ラスボス系少女愛歌ちゃんが征くFate/EXTRA(仮)   作:暁刀魚

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41.色眼鏡

「アタシは、別に誰かに認められたかった訳じゃないッス――」

 

 ――サクラメイキュウ第“十二層”。

 ジナコ・カリギリが衛士を務める迷宮の、最終階層。

 二つ目のSGを手に入れた先で、愛歌の前にジナコは立ちはだかる。

 

「地位とか名誉とか、そういうのは及びじゃないッス。勝手にしてろっつーか、勝手についてきたっつーか? ジナコさんは凡人だけど、まぁ凡人なりのセンスがあったから、ゲームチャンプなんてこともできたわけッスね」

 

 目の前に立つ女は、亡霊か、幽鬼か何かか。

 辛気臭い、どころではない――儚げだとか、憂いを帯びるだとか、褒め称えるには程遠い。

 ――既に女は化石とかしていた。

 死んだ魚ではまだ足りない。

 その瞳に、光など無い。

 

「まぁ……そこが凡人の限界ッス、時間があって、その時間の耐久につかえて、はいおしまい。――ジナコさんはただ辿りつけただけ。天才ってのはね、動こうと思ったら動けるもんなんスよ」

 

 うなだれるように背を丸め、語る言葉は、しかし愛歌に向けられたものではない。

 世界を呪うような声、けれどもそれは、一体誰に向けたものだ?

 決まっている――自分自身しか無いではないか。

 

「知ってるッスか、逆境っていう言葉は、打破できるから逆境なんスよ、そして――そんなもの、天才にしか降りかからない。ホントの災厄とか、不幸とか、アタシみたいなどーしようもない奴の元にしか訪れない!」

 

 ――けれども、愛歌に対し、ジナコはある種の同意を求めた。

 彼女は“災厄”だと、それを形容する。

 言ってしまえばそれこそ、愛歌と同じたぐいのものではないか。

 愛歌は凡人に訪れる災害だ。

 とすれば――自分のことをわかってくれるのではないか?

 

 意思を持つ台風に、ジナコはそう訴えかける。

 

「愛歌さんなら解ってくれるよね! だってアタシみたいなやつ、死ぬほど――掃いて捨てるほど見てきたんでしょ!? そうに決まってる、だってアンタ――――化け物なんだからっ!」

 

「――――――――」

 

 それに、割って入る者はいなかった。

 愛歌はバケモノだ――それを、あんまりだと非難できるものはいない。

 セイバーとて、そしておそらくは、カルナとて。

 

 ただし――それはあくまで、愛歌が化け物であるという事実だけだ。

 

「どうなの!? ねぇ、答えてよ!」

 

 

「――――愚問ね。そんな問いかけに、はいと答えるバカがどこにいるのかしら」

 

 

 セイバーにとって、むしろその答えの方が意外といえば意外であった。

 まさか、愛歌が答えるとは思わなかった。

 なぜなら彼女はジナコをとことん嫌っているから。

 

 精神的に相容れない存在に対し、わざわざ言葉をおくるなど。

 ――なるほど、ついに我が主も我慢の限界に来たというわけだ。

 

 人間らしい感情だ。

 一方的に、ただ苛つかされる存在に対し、どれほどスルーできる人間がいるものか。

 たとえそれが無視することが最善であったとしても、“無視できる人間はそういない”。

 もしくは、自分は無視を呼びかけていると――苛立ちに対し優位に立っているというポーズを見せて、溜飲を下げるか。

 

 愛歌はむしろその点、よく持ったと言えるほうだろう。

 

「生憎と、私が見てきた普通の人はね、生きることを諦めたことはなかったの。今にも死が目の前に迫っても――心が死んでしまう人は、いなかった」

 

「ダウトッス。地獄みたいな場所で、生きたいと思う人間は狂ってる。おかしいのはソッチのほうだ。だから……アンタは根本的に間違ってるッス」

 

「そんなはずがないでしょう? それは諦めたのではない――既に、“その時には駄目になっている”のよ。だから、正しくない。あなたのそれは死人の理論よ」

 

「死を恐れて何が悪い! じゃあどうして人間は死んじゃうのよ! 誰だってそんなこと解ってる、だから怖いし、目を背ける。だから、死を諦めるのは当然、そうじゃない人間は、じゃあ一体なんだって言うのよ――!」

 

 

「――――死ねないから、生きてるのよ」

 

 

 ぐぅ、とジナコは唇を噛んだ。

 畳み掛けるような言葉の応酬、苛烈にました愛歌のそれと、湯水のごとく“ああ言えばこう言う”ジナコのやりとり。

 終わりを告げたのは、ジナコのほうだ。

 

「本当に狂っている人間は、死を前にして目を背けない人間じゃない。死を生と同じにしている人間よ。少なくともこの場合ね」

 

 人間は、簡単に死を選ぶことはできない。

 高層ビルの屋上で、自殺のために縁に立つ人間。

 背中を押す理由がなければ、人間はそれ以上先には進めない。

 

 それが、普通なのだ。

 ――そればっかりは、ジナコだって否定はできない。

 

 だってジナコだって“死にたくはない”のだから。

 

「どんな人間だって……簡単には死ねない。だから、諦めて生きることを選んでる……あは、そんなの“当たり前”じゃん。バッカ見たい」

 

 それでも、

 

 ――それでも、

 

 

「それでも――――生きていけない人間だって、いるんだ!」

 

 

 そして沈黙するのは――愛歌のほうだ。

 知っている、そんなことは知っている。

 二つ目のSGを明らかにする過程で、愛歌はジナコの生き方を知っている。

 諦めて、諦めたまま死ねずに生きている人間。

 

 ――それが、愛歌はどうしようもなく気に入らなかったのだ。

 

「あは、あはは! 否定出来ないっすよね! だって、でなけりゃアンタは、アタシに何の興味も抱かなかったんだから!」

 

 好きの嫌いは無関心、――愛歌の場合は、特にそれが顕著だ。

 興味のない相手にはそもそも反応すら示さない。

 ジナコの場合、愛歌の関心を、“最悪”の方向で買っているのだ。

 

「……………………」

 

「いやッス。化け物、アンタは確かにどうしようもなく正しい。アンタらしくないくらい、正道だ。でもそれは、アタシに対して興味――期待があったからでしょう? 言い当ててあげようか」

 

「…………」

 

 愛歌は、ただ沈黙している。

 ――それは、ジナコという女を観察しているようだった。

 

 

「どうしてアタシは――あの人みたいにできないんだろうって」

 

 

「よく解ってるじゃない」

 

「知ってるッス。それだけは知ってるッス。ラニさんがそうだったように、アタシがそうであるように――人間、同族っていうのは解っちゃうもんッスよ。それが“自分の汚点”だと思っているなら、特に」

 

 ジナコは、愛歌のことなど何も知らない。

 彼女は災厄で、そういう世界に生きてきた――とだけ、月に来てから知った。

 誰かが噂をしていたから、一応調べて、それで終わりだ。

 

 であっても、“それ”だけは解る。

 どうしようもないほどわかってしまう。

 

 同族嫌悪。

 

 ジナコは、そういった感情にだけは、人一倍敏感なのだ。

 

「結局のところ、アンタとアタシの間にあるのって、そういうものッス。アンタの心のなかに棲む誰かは知ったこっちゃ無いッスけど、そのために、アタシに構うんなら――こっちから願い下げだ」

 

「だから――無視してきたんじゃない、視界の外に、貴方を追いやってあげたのではない」

 

 恨むなら、ジナコをこの場に引きずりだしたBBを恨むべきなのだと、愛歌は言う。

 それは確かにその通りだ。

 けれども――納得できるかといえば、別問題。

 

「アタシはアンタのことが大っ嫌い、で、それはアンタも同じこと。絶対に分かり合えなくて、それで構わない。――本来なら、それでよかったんスけどね」

 

 それでも、とジナコはそこで――ようやく愛歌から視線を外した。

 その視線の先には、不可思議な壁。

 ――障壁、それも月の表で勝者と敗者を区切ったものと、同じ代物だ。

 

 前にも、裏側で一度これを見かけた。

 その時は、それは単なるブラフであったが――

 

 

「でも、こうして仕切られちゃってるッス。真正面から、向かい合うために」

 

 

 ――この壁を通れば、SGが手に入る。

 ただし、そのためには誰かが、死ななくてはならない。

 

 それがこの壁を解除する条件。

 ジナコの提示した、死の宣告だ。

 

「さぁ、こっちに来てみてくださいッスよ。理不尽な死に抗うのが普通なんでしょ!? だったらこの壁を越えてみせろ! でなけりゃ、アンタもアタシと同じ穴のムジナなんだ!」

 

 ほとんど息継ぎすらせず、ジナコは一息でまくし立てる。

 血気せまる、どころではない。

 もはやジナコには、それしかないのだ。

 

 今のジナコはSG――エゴの化身。

 彼女には本来のシニカルさも、孤独を惜しむ感情も殆ど無い。

 ただ死を恐れているだけの存在。

 

 ただ時が過ぎ去ることだけを待ち望む、哀れな存在だ。

 

「――越えない、その壁は越えない。残念だけど、貴方の要望には応えない。だってそれは、死を迎合することと同じでしょう? だったら私がすべきことは単純ね」

 

 ――この壁を、解除する。

 

「残念ッスけどそれは無理だと思うッスよ。これはシールドや障壁と同じ、BBの用意した特製ッス。だから、アンタにだって、死はどうすることもできない」

 

 けれども、それは不可能なことだ。

 愛歌とていつかは死を迎えるだろう。

 ――だから、愛歌にも死を覆すことはできない。

 

「だから――その死を遠ざけるのではない? たとえどれほど時間がかかったとしても、その壁自体はどうにかしてしまうつもりよ」

 

「その時間が惜しいとは思わないッスか? アンタ達の探索は時間との戦いだ。下手したら、アンタがそうしてるウチに、人類終わっちゃうかもしれないッスよ」

 

「それでもよ。私はね、理不尽が嫌いなの。私にどうしようもできないことなんて、この世にあっていいはずがないでしょう?」

 

 ――――至極当然のように、愛歌はジナコにすらそう語る。

 あぁ、本当に――ジナコは愛歌をギリと歯を食いしばりながら睨む。

 

「――狂ってる! 馬鹿げてる! アンタはやっぱり化け物だ! だったら勝手にすればいい、アタシは、もうアンタになんか構ってやるものか」

 

「…………結局のところ、結論はそこにたどり着くのじゃない。貴方も私も、随分と無駄な時間を浪費させられたものね」

 

 それが、結論だった。

 お互いに無意味は自覚している。

 それでも退けなかったから、言葉を交わして、行き着く所まで来てしまった。

 

 結局、理解なんて夢のまた夢、ジナコも愛歌もただ相容れないということがハッキリしただけで終わってしまった。

 

 ――端からそれを見ていたセイバーは、ううむと頭を掻く。

 こればっかりは、どうしようもないことだろう。

 セイバーにしても両者の関係に、結論が見えない。

 

 嫌いなら嫌いでいい、普通ならそれで済む。

 ジナコも愛歌も、そういう結論を出した。

 

 けれども、それでは少しだけ惜しいのだ。

 なにせ、こんな愛歌の表情――もう二度と見れるかすら、解らないのだから。

 

 激怒でも、憎悪でも、恥じらいでもない。

 純粋な嫌悪の感情。

 そんな感情を向ける相手が、ここにいるのだ。

 通常であれば、意識すらかけられずに終わる存在――その代表がジナコなのだ。

 ただ、その“代表”すぎるほどに彼女は際立っていた。

 

 それが、今の愛歌とジナコの間にあるものだ。

 

 だから叶うことなら、そういう手合に対する対処も、できれば愛歌にはこなして欲しいのだが。

 そこまで望むのは高望みがすぎるだろうか。

 

 ともあれ――と思考する。

 ここでいつまでも睨み合っているわけにもいくまい。

 このまま解析に移るのか、一度生徒会室に戻るのか、どちらでも構わないが、セイバーが指摘しなければ愛歌達は動かないだろう。

 

 故に、

 

「奏者よ、少し――――え?」

 

 声をかけようとして、それが止まる。

 その表情は、雄弁に語る。

 

 ――どうしてここに? と。

 

 

「――――ヤァジナコチャン。コンナ所ニイタンダ」

 

 

 その声の主は、道化であった。

 愚かなピエロ――狂おしき女。

 

 彼女は自分を――

 

「――ランルーくん、さん?」

 

 ――――ランルーくん、と呼んでいた。

 

「キチャッタ」

 

 どこか楽しげに、そんなことを言うピエロは、怪しげに身体をばたつかせる。

 それに、愛歌は怪訝そうな顔を向けた。

 別にランルーくんがどうこうではなく、単純に機嫌が悪いのだろう。

 

「何をしに来たの? 状況、解っているのかしら」

 

「ウン聞イテルヨ。全部聞イテル」

 

「だったら――――」

 

「――出番カナッテ」

 

 愛歌の言葉を遮って、ランルーくんはその横に並んだ。

 ――だが、止まらない。

 言葉と合わせ、愛歌がその意図に気がつく。

 

「まさか、貴方――」

 

「……?」

 

 不思議そうにランルーくんを見るのはジナコだ。

 ここにやってきたランルーくんに、どう反応するべきかを迷っている。

 

 罵倒し、追い返す? 諌めて見る? ジナコにその二択は、決めかねるものだった。

 

 その間にも、ランルーくんはゆっくりとジナコに近づいていて――

 

「……止メナイデネ?」

 

「…………」

 

 軽く振り返って、ランルーくんは愛歌へと呼びかける。

 愛歌はしばらく考えたように眉を結んで、そして嘆息で答える。

 

 好きにしろ、と。

 難しそうな顔をして、そう言ったのだ。

 

 ――――そしてそこで、ジナコもまたようやく気がつく。

 

 既に、ランルーくんは“死の障壁の目と鼻の先にいた”。

 

「ちょ、ま、ランルーくんさん、待って、だめ――アンタは、駄目……!」

 

 思い出される言葉がある。

 ――愛歌がつい先程言った言葉だ。

 

 意味のないことだと、ジナコはそれを流した。

 その時は、たしかにそのとおりだったのだ。

 

 けれども――今になって、それはどうしようもない重荷に変わる。

 

 曰く、

 

 

 “「本当に狂っている人間は、死を前にして目を背けない人間じゃない。死を生と同じにしている人間よ。少なくともこの場合ね」”

 

 

「来ないで、来ないでェ――――!」

 

 絶叫、それまで激怒以外の大きな感情を見せてこなかったジナコが、拒絶という感情を見せた。

 

 ――ランルーくんに対して。

 待ってくれと、せがむように、たのみこむように。

 

 

 それでもピエロは、何のためらいもなく、死へと一歩を踏み込んだ。


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