ラスボス系少女愛歌ちゃんが征くFate/EXTRA(仮) 作:暁刀魚
既に愛歌がパッションリップのレリーフに潜り、大分時間が経過していた。
こうなってしまえば、生徒会メンバーは愛歌とリップの戦いに何も関与することができない。
とはいえ、愛歌が負けることがあり得るか、と言われれば、ありえないだろうと誰もが答える程度には、愛歌は信用されているのだ。
そういうこともあって、現在のメンバーは手持ち無沙汰である。
もしもこの後愛歌が帰還した際に問題が発生した場合、ソレに対処しなくてはならない以上、解散とすることはできない。
もちろん、そうやって何かを放り出すような面子でもないのだから尚更だ。
よってか、彼らは現在雑談に興じていた。
完全に意味のない会話を交わすというほどではなく、かと言って今後を見据えた作戦会議でもない。
この場に愛歌がいない、だから彼女のことについて考えよう、と、これはそういう趣旨だった。
これまでも何度かこういう機会はあったためか、現在の話題は最新のモノ。
つまり、パッションリップに対してとった愛歌の行動に関するものだった。
アレは通信越しでも度肝を抜かれたし、今でも少しだけ信じられないくらいだ。
けれども間違いなくリップを愛歌は籠絡し、しかもその心の迷いを取り去らってしまった。
信じられないといえば信じられないこと。
彼女はアルターエゴ、本質的に人間とは相容れない存在なのだ。
特に彼女の場合は、“被虐体質”という、誰かと係る上ではハンデ極まりない枷もある。
「たしかに、そういうのはあの娘らしいっちゃらしいわよ。でもなんて言ったらいいのかしら……」
「何か違和感がある、と……そうミストオサカはおっしゃりたいのですか?」
ラニの確認に、そうそれ、と凛は同意する。
「それでしたらボクも、らしくはない、と感じましたね。いえ、何処が、といえば困まってしまいますが……」
レオがそれに同意する。
――そこで、会話が一度途切れた。
桜と、そして騎士王は何かを思案げだ。
おそらくは違和感に対して、自分なりの答えをつけようとしているのだろう。
「セイバーさんなら……あの人なら、何か解るかもしれませんね」
結局、生徒会メンバー達が行き着いた結論はそこだった。
赤きセイバー、表の聖杯戦争より愛歌とともにあったサーヴァント。
彼女は確か愛歌のSG――それも一番重要な三番目のそれを知っているという。
もしもそれが正しいのなら、セイバーならば……
とはいえ、それを聞くタイミングは、残念ながら見つけられていないのだが。
と、そこに。
――コン、コン、と、打ち鳴らすものの力が強いのか、甲高くはあるが鈍いノックの音が何度か響く。
「……どうぞ」
急な往来に、レオは少しだけ驚きながらもそう促す。
このようなタイミングで一体誰が――?
「――――うむ、失礼する」
そこに現れたのは、意外な顔といえば意外な顔。
ちゃんぽん系宗教家、――臥藤門司であった。
「あら、一体貴方が何のよう? これまで、あまり私たちの所に近寄って来なかったのに」
凛のそれに嘲りの色はない。
あくまで観察と、多少の警戒。
「いや何、それは小生部外者である故、口を出すのも無粋だと思ったのだ。まぁ小生の力無くとも、このメンバーならば問題なくこの地獄をくぐり抜けることもできようものだ」
つまり、遠慮していたと。
必要でないのならば近寄らない、と。
では、
「……一体何のようでしょう。急ぎの用事、ではあるようですが」
「あぁ、いや別になんということはない、殺生院キアラという女を探している。確かこの校舎のどこかにいると聞いてはいるのだが」
「――まってください」
レオが、疑問を浮かべて静止する。
「会っていない、のですか? この旧校舎はさほど広くはありません、出会おうと思わずとも、どこかで出会ってしまうはずですが」
――特に、キアラは一箇所に引きこもるということをしない。
現にこれまで、キアラとは誰もが一度は顔を合わせている。
この生徒会室の外で、だ。
「うむ、何やら面倒なあれやこれやの性らしいのだが、今はそれはいい、その女はどこにいる」
「――今は、多分サクラ迷宮で愛歌をパッションリップのレリーフに送り届けたところだろうけれど、どうかしたのかい?」
それまで口を噤んでいた――特に口を挟む理由もなかった――騎士王が答える。
「そうか、それでは駄目だな。……まぁよい、話は聞けたので、拙僧はこれにて然らば」
「え、あぁ、はい」
何やら台風のように、臥藤門司は去って行ってしまいそうだ。
とはいえ、珍しい訪問者なので、すぐにレオは気を取り直して質問をする。
「そういえば、貴方はミスサジョウのSGについて、何かご存知ではありませんか?」
「うむ? そんなことか?」
何を言っているんだ、と言わんばかりの声音。
――まさか、
「――――知っているのですか!?」
「何、然程複雑なものではなかろうよ。……いやしかし、これは小生が口にしてどうにかなる問題ではない、お主たちもだ。まぁそうさな――」
そこで、門司は再び扉に手をかける。
生徒会の役員たちに背を向けたまま――
「もう一度、ここで話す機会があれば、話してみるのも一興やもしれんな」
それは、何だか不吉に聞こえる言葉のようで、けれども誰も声をかける事はできず。
臥藤門司は立ち去るのであった。
◆
――リップとの死闘が終結し、愛歌とセイバーはサクラ迷宮に帰還した。
そこでセイバーは、在ることを愛歌に提案する。
「――このまま少し、次の階層を探索してみぬか?」
と。
「あら、いきなりどうしたの? 貴方、そんなに危険が好きな手合いだったかしら」
愛歌としては、その是非よりも、その真意。
急にセイバーは何を言い出すのかと、そう問いたいのである。
「いやなに、確かにリンの時もラニの時も、次の階層は探索してこなかった――が、それは偶然に偶然が重なったものだぞ?」
最初はBBが待ち構えていて、次はそもそも、その時において迷宮はそこが最深部だった。
だから、次の階層へ、という提案はなされなかった。
今回はむしろ、この方が当然ではないかと、セイバーは言うのだ。
「生徒会の者達に連絡もせず、というのはアレだが、しかしな、余の直感がこう告げているのだ。今すぐにでも次に向かうべきだ、とな」
「ふぅん……」
セイバーには直感スキルが備わっている。
正確には、皇帝特権スキルでそれを習得できる。
であれば――だ。
スキルとなるほどの直感がそう告げるのであれば、これは悪い選択ではないだろう。
むしろ、直感にそこまで言わしめる現在を考えれば、行かない方がマイナスになる可能性は高い。
そも、愛歌が独断専行をした所で、それは現場の判断としてそれが最善であったと、生徒会のメンバーは皆納得するのだが。
「そういうことなら……行きましょうか」
それこそ、是非もない。
結論としては、それが最善ということになるのだから――
ゆっくりと、愛歌はセイバーとともに、リップが築き上げたレリーフのその奥へ、進み始めるのであった。
――そして、その先に、ぽつりとデータが鎮座している。
礼装とも、アイテムのデータとも違う何か。
罠かとも思えるが――ともかく、リップのゴミデータとも違うようである。
調べてみれば、すぐに解った。
あぁ、これだ。
そっと救い上げるように、愛歌はそのデータを掲げてみせる。
「……やっと」
その様子に、セイバーもその中身に合点が行ったようだ。
そう、それこそが――
「やっと見つけた……私の、記憶…………!」
そして、愛歌とともにこの月の裏側にてダンジョンアタックを続ける、仲間たちの記憶。
BBによって奪われ、そして探し続けた記憶のデータ。
――それがようやく、こうして手元に戻ってきたのだ。
どれほど焦がれた、ということもない。
ひたすらに欲したつもりも、特にはない。
愛歌自身、自分の記憶については、無ければ不便だというだけのこと。
セイバーはおそらく表と変わらず自分とともにあり、こうしてここまで辿り着いた。
であればそこに鎮座する記憶に、どの程度の思い入れがあるというのか。
必要がないのなら、手に入れたことを喜びこそすれ、感慨など浮かばない。
――そう、思っていたはずなのだ。
「……不思議ね、今はちょっとだけ嬉しいわ。何故かしら」
思い出すことはできない、かつてのセイバーの顔。
今の彼女は、あくまで真剣に、愛歌の方を向いている。
「これを持って帰りましょうセイバー。記憶の開封は一度にまとめて行うべきね。何か起こっては手間だもの」
「――いや」
――――愛歌の言葉を、セイバーは真っ向から否定した。
「今すぐ、自身の記憶を詳らかにするのだ、奏者よ!」
焦りにも近い表情で――どうしてだか、真面目すぎるほど真面目に。
――らしくない。
そんなことを、愛歌はセイバーに対して思った。
意識は、せずに。
「どうしたの? 私が別に記憶を覗いても構わないでしょうけれど、それは彼らにとって公平ではないわ。彼らに不満を持たせるのは、合理的でないもの」
だから駄目だと、セイバーの言葉を否定する。
――だが。
「それでは駄目なのだ!」
語気を荒らげ、セイバーはぐい、と愛歌に近づく。
――何だ、これは。
思わず気圧されたのか――はたまた、違和感を全身に総毛立たせたのか。
愛歌の心底が注げる。
こんなセイバーは、初めてだ。
「余の直感が告げている、今すぐこの場で奏者はその記憶を確かめるべきだ! さもなくば、取り返しの付かないことになりかねない――!」
叫び。
訴えかけるセイバーなど、これまで一度として見たことはない。
セイバーは常に愛歌の従者であった。
少なくとも、愛歌に対してこうして食って掛かることはしなかった。
それはおそらく表であっても同じこと――
だから、
こうしてそんな表情を見せたセイバーに、
――――応えないわけにはいかないではないか。
セイバーは自身の直感――スキルとして確率された技能を根拠としたのだ。
ならば、正当性としては十分だ。
ゆっくりと、愛歌が手にしているデータ――淡い光のようなものが、その強さを増す。
それと同時、愛歌の記憶の中に――
――――数多の欠けたピースが埋まっていく。
あぁ、これは、
そうだ。
寂寥感――少しばかり、切ない感覚。
最初に思い浮かべたのはセイバーであった。
表において、必ず愛歌の隣に居た存在。
それは今もであるが――当時のそれは、今とは随分様子が違っていた。
だから、言わなくてはならないことは山のように在る。
思わず声を上げてしまいそうになる事実も、また。
だが、今はそれどころではない。
思い出した。
思い出してしまった。
――――自身の記憶の中に、随分長いこと繋がっていなかった、一つのピース。
あの運命の夜。
地獄の中で見た景色。
その中で、ぼんやりとしたままだった最後の欠片。
欠けた夢が、つながっていく。
「そう、そういうこと」
彼女に邂逅した時、幾度と無く感じてきた“相容れない”という感情。
当たり前だ、あの女と、仲良しこよしができるはずもない。
――かくして、彼女の中に生まれでた感情は、彼女自身を翻させる。
うねり出る気配、身を三度引き裂かれ、六度霧に溶かされて、それほどまでに、あらゆるものが粉々に砕け散るかのような感覚。
――愛歌から伸びでた気配が、セイバーの頬を切り裂いたような、そんな気がした。
この感覚を既に知っているセイバーでさえ、これは耐えるということがせいぜいであった。
ただ、立つことすら不可能な気配。
沙条愛歌は――――怒っていた。
「――――行くわよ、セイバー」
その言葉に、もはや感情と呼べるものはない。
必要がないからだ、そんなもののために自分の意識を一つでも裂けるものか。
――かくて、愛歌の周囲を、超弩級の瘴気が漂い始める。
そこに、
はかったように、声をかける女が一人。
「あら、このような所で、一体何をしているのですか?」
さも、今たどり着いたとでも言わんばかりに笑みを浮かべて。
けれども、その笑みは即座に凶暴なモノへと変わる。
見てしまったのだ。
――愛歌の手のひらの、そのデータを。
「……なるほど、であればこう行ったほうがよろしいかもしれませんね」
愛歌の隣で、セイバーは息を呑む。
一瞬、気圧された。
他でもない、この女に。
ぞくりと、震えるほどに、女はかくも美しかった。
「お久しぶりです――愛歌さん。あの時――――私が現実で、“貴方に”殺された時、以来でしょうか」
対して、愛歌は、それはもはや、人と呼べるほどに、彼女の笑顔は形を伴っていなかった。
「おはよう、――――殺生院キアラ、アレでもマダ貴方は死んでいないのね。だったらもう一度、気が済むまで全力で、殺してあげる」
その女の名は殺生院キアラ。
破戒僧、全てを破滅に導く魔性の女。
そして、
――愛歌の生まれたコミュニティ、及び、沙条綾香を手にかけた女である。