ラスボス系少女愛歌ちゃんが征くFate/EXTRA(仮)   作:暁刀魚

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35.人地問答

 沙条愛歌は自身の姉と、生まれ故郷を失ってから一年、数多の戦場を蹂躙してきた。

 時には西欧財閥とそれに対向するテロ組織全てを相手取り。

 時には自身を狙う現代において最強クラスの暗殺者をも手玉に取った。

 

 沙条愛歌は、その初陣からして最強であり、災厄であった。

 

 誰も彼女を傷つけることは叶わず、その戦場を駆ける多くの者が彼女によって手折られた。

 心身においても、肉体においても、その全てを、だ。

 

 例外はほんのごく一部の、彼女を前にしても怯むことさえしない狂人程度。

 ――ユリウス・ベルキスク・ハーウェイはその代表例であった。

 

 ともあれ、彼女が戦いの中に身をおいた理由はひとつある。

 それは、自身の実戦経験を補うことである。

 愛歌は全能にも近い力を持つが、全知ではない。

 自分で知ろうとしなければ、何も得ることができない存在である。

 故に、生まれながらにして彼女は無敵ではあれなかった。

 

 初期の頃からして彼女は脅威であったが、打倒の可能性は無くはなかった。

 しかし、それが急速な彼女の成長により二度、三度戦闘をくぐり抜ければもう、彼女に手を出せるものは居なかった。

 

 戦場のノウハウを吸収すること、そしてそれにより自身を強化すること。

 愛歌の目的はそこにあった。

 

 であればその最終到達点は――?

 

 簡単な話だ。

 

 

 自身の宿敵、殺生院キアラの抹殺である。

 

 

 ハッキリ言おう、キアラという女はバケモノである。

 人を誑かす才にしてもそうだが、魔術師《メイガス》――もしくは、戦闘者としても彼女は異常の域にあった。

 

 さもなくば、世界を敵に回して、なおも生き延びることはできなかっただろう。

 キアラは愛歌と同様にあらゆる面において有能な女だ。

 故に、ただ戦闘を仕掛けても、あらゆる方法で逃げられる。

 

 ――キアラを殺すだけの実力なら、既に愛歌に備わっていた。

 けれども、キアラを死に至らしめるための状況作成能力は、当時の愛歌は有していなかったのである。

 

 とはいえ、愛歌が戦場に出てから“一年”、殺生院キアラはついに愛歌に打倒された。

 

 そこでキアラは、表の舞台――彼女の肉体は死んだのである。

 

 最終的に激しい戦闘の上、愛歌はキアラに勝利した。

 ――現実という舞台において。

 

 つまるところ、そこには在る問題があった。

 

 

 沙条愛歌は、未だに現代の戦闘の本領――電脳世界の戦闘で、キアラを撃破したことがないのである。

 

 

 ◆

 

 

 ――そこは一直線の通路だ。

 横にそれる道はなく、沙条愛歌と殺生院キアラは、互いに真正面から向い合っている。

 

「こうして、直に会話をするのは、もう一年ぶりになるでしょうか。なんとも、長い間貴方に会えていなかったのですね。少し、残念ではありますわ」

 

「あらそう? 私はもう、二度と貴方の顔など見ることはないと思っていたのだけれどね」

 

 ――互いに、言葉はそこそこに、顔は実に愛らしく、もしくは淫猥に、笑っている。

 

 けれども、そこに笑いなどという感情を誰が持ちだそうというのか。

 愛歌はこの女が真の意味で、笑うことなどありえないのだと知っている。

 

「おや、それはおかしなことを仰るのですね。私はこれでも、相応の魔術師《ウィザード》と自負しております。たとえ死亡したとして、その魔術回路が亡霊とならない道理がどこにございましょうか」

 

「――考えていなかったわけではないわ。けれども、電脳の世界に沈んでしまったのならば、こちらが関わらなければ二度と貴方は私に関わらない。それでいいのだと、済ませてしまったのね」

 

 本来であれば、愛歌の“駆動”は、キアラを殺害した時点で終わっていたはずだった。

 必要がないからだ。

 愛歌は何かを求めて生きるつもりはない、単なる人間として、目的を達成してしまった後は消えるつもりであった。

 

 ――それが、月の聖杯などという物によって、再び愛歌はこの電脳空間に引きずり出されたのである。

 

「それほど欲していたのでしょう? 月の聖杯を――このムーンセルを。当然でしょう、これはあらゆる者の欲の象徴、全てを叶える願望機なのですものね」

 

 実に可笑しそうに、キアラは笑ってみせる。

 それは、その“欲”そのものを愛でるようであり、彼女の中の情動が発露したようでもあった。

 漏れる吐息すら人を惑わす、思わず立ちくらみを覚えてしまうような錯覚。

 

 あぁ、熱い――喉が乾く。

 体のすべてが、今目の前にいるこの女を望んでいる――!

 

 彼女を愛するものは――彼女が愛を求めるものは、その全てがかくして狂い、魔に堕ちる。

 否、魔が差した――か。

 もしくは、刺した。

 殺生院キアラという毒蜂に、その毒を刺し込まれてしまったわけである。

 

 だが――それに対して愛歌は不快そうに眉をしかめるだけだ。

 まるで彼女に情欲など感じていない。

 相手が同じ女であっても、キアラほどのそれであれば、抗えるものはそういないというのに。

 

 ――故にか、欲に満ちた彼女のえみが、即座に唾棄すべきものに対する怒りへ変わる。

 般若の形相に、変わるのだ。

 

「――だというのに、貴方はおかしなことをいう。もしも月の聖杯が手に入れられなくても構わない? そうしたことに意味がある? ――――反吐が出ますわ、その理屈」

 

 そんなものは道理ではない、キアラは真っ向から切って捨てた。

 ただ否定するのではない、反吐がでると、完全な不快感を露わにした。

 

「手に入れられない物に、果たして意味などございましょうや。否、断じて否。――手に入れられないのなら、いっそ滅ぼしてでも、それが人の正しい欲にございます」

 

「――随分勝手な事を言うな、殺生院キアラ。貴様のそれは、物の道理を教えられておらぬ稚児の言葉だ。それをいい大人が、愚昧にも程があろう」

 

 反論したのは、セイバーである。

 ことここにおいて、理解しないわけにもいくまい。

 殺生院キアラは沙条愛歌の仇だ。

 それはおそらく、間違いない。

 

 故に、敵対者として言葉を返す――

 

 同時に、キアラの後方に一人の男が現れた。

 否、少年か――キアラのサーヴァント、アンデルセンである。

 

「ふん、どぐされ皇帝、貴様は少し黙っていろ。今はキアラとそこの小娘の問答だ。確かに貴様の意見には心底――全面的に同意するが、今はそういう話ではない。我々はまだ口を紡ぐ段階だ」

 

「しかし――!」

 

 ――全面的に同意、という点に、キアラは思わず嘆息を零す。

 けれども、それはあくまでキアラだけの話。

 諌められるセイバーは、その程度で納得できようものか。

 

「いいのよセイバー。これは、私の問題、だもの。……あいつは、私が全力で殺してあげる」

 

 それを制したのは愛歌であった。

 セイバーは何も気にする必要はない。

 だから、今は少しの間だけ、黙っていて欲しい。

 ちらりと視線を後ろにやって、そう訴えかける。

 

「……むぅ」

 

 それでも、セイバーは不満気だ。

 何かを口に出そうとして、いやしかしと口の中で回転させる。

 

「気をつけろ、あの女は危険だぞ」

 

 結局、セイバーは愛歌にそう言うにとどめた。

 

「それにしても――愚昧というのは確かにその通り、ついに人間としての正常な思考すら失って、毒蛇にでも退化してしまったのかしらね」

 

「そんなことはございませんわ。なぜなら、間違っているのはそちらの方。だってそうでしょう? 価値の無いものに、一体何の意味があるというのです? 私は、正しく在ろうと常に己を律しているというのに、その体たらくでは」

 

 あぁ、それではまったくもって堕落している。

 ――キアラは、心底嘆かわしそうに、そう零す。

 

 ありえない。

 全くもって――この女は度し難い。

 

「貴方が正道にあるのなら、誰も貴方に吸い寄せられて破滅などしないでしょうにね。そうだわ、やっぱり貴方も丁寧に料理してしまうべきなのよ」

 

 そう、そうなのだ。

 既に分水嶺は超えている。

 この女は救いがたい――否、救うなどということすらありえない。

 

「だってそうでしょう? 無駄な食材は出来る限り出ない方がいい、掃いて捨てるなんて、大地への冒涜がすぎるものね」

 

 であれば。

 

 ここで屠る――屠殺する。

 

「……小汚い汚物は、丁寧に処理して、溝に捨ててしまわないと、ねぇ」

 

「であれば、構いませんわ。貴方のふるうおかしな弁説、全くと言ってよいほど理解はできませんが――貴方の間違いを、一つ説法して見せましょうや」

 

 かくして、沙条愛歌、殺生院キアラ。

 

 現代において、人類の頂点にあるメイガス同士の戦いが、――始まった。

 

 

 ◆

 

 

 迫るは愛歌、相対するはキアラ。

 先手をとったのは、災厄――愛歌のほうであった。

 

 キアラの周囲を、無数の炎が舞う。

 酸素を奪う災禍の焔、包まれたものは例外なく、その身体機能を低下させる。

 

 だが、キアラにとってその程度、枷にすらならない。

 ――体がうずく、ある種の緊縛感に、ある種の快感すら覚えてしまう。

 

 とはいえ、己の身体は、それとは別に、機械的に動いてみせる。

 狙いは愛歌。

 火災を足止めに懐に転移する少女に、完全に合わせるように拳を叩き込む。

 同時、自身の足が大地をかき鳴らす――揺れ動く気がうねりを上げて、更に転移した愛歌の痕をえぐった。

 

 愛歌は後方へと回る。

 手のひらからは、全てを蝕む紫の毒牙。

 ――漏れだす花びらは、悪意に染まり、黒にすら見える。

 

 サーヴァントですら竦み上がるほどの殺気を前に、しかしキアラは振り返ることすらしない。

 つきだした手のひらをそのまま広げ、周囲を刈り取るように後方へと当て身を行う。

 迫るそれに、けれども愛歌は身体を逸らすだけで、手のひらはそのままつきだした。

 

 互いに必殺のそれ。

 愛歌は言うに及ばず、キアラのそれは伝説とすらされる拳法家には及ばずとも、現代においては稀な、“修得”の域にある拳法だ。

 故に、それに余りある殺意を込めて、両者は交錯した。

 

 そして、その必殺は届かない。

 

 愛歌の手はキアラの湧きへそれ、キアラの身体は愛歌から逸れ、空振りに終わる。

 二の手はキアラから生じた。

 攻撃を回避した直後、身体を九十度回転、再び踏み込みとともに顎、目元に一撃を叩き込む。

 

 愛歌はそれを身体を逸らして回避した。

 サーヴァントの速度ならともかく、この程度なら回避は容易。

 故に、転移を使わずの接近戦。

 改めて手を伸ばそうとして、しかしそれよりも早く、返す手が愛歌の腹部を覆う。

 

 疾い――その速度、明らかに常軌を逸している。

 愛歌は即座に後方へ転移した。

 

 だが、それを上回るほどの速度で、既にキアラは愛歌へと迫っている。

 

「――っ!」

 

 そこからは、一方的な蹂躙が続いた。

 

 無数の拳が、掌底が、肘打ちが、愛歌へ向けて乱舞する。

 返すは都市をけむにまく災厄の炎上。

 そして手のひらから全てを溶かす最悪の花弁。

 

 けれど、そのどれもがキアラに対して届かない。

 ――もはや彼女のそれは、一介のサーヴァントの域にすら達している。

 

 長距離転移、一直線の通路の上で戦っていた愛歌が、キアラから一気に距離を取る。

 

 ちょうど、それはセイバーのすぐ後ろであった。

 

 ――――はっきり言おう、キアラは確かに異常だ。

 けれども単独で愛歌は十分に戦闘が可能であった。

 サーヴァントほどの実力ではあっても、Aクラスのサーヴァントには及ばない。

 そも、キアラはその速度からして、転移を使わず愛歌が対応できる程度のものだ。

 とはいえ、この異常は明らかにおかしい。

 

 ここが電脳世界であるということは確かにあるだろう。

 現実ではキアラは満足に魔術を使えない、愛歌はそれが使える――その違いは確かにある。

 

 だが、それにしたって、これは――

 

「……アンデルセン、貴様か!」

 

 それはセイバーも考えていたのだろう。

 故に猛った。

 あぁなるほど、それなら納得がいく。

 サーヴァントの力を借り――今は、彼女がそのサーヴァントというわけだ。

 

 アンデルセンが言葉を受けて出現し、厭らしい笑みをセイバーに向ける。

 

「それがどうした。そも、そちらのそれはこの攻防、様子見が目的だろう? それができなくなっただけ――何の問題もないではないか」

 

「……奏者よ」

 

 セイバーは、言外に訴える。

 もう、見ているだけなのは、ここで終わりだ。

 

 直接、セイバーが打って出る必要がある。

 

「えぇ、そのようね」

 

 愛歌がそれを了承すると同時、殺生院キアラが帰還する。

 アンデルセンの前に立ち、それを受けたアンデルセンは再び霊体化、この場から消え去った。

 

「――おや、そちらも本領というわけですか。ふふ、怖いですわね、このような手弱女に向かって……ですが、構いません。それならば、それ相応の対応をするまでのこと」

 

 何をバカなことを、警戒とともに、セイバーはそんな視線を向ける。

 先の戦闘、明らかにキアラは近接戦闘を得意としている。

 忘れもしない――それはかつて表で対戦したアサシンのそれと同型だ。

 

 しかし、そんな警戒を“軽々と踏み越えるように”。

 

 ――――セイバーの直感が唸りを上げる。

 それが己の、最後の仕事だと言わんばかりに。

 

 取得していたままになっていた直感が、外れる瞬間に猛烈にセイバーへうったえかけたのだ。

 

 故に、叫ぶ。

 

 

「――――避けろォ! 奏者ァ!」

 

 

 同時。

 

 キアラは手を伸ばした。

 何かを求めるように、差し出すように。

 

 そして、それが握られる。

 

 愛歌はそれに既視感を覚え、更に――――

 

 

 ――――愛歌のいる空間を、空間の圧縮が襲いかかる。

 

 

 トラッシュ&クラッシュ。

 忘れるはずもない、それは間違いなく、パッションリップの力であった――――


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