ラスボス系少女愛歌ちゃんが征くFate/EXTRA(仮)   作:暁刀魚

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36.魔性菩薩のてのひら

 炸裂音は、愛歌のいた空間を巻き込み、周囲へ響き渡った。

 無数の音が交差するように連続して奏でられ、耳に威圧が叩きつけられる。

 

 思わず目を覆うかというようなそれに、けれどもセイバーは冷静に対応した。

 ちらりと視線を向けるのは一瞬だけ――圧縮されたデータの中に、愛歌が含まれないのはすぐ知れる。

 後方へ転移したマスターの姿を見とめた直後、振り返り、迫るキアラへ剣を構える。

 

 拳を、真正面から受け止めた。

 ――そこからそのまま気を乱されるということはない。

 あれは人をやめた拳法家の御業、キアラ程度がたどり着けるものではない。

 

 それでも、瞬間的な爆発に、思わずセイバーはたたらを踏む。

 ――キアラの拳は何も堪えた様子はない、強化されているのだろう。

 迫るキアラの連打を剣で切り払う。

 手数の多さ故に、反撃の糸口は細く、そして狭い。

 ――二歩、三歩、キアラの拳のアメを受けながらセイバーは後退する。

 

 しかし、それも長くは続かない。

 ――踏み込みの瞬間、一瞬ではあるがキアラの手が緩む。

 それを見つけてしまえば――ほつれるのは、あまりに早い。

 

 風切る刃、後方へ身体を逸らしたキアラのすぐそばを、赤い刀身が駆け抜けてゆく。

 更に、セイバーは乱舞を続ける。

 連続で襲いかかる高速のソレは、敏捷ランクAのサーヴァントが故のもの。

 キアラは確かに両の手故に手数はセイバーの倍。

 だが、キアラとセイバーの間には、隔絶された速度の壁がある。

 

 降り注ぐ剣戟の雨に、キアラはひたすらそれを流し、躱した。

 猛烈なソレに、キアラは反撃をすることがかなわない――否。

 一瞬セイバーの剣が上方へ大きく振りぬかれた。

 そこを狙い、即座にキアラは拳をセイバーへ叩き込む。

 それを防いでしまえば、後はキアラの独壇場だ。

 

 両者はおよそ二秒ほどの間、壮絶な乱舞を互いに浴びせ続けた。

 退避の隙すら与えない両者の殺陣は、第三者の介入に終わりを告げる。

 ――沙条愛歌が間に割って入ったのである。

 迫るキアラの拳を、毒の花びらで払おうとする。

 それは回避されなければならない一撃だ――キアラは即座に目を見開き、身体を強引に逸し触れようとしてくる手のひらから遠ざかる。

 

 ――しかし、それは決定的な隙となる。

 愛歌の上を剣が通り過ぎる、キアラへ向けての横薙ぎだ。

 

 弾かれる――弾いたキアラは思わずのけぞり、身体を後ろに退かせる。

 無理な迎撃は、キアラの手に一瞬のダメージを与えた。

 故に、止まる――であれば、逃がさない道理が失くなってしまうのだ。

 

「――キアラァ!」

 

 後方へなんとか退避しようとする彼女、それを追うセイバー、直進し――真正面の愛家を飛び越えるのだ。

 

 だが、この状況、キアラにとっては勝機でもある。

 差し出される手のひら――掴まれる、即座にセイバーはそう理解した。

 

 回避は――間に合わない。

 故に愛歌とセイバーの位置が入れ替わる。

 ここならば、“セイバーは”捉えられない。

 

 そしてスキルが起動するよりも早く、愛歌が更にその場から離脱する。

 

 現れたのは、大きくセイバーから距離をとったキアラの後方。

 当然、毒の手のひらが彼女を襲う。

 ――しかし、それをキアラは即座に対応してみせた。

 悠々と、愛歌を浴びせ蹴りで追い払う。

 

 それで十分なのだ。

 セイバーがキアラに接近するには一瞬の間が必要。

 ここで愛歌を追い払うだけの時間は、キアラに用意されている。

 

「ぐぅ――よくも、あの娘を喰らったなぁ!」

 

「あら、おかしなことを」

 

 ――剣と拳の舞踊。

 愛歌がそこへ加わり、状況はまさしく混戦といったところ。

 

「アレは貴方たちの敵ではないですか。であればその芽を摘んだところで、何の罪がありましょう」

 

「――あの娘は、パッションリップは、新たな蕾を宿し始めていたのだ。であれば、それを摘み取るのは花を手折ると同じこと――麗しい花を手折った貴様は、とんでもない罪を犯したのだ――!」

 

 上段からの切り下ろし。

 キアラはそれを最小限の動作のみで切り抜けた。

 返す掌底――それに、セイバーはギリギリの回避を余儀なくされる。

 

「それこそおかしなことを――皇帝陛下、貴方こそ、その美しい花を枯らせることへ悪名高いのでは?」

 

「――それは過去の話だ。余は、今、貴様が犯した罪を問うておる――ええい、この恥知らずめが!」

 

 反撃は、空を切った。

 ――対するキアラは、セイバーの懐に、深々と潜り込む。

 回避と次なる一撃への動作を同時に行ってしまったのだ。

 

 だがそれよりも早く沙条愛歌はキアラへと接近する。

 挟撃の形、当然、それにキアラは対応する。

 迫る毒花への手刀、手足にたたきつけて払うのだ。

 ――否、風のように押し流す。

 触れるより早く、愛歌の手はキアラから離れる。

 二度、三度、連続した毒花の応酬に、キアラの手のひらがぶれた。

 

 全てを迎撃し、セイバーに一撃を加えることは叶わず、両側から攻め寄る愛歌達を、怒涛の連撃で押し流す。

 

 ――攻め切れない。

 それ故の、一進一退の攻防。

 

「ふむ――」

 

「ふぅん……」

 

 互いにつまらなそうに、一度距離を取る。

 間にセイバー、睨み合うように両者は対峙していた。

 

 埒が明かない――であればどうする?

 

 愛歌が念話でセイバーに何事かを伝え――

 ――チラリ、とキアラは後方へ目を向ける。

 

 この瞬間、両者は互いのことに意識を向けてはいたが、それ以外には完全に意識の外へと追い出されていた。

 ――本来であればそれで構わない。

 気が付かれて困るわけでもないし、これまで愛歌達は――おそらくキアラも、こういった死闘はアリーナの中でしか行ってこなかった。

 もっと言い換えれば、“誰の横槍もはいらない場所でしか行ってこなかった”。

 

 例外は、後にも先にも凛とラニの戦いに割って入った愛歌だけ。

 

 故に、

 

 ――――それに気がつけたキアラは、盛大に眼を見開くことになる。

 あまりにも虚を突かれたがために。

 

 直後。

 

 

「AAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAMEEEEENッッッッ!!」

 

 

 広がる雄叫び――男の声は文字通り、この空間を支配した。

 

「……え?」

 

「――貴方」

 

 完全に首を傾げる愛歌に――苦々しげに男を見る。

 見覚えは、あった。

 ――だが愛歌にとって、その男の登場は、あまりにも予期せぬものだった。

 

「――――――――臥藤門司……ッ!」

 

 数多に思う所があるのだろう。

 複雑な声音を全てのせて、キアラは門司へと振り返る。

 ――隙だらけの背中、けれども攻め入ることはできなかった。

 隙を晒したところでどうこうできる相手ではないのだ。

 

 そも、セイバーも愛歌もこの事態に困惑しているというのもあるが。

 

「おお、やはりここにいたか魔性菩薩――否、殺生院キアラ。後ろに見えるは我らが勇者、天地を駆ける鬼子母神! おお母なる神よ、救われぬ御霊に、生まれ落ちることすらできぬ赤子の魂に、正しき導きを与え給え!」

 

「……何を言っているの?」

 

 訳もわからないと、愛歌はことここにきて脱力を覚えざるを得ない。

 どうしようもないのだ。

 この男が何を言っているのかわからない。

 そして、わからないから、どうしようもない。

 

 ――目の前に殺生院キアラという仇敵がいてもなお、それほどまでに臥藤門司は強烈だった。

 

「ハハハハハハ! そう悩むでない。目の前が曇ってしまっては、見るべきものが見えなくなる。恋は盲目とはいうが、盲目はいかんぞ、何も信じられなくなる」

 

「相も変わらず――支離滅裂なことを」

 

 キアラは、もはや怒りを隠そうともしなかった。

 

「一体何のようでございましょう。私は今、手が空いておりませんので、まずはこちらの用事が済むのをお待ちくださいまし」

 

「うむ、そうしたいのはやまやまだが、そうはいかん。小生の目的はまず第一にお主だが、第二はこの状況故な」

 

 対する門司はあくまで自然体。

 外に追いやられた愛歌たちは、ただ状況の趨勢を見ているしかない。

 剣を構えたまま、キアラを正面から見据えたまま、ことの成り行きを観察している。

 

「何が言いたいのです?」

 

「――――目的のモノは見つかったのか? それを聞きに来たのだ」

 

「あら――」

 

 ニィ、とそこでようやくキアラは笑みを浮かべる。

 それは艶美ではない、淫らではない、ただ狡猾――舌なめずりをするような笑みだった。

 

「見つかりましたとも。……えぇ、素晴らしいモノでしょう?」

 

「……ふむ」

 

 両の手を広げ、まるで何かを自慢するように、それを抱え込むように。

 殺生院キアラは誇らしげに“それ”を掲げる。

 

 一瞬だけそれに臥藤門司は沈黙し、しかし。

 

 

「――――まだのようだな」

 

 

 そう、たった一言で切って捨てる。

 まるでキアラに意も介さず、そう結論づけてしまったのだ。

 

「何を」

 

 当然、キアラは肩を震わせる。

 それは怒りだ、純然たる怒り――本来彼女が持つ、艷が、その全てが吹き飛んでいた。

 彼女を包む衣が全て、剥ぎ取られている。

 臥藤門司の手によって。

 

 それは間違いなく、誰もが眼を見張ることだ。

 愛歌にとってもそう、あの忌々しい殺生院キアラが、こうも手玉に取られている。

 

 ――愛歌にとってあの破戒僧は、よくわからない存在だ。

 愛歌にとって取っ掛かりがない。

 向こうも、愛歌に対して何かを語ろうということはないようだった。

 お互い、縁遠い存在――言葉を交わす機会すら、両者の間にはなかったのだ。

 

 だから、意外と言えば意外である。

 思わぬところで、繋がった。

 

「――――何を言っているのです! その眼は節穴なのかしら、私が手を伸ばせばそこには、私の求め続けたものが在る。求めてやまないものはもうすぐそこなのですよ!」

 

「違うのだ――違うのだ、魔性菩薩よ。お主は確かに愛に生きている。それは小生も保証しよう。だがな、その愛は誰に求めたものではない、単なる自己愛にしかならんのだ。故に――たとえそれがお主の愛であっても、お主が本当に求める愛ではない」

 

 門司の言葉に、愛歌は首を傾げる。

 ――さもありなん、彼らの会話は、既に躱された問答の、延長線上にあるものなのだ。

 かつて交わした禅問答、それを踏まえての、門司の言葉。

 

「愛とは即ち、悪――愛は本来卑しいものなのですよ。そしてそれは誰かが誰かのために向けるものでなくてはならない。私という女が、人を溶かしてしまいたくて仕方がないとかんがえるように――」

 

「――それはそうだ。愛は人を傷つける、愛とは哀しいものよな。しかし、それはお主が誰かを愛しているということにはつながらない。殺生院キアラ、お主の考えは確かに正しかろうよ、しかし――――」

 

 キアラの顔が、臥藤門司の言葉を聞く度に歪んでいく。

 苦々しいものが、怒気をはらんだ怖ろしい般若の面に――そして、それは憎悪へと変わる。

 まるで愛が、憎へと反転してしまうように。

 

 もはやそこに、魔性菩薩と呼ばれた女の肢体はない。

 ――キアラは自身の姿を保てない。

 

 

「――――しかし、それではお主は愛せない」

 

 

 臥藤門司は殺生院キアラの“存在理由”を否定するのだ。

 愛に生まれ、愛に溺れた一人の女を、まるで慈しむように――それこそ、母が子へ向ける愛のように、そっと撫でて、取り払う。

 あとに残るのは、もはや理由を忘れた無垢な自我。

 

 殺生院キアラは、その自我に、一片足りとも愛を受け取ってはいない。

 

「――まて、キアラ」

 

 そこまでだと判断したのか、アンデルセンが姿を現す。

 

「貴様も、随分と言ってくれるではないか。このマスターが碌でもない毒婦であることは紛れもない事実、しかし、それ以上は雑言が。その言葉を、その牙を振るうことは、見逃せん」

 

「……ほう、なるほど良いサーヴァントに恵まれた。あぁそうか…………なるほどな。だが、それは認められるんよ坊主。――いやご老体」

 

 ――――一触即発。

 アンデルセンの出現により、均衡は崩れようとしていた。

 攻め込むならば、今か――否、それは駄目だとセイバーを征する。

 今ならば、キアラは落とせるかもしれない。

 しかしそれを守るためのサーヴァントがそばに現れている。

 

 相打ちですめば、“それで上々”だろう。

 

「どきなさい、アンデルセン」

 

 ――キアラの言葉は、もはや完全に凍りついていた。

 

「そもそも、この破戒僧との会話は不毛もいいところ、何の実りもないことに何故私は気が付かなかったのでしょう。現実であればいざしらず――こちらの世界では、コレはもはや塵も同然だといいますのに」

 

 その言葉に――即座にセイバーはハッとする。

 そうだ、この男は完全なる生身なのだ。

 

 とすれば“絶対にアレは回避できない”。

 

「――――今すぐこの場から逃げろ、求道僧……ッ!」

 

 喝破、全身から振り絞られたセイバーの叫び。

 

 ニィ――と、深められるキアラの笑み。

 愛歌は念話でもって叫ぶ、今すぐキアラの元へ駆けろ、と。

 

 だが、遅い。

 既にキアラは手のひらを臥藤門司へとかざし、そして――――


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