ラスボス系少女愛歌ちゃんが征くFate/EXTRA(仮)   作:暁刀魚

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43.太陽の英霊

 粘りつくようなヘドロの塊。

 もう随分と長い間、目をそらされ続けてきた井戸の底。

 ジナコ・カリギリの心象はそんな――もはや手遅れとすら思える汚濁にまみれていた。

 

 かつての三人は、どれもその心を鋭く尖らせていた。

 眩しく思えるほどの鈍い輝きは、今は黒とも茶ともとれない不可思議な世界に汚染されている。

 圧倒的なまでの否定の中に、ハリボテのような虚勢が見え隠れする。

 それが、ジナコの世界であった。

 

 ――待ち受ける者は一人のみ。

 ジナコの従者、槍のサーヴァントカルナが待ち受けていた。

 

「――――よく来たな、女神」

 

 振り返りざま、カルナはそう愛歌に呼びかける。

 

「そんなに私を、そうやって呼ぶのが好きなのかしら貴方、変な人ね」

 

「間違いではないだろう、オマエのそれは、女神によくあるヒステリーのたぐいだ。特にジナコに向けるものはな」

 

 随分と辛辣なものいいだ。

 ろくでなしの巣窟である神話の神と同一視されて、さしもの愛歌とていい気はしない。

 故に、眉をひそめて抗議する。

 セイバーとしては、的を得ているとも思うのだが言わぬが花だ。

 

「そもそもだ。沙条愛歌、オマエのそれは本当に単なる嫌悪から来るものか。憧憬の否定に対する怒り、とするにはいささか不自然さが際立つ」

 

「どういうことかしら」

 

「――気にすることはない、すぐに知れる」

 

 愛歌の問いかけを一言でバッサリと切り捨てて、カルナは再び後方へ視線を向ける。

 視線の先には気配――解っている、ジナコは引っ込んでこそいるものの、この場にいないわけではない。

 

「ジナコ、そろそろ姿を見せろ、お客人の到着だ」

 

 言葉に引きずり出されたのか、のそりとジナコは這い出てくる。

 ――瞳は、もはや幽鬼どころの話ではなかった。

 幽霊、つまり生に未練のある死霊ではない。

 

 生きながらにして死んでいる――もはやそれは死体そのものだ。

 つまり、いうなれば――

 

 

 ジナコ・カリギリの心は既に死んでいる。

 

 

 ――――それほどまでに、ランルーくんという存在の消滅は衝撃だった。

 

「お客様って、どんな冗談ッスか、カルナ。……あぁ、それくらい他人行儀でいたい相手ってことッスね、納得」

 

「随分な言いようだけれど、……それでいいの? 貴方もう、ここで踏み外してしまったらどうしようもないわよ?」

 

 もはや愛歌は、ジナコに対し怒りを向けようとはしなかった。

 その価値すら無いと、心底で断じてしまったのだ。

 今のジナコは生きながらにして生きることを諦めた豚ではない。

 もはや、生きることすら終わってしまった存在である。

 

 故に、飛び出したのは確認の言葉、善意でも、悪意でもなく、意図せずに飛び出したものだった。

 

「……それで、どうしようもなくなれたらよかったんスけどね。……もともと、どっちにしてもアタシは駄目な奴だから、そもそも、ブレーキなんて最初から無いんだよ」

 

 対するジナコもまた、愛歌に対する感情など完全に掃き捨てていた。

 今の彼女にあるのは、ランルーくんの死に対する衝撃だけ。

 一度、既にジナコはこわれていて、それが二度のダメージによって全損した。

 

 今の彼女はランルーくんと同じだ。

 道化の狂気に染まったランルーくんと違うのは、飢餓にも近い無気力感をジナコが感じているという点。

 

「お手上げね、貴方には色々言いたいことがあるけれど、……何を言えばいいのか解らなくなっちゃったわ、セイバー、どうする?」

 

「……どうする、と言われてもな」

 

 ――少なくともセイバーは愛歌とジナコの問題に口出しをすることはなかった。

 これまで、セイバーはあくまで第三者を貫いてきた。

 それが無意味になって、であればどうするか――純粋に、ジナコを案じる他はない。

 

「余が思うに、あの女に必要なのはまず考えを落ち着かせる時間だ。少しでも冷静さを取り戻せれば、多少は持ち直せる程度には図太いだろうよ」

 

「――それは同感だ。でもなければ、“のろい”に蝕まれたまま、十五年もただ生き続けることはできなかっただろう」

 

 セイバーの言葉にカルナが同意する。

 その見解の一致を愛歌が納得し――そこにぽつりと、ジナコが声をかける。

 

「あっはは、何の相談ッスか? あ、アタシは混ぜないでくださいッス。そういうの、今いいから」

 

「……本当に、此奴は正気でいられないらしい。奏者よ! まずはあ奴の横の黒子から排除する!」

 

「えぇ……そうね、ここは少し、サーヴァントの横の木偶に、神話の再現でも見せつけてみましょうか」

 

 ――衝撃で、何か心境の変化があるかも知れない、と愛歌。

 同時、セイバーは剣を振り回し、そして構える。

 振り下ろされ、沈むセイバーの身体。

 

 対するカルナもまた、その手に炎を宿す。

 自身のクラスを示す槍を一瞬のみ出現させ、更にジナコへ視線を向ける。

 

「そうだな、それもまた一興だろう、女神よそして暴虐非道の皇帝よ、その身が吸血鬼の如く燃え尽きる感覚を教えてやろう。……マスター、指示を」

 

「え? ――あぁうん、やっちゃえカルナさん。どーでもいいけど」

 

 死へと誘うようなジナコの言葉。

 それを合図に、――――サクラ迷宮、四度目の決戦が開始される。

 

 

 ◆

 

 

「――――■■■■(血に注ぐ)

 

 不死身にして黄金の英霊、カルナ。

 比類なき大英霊、彼と同格の英霊を求めるならば、英雄王辺りが必要となる。

 それほどの存在だ。

 

 ――セイバーでは絶対に勝ち目がないことくらい、前哨戦の際に知れている。

 

 とすればこの戦闘、何が勝敗を分ける事となるか。

 最も大きな要因を上げるとすれば、間違いなく“マスターの性能差”ということになるだろう。

 

 それでもなお、勝利を確定できないほどに、カルナは強大だ。

 自身の勝ちを確信できない、とするならば――どうするか。

 

 最初から、出し惜しみなしで全力を投球する。

 それ以外に方法はないだろう。

 

 故の詠唱――地を震わす不可思議の言葉。

 それはかつて失われた統一言語とも違う、もっと原初の――まだ、言葉が人に与えられていなかった頃の、言葉。

 原初の女神の、まるで雄叫びのようなモノだ。

 

 この世において、それを操れるとすれば、愛歌を置いて他にいないだろう。

 

 ともあれ、戦局は動き出す。

 接近するカルナに対し、セイバーの役割は防衛だ。

 “少しでも”、マスターが詠唱を重ねる時間を稼ぐ。

 

 故に、真正面からカルナに対して迎撃を敢行した。

 

「――なるほど」

 

 即座にカルナはその場に停止すると、手元に炎を纏う槍を出現させる。

 ほんの刹那のみ現れるカルナの槍は即座に高速でせまるセイバーを弾き飛ばす。

 衝突――押し負けたのは、当然セイバー。

 剣が上に、跳ね上げられる。

 

「ぐぅ……だが!」

 

「甘いな」

 

 即座に二撃目をふるおうとしたセイバーよりも“速く”ランサーは身を落とし、槍を真正面に突き出す。

 セイバーのそれと同じ、突撃だ。

 慌ててセイバーは剣を引き戻し、それを受け止めた。

 

 直後、爆発。

 ――手元で急に出現したうねりを浴びて、セイバーは上方へ弾かれた。

 なんとか直接の攻撃を避け、故にセイバーは上からカルナを見下ろす他にない。

 

 そして見た。

 

 自分に突撃した勢いを、一切落とすことなく愛歌へ迫る姿を。

 

「奏者ァ!」

 

 叫ぶ、今のセイバーには愛歌を案じるしかできることはない。

 迫るカルナに対し、愛歌は瞳を閉じ、詠唱を続けたままだ。

 

 それでも――

 

 カルナの槍は届かない。

 

「――■■■■(神に注ぐ)

 

 転移、詠唱を続けたまま、愛歌は転移によってカルナから離れた。

 その程度ならば児戯、ということか。

 

 離れた場所に出現する愛歌、しかし、その時には既に、カルナは更に愛歌へと接近していた。

 一瞬、足元が魔力に満ちたかと思えば、もう既にカルナは槍を愛歌へと突き立てようとしていたのだ。

 

 だが、

 

 愛歌はそのまま転移で後方に回る。

 詠唱の態勢のまま、手のひらをカルナにかざそうというのだ。

 それを、カルナは見もせずに槍を払うだけで振り落とす。

 

 刹那にすら届かない攻防であった。

 愛歌は、着地したセイバーの後方へと転移した。

 

「なるほど」

 

 ――猶予はない、詠唱は続く。

 

■■■■■(悪魔に注ぐ)■■■■■(大地に注ぐ)

 

 カルナは更にセイバーへと接近した。

 一瞬の斬り合い、即座にカルナは上段をとり、セイバーは下段へと追いやられる。

 厳しい態勢、戦線が弾けるのは時間の問題であった。

 

「ぬ、ぉぉおお!」

 

 それでも、セイバーの後ろに愛歌はいない、既に逃げられている。

 

■■■■■■■■■(ここに交わりて四度)

 

 愛歌は止まらない、今も屍を踏みつけ砕くように、踊り続ける。

 死に迫り続けるその舞踊は、カルナとて自身の窮地を理解し、眉をひそめるほどだった。

 

■■■■■■■■■■(祈り叫ぶ咆哮とならん)

 

「とすれば――」

 

 ここで最大宝具は切れない、アレは一度切りの最終技だ。

 この戦闘で手札として切る用意はあるが、今ではない。

 とすれば、ここで取るべき手は――

 

■■■■■■■■■■(我が身に宿る原初の芽)■■■■■■■■■■(その身に眠る終焉の花)■■■■■■(永久に変わり)■■■■■■(須臾へと至る)

 

 詠唱は刻一刻と完成へ向う、ゆっくりと、戦場は変化に満ちていく。

 

 カルナは円を描くように、セイバーを避けて愛歌へと迫る。

 当然、それに追いすがるセイバー、しかし遅い。

 無数の灼熱の雨が、セイバーの身体を蝕んでいるのだ。

 

「くぅ――己ェ!」

 

 そこへ、本命の一撃、一直線上に、セイバーとそして愛歌が並ぶ。

 叩きこむのだ――カルナが持つ、唯一の遠距離砲撃を。

 

「――――梵天よ、地を覆え《ブラフマーストラ》」

 

 眼力による威圧――即ち、ビームによる破壊光線である。

 迫るそれは、回避という概念を許さない、セイバーは、上方から迫る焔ごと、それを防ぐことを迫られる。

 

 後方には愛歌、彼女であれば回避できるにせよ、今は細心の警戒が必要であった。

 

「――――ッッッッッ!」

 

 即座に、着弾。

 セイバーはその全てを膨大な光に包まれた。

 

 だがそれでも、愛歌達は揺るがない。

 

 見えた、視線の先――未だ愛歌は詠唱を続ける。

 

■■■■■■■■■■■(始まりにして終わりの祖)■■■■■■■■(全にして一なる母)

 

 であれば――仕方があるまい。

 ここで切るのが、間違いなく戦局に対して最善なのだ。

 

 ――カルナ最大の宝具、それをここで、あの女神に対してぶつける。

 でなければ、カルナは間違いなく状況を不利に追いやられることになるだろう――!

 

「まだ戦いは序の口といったところ、しかしそれでも、食らうがいい」

 

 構える、それは即ち灼熱の極点。

 神々をも討滅せしめる光の槍、一撃のみを許された雷光の輝きは、やがて白熱を越えカルナの手元で燃え上がる。

 

 即ちそれは太陽の写身、カルナはそれを自身そのものと化してしまう。

 うねりを上げる魔力はやがて戦場すらも震わせる。

 

 やがてそれは、愛歌達を消し去るべく、解き放たれる――――!

 

 

「さぁ、絶滅せよ――――日輪よ(ヴァサヴィ)

 

 

 ――――否。

 

 太陽の英霊に、待ったをかける声がひとつ。

 

 

「――させる、ものかァァァアアアアアアアアアア!」

 

 

 目を見開く。

 ――セイバーが、迫り来る。

 その速度は、明らかに先ほどまでのそれをはるかに越えている。

 

 魔力の込められたカルナの槍を横薙ぎ一閃、なぎ払う。

 

 真正面から、その瞳がカルナを射抜いた。

 再び衝撃――明らかに、その意思は先ほどまでの輝きとはわけが違う。

 これは――一体どういうことだ。

 

「決まっておろう――」

 

 その表情に、セイバーは目ざとく気がついたのか、剣を振った勢いで己を回転させながら、語る。

 

 

「それは即ち――奏者への愛故に……!」

 

 

 要するに、気合だ。

 意志の強さが、カルナを射抜いたのだ。

 そして加えてもう一つ――セイバーの身体から、膨大な魔力が放出される。

 スキル――皇帝特権・魔力放出(炎)。

 

 目の前には景気良く、魔力放出を続けるサーヴァントがいる。

 であれば、この場においてなら、セイバーとてそのスキルは取得可能。

 

「なるほど……!」

 

 称賛と驚愕と、無数の感情をはらんだ声だ。

 振りかぶるセイバー、魔力放出で互いに態勢を立て直し、それに対してカルナも合わせる。

 

 そして――

 

「――――■■《杯よ》、■■■■■■(栄光は満ちた)

 

 その直前、

 

■■■■■(これより汝)■■■■■■■■■(常世を包む肚となれ)――――」

 

 ――――愛歌の詠唱もまた完成する。

 

 ジナコの心象風景、決戦場を侵食しそれは世界に生まれ落ちる。

 母胎から抜け出た躯の群れ、屍を踏みつけて、愛歌は更にくるりと踊る。

 

 胸元が勢いに任せて開け――黒の令呪がその姿を見せる。

 

 そこから泥のような黒が溢れでて、全てを侵食していくのだ。

 

 光すらも、太陽すらも飲み込んで――やがて愛歌はそれを告げる。

 

 

「――――――――怪獣女王(ポトニア・テローン)

 

 

 直後、激突するカルナとセイバー――戦闘は、次なるラウンドへと移っていく。


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