ラスボス系少女愛歌ちゃんが征くFate/EXTRA(仮) 作:暁刀魚
粘りつくようなヘドロの塊。
もう随分と長い間、目をそらされ続けてきた井戸の底。
ジナコ・カリギリの心象はそんな――もはや手遅れとすら思える汚濁にまみれていた。
かつての三人は、どれもその心を鋭く尖らせていた。
眩しく思えるほどの鈍い輝きは、今は黒とも茶ともとれない不可思議な世界に汚染されている。
圧倒的なまでの否定の中に、ハリボテのような虚勢が見え隠れする。
それが、ジナコの世界であった。
――待ち受ける者は一人のみ。
ジナコの従者、槍のサーヴァントカルナが待ち受けていた。
「――――よく来たな、女神」
振り返りざま、カルナはそう愛歌に呼びかける。
「そんなに私を、そうやって呼ぶのが好きなのかしら貴方、変な人ね」
「間違いではないだろう、オマエのそれは、女神によくあるヒステリーのたぐいだ。特にジナコに向けるものはな」
随分と辛辣なものいいだ。
ろくでなしの巣窟である神話の神と同一視されて、さしもの愛歌とていい気はしない。
故に、眉をひそめて抗議する。
セイバーとしては、的を得ているとも思うのだが言わぬが花だ。
「そもそもだ。沙条愛歌、オマエのそれは本当に単なる嫌悪から来るものか。憧憬の否定に対する怒り、とするにはいささか不自然さが際立つ」
「どういうことかしら」
「――気にすることはない、すぐに知れる」
愛歌の問いかけを一言でバッサリと切り捨てて、カルナは再び後方へ視線を向ける。
視線の先には気配――解っている、ジナコは引っ込んでこそいるものの、この場にいないわけではない。
「ジナコ、そろそろ姿を見せろ、お客人の到着だ」
言葉に引きずり出されたのか、のそりとジナコは這い出てくる。
――瞳は、もはや幽鬼どころの話ではなかった。
幽霊、つまり生に未練のある死霊ではない。
生きながらにして死んでいる――もはやそれは死体そのものだ。
つまり、いうなれば――
ジナコ・カリギリの心は既に死んでいる。
――――それほどまでに、ランルーくんという存在の消滅は衝撃だった。
「お客様って、どんな冗談ッスか、カルナ。……あぁ、それくらい他人行儀でいたい相手ってことッスね、納得」
「随分な言いようだけれど、……それでいいの? 貴方もう、ここで踏み外してしまったらどうしようもないわよ?」
もはや愛歌は、ジナコに対し怒りを向けようとはしなかった。
その価値すら無いと、心底で断じてしまったのだ。
今のジナコは生きながらにして生きることを諦めた豚ではない。
もはや、生きることすら終わってしまった存在である。
故に、飛び出したのは確認の言葉、善意でも、悪意でもなく、意図せずに飛び出したものだった。
「……それで、どうしようもなくなれたらよかったんスけどね。……もともと、どっちにしてもアタシは駄目な奴だから、そもそも、ブレーキなんて最初から無いんだよ」
対するジナコもまた、愛歌に対する感情など完全に掃き捨てていた。
今の彼女にあるのは、ランルーくんの死に対する衝撃だけ。
一度、既にジナコはこわれていて、それが二度のダメージによって全損した。
今の彼女はランルーくんと同じだ。
道化の狂気に染まったランルーくんと違うのは、飢餓にも近い無気力感をジナコが感じているという点。
「お手上げね、貴方には色々言いたいことがあるけれど、……何を言えばいいのか解らなくなっちゃったわ、セイバー、どうする?」
「……どうする、と言われてもな」
――少なくともセイバーは愛歌とジナコの問題に口出しをすることはなかった。
これまで、セイバーはあくまで第三者を貫いてきた。
それが無意味になって、であればどうするか――純粋に、ジナコを案じる他はない。
「余が思うに、あの女に必要なのはまず考えを落ち着かせる時間だ。少しでも冷静さを取り戻せれば、多少は持ち直せる程度には図太いだろうよ」
「――それは同感だ。でもなければ、“のろい”に蝕まれたまま、十五年もただ生き続けることはできなかっただろう」
セイバーの言葉にカルナが同意する。
その見解の一致を愛歌が納得し――そこにぽつりと、ジナコが声をかける。
「あっはは、何の相談ッスか? あ、アタシは混ぜないでくださいッス。そういうの、今いいから」
「……本当に、此奴は正気でいられないらしい。奏者よ! まずはあ奴の横の黒子から排除する!」
「えぇ……そうね、ここは少し、サーヴァントの横の木偶に、神話の再現でも見せつけてみましょうか」
――衝撃で、何か心境の変化があるかも知れない、と愛歌。
同時、セイバーは剣を振り回し、そして構える。
振り下ろされ、沈むセイバーの身体。
対するカルナもまた、その手に炎を宿す。
自身のクラスを示す槍を一瞬のみ出現させ、更にジナコへ視線を向ける。
「そうだな、それもまた一興だろう、女神よそして暴虐非道の皇帝よ、その身が吸血鬼の如く燃え尽きる感覚を教えてやろう。……マスター、指示を」
「え? ――あぁうん、やっちゃえカルナさん。どーでもいいけど」
死へと誘うようなジナコの言葉。
それを合図に、――――サクラ迷宮、四度目の決戦が開始される。
◆
「――――
不死身にして黄金の英霊、カルナ。
比類なき大英霊、彼と同格の英霊を求めるならば、英雄王辺りが必要となる。
それほどの存在だ。
――セイバーでは絶対に勝ち目がないことくらい、前哨戦の際に知れている。
とすればこの戦闘、何が勝敗を分ける事となるか。
最も大きな要因を上げるとすれば、間違いなく“マスターの性能差”ということになるだろう。
それでもなお、勝利を確定できないほどに、カルナは強大だ。
自身の勝ちを確信できない、とするならば――どうするか。
最初から、出し惜しみなしで全力を投球する。
それ以外に方法はないだろう。
故の詠唱――地を震わす不可思議の言葉。
それはかつて失われた統一言語とも違う、もっと原初の――まだ、言葉が人に与えられていなかった頃の、言葉。
原初の女神の、まるで雄叫びのようなモノだ。
この世において、それを操れるとすれば、愛歌を置いて他にいないだろう。
ともあれ、戦局は動き出す。
接近するカルナに対し、セイバーの役割は防衛だ。
“少しでも”、マスターが詠唱を重ねる時間を稼ぐ。
故に、真正面からカルナに対して迎撃を敢行した。
「――なるほど」
即座にカルナはその場に停止すると、手元に炎を纏う槍を出現させる。
ほんの刹那のみ現れるカルナの槍は即座に高速でせまるセイバーを弾き飛ばす。
衝突――押し負けたのは、当然セイバー。
剣が上に、跳ね上げられる。
「ぐぅ……だが!」
「甘いな」
即座に二撃目をふるおうとしたセイバーよりも“速く”ランサーは身を落とし、槍を真正面に突き出す。
セイバーのそれと同じ、突撃だ。
慌ててセイバーは剣を引き戻し、それを受け止めた。
直後、爆発。
――手元で急に出現したうねりを浴びて、セイバーは上方へ弾かれた。
なんとか直接の攻撃を避け、故にセイバーは上からカルナを見下ろす他にない。
そして見た。
自分に突撃した勢いを、一切落とすことなく愛歌へ迫る姿を。
「奏者ァ!」
叫ぶ、今のセイバーには愛歌を案じるしかできることはない。
迫るカルナに対し、愛歌は瞳を閉じ、詠唱を続けたままだ。
それでも――
カルナの槍は届かない。
「――
転移、詠唱を続けたまま、愛歌は転移によってカルナから離れた。
その程度ならば児戯、ということか。
離れた場所に出現する愛歌、しかし、その時には既に、カルナは更に愛歌へと接近していた。
一瞬、足元が魔力に満ちたかと思えば、もう既にカルナは槍を愛歌へと突き立てようとしていたのだ。
だが、
愛歌はそのまま転移で後方に回る。
詠唱の態勢のまま、手のひらをカルナにかざそうというのだ。
それを、カルナは見もせずに槍を払うだけで振り落とす。
刹那にすら届かない攻防であった。
愛歌は、着地したセイバーの後方へと転移した。
「なるほど」
――猶予はない、詠唱は続く。
「
カルナは更にセイバーへと接近した。
一瞬の斬り合い、即座にカルナは上段をとり、セイバーは下段へと追いやられる。
厳しい態勢、戦線が弾けるのは時間の問題であった。
「ぬ、ぉぉおお!」
それでも、セイバーの後ろに愛歌はいない、既に逃げられている。
「
愛歌は止まらない、今も屍を踏みつけ砕くように、踊り続ける。
死に迫り続けるその舞踊は、カルナとて自身の窮地を理解し、眉をひそめるほどだった。
「
「とすれば――」
ここで最大宝具は切れない、アレは一度切りの最終技だ。
この戦闘で手札として切る用意はあるが、今ではない。
とすれば、ここで取るべき手は――
「
詠唱は刻一刻と完成へ向う、ゆっくりと、戦場は変化に満ちていく。
カルナは円を描くように、セイバーを避けて愛歌へと迫る。
当然、それに追いすがるセイバー、しかし遅い。
無数の灼熱の雨が、セイバーの身体を蝕んでいるのだ。
「くぅ――己ェ!」
そこへ、本命の一撃、一直線上に、セイバーとそして愛歌が並ぶ。
叩きこむのだ――カルナが持つ、唯一の遠距離砲撃を。
「――――梵天よ、地を覆え《ブラフマーストラ》」
眼力による威圧――即ち、ビームによる破壊光線である。
迫るそれは、回避という概念を許さない、セイバーは、上方から迫る焔ごと、それを防ぐことを迫られる。
後方には愛歌、彼女であれば回避できるにせよ、今は細心の警戒が必要であった。
「――――ッッッッッ!」
即座に、着弾。
セイバーはその全てを膨大な光に包まれた。
だがそれでも、愛歌達は揺るがない。
見えた、視線の先――未だ愛歌は詠唱を続ける。
「
であれば――仕方があるまい。
ここで切るのが、間違いなく戦局に対して最善なのだ。
――カルナ最大の宝具、それをここで、あの女神に対してぶつける。
でなければ、カルナは間違いなく状況を不利に追いやられることになるだろう――!
「まだ戦いは序の口といったところ、しかしそれでも、食らうがいい」
構える、それは即ち灼熱の極点。
神々をも討滅せしめる光の槍、一撃のみを許された雷光の輝きは、やがて白熱を越えカルナの手元で燃え上がる。
即ちそれは太陽の写身、カルナはそれを自身そのものと化してしまう。
うねりを上げる魔力はやがて戦場すらも震わせる。
やがてそれは、愛歌達を消し去るべく、解き放たれる――――!
「さぁ、絶滅せよ――――
――――否。
太陽の英霊に、待ったをかける声がひとつ。
「――させる、ものかァァァアアアアアアアアアア!」
目を見開く。
――セイバーが、迫り来る。
その速度は、明らかに先ほどまでのそれをはるかに越えている。
魔力の込められたカルナの槍を横薙ぎ一閃、なぎ払う。
真正面から、その瞳がカルナを射抜いた。
再び衝撃――明らかに、その意思は先ほどまでの輝きとはわけが違う。
これは――一体どういうことだ。
「決まっておろう――」
その表情に、セイバーは目ざとく気がついたのか、剣を振った勢いで己を回転させながら、語る。
「それは即ち――奏者への愛故に……!」
要するに、気合だ。
意志の強さが、カルナを射抜いたのだ。
そして加えてもう一つ――セイバーの身体から、膨大な魔力が放出される。
スキル――皇帝特権・魔力放出(炎)。
目の前には景気良く、魔力放出を続けるサーヴァントがいる。
であれば、この場においてなら、セイバーとてそのスキルは取得可能。
「なるほど……!」
称賛と驚愕と、無数の感情をはらんだ声だ。
振りかぶるセイバー、魔力放出で互いに態勢を立て直し、それに対してカルナも合わせる。
そして――
「――――■■《杯よ》、
その直前、
「
――――愛歌の詠唱もまた完成する。
ジナコの心象風景、決戦場を侵食しそれは世界に生まれ落ちる。
母胎から抜け出た躯の群れ、屍を踏みつけて、愛歌は更にくるりと踊る。
胸元が勢いに任せて開け――黒の令呪がその姿を見せる。
そこから泥のような黒が溢れでて、全てを侵食していくのだ。
光すらも、太陽すらも飲み込んで――やがて愛歌はそれを告げる。
「――――――――
直後、激突するカルナとセイバー――戦闘は、次なるラウンドへと移っていく。