ラスボス系少女愛歌ちゃんが征くFate/EXTRA(仮) 作:暁刀魚
ジナコの世界を塗りつぶした原初の霊園。
そこは、人々が最後に行き着く場所だ。
死に塗れた始まりの幻影、過去にその名を失ったポトニア・テローンは、愛歌のてによって再起動された。
無限に広がる屍の荒野、そこに立つのは、その女王と、従者――そして彼女達が、敵とみなしたものだけである。
――――それを飲み込む、日輪の光。
太陽は、やがて世界そのものを飲み込もうとしていた。
やがて死神は斜陽へと至る。
それは無限に満ちた刹那であり、同時に、瞬きに満ちた永久でもあった。
故に――その終末には、カルナの宝具こそふさわしい。
太陽は、かくしてその光を自身の槍へと蓄える。
矛先には二人の少女、まっすぐ、こちらを迎え撃つ気でいる。
「――そうか、打って出るか。意外ではないが……感慨はあるか、どちらにせよ、これが終いだ」
小さく、言葉。
直後であった。
――――日輪は、破壊と成して、愛歌達に襲いかかる。
最初に起こったのは――激震であった。
カルナのそれが無数の髑髏たちを踏み荒らすのだ。
一つは熱に消え去った。
一つは風に文字通り薙ぎ払われた。
ひとつは――――――――ひとつは、ひとつは、ひとつは。
――けれども、まだこの世界は揺るがない。
着弾だ。
手応えはあった、セイバーを捉えたのである。
しかし、次いでカルナは驚愕を覚える。
――まだ、その手応えは消え去っていない。
日輪の蹂躙は今もなお、この世界に暴虐を尽くしている。
「ぬ――」
周囲に叩きつけられる爆裂な衝撃音の中に、カルナはそれを確かに聴きとった。
声だ。
女の声、間違いない――
「ぬ、ぉ」
――――セイバーは、対抗している。
生身で、この宝具に。
「ぬ、ぉぉおああぁああああああああああああああああああああっっっっっ!!」
咆哮。
けたたましく鳴り響く金切り声。
同時、理解する。
驚愕で持って、受け入れる。
このサーヴァント、カルナの光槍を押し返している――――!
あまりのことに、驚愕以外の感情をカルナは一瞬忘却してしまった。
ありえない――ということはないはずだ。
平時のカルナならばともかく、今の魔力供給の乏しいカルナの日輪であれば。
――その日輪は、絶対ではない。
本来のこの宝具はEXランクに数えられる究極宝具の一つである。
しかし、今のこの宝具のランクはA++、つまり、単なる“最強クラスの一撃”でしかない。
であればこそ、“強引に耐え切る”ことは不可能ではない。
それでも――
――――それでも、ありえないと言わざるをえないのだ。
この一撃は、この状態であっても最低でも星の救済に掲げられるかの聖剣程度の威力はある。
それを、単なる生身で耐える、どころか押し返し、こちらに前進してくる――?
ありえない、絶対に、それはありえない。
通常であれば――セイバーはカルナの一撃に、宝具でもって対抗しなくてはならない。
であるなら――つまり、考えられることは一つだけ。
愛歌のそれが、宝具とくらべてもなお、破格であるということ。
そして、
「――――セイバー、全てを賭して切り抜けなさい。貴方の舞台に、終幕などありえないのだから」
少女は謳う、それは安らかな鐘のようであり、高らかな宣言のようでもあった。
乙女は願う、それは純粋なる無垢の祈りであり、鮮烈なる破滅の思いでもあった。
――そして、カルナは気づく。
無限にも思えた死の躯達、その結界が――集束している。
侵食していたジナコの領域が、少しずつ返還されつつあるのだ。
結界が耐え切れずに崩落を始めた?
否、そのような気配は一切ない。
違う――その逆だ。
つまり、一つに集結しつつある。
その行く先がどこであるかまでは、勘案する必要はないだろう。
決まっている、あの赤き皇帝をおいて他にない。
要するにこういうことだ。
本来固有結界という分類に近いこの大魔術は、存在するだけで世界からの圧を受ける。
それを極限にまで圧縮することで可能な限り削減する。
この方法の友好な点は更にもう一つ。
魔力がひとつに集中することで、結界による強化の対象への強化率を、最大効率にすることができるのだ。
とはいえ、利点だけがあるかといえばそうではない。
なにせこの集束は同時に、収縮でもあるのだ。
最小化された結界を再び展開するには、もう一度詠唱を行う必要があるだろう。
実質、結界をコストとする一度限りの最大強化、というわけだ。
しかしそれでも――それは、この場においては最大の効果を発揮する。
ぐぅ――とカルナは思わず唸る。
こちらは既に全てを出しきっている。
対するあちらは、まだ自身を向上させる余地がある。
であれば勝負はどちらに傾くか、答えは、もはや口にするまでもない。
――――カルナは、更に自身の光が押し返されるのを感じた。
もう、既に拮抗は崩れていた。
愛歌によって勝負は決し、ここにカルナは敗れ去るのだ。
手の中の槍が揺れる――これは敗北ではない、地に足をつけたのではない。
カルナよりも、沙条愛歌という化け物のほうが、少しだけ上を言っていた、というだけのこと。
既に世界から神秘は消え去り、この世にはその残りカスしか存在しない。
“それでも”これほどの女神がここにいる。
どんな偶然か、どうしようもない
ならば、それに敗れ去るも良いだろう。
それが結果であったというだけのこと――
カルナはそれを、“本心”からそう感じた。
そも、カルナにとって、愛歌がどれほど悪辣な化け物であったとしても、それもまた“良い”のだ。
加えて言えば、セイバーと愛歌、端から見れば“異様”であるはずの凸凹コンビとの戦いも、“武人として”十分に満足の行く物だった。
故にこれが敗北だというのなら、カルナに一切の悔いはない。
(…………いや)
――本当に、そうか。
カルナは少しだけ、思考する。
間近に迫るセイバーの気配、既に一刻の猶予もない。
しかし、それでも――決してその思考は、無意味ではなかった。
(まだ――ある。一つだけ、悔いがある)
そして、思考とともに、カルナは“それ”に視線を向ける。
――そこで、カルナが見たものは、
◆
――――ジナコ・カリギリは今、完全に無と化していた。
彼女の目の前で起こったのは、神代の戦いだ。
英霊カルナと、英霊セイバー、そして
怪物を打倒する英霊がいるだろう。
名だたる大英霊が、命を落とす戦場があるだろう。
これは、即ちそれと同じものだ。
ただ、己のみが全てであった頃の――何もかもをぶつけあう戦いそのものだ。
故に、彼女は心を奪われた。
文字通り、完全に全てを洗い流されてしまったのだ。
――このような戦い、普通の人間が拝めるものではない。
単なる一般人でしかないジナコに、それはもはや衝撃ですらなかった。
それを超越した、言ってしまえば爆撃とも言えるもの。
もはや、考えるということすら許されないのだ。
――どれほど心を侵食されようと、ジナコにあるのはその一点のみだった。
ただ目を奪われ、その場に釘付けにされる。
それだけの、ことだった。
けれどもそれゆえに――今のジナコに、かつての柵と呼べるものは何もない。
全てを凍りつかせたままにしてしまった、十五年という時間も。
虚飾に塗れた、嘘のような偽りの仮面も。
そして――――ランルーくんという、ジナコにとっておそらくこの世で唯一心を許せる存在を失ったこと。
その全てを――ジナコはことこの瞬間においてのみ、失っていた。
――それだけで、よかったのだ。
簡単な事だった。
ジナコには、もう一度やり直すチャンスが必要だった。
やがて、彼女の中に感情が帰還すれば、それにジナコは押しつぶされそうになるだろう。
けれども、そこで終いだ。
その程度で、ジナコの罪悪感は終息する。
何か――残るべきものは残るだろう。
しかしそれは、残るべき枷――大人になるための階段を継ぎ足す段差とでも呼ぶべきものだ。
であるなら――
ジナコは今――――ようやく、前に歩き出す権利を得たことになる。
そして、それとは別に、今の彼女の感情は、実に純粋で、単純だ。
目の前にあるものだけを、ただ無我夢中に追いかける。
子供のそれ――考えることを覚えた無垢なそれ。
であれば、ここで彼女の取るべき行動は、実に単純であった。
すぅ、と一度だけ息を大きく吸い込む。
「――――カルナァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア! 負けるなぁぁああああああああああああああああ!」
そうだ。
――カルナは、施しの英霊は、この世に並び立つもののない、最強の英霊であるはずなのだ。
自分には、あまりにももったいないほど、できたサーヴァントなのだ。
だから、
「アンタ、不死身の英雄なんでしょ! 何諦めてんの、バッカじゃないの!? そんなの、全然アンタらしくない!」
――――だから、
「だから、勝って、勝って見せてよ、カルナ」
ジナコは、何の裏もない、ちっぽけで単純な、そんな言葉で、既に敗北の決定した英霊を、激励する。
◆
――そうだ。
まだ、一つだけ、あった。
(――俺は)
己のことに、何ら不満などあるはずがない。
カルナはそもそも、そんな感情を抱くような存在ではないのだ。
――何一つ、カルナという存在は揺らいでいない。
しかし、故に、だからこそ、
譲れないものは、ある。
(まだ――ジナコの在り処を、見つけてはいない)
己は、サーヴァント、従者である。
誰のであるか――ジナコのだ。
あまりにも不甲斐なく、意味もなく、そしておそらく、この月で最弱のマスター。
それでもそのマスターは、サーヴァントカルナのマスターだ。
だから、それだけは譲れない。
ジナコ・カリギリはまだ死んでいない。
ランサー――カルナとの契約は断たれていない。
ならば自分には、まだ義務がある。
彼女のために、全てを出し尽くす義務が。
であれば、こんな所で敗北を認めてなどいられるものか。
そして、言ってやらねばならない――あの、無知で蒙昧な我がマスターに、一言だけ。
「ジナコ――俺はまだ、諦めてなどいない」
受け入れていただけだ。
理由がなかったから、そうしていただけ。
だが、今は違う。
理由はできた。
無知ではあるが――故に無謀な我がマスターのため。
負けるわけには、いかなくなった。
――それと同時、周囲を覆っていた破壊の光が、そこで消え去る。
同時、カルナの背中で展開されていた翼がはじけた。
光の先には、剣を振りぬいたセイバーの姿。
周囲に、無数の火の粉が散った、おそらくはセイバーのものだ。
急に手応えが失くなったのだ――だから、隙を晒している。
「――――勝つぞ、ジナコ」
「うん。…………やっちゃえ! カルナ!」
そう、互いに一言だけ交わし。
「行くぞセイバー、これが貴様の打ち切りだ。これより先は、その消滅が答えと知れ――!」
「な――! ランサー、よもや貴様……!」
日輪は落ちた。
斜陽は訪れた。
しかしそれでもなお、カルナの輝きは衰えない。
もう一つだけ、ある。
あのセイバーに、“強化を失った”セイバーに、ぶつけるべきモノがあとひとつだけ。
それをもって、この戦いの終幕とする。
さぁ、最後の時だ。
打ち震え、そして讃えよ。
これぞ太陽の英霊、不死身の英霊、カルナの最後の意地だ。
「
光を帯びる彼の得物。
ランサーとして召喚された彼が放つ、炎の特製を付与された槍。
それを、セイバーへ向けて掲げる。
渾身を持って放つは必殺。
必滅はなされずとも、これは即ち戦いの終わりを宣言するものだ。
故に放つ。
それは、決して自身の勝利のためではなく。
ただ一人の――己のマスターを守るため。
「――――――――
渾身の雄叫びとともに、その名は開放される。
そして――焔の槍は、炸裂した。
「これは……!」
セイバーの瞠目。
回避は不可能、この状況であれば、防ぐことも叶わない。
故に、単なる“セイバー”でしかないこの皇帝は、ここで敗北する。
そして、戦いの行方は――――