一瞬、気圧された。

 他でもない、この女に。

 

 ぞくりと、震えるほどに、女はかくも美しかった。

 

 

「お久しぶりです――愛歌さん。あの時――――私が現実で、“貴方に”殺された時、以来でしょうか」

 

 

 対して、愛歌は、それはもはや、人と呼べるほどに、彼女の笑顔は形を伴っていなかった。

 

 

「おはよう、――――殺生院キアラ、アレでもマダ貴方は死んでいないのね。だったらもう一度、気が済むまで全力で、殺してあげる」

 

 

 その女の名は殺生院キアラ。

 

 破戒僧、全てを破滅に導く魔性の女。

 そして、

 

 

 ――愛歌の生まれたコミュニティ、及び、沙条綾香を手にかけた女である。


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