ラスボス系少女愛歌ちゃんが征くFate/EXTRA(仮) 作:暁刀魚
39.よほど厚い面の皮
ジナコ・カリギリ。
愛歌はあの女性をとことん毛嫌いしている。
それは生徒会のメンバーであれば誰もが知っていることだ。
ジナコは時折会議に乱入してくるが、愛歌が彼女に反応を示すことはしない。
したとしても、あからさまに蔑んだような目を向ける。
これで嫌っていなければ、なんなのか。
とはいえその原因については、見当がついていないのが実際だ。
愛歌にしては意外な反応で――他に例を見ないのである。
故に、今回の件は、生徒会のバックアップとしても、対応に困るのが本音というところ。
案の定、ジナコは四人目の衛士として出現した。
対する愛歌は、
「ふぅん」
と呟いただけで、それ以上発言することはなかった。
これまでの常ではあったが、何やら愛歌の反応を伺い続けるBBが、少しだけ哀れに思えるくらい――無反応を貫いていた。
ともあれ、恒例――と生徒会のメンバーとしては呼びたくはないが――となったBBチャンネルが終わると、愛歌はセイバーを伴って生徒会室を立ち去る。
心配しなくとも役割はこなす、とだけ告げて。
――かくして、若干行き先は暗雲立ち込めるものの、ジナコ・カリギリの迷宮――サクラ迷宮第十階層の探索はスタートするのであった。
◆
はっきり言おう、愛歌は苛立っていた。
もちろん、それはジナコに対して。
何故あのような存在の心を丸裸にしなくてはならないのか。
――剥いた所で、そこには無駄な贅肉しかないだろうに。
心の贅肉がどうの、というのは凛の座右の銘ではあるが、アレは贅肉しかない。
無駄だらけの存在なのだ。
「……まぁ、そう怒るでない奏者よ。これから三層も続く迷宮だぞ、あまり根を詰めていては精神が持たん」
「それはそうでしょうね。それでも――」
いいながら、愛歌は視線でセイバーに促した。
目の前には看板、そして何やら物々しい障壁。
「――これは、ハッキリいって悪趣味よね」
その看板に曰く――――これを通れば、死ぬ。
「トラップとしてはまぁ、あからさまではあるが良い出来よな。これで躊躇しないのは単なるバカだ」
「――もしくは、罠であると確信しているか、よ。…………私は後者、ね」
いいながら、愛歌は躊躇うこと無く障壁に飛び込んでいく。
記憶が戻った今なら解る――目の前の障壁は、見た目だけならば表の戦争のアリーナで見た“生死の境”に酷似している。
――しかし。
「……ほらね?」
通りぬけた先で、愛歌は振り返った。
「まぁ、であろうな」
セイバーも直ぐにその後に続く。
――マスターの危険な行動、しかしそれをセイバーは咎めもしない。
「アレが人を殺せるはずもないわ。だって単なる凡俗なんだもの――いえ、愚劣かしら。人の形してないものね」
「相も変わらず辛辣な。……まぁ、ここまでのこの迷宮の傾向を考えれば、この壁は虚実でなければありえないが――なぁ」
それでも、もう少し逡巡して欲しかった、とセイバーは言いたげだ。
「あそこまで底質ではなくとも、人は人を殺せないものよ。他人を殺せるっていうのはつまり、どこかが壊れているのか、もしくは後に引けなくなった、かね」
「……これまで、何の葛藤もなく敵を切り捨ててきた奏者の言葉とは思えんな」
――まぁ、凛やレオ辺りも同じことを言うだろうが。
愛歌にかぎらず、生徒会のメンバーというのはなんだかんだ言って、人としてどこか欠落のある面々ばかりだ。
「ともかく、先に進みましょう。……気は進まないけれど、この人造の迷宮はさっさと踏破してしまうべきね」
さながらここは、人の手によって造られた巨大迷路のようだ。
愛歌は嘆息とともにそう呟いて、先を急ぐのであった。
◆
たどり着いた先、一人の女がまっていた。
――ジナコ・カリギリ、この迷宮の守護者。
「ふっふっふ――」
その顔は、どこか愉悦に歪んでいる。
「よく来たッスね、歓迎するッスよ。ぶぶづけでもどうッスか?」
「……そう」
「いやぁ、こうしてちゃんと会話するのはこれが初めてッスけど、何だ割りと可愛らしいじゃん、ジナコさん、今なら機嫌いいッスから、要件くらいなら聞くッスよ」
「――――――――じゃあ」
愛歌は、特に考えることもなく、チラリとセイバーに目配せをした。
「…………死んでくれる?」
「……へ?」
「む?」
急なことに、ジナコとセイバーの目が点になる。
今、この少女はなんと言った?
「……? 何をしているの? 今直ぐいつものように切り捨てなさい、セイバー」
それに対して、愛歌は逆になぜ呆けているのかという声でそう呼びかける。
「いや待て、奏者よ。奏者は敵にマスターに対してここまで辛辣だったか?」
「当たり前じゃない。情けとか、そういうのって非効率よね。料理に入れる愛情とかと同じくらい無駄じゃないかしら」
「それは別に無駄ではないと思うがなぁ!」
言いながらも、セイバーは剣を構える。
――そこに、別に殺意はない。
必要はないと考えているからだ。
けれども、それを常人が察することなど出来るはずもない。
「わ、わわ、わわわ! そっちのマスターさんはともかく何でセイバーさんすらそんなにノリノリなんスか! こ、殺される、殺されるッスー! 薄いブックみたいに!」
――そんな猟奇系薄いブックはごめんだと、その場にオタク文化に詳しい者がいたら語ったろうか。
ともあれ剣を向けられたジナコは当然慌てる。
冗談ではない、相手はサーヴァント、つまりバケモノだ。
そんなものに狙われて、無事で済むはずもない――!
「ちょちょちょ、カルナっさああああん! その無敵の宝具でなんとかしてくださいよォォォ!」
「――承知」
焦りとともに呼びかけた自身のサーヴァント。
言われるまでもない、と言わんばかりの態度でもって、ランサー――カルナは愛歌達に襲いかかる。
――戦闘の始まりだ。
対して動くのはセイバーである。
元よりそれが彼女たちの役割分担、更に、愛歌自身、ここでカルナに手を出すつもりはない。
相手はくさっても大英霊――ここで手札を全て切るわけにはいかないのだ。
その点、セイバーは手札が実質無限に存在すると言っても良い多才ぶり。
相手の出方を見るには、最良と言えるサーヴァントである。
かくしてセイバーとカルナは激突する。
速度は同速――しかし、セイバーは思わず叩きつけられた彼の“槍”に瞠目する。
疾い、だけではない。
猛烈な打撃の勢いに押され、セイバーは思わずたたらを踏んだ。
そこに、自身と同じスピード――どころか、あの竜のランサーにすら匹敵するというほどの機動性でもってニの槍が叩きつけられる。
一瞬のみそれは顕現し、再び何処かへと消えてゆく。
セイバーは、その一撃一撃のみを、横に振り払うことしかかなわなかった。
「これは……」
――マスターの乏しい魔力を気遣ってだろう、彼の得物は一瞬しか姿を表さない。
故に、行き場をなくした衝撃が周囲へ散っていくことで、なんとかセイバーは彼を往なせている。
完全なる防戦一方だ、圧倒的な英雄としての技量、そしてステータスの違い。
愛歌によって、通常よりも一段階強化されているはずの今ですら、そこには隔絶した差が生じている。
――剣が弾かれた。
なんとか、手中から飛び出すことは防いだものの、一気に態勢が崩される。
まずい――思ったが、しかし。
「……一方的になど、やられて居られるものか!」
それは、セイバーのプライドが絶対に許さない。
「っ――!」
思わずカルナは目を見開いていた。
思い切りのけぞった状態から、セイバーは立てなおして迫るカルナに“突っ込んだ”のだ。
つまり、ほとんど特攻のようなものである。
最低限回避はする、しかし、もはや完全に命を投げるかのような――
――結果、カルナの槍がセイバーを突き刺した。
ギリギリ急所を外したものの、これではまともな行動など――
――――否。
断じて否、である。
セイバーは更に行動していた。
槍に刺されたまま、カルナへと一歩踏み込んだのだ。
「これは……!」
決死の一撃だ。
皇帝特権・戦闘続行、捨て身の突撃にカルナは即座に槍をかき消し、後方へ飛ぶ。
退く他なかった。
同時に、この辺りが潮時だろうという、あくまで冷徹な観察による思考もあったが。
ともあれ、振るわれた刃をカルナは後方へ回避し、更に自身の魔力を放出させその勢いでジナコのそばに戻る。
直後。
「では――これを受けてみよ。真の英雄は目で殺す!」
一歩踏み込み、そして、
「――梵天よ、地を覆え」
――――ブラフマーストラ。
カルナの奥義、――自身の強烈な眼光が、セイバーを襲う。
それは端から見ればある種の、ビームと言って過言ではない。
「ぐ、これは――!」
宝具級の一撃に、セイバーは思わず逡巡した。
回避は――? 間に合わない、であればなんとかこのまま耐え切る他にない。
剣を守りに、直撃は、その数瞬後のことであった。
そして――
「……お疲れ様、セイバー」
愛歌が、カルナの猛攻を耐え切ったセイバーに、激励の言葉を贈る。
「こ、これは何だな……正直、アサシン以来の大難事であった」
アサシン――表で対決した第五回戦の敵。
これまでの戦いにおいて、最強を誇る相手であった。
それと同列――否、対処のし難くさで言えば数段格上の相手。
カルナ――さすがはインドが誇る大英霊、と言ったところか。
ともあれ、カルナは既に矛を収めている。
一度、ジナコに指示を仰いでいるのだ。
なんとも律儀なことに。
「それにしても――だ」
と、しかしカルナはすぐにぽつりと言葉を漏らす。
「意外といえば意外なのは、ジナコよ、よくあの場面でオレを呼べたものだ」
「え? いや、あんだけピンチなんだから、当然っしょ?」
「いいや、普段のお前であればあのタイミングでオレを呼び出すことはできなかった。厚いのは面の皮だけだからな。芯はこんにゃくかなにかよりも柔らかいお前には、通常であればオレを呼び出すということすらできん」
ピンチにもなれば、当然素が顔を出してくることだろう。
特にジナコは何の訓練も受けていない一般人だ。
いつもどおりに――不敵な対応など絶対にできない。
「こと、今のお前は面の皮だけが表に出てきたようなもの。そこから鑑みるに、どうやらお前のよほど厚い面の皮だけは、この月の猛者達と同格クラスというわけだ」
「ちょ、カルナさァーン! こんな時すらお説教ッスか? 今、そんな事してる場合じゃないと思うンスけど!」
「そうだな、そもそも、オレに構っている場合ではない。相手はまだこの場から退いていないのだからな」
――と、カルナはジナコに促して、ジナコはそれに思わず吊られた。
視線の先には、相も変わらず殺気混じりに警戒するセイバーと、その後ろから羽虫を眺める目つきの愛歌。
状況は、何も変わっては居ない。
そう、何も――カルナが与えたはずのセイバーの傷は、既に修繕されていた。
魔力は無限と言って良いほどある、愛歌セイバーコンビを討つには、即死以外の方法はない。
「さて――どいてもらいましょうか施しの英雄。別に貴方みたいな人は嫌いではないけれど、目の前にいられると鬱陶しいわ。でっかいワンちゃんみたいですもの」
「それは、オレのマスターを害するためか――原初の女神《ポトニア・テローン》」
「――――それ以外に、一体何が在るというの?」
互いに、殺気を散らしていると言わんばかりの圧力でもって、言葉を交わし合う。
思わず厚顔無恥なセイバーですら顔を顰めてしまうほどのそれ。
明らかに、現代という空間に出現して良いシチュエーションではなかった。
「では敢えて言わせてもらうが……まったくの無意味だ。そもそも、今のジナコは単なる欲身、分体でしかない。この先のレリーフを破壊するならともかく、その破壊も、お前ですら不可能だろう」
「あら、それは確かにそうでしょうけれど――でも合理的な思考と、感情的な思考って、絶対に一致しないと思わない?」
「感傷ならばやめておけ――」
カルナは、真っ直ぐ愛歌を見据えた上で、語る。
それはあくまで“忠言”だ。
それがどれほど――
「――お前がどれほど過去の幻影との剥離をジナコにぶつけた所で、それは虚しいだけの無意味な挙動だ。女神とはよく言ったものだが、お前のそれは感情によるものではない。完全な“駆動”によるものだ。わからないか人形娘」
――どれほど、愛歌を逆撫でる言葉であったとしても。
「……貴方の言葉は鋭利すぎるわ。どれだけ必要とわかっていても、ナイフを飲み込む酔狂な人間は、そういないわよ」
「それでも構わん。オレはあくまで、
そうして、両者はそこで沈黙した。
カルナは黙して語らず、愛歌は黙して、その真意は能面の表情に沈んでいる。
互いに、これ以上の言葉は不要と断じた瞬間であった。
「……帰りましょう。そこの汚物を焼却するのは、SGを全部暴いてからでも遅くはないわ。カレーのようにじっくりと、ことこと煮込んであげましょう?」
「う、うむ……奏者がそれで良いなら余は構わんが」
嘆息とともに、愛歌はセイバーに呼びかける。
――帰ってくれるのか、思わずジナコは歓喜の笑みを浮かべる。
が、しかし。
「あぁそうだ、忘れてたわ。――貴方のSGもらっていくから、虚言癖のマスターさん?」
――――ちゃっかりと、そのSGは回収されるわけであるが。