ラスボス系少女愛歌ちゃんが征くFate/EXTRA(仮)   作:暁刀魚

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40.たどり着いた奥底に

 生徒会室は不思議な空間だ。

 生徒会メンバーであれば誰もがここに集い、常であれば愛歌のバックアップとして詰めている。

 

 しかし、時折――メンテナンス中など――は、静かな限られたメンバーでの憩いの場となる。

 時には凛、ラニ、サクラ――たまに愛歌――が女子会をしている時もあれば、レオとユリウスが何やら事務仕事をしていることも在る。

 

 ――その組み合わせは、さほど珍しくはない。

 

「……騎士さま、そこの本、とってくれないかしら」

 

 一人は沙条愛歌、朝早くに一人で起きだして、何気なく生徒会室に足を運んだ。

 ――期待した面子のうち、片方がいたのは僥倖か。

 

 もう一人は、騎士王、アーサー・ペンドラゴン。

 特にレオから命令が在ったという様子ではなく、時間を飽かせて、生徒会室でくつろいでいたようだった。

 

「これかい?」

 

「そう、それ――ありがとう」

 

 本棚のそばにいた騎士王に頼み、持って来られた本。

 どうやら80年代にはやった推理小説のようで、興味深げに騎士王はそれを眺める。

 

 愛歌としては、特に意図して頼んだわけではなかった。

 それだ、と同意はしたものの、ハッキリ言って何でも良かったのだ。

 生徒会室の書庫《フォルダ》に興味があった。

 ――結論としては、古めかしい外観にそぐわない、なんとも古臭い書物であった。

 これが更に下って古典の部類にはいらないのがまたそれらしい。

 

「どんな内容なんだい?」

 

「……そういえば、昔読んだことが在るわ。トリックが秀逸だって、綾香が言っていたけど」

 

 ――別に、さほど大したものではなかった。

 もちろんそれを言えるのは愛歌だからなのだけれど。

 

「面白かった?」

 

「どうかしら――悪くはなかったと、思うのだけれど」

 

 よく覚えていない。

 何分、今より更に愛歌は幼かった。

 はっきりいって、その頃の記憶は朧気だ。

 

 あまりに意味のないことが、多すぎたからか。

 

「そうか……うん、それは確かに悪くない、悪くないね」

 

「何だか含みを感じるわ、騎士さま。憂う姿は見惚れてしまいそうだけれど、私に向けられるのは、何だか困るの」

 

 そう言われて、ふむと騎士王は考える。

 数歩、再び彼は本棚へと足を運び――それからゆっくりと振り返る。

 

 何やら少しだけその面持ちは、いつもと違った。

 

 何が違うと言われても、はっきり愛歌にはわからないけれど。

 

「……私はね」

 

 ――ただ、その声音は常の優しげなものではない。

 どこか――黒鉄のような鋭さを感じた。

 

「君のことが――気になっていたんだ」

 

 凍てつくような冷たさはどこにもなく、彼らしい太陽のような暖かさはそのままで。

 けれども、少しだけ、その物言いは直接的だ。

 

「ふとしたことで意識を惹かれた。君のことを知りたいと思った。どんな人なのだろうと、知りたくなった」

 

「え――――」

 

 愛歌は、呆けたようにそれを聞いた。

 どう答えればよいのだろう。

 知らない――こんなこと、愛歌は知らない。

 

 赤面、するべきなのだろうか。

 気恥ずかしさは、十分にある。

 

 けれども――

 

「――君は私を好いていると言った。ただ、その後に君はこうも言った。無垢な乙女なら、花を愛でるのは当然なのだと」

 

 ――それは、少女と呼べる幼さの残る年齢の女の子にとっては、きっと当然の感覚なのだ。

 

「不思議なことに。私もそうだ。君のように不思議な存在は、“知りたい”という欲求を抱かせる。それが単なる知識欲であるはずなのに、まるで私達は相思相愛だ」

 

「えっと……」

 

 反応に困る。

 がっかりしている、というわけではない。

 別に愛歌は“騎士王のことなど好きでも何でもない”のだから。

 彼は自分を守ってくれない、自分は彼のモノには決してなれない。

 ――両者の間にはどうしようもない壁があり、だから愛歌は“浸れない”。

 

 加えて言えば、愛歌は確かに騎士王にあこがれている。

 少女として当然だから――それは、一体どこから生まれる感覚だ?

 それがなんであれ、きっと愛歌の中だけで、這い出てきた感覚ではないのだ、これは。

 

「混乱させてしまったかな。――私たちは赤の他人だ。主従でもなければ、憎みあう感情も持ち得ない。――だから気になる。単なる近くにある隣人として、君に興味を持ってしまうようだ」

 

「それは――――素晴らしい、ことなのかしら」

 

 ふと、そのことが気になった。

 自分の中に判断基準はない、だって何の興味も持っていないから。

 それもそうだろう、愛歌にとって“人付き合い”なんて、そもそも考える必要もないことだったのだから。

 

「さぁ、どうだろう。お題目を掲げてしまえば、世の中のことは大半が善良なことに分類されてしまう。だから、何事にも善と悪は語りきれないものなんだ」

 

「つまり……どちらでも構わない、と?」

 

「“悪くなければ”それでいい。君らしい言葉でいうなら、そうなるかな」

 

 ――ふむ、と思わず愛歌は考えてしまった。

 訪れたのは、驚きと、納得。

 ぴたりと――心情を当てられてしまった。

 

 確かに、そういうのは何というか、悪くない。

 互いに感情を向け合って、それがマイナスに偏っていないのであれば、つまりそういうことだ。

 

 それを――理解されていた。

 まさか、セイバーでも、綾香でもなく――騎士王に。

 どうにも、意外な感覚を覚えてしまう。

 

「……うん、そういうことなら重畳だ」

 

 満足気に、騎士王は言う。

 なぜだか……先ほどの、当然と呼べる気恥ずかしさよりも、それはさらに恥ずかしい。

 

 今度こそ、愛歌は自然と頬を赤らめてしまうのだった。

 

「――君のことを、君から、そして他の誰かから聞いて、少しずつわかってきたことがある。凛やレオ――ユリウスからも話を聞いたかな」

 

 カツン、と騎士王の足音が響く。

 静かな教室――彼と愛歌だけがその世界を支配している。

 

「桜からも話を聞かせてもらった。彼女もどうやら君のことが気になっているらしい。そして――気がついたんだ」

 

 それはなぜだか――愛歌の胸元へ手をのばそうというようで。

 ――否、騎士王はそんなことはしない。

 もっと奥――彼が気になっている、愛歌の奥底を、彼は覗こうとしているのだ。

 

 ――それは、白。

 

 全てを塗り潰すだけの、潔癖な純白。

 

 ただそこに、

 

 

「――――――――君は、沙条綾香――君の姉のことを、模倣しているのだ、と」

 

 

 ――ほんの小さな、黒一点。

 

 ありえるはずのない物だった。

 なぜなら、どうあっても愛歌の白に、色をぬれるはずはない。

 愛歌はキャンパスではなく、消しゴムなのだから。

 

 だのにその黒は、ただそこに浮かび上がるだけでなく、周囲に染み渡ろうとしていた。

 それが滲んでうすぼやけた黒になり――それこそが、つまり、

 

 沙条綾香の存在、というわけだ。

 

「…………」

 

「君の趣味も、余暇の過ごし方も、君が姉から学んだものだ。……模倣、というのは少し言葉が悪かったかな。君からはかつて君が憧れてきた人の影響が、多分に感じられるんだ」

 

 驚いた。

 ――あぁ、本当に、驚いた。

 

 よもや、騎士王にそれを指摘されるとは思わなかった。

 これが凛ならば、まだそれなりに納得できただろう。

 その程度には、彼女とは付き合いがあるはずなのだから。

 

 けれども、騎士王ともなると、意外と言わざるをえないだろう。

 彼とはさほど会話を交わしては居ない。

 月に来て――恐らくは三番目か四番目、愛歌と騎士王の交流は、それなり、と言わざるをえない。

 

 ただ、言ってしまえばそれだけだ。

 そんなことか――とは言わない、確かにそれは愛歌の深淵だ。

 それでも自分の心の中にあるものくらい、愛歌は自覚している。

 なにせ過去にも一度、それを指摘されたことが在るのだから。

 

「……私はね、騎士さま。多分、人と係ることって、そんなに好きじゃないの。だから、あまり他人に詮索されたくもないのだと思うわ」

 

「それは……」

 

 沈黙する。

 

 騎士王はその場に立ち止まって、愛歌のことを見ていた。

 愛歌は手にとった本をパタンと閉じて、立ち上がる。

 それまだ半分ほど後ろに向けていた椅子を元に戻して、今度は愛歌から、騎士王のほうへと近づいた。

 

「でもね――騎士さまなら、話は別。何でかしらって不思議だったのだけれど……そうね、ようやく解ったわ」

 

 両者の間は数歩ほど、間に一人くらいの、隙間があった。

 

「――相性が良いのね、きっと」

 

「私と、君がかい?」

 

「それなら、ムーンセルはあなたを召喚しているはずよ。……果たして、それなら一体どれほど良かったことかしら」

 

 セイバー――あの暴君が嫌いというわけではない、のだと思う。

 不本意だが、信頼している。

 そう、頭にそんな言葉がつくのだ、沙条愛歌と赤きセイバーは。

 

 今の両者の関係は、良好では在るが、少し特殊だ。

 

 それが騎士王ならば――と、考え無くはない。

 

 だから、違うのだと愛歌は首を横に振る。

 

「あなたと――綾香が、よ。凸凹っていうの? あの娘、素直じゃないからきっと上手く嵌るはずよ」

 

「あぁ…………」

 

 合点が言ったという様子で、騎士王は納得する。

 確かに、それはそうだろう。

 

 愛歌の中に明けられた小さな風穴。

 ――綾香という黒点に、最も近いのが、きっとこの騎士王なのだ。

 

 そう、そういうことだ。

 

 愛歌は綾香を模倣している。

 その生き方を、趣味を、在り方を。

 

 つまり、そう。

 ――――愛歌は、綾香という存在をとっかかりにしている。

 

 

 綾香を基準に、他人というものを量っているのだ。

 

 

 ――ひらりと、一枚の花びらが舞い、落ちたような、そんな気がした。

 

「何だか、胸のつかえが下りたよう。不思議な気分ね、スッキリしたわ」

 

「確か……喉に刺さった骨が取れるというのだったか、うん、一瞬の精神の乱れは、ここぞという時にこそ仇となる。常から気をつけておくべきだね」

 

 何だか、騎士王らしい言葉だ。

 それが少しだけおかしくて、笑ってしまう。

 

 対する騎士王は、その表情は意外だったのか、困ったように頬を描く。

 

「私ね、思ったの。あなたのように、私にとって好ましい人と会話することは、決して悪いことではないわ。だって、否定することがなにもないのだもの」

 

 ――そもそも、愛歌の人と会話するということの根底には、“綾香”という基準がある。

 

 愛歌から見た綾香は、どこか気むずかしくて、一人勝ちだ。

 そういう意味では、似たもの姉妹と呼べるのかもしれない。

 綾香は“できなくて”、愛歌は“必要がなかった”。

 その差は、あまりに大きなものではあるけれど。

 

 ともあれ、そんな綾香にとって、誰かとコミュニケーションを取ることは、マイナスなことに捉えられたはずだ。

 とすれば――である。

 その価値基準を真似る愛歌にとって、“悪くない”というのは他人に対する感情の基本であった。

 

「否定する理由が無いから、悪くない。けれど、何時その感情が揺らぐから、それ以上のことは何も言えない。そうでしょう?」

 

 そしてそれは、愛歌にとっても、ある種合理的に思えたから――愛歌の感性に合致したことも、大きな要因と言える。

 

「そうだね。君はそういう娘だ。けれども思うに、もっと素直にそれ以上の感情を、その時の気分で選んでしまっていいと思うのだけどね」

 

「えぇ、……私も、そう思ったの。考えても見れば、窮屈じゃない? マイナスな感情は身体に毒よ、だからそうでないように、プラスマイナスゼロのエリアは、それなりに広くしてきたつもり」

 

 ――だから、何事も悪くはないのだと。

 かつてはそうだったのだと。

 

 

「でもなぜかしら。コレほどまでに好ましいのなら、素直に“良い”としてしまうのも、一興ではないかしらって」

 

 

 今は、すんなりと思うことができた。

 

「それは……心境の変化かい? それとも、常から?」

 

「変化ではないかしら……よくわからないわ」

 

 よくわからないから、どうすればいいのかも、結論が付けられない。

 ――けれども、だ。

 

 これでよいではないか、素直に思った。

 

 

 ――――だってこんなにも、自分はこの感覚を好ましいと思っているのだから。

 

 

 静寂を纏った生徒会室。

 ふたりきりで、愛歌は優しげな面持ちの騎士王を見上げ、そう思う。

 

 ただそれは、どこか緩やかな、一枚の絵画のように時間から切り離された空間でのことだった。


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