ラスボス系少女愛歌ちゃんが征くFate/EXTRA(仮) 作:暁刀魚
――その槍は必殺だった。
セイバーを確実に捉え、そして防げない。
直撃は即ち死であり――それは、ジナコの言葉によって、成されたはずだった。
崖っぷちに追い詰められた英雄に、最後の一言をかけるジナコ。
それによってギリギリのところで踏みとどまったカルナは、天と地を全てひっくり返す大博打で勝利を掴む。
――はず、だった。
対する者がセイバーのみであれば、それは為されただろう。
たとえ供に戦う者がいたとして、単なる仲間であれば、セイバー自体は葬れただろう。
それでも、
カルナ達にとって不幸だったのは。
――――敵対したものが、沙条愛歌であったということか。
「そんな……」
ジナコが、ぽつりと漏らす。
崩れ落ちる音――何が? 決まっている、勝利の確信だ。
「――そうか」
カルナは、そう言って眼を閉じた。
それが結局の結論なのだろうと、ある種の諦めにもにた了解でもって。
「――――本来、これほどの宝具を私はどうにかすることなんてできない。でも残念ながら、炎という概念は私の災禍と相性が良すぎるのよね、これでは、したくなくたって“それ”を侵食してしまう」
語る。
声の主は誰か――当然、愛歌である。
朗々と、まるで英雄譚を吟じる詩人の如く。
その姿は――カルナの正面にあった。
――――その周囲を、無数の炎が弧を描き、旋回する。
炎が弾ける、受け止めた“槍”を呑み込もうと、揺れ動く。
うねり、回転するそれは、愛歌の周囲を飛び散る花びらのごとく。
――愛歌は、受け止めていた。
カルナの最後の切り札を――破壊のために投擲した宝具を。
「とはいえ、残念ながら、これが終いよ。――セイバー」
タン、と軽やかな足音がする。
愛歌の後方からぬっと、セイバーが姿を見せる。
鋭い瞳は、今も油断なくカルナを見ている。
だからこそ解る、あれは雄弁に語っていた。
――これで終わりだ、と。
「…………うむ」
一度だけ頷いて――それを置き去りに、セイバーはカルナに飛びかかった。
回避のまもなく、突撃、胸元に狙いを付けられた刃は、そして。
「これで、終わりが――ランサーッッ!」
「く、ッ!」
構え、新たに槍を取り出そうとする、――しかし、現れない。
あぁそうだ――尽きたのだ。
万策尽きた。
そして何より――戦闘のための、魔力が。
それでもなお、カルナはまだ負ではないと言わんばかりに拳を握り。
――交錯する。
折り重なるように、セイバーとランサー。
結果は、語るまでもない、――――ドサリと、カルナの身体は地に落ちた。
◆
結局、両者の差は“マスターの差”であったのだろう。
性能差の話ではない、そんなものは論じる前からあまりにも隔絶としている。
語るだけ無意味、そもそれは前提の話だ。
結論を語るための材料ではなく、話を始めるための材料にすぎない。
故にここでいうマスターの差は即ち、マスターの意思の差だ。
ジナコは茫然自失ではあったが、それでも自分のサーヴァントの勝利を願った。
それは、ジナコにとっての唯一の強さでもあり、矜持でもあっただろう。
けれどもそれは、愛歌によって薙ぎ払われた。
文字通り、カルナの渾身は塵となって消え去った。
――そこが、勝負の分かれ目であった。
次いでジナコはどうしたか、その場に崩れ落ちたのだ。
無理だと、諦めてしまった。
愛歌ならばそうはいかないだろう。
それが、両者の勝敗を分ける分水嶺となった。
無論、実際の勝利の原因、というわけではないが――もっと精神的な話だ。
愛歌は前に進める人間だった。
逆にジナコは、その場で立ち止まってしまう人間だった。
戦いの前に、カルナの語った言葉を愛歌は思い出す。
曰く、愛歌はジナコを嫌悪している。
それは絶対に間違いはない、――けれどもそれは、愛歌の思っているような理由故ではない。
――であれば何か、ようやく分かった。
何も難しいことはない。
そうだ、愛歌とジナコ、この違いこそが、愛歌を怒らせた原因だ。
――つまるところ、愛歌はジナコのような人間が、度し難いほどに許せなかったというだけなのだ。
好きの反対は無関心、とはよく言ったもので。
愛歌はジナコのことがどうしようもなく“嫌い”なのだ。
それほどジナコのことが気になってしまうから。
そもそもの話、愛歌は自分の姉のことを疎ましく思っていた。
それとジナコへの感情は、程度の違いこそアレ同一なのだ。
故に、惹かれた。
あの時の、あの一瞬は、今でも愛歌の中にこびりついているから――
それを理由と思ってしまうことも、無理の無いことだろう。
「そんな単純なことだったのね、色々と理由をつけてみたけれど、これが一番しっくりくるんだもの、不思議よね」
戦闘を終え、自分のそばに帰還したセイバーへ、愛歌はそう語って聞かせた。
関心した様子のセイバーは、それに応える。
「うむ、世の中というのは大概単純なものなのだ。案外、すれ違いだとか、理解のミスだとかが、世界を狂わすこともある」
「――私は、そんなに単純なものではないと思うのだけどね」
それは世界がどうかという話ではない。
もしも、世界が単純にできていたとしても、沙条愛歌はそうではないだろう。
自分はそんな簡単に言葉で表せる人間ではないはずだ。
おそらくは、あの殺生院キアラとてそうだろう、と。
「“単純な部分もある”ということだ。あのジナコとて、その深層はとてつもなく面倒だが、表層はおそろしいほど単純だぞ、なにせ単なる嘘の塊でしかないのだからな」
なるほど、と頷く。
つまり“それでいい”のだ。
別に愛歌が、難しく考える必要はない、と。
……あぁそうか、人間という生き物は、それほど“複雑でなくともいい”のか。
その時、愛歌は驚くほどすんなりと、それを受け入れた。
自分で考えて、まったく意味がわからなかったけれど、ともかくそれを“良い”と素直に思えたのだ。
悪くない、ではなく純粋に。
ともかく、これで四人目の衛士も撃破された。
そしてそれはつまり――迷宮を掘削するBBに、追いついたということでもある。
決着の時は、近い。
それを意識して、愛歌はジナコ達へと振り返る。
――そこには今にも消滅しそうになりながら、気合だけでそれを耐えるカルナと、無気力に脱力したままの、ジナコの姿。
「それで、あなた達はどうするの? 勝利した以上、その報酬はいただくけれど、それ以上のことはなにもしないわよ」
実に辛辣な言葉であった。
――今の愛歌にも、ジナコに対する嫌悪はある。
それでも良いと怒りは蓋をされているが、それでも愛歌とジナコは、相容れないのだ。
「――随分、自分勝手ッスね」
「自分勝手なのはそっちでしょう? それに、もうそうしていることもないでしょう、意識を切り替えたのなら、さっさと次を考えなさい」
答え、見上げるジナコの瞳は、今も濁りきったまま。
何も変わってはいない。
彼女は今もまだ、弱いままだ。
それでも――
「……なら、そうさせて貰うッス」
その言葉は――どことなく、晴れやかに見える。
それでも、だ。
――落ちるものはあった。
憑き物が落ちた、――肩の荷が下りた。
ジナコの人生が、一度リセットされるほどの衝撃が、怒涛と呼べるほどに訪れたのだ。
ランルーくんにせよ、神々の戦いにせよ、カルナに対する言葉にせよ。
ともかく。
――これでようやく、ジナコの迷走は終わりを告げる。
十五年、随分と長く迷い、そして立ち止まり続けた女の時間が、ようやく、動き出す。
◆
かくして、愛歌達はサクラ迷宮に帰還した。
迎える仲間たちの言葉もそこそこに、愛歌は即座にジナコ達を旧校舎へ送り返す。
今はそれよりも先にするべきことがあるのだ。
故に、行動は迅速だった。
「――行くぞ、奏者よ! ここで終わらせるつもりでな!」
「解っているわ。けれど油断はないように、いいわね?」
言われなくとも、とセイバーは力強く頷く。
かくして、愛歌達は、再びBBの待つ迷宮最深部へと突入した。
そこで、
「――はぁい、お待ちしてました。先輩、それに、セイバーさん」
BBは、楽しげに笑う。
「うふふ、いいですね、そういう凛とした先輩、私好きですよ」
「あらありがとう、――セイバー」
うむ、と剣を構えるセイバーへ、つまらなそうに視線を向ける。
「もう、相変わらず先輩はつれないなぁ。セイバーさんもそう思いません? もっとこう、怒りの怨嗟だとか、そういうのが聞きたかったんですけど」
「仕方があるまい、貴様は奏者にとって何の興味もない存在なのだから」
「え? それって、どういう――」
言葉は、最後まで紡がれなかった。
迫るセイバーに、白々しいまでに悲鳴を上げるBB。
けれども、
「――――おっと、そこまでだ剣使い」
割って入る声が一つ。
聞き覚えのあるものだ――間違いない、緑衣のアーチャーが姿を見せる。
セイバーは、無事だ。
アーチャーの不意打ちを、なんとか防いで距離を取る。
「ここまでだぜ、残念ながら此処から先は俺が通さねぇ」
「しまった――! 忘れていたぞ、影が薄いからな」
「酷いことを言いなさる、っとまぁ――」
アーチャーは、おどけたようにしながらセイバーへ背を向ける。
視線の先――BBと、そして愛歌だ。
転移による奇襲、アーチャーは単体だ。
であるなら、愛歌がBBに打って出ればいい、セイバーにアーチャーを任せた上で。
鋭い視線、殺気のこもったそれがBBを捉えようとして、しかし。
――――突如として現れた氷の剣山に阻まれる。
愛歌は即座に転移でセイバーの後ろに回った。
「あら、駄目だったみたい」
「残念だね、
――再び声。
こちらは幼い少女のモノ。
BBを守るように、キャスターとそのマスター、白いありすが姿を見せる。
「――ふふ、ふふふ。残念でしたぁ! まったくもう、先輩ってばサーヴァントにも躊躇せず挑みかかるんですから、BBちゃんは怖さで胸が思わず高鳴ってしまいそう」
二枚の壁に守られて、BBは高らかに宣言する。
「だから考えました。先輩は確かにサーヴァントと一対一でも戦える。とんでもモンスターちゃんです。でも――先輩はサーヴァントに対する決定打を持たない」
つまり、一騎打ちでサーヴァントと戦った場合、千日手に陥るのだ。
愛歌はサーヴァントにとどめを刺せず、サーヴァントは愛歌を捉えられない。
であれば、どうか。
一枚をセイバーにぶつけ、それでは愛歌がフリーになる。
であれば、もう一枚サーヴァントを用意すればいい。
「それがこのキャスターさん達です。これで、キャスターさんにアーチャーさん、二人を相手にしなくちゃ行けなくなりました。残念ですけど、詰みですね」
チェックメイトです、とBBは大いに笑う。
勝利を確信し、見下すように、愛歌を見る――が、しかし。
愛歌はそれを、どうでも良さげに反応する。
「……それで?」
「――――何か?」
怒りが、BBに湧き上がる。
事この期に及んで、この少女は一体何を考えているのか。
わからない、“BBはそれがわからない”。
故に、思わず拍子が抜けた。
「――どうでもいいけれど」
その言葉に、
「下からくるわ、危ないわよ」
え、と変な声が漏れた。
直後――――
――――猛烈な炎が足元から噴き上がる。
急な出現に、BBは後方へ飛び退いた。
一歩遅れていれば、炎に巻き込まれていたことだろう。
しかし、なんとか間に合った。
思わず息をついて、気がつく――
アーチャーと、そしてキャスター達から分断されている。
愛歌も同時に分断されたが、つまりそれは、この場に“自分しか存在しない”ということであり。
他に誰かがいるのなら、大問題だ。
「――待たせたね」
優しげな声、場違いにすら思えるそれは、その場にいる誰かに向けられたもの。
「――えぇ、待ちわびたわ、騎士さま」
騎士さま――知っている。
愛歌にその呼び名を受けるものは、この月の裏側で一人だけ。
そしてつまりそれは、
「――――決着術式“
この主従が、現れたということだ。
「…………騎士王」
BBがその名をつぶやく。
――目の前に立つは蒼銀の騎士。
無垢なる乙女を守護する者。
聖剣の担い手、それは即ち――――
「――アーサー・ペンドラゴンッッッ!」
――彼がこの場に、はせ参じたということにほかならない。