ラスボス系少女愛歌ちゃんが征くFate/EXTRA(仮) 作:暁刀魚
――戦いは終わった、長い長い“パッションリップの迷宮”は終わりを告げた。
迷宮の終わりには、記憶という出口があった。
否、これはまだ中間点、記憶は単なるセーフポイント。
そう、終わっていない。
まだ――少なくともあとひとつ、沙条愛歌にはすることが在る。
ジナコ・カリギリのことではない。
アレのことは、明日、迷宮に潜っての探索となる。
姿を消した女――――サクラ迷宮の特性を考えれば、その行く先は。
ともあれ、それはまた別の話。
今は、――自身のマイルーム、目の前にチョコンと座るセイバーのことだ。
――――そう、記憶のことだ。
考えても見て欲しい。
愛歌はセイバーを信頼していた。
この月の裏側においての話だ。
しかし、本来愛歌はセイバーを苦手としていた。
好き嫌いはともかく、変態的な行動を取るセイバーへの辟易は、まさしく本物である。
それが、月の裏側においては単なる信頼へと変わったのだ。
セイバーがごくごく常識的なサーヴァントであったこと、そのセイバーに、愛歌はどうしてか“気を許してしまっていた”こと。
――理由は幾らでもある。
しかし、それで感情が納得できるかといえば別の話。
そもそもこの理由は、愛歌を納得させる類の理由ではない。
むしろそれは不覚と感じてしまってもしょうがないことなのである。
故に、今の愛歌は――
「――――変態! 詐欺師! 大嘘憑き! 色情狂! バカバカバカ! 大馬鹿セイバー!」
――恥辱に満ちた顔で、実に子供らしい罵倒をセイバーに向けている。
きっとセイバーを睨みつけ、自身をかばうようなその態勢は、ある種セイバーに情動すら感じさせる。
いかにも愛らしい少女の仕草であった。
ともかく。
愛歌はひどく赤面していた。
顔を真赤に、りんごのように、少しだけ柔らかそうな頬が膨らんでいるところが、まらたまらない。
「む、むぅスマン奏者よ。……ところでだな」
「何? 言い訳? いいわ、聞くわ、聞いてあげる。不本意だけれど、殊勝なサーヴァントだった裏側の貴方に免じてね!」
セイバーは少しだけ、そんな様子に圧倒されていたようだが、即座にそう問いかける。
心底真面目な顔で、まっすぐ愛歌を見据えた。
それ故か、顔を赤らめた愛歌は、まるで恋する乙女のようだ。
恥辱が、抜けきっていないだけなのだが。
「……抱きしめてよいか?」
「お馬鹿セイバー!」
べしん、どこからか持ちだしたスリッパを思い切りセイバーに叩きつける。
もちろん痛みなど感じないが、急な衝撃に、おう、とセイバーは声を漏らす。
そして即座に持ち直すと、ガバっと立ち上がってずい、と愛歌へ迫る。
「良いではないか! なにせ余は今の今まで我慢に我慢を重ねてきたのだぞ! これでは生殺しではないか! もっと奏者を愛でさせろー!」
「やめなさい!」
そのまま飛びつこうとするセイバーを何とか押し返しながら、愛歌は叫んだ。
もはや恥も外聞も構ってなど居られない。
このサーヴァントはケダモノと化した。
あの信頼のできるセイバーはこの世にはいない、これは正真正銘、愛歌が召喚してしまったセイバーなのだ。
「あぁ、何でこんなことになったのかしら。……私は変わりたいって、リップに言ったわ。でも、こんな変化、望んでなんかいなかった!」
「ふふふ! 何を言う、これで遠慮無く奏者を愛でられるのだぞ、精一杯なでなでしてやる、くんくんしてやる、もふもふしてやる! さぁ奏者よ! 服を脱げ、半脱ぎで!」
「誰が脱ぐものですか」
いよいよ愛歌は耐えられなくなった。
押し迫るセイバーを横に流し、自身はその場から飛び退く。
たたらを踏んで、しかし態勢を立て直し、振り向くセイバー。
鬼ごっこが始まった。
それから――
「さぁ奏者を覚悟せよ! 余は奏者の見えそうで見えない勇気の三角形証明書を望むぞ!」
「それは随分楽しそうだけれど、その勇気は無謀、蛮勇と呼ばれるものよ、頭に愚かな、が付く、ね!」
ずいぶんと――
「……………………」
「…………くく、このジリ、ジリ、と歩み寄るのは、宛ら達人同士の仕合のようだな、奏者よ」
「……貴方のそのだらしない顔がなければね」
――――賑やかしく両者の追いかけっこは続き。
「――はぁ」
愛歌の嘆息で持って、終息することとなる。
なんというか――疲れた。
それも途方もなく。
こんなにも疲れたのは、まぁあのキアラとの一件で気を張り詰めていたこともあるだろうが――
――やはり、セイバーとのことが、それだけ愛歌にとって衝撃だったのだろう。
ともあれ、セイバーは改めてぽすんとベッドに腰掛けて、朗らかな笑みで問いかける。
「それにしても、奏者にしては随分と殊勝だったな。余は毒にも薬にもならない対応をしていたが、それにアレだけ信頼するのは、なんとも奏者らしくないな!」
「む……ぅ」
思わず、顔が赤らんでしまうのが止められない。
何故だろう、どうしても感情が制御できない――そもそも、愛歌にとって感情とは“表現”するもので、振り回されるものではないはずなのに。
――愛歌が一番突っ込まれたくないことを突っ込んできた。
もはや嫌がらせなのではないかというほど的確に。
解っている――わざとだ、嫌がらせではないが、わかった上でやっている。
その方が、余計たちが悪いと言わざるをえないが。
「それほど、意外かしら?」
一瞬苦々しげに眉を潜めながらも、なんとか気を取り直して、ため息とともに自身のベッドに倒れこむ。
それから改めて起き上がり、正面のセイバーと眼を合わせた。
「別に、意外というわけではないがな。これも人徳というやつだ」
「……私としては、我ながらすっごく意外なのだけどね」
言って、改めて“それ”を口にする。
「――従順なサーヴァントは好きよ。可愛いペットなら目一杯かわいがってあげる。面白い子なら、友達になるのもいいかもね。それってきっと素敵なことよ」
それが、普通のサーヴァントならば、の話だ。
セイバーのように変態で特殊なサーヴァントでなければ、愛歌はそれ相応の振る舞いをするだろう。
結局のところ――愛歌は異常者なのだ。
その存在だけで全てを畏怖させる、故に自然体であれば愛歌とサーヴァントの関係は、決して対等にはなりえない。
信頼関係とは、対等な間柄にのみ出現するものだ。
単なるマスターとサーヴァントでは、それは難しいと言えるだろう。
逆に、信用は両者の間で、しっかりと結ぶことができるだろうが。
ともかく、本来であれば愛歌はサーヴァントを従えるはずだった。
文字通り“従順”に、愛歌のすべてでもってサーヴァントを魅了する。
はず――なのだ。
それが、セイバーというサーヴァントによって崩された。
セイバーは唯我独尊、愛歌に怯えもしなければ、心酔もしない。
それほどまでに強烈なのだ。
それでいて、徹底的にマスターである愛歌を愛していると来ている。
故に、愛歌はそれを受け入れていたのだ。
――この月の裏側に来て、両者の関係は大きく変化を見せた。
けれどもそれは、セイバーというサーヴァントの特殊さを、愛歌が理解していたことにある。
あぁ確かに、そうだろう。
ムーンセルはこの赤きセイバーを愛歌に選んだ。
――その理由が、今、この上なく理解できてしまうのだ。
不本意ながら。
「……奏者よ」
「なぁに」
しぶしぶ、と表現するべきか。
剣呑な声音で、セイバーの呼びかけに愛歌は応じた。
欠伸をひとつ――もう、そう長く話は続かないだろう。
「…………電気を消そうか」
「そうね、あまり長く話をしていても明日――次の探索に響くわ。別に、私はそれでも構わないけれど」
――セイバーはそうではないだろう。
精神的な疲労は、あるかもしれないだろう。
愛歌は手元を少しだけいじりながら、靴を脱いでベッドに体を預ける。
室内の照明が落ちると、その代わりと言わんばかりに淡い光の珠が、愛歌とセイバーの間に現れる。
青白い光に、セイバーの顔が照らされた。
「……うむ、何だかこの方が、夜に交わす会話らしくて良い」
「そのために消させたの? まぁ、すぐに寝るならこの方がいいでしょうけれど」
ふふ、とセイバーはそれに優しげに笑みを浮かべた。
彼女らしくはない、どこか親愛に満ちたもの――母性、と言い換えてもよいだろうか。
「何? 随分らしくないわ。何が言いたいの?」
「いや何――どうにも、遠くまで来たものよな、と」
そのことか、と愛歌は布団に潜り込みながら考える。
これで、まだ終わりが見えていないというのだから、辟易する他無いわけだが。
「この月の裏側を脱出したとして、まだ表での聖杯戦争が残っている……か」
セイバーは、つらつらと、語って聞かせるように一人つぶやく。
「奏者は、まだ自分の願いを手放してはいないか?」
沙条愛歌、純粋にして純白の少女。
本来、彼女は自分の願いというものを持たない。
必要がないからだ。
けれども――必要にかられて頼った“月の聖杯”。
くべる願いは、一つ。
沙条綾香、自身の姉をあの地獄から救い出すこと。
「まさか――諦めていないとでも思っているの?」
「そんなことはないさ。これから先も、長い旅になる。ちょっとした意思確認だ」
――セイバーは、ゆっくりと光から顔を離し、ぐうと伸びをする。
「なんと言えばよいのだろうな。……奏者よ、余はまだ何も終わってないと思っている。何も、だ。あらゆることが、決着と呼べるほどには至っていない」
「あら奇遇ね。私も、そう思うわ。――次が四人目、おそらくアレが立ちはだかるのでしょうけれど……それでは随分と呆気無いものね」
次の衛士を撃破したその先は、最深部だというのが現在の生徒会の考えだ。
故に、次が最後の決戦となるか――といえば、それは否である可能性もある。
正確に言えば、生徒会の考えは“次で決着を付けに行く”なのだ。
つまり、言ってしまえばそれは生徒会の都合。
実際の現実がどこに帰着するかは、まだ何もわかっては居ない。
「……今回の件で、私も随分と理解した。――しつこい人間は、本当に窓にへばりついた害虫のようにしつこいのね。一度殺したところで、それで全部終わりなんて、それこそ“虫が良すぎた”」
「――――殺生院キアラのことか」
もちろん、と愛歌は頷く。
声にはしないが、セイバーに伝わらないはずもないだろう。
――そう考えてしまう自分が、何だか癪に障るのだが。
「現実世界で、私はあの女を真正面から確かに殺したの。これは紛れもない事実よ、――あの時の感触は、まだ覚えてる」
「そうか」
「でも、何も終わってはいなかったのね。むしろ、これからが本番、サイバーゴーストとなった“アレ”が、一度死んだ程度で本当に消えるとは思えない。とすれば……もう一回くらい、殺さなくちゃ行けないわよね」
「そうか」
愛歌は実に饒舌であった。
けれども、それがそこでピタリと止まる。
訝しむように、セイバーを見る。
「……どうしたの? 随分と反応が乏しいけれど」
おそらく、眠いわけではないはず。
だとすれば、一体何だというのだろうか。
「いや、奏者は…………あぁ、うむ、なんでもない」
「そう? 変なセイバー」
まぁそれも良いだろうと、愛歌は頷いてセイバーから背を向ける。
同時に、淡い光を少しだけゆるめた。
「――光は消すわ。もう寝なさい、明日はまた、一歩先へ進むことになる」
「うむ、それもまた一興だろう。……ふふふ」
是非もなし、とセイバーは頷いて――それから、どこか怪しく笑みを浮かべる。
ぞくり、と背中が震えるのを、愛歌は感じた。
「何で最後の最後でこう、締まらない感じなのかしらね、貴方は」
嘆息とともに、既に訪れていたまどろみの中に愛歌は消えて行く。
長かった戦いはこうして終わり――新たな明日はかくして迎える。
――――運命の時は、刻一刻と迫りつつあるのであった。
愛歌ちゃんかわいい! というわけで三章は終わりですが、後始末。
次回からはついに物語も転か結に入ります、多分結ですね。
四章はその序章ということで、CCCにおいても色々動き始める段階です。
お楽しみに!