ラスボス系少女愛歌ちゃんが征くFate/EXTRA(仮)   作:暁刀魚

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46.決戦始動

 ――その槍は必殺だった。

 

 セイバーを確実に捉え、そして防げない。

 直撃は即ち死であり――それは、ジナコの言葉によって、成されたはずだった。

 

 崖っぷちに追い詰められた英雄に、最後の一言をかけるジナコ。

 それによってギリギリのところで踏みとどまったカルナは、天と地を全てひっくり返す大博打で勝利を掴む。

 

 ――はず、だった。

 

 対する者がセイバーのみであれば、それは為されただろう。

 たとえ供に戦う者がいたとして、単なる仲間であれば、セイバー自体は葬れただろう。

 

 それでも、

 

 カルナ達にとって不幸だったのは。

 

 

 ――――敵対したものが、沙条愛歌であったということか。

 

 

「そんな……」

 

 ジナコが、ぽつりと漏らす。

 崩れ落ちる音――何が? 決まっている、勝利の確信だ。

 

「――そうか」

 

 カルナは、そう言って眼を閉じた。

 それが結局の結論なのだろうと、ある種の諦めにもにた了解でもって。

 

「――――本来、これほどの宝具を私はどうにかすることなんてできない。でも残念ながら、炎という概念は私の災禍と相性が良すぎるのよね、これでは、したくなくたって“それ”を侵食してしまう」

 

 語る。

 声の主は誰か――当然、愛歌である。

 朗々と、まるで英雄譚を吟じる詩人の如く。

 その姿は――カルナの正面にあった。

 

 ――――その周囲を、無数の炎が弧を描き、旋回する。

 

 炎が弾ける、受け止めた“槍”を呑み込もうと、揺れ動く。

 うねり、回転するそれは、愛歌の周囲を飛び散る花びらのごとく。

 ――愛歌は、受け止めていた。

 カルナの最後の切り札を――破壊のために投擲した宝具を。

 

「とはいえ、残念ながら、これが終いよ。――セイバー」

 

 タン、と軽やかな足音がする。

 愛歌の後方からぬっと、セイバーが姿を見せる。

 鋭い瞳は、今も油断なくカルナを見ている。

 

 だからこそ解る、あれは雄弁に語っていた。

 ――これで終わりだ、と。

 

「…………うむ」

 

 一度だけ頷いて――それを置き去りに、セイバーはカルナに飛びかかった。

 回避のまもなく、突撃、胸元に狙いを付けられた刃は、そして。

 

「これで、終わりが――ランサーッッ!」

 

「く、ッ!」

 

 構え、新たに槍を取り出そうとする、――しかし、現れない。

 あぁそうだ――尽きたのだ。

 

 万策尽きた。

 そして何より――戦闘のための、魔力が。

 それでもなお、カルナはまだ負ではないと言わんばかりに拳を握り。

 

 ――交錯する。

 折り重なるように、セイバーとランサー。

 

 

 結果は、語るまでもない、――――ドサリと、カルナの身体は地に落ちた。

 

 

 ◆

 

 

 結局、両者の差は“マスターの差”であったのだろう。

 性能差の話ではない、そんなものは論じる前からあまりにも隔絶としている。

 

 語るだけ無意味、そもそれは前提の話だ。

 結論を語るための材料ではなく、話を始めるための材料にすぎない。

 故にここでいうマスターの差は即ち、マスターの意思の差だ。

 

 ジナコは茫然自失ではあったが、それでも自分のサーヴァントの勝利を願った。

 それは、ジナコにとっての唯一の強さでもあり、矜持でもあっただろう。

 けれどもそれは、愛歌によって薙ぎ払われた。

 文字通り、カルナの渾身は塵となって消え去った。

 

 ――そこが、勝負の分かれ目であった。

 次いでジナコはどうしたか、その場に崩れ落ちたのだ。

 無理だと、諦めてしまった。

 愛歌ならばそうはいかないだろう。

 

 それが、両者の勝敗を分ける分水嶺となった。

 無論、実際の勝利の原因、というわけではないが――もっと精神的な話だ。

 

 愛歌は前に進める人間だった。

 逆にジナコは、その場で立ち止まってしまう人間だった。

 

 戦いの前に、カルナの語った言葉を愛歌は思い出す。

 曰く、愛歌はジナコを嫌悪している。

 それは絶対に間違いはない、――けれどもそれは、愛歌の思っているような理由故ではない。

 

 ――であれば何か、ようやく分かった。

 何も難しいことはない。

 そうだ、愛歌とジナコ、この違いこそが、愛歌を怒らせた原因だ。

 

 

 ――つまるところ、愛歌はジナコのような人間が、度し難いほどに許せなかったというだけなのだ。

 

 

 好きの反対は無関心、とはよく言ったもので。

 愛歌はジナコのことがどうしようもなく“嫌い”なのだ。

 それほどジナコのことが気になってしまうから。

 

 そもそもの話、愛歌は自分の姉のことを疎ましく思っていた。

 それとジナコへの感情は、程度の違いこそアレ同一なのだ。

 故に、惹かれた。

 あの時の、あの一瞬は、今でも愛歌の中にこびりついているから――

 

 それを理由と思ってしまうことも、無理の無いことだろう。

 

「そんな単純なことだったのね、色々と理由をつけてみたけれど、これが一番しっくりくるんだもの、不思議よね」

 

 戦闘を終え、自分のそばに帰還したセイバーへ、愛歌はそう語って聞かせた。

 関心した様子のセイバーは、それに応える。

 

「うむ、世の中というのは大概単純なものなのだ。案外、すれ違いだとか、理解のミスだとかが、世界を狂わすこともある」

 

「――私は、そんなに単純なものではないと思うのだけどね」

 

 それは世界がどうかという話ではない。

 もしも、世界が単純にできていたとしても、沙条愛歌はそうではないだろう。

 自分はそんな簡単に言葉で表せる人間ではないはずだ。

 

 おそらくは、あの殺生院キアラとてそうだろう、と。

 

「“単純な部分もある”ということだ。あのジナコとて、その深層はとてつもなく面倒だが、表層はおそろしいほど単純だぞ、なにせ単なる嘘の塊でしかないのだからな」

 

 なるほど、と頷く。

 つまり“それでいい”のだ。

 別に愛歌が、難しく考える必要はない、と。

 

 ……あぁそうか、人間という生き物は、それほど“複雑でなくともいい”のか。

 

 その時、愛歌は驚くほどすんなりと、それを受け入れた。

 自分で考えて、まったく意味がわからなかったけれど、ともかくそれを“良い”と素直に思えたのだ。

 悪くない、ではなく純粋に。

 

 ともかく、これで四人目の衛士も撃破された。

 そしてそれはつまり――迷宮を掘削するBBに、追いついたということでもある。

 

 決着の時は、近い。

 それを意識して、愛歌はジナコ達へと振り返る。

 

 ――そこには今にも消滅しそうになりながら、気合だけでそれを耐えるカルナと、無気力に脱力したままの、ジナコの姿。

 

「それで、あなた達はどうするの? 勝利した以上、その報酬はいただくけれど、それ以上のことはなにもしないわよ」

 

 実に辛辣な言葉であった。

 ――今の愛歌にも、ジナコに対する嫌悪はある。

 それでも良いと怒りは蓋をされているが、それでも愛歌とジナコは、相容れないのだ。

 

「――随分、自分勝手ッスね」

 

「自分勝手なのはそっちでしょう? それに、もうそうしていることもないでしょう、意識を切り替えたのなら、さっさと次を考えなさい」

 

 答え、見上げるジナコの瞳は、今も濁りきったまま。

 何も変わってはいない。

 彼女は今もまだ、弱いままだ。

 

 それでも――

 

 

「……なら、そうさせて貰うッス」

 

 

 その言葉は――どことなく、晴れやかに見える。

 

 それでも、だ。

 ――落ちるものはあった。

 憑き物が落ちた、――肩の荷が下りた。

 

 ジナコの人生が、一度リセットされるほどの衝撃が、怒涛と呼べるほどに訪れたのだ。

 ランルーくんにせよ、神々の戦いにせよ、カルナに対する言葉にせよ。

 

 ともかく。

 

 

 ――これでようやく、ジナコの迷走は終わりを告げる。

 

 

 十五年、随分と長く迷い、そして立ち止まり続けた女の時間が、ようやく、動き出す。

 

 

 ◆

 

 

 かくして、愛歌達はサクラ迷宮に帰還した。

 迎える仲間たちの言葉もそこそこに、愛歌は即座にジナコ達を旧校舎へ送り返す。

 今はそれよりも先にするべきことがあるのだ。

 故に、行動は迅速だった。

 

「――行くぞ、奏者よ! ここで終わらせるつもりでな!」

 

「解っているわ。けれど油断はないように、いいわね?」

 

 言われなくとも、とセイバーは力強く頷く。

 かくして、愛歌達は、再びBBの待つ迷宮最深部へと突入した。

 

 そこで、

 

 

「――はぁい、お待ちしてました。先輩、それに、セイバーさん」

 

 

 BBは、楽しげに笑う。

 

「うふふ、いいですね、そういう凛とした先輩、私好きですよ」

 

「あらありがとう、――セイバー」

 

 うむ、と剣を構えるセイバーへ、つまらなそうに視線を向ける。

 

「もう、相変わらず先輩はつれないなぁ。セイバーさんもそう思いません? もっとこう、怒りの怨嗟だとか、そういうのが聞きたかったんですけど」

 

「仕方があるまい、貴様は奏者にとって何の興味もない存在なのだから」

 

「え? それって、どういう――」

 

 言葉は、最後まで紡がれなかった。

 迫るセイバーに、白々しいまでに悲鳴を上げるBB。

 

 けれども、

 

「――――おっと、そこまでだ剣使い」

 

 割って入る声が一つ。

 

 聞き覚えのあるものだ――間違いない、緑衣のアーチャーが姿を見せる。

 セイバーは、無事だ。

 アーチャーの不意打ちを、なんとか防いで距離を取る。

 

「ここまでだぜ、残念ながら此処から先は俺が通さねぇ」

 

「しまった――! 忘れていたぞ、影が薄いからな」

 

「酷いことを言いなさる、っとまぁ――」

 

 アーチャーは、おどけたようにしながらセイバーへ背を向ける。

 視線の先――BBと、そして愛歌だ。

 

 転移による奇襲、アーチャーは単体だ。

 であるなら、愛歌がBBに打って出ればいい、セイバーにアーチャーを任せた上で。

 

 鋭い視線、殺気のこもったそれがBBを捉えようとして、しかし。

 

 

 ――――突如として現れた氷の剣山に阻まれる。

 

 

 愛歌は即座に転移でセイバーの後ろに回った。

 

「あら、駄目だったみたい」

 

「残念だね、あたし(アリス)

 

 ――再び声。

 こちらは幼い少女のモノ。

 

 BBを守るように、キャスターとそのマスター、白いありすが姿を見せる。

 

「――ふふ、ふふふ。残念でしたぁ! まったくもう、先輩ってばサーヴァントにも躊躇せず挑みかかるんですから、BBちゃんは怖さで胸が思わず高鳴ってしまいそう」

 

 二枚の壁に守られて、BBは高らかに宣言する。

 

「だから考えました。先輩は確かにサーヴァントと一対一でも戦える。とんでもモンスターちゃんです。でも――先輩はサーヴァントに対する決定打を持たない」

 

 つまり、一騎打ちでサーヴァントと戦った場合、千日手に陥るのだ。

 愛歌はサーヴァントにとどめを刺せず、サーヴァントは愛歌を捉えられない。

 

 であれば、どうか。

 

 一枚をセイバーにぶつけ、それでは愛歌がフリーになる。

 であれば、もう一枚サーヴァントを用意すればいい。

 

「それがこのキャスターさん達です。これで、キャスターさんにアーチャーさん、二人を相手にしなくちゃ行けなくなりました。残念ですけど、詰みですね」

 

 チェックメイトです、とBBは大いに笑う。

 勝利を確信し、見下すように、愛歌を見る――が、しかし。

 

 愛歌はそれを、どうでも良さげに反応する。

 

「……それで?」

 

「――――何か?」

 

 怒りが、BBに湧き上がる。

 事この期に及んで、この少女は一体何を考えているのか。

 わからない、“BBはそれがわからない”。

 

 故に、思わず拍子が抜けた。

 

「――どうでもいいけれど」

 

 その言葉に、

 

 

「下からくるわ、危ないわよ」

 

 

 え、と変な声が漏れた。

 

 直後――――

 

 

 ――――猛烈な炎が足元から噴き上がる。

 

 

 急な出現に、BBは後方へ飛び退いた。

 一歩遅れていれば、炎に巻き込まれていたことだろう。

 

 しかし、なんとか間に合った。

 思わず息をついて、気がつく――

 

 アーチャーと、そしてキャスター達から分断されている。

 

 愛歌も同時に分断されたが、つまりそれは、この場に“自分しか存在しない”ということであり。

 他に誰かがいるのなら、大問題だ。

 

 

「――待たせたね」

 

 

 優しげな声、場違いにすら思えるそれは、その場にいる誰かに向けられたもの。

 

「――えぇ、待ちわびたわ、騎士さま」

 

 騎士さま――知っている。

 愛歌にその呼び名を受けるものは、この月の裏側で一人だけ。

 そしてつまりそれは、

 

「――――決着術式“聖剣集う絢爛の城(ソード・キャメロット)

 

 この主従が、現れたということだ。

 

「…………騎士王」

 

 BBがその名をつぶやく。

 

 ――目の前に立つは蒼銀の騎士。

 無垢なる乙女を守護する者。

 聖剣の担い手、それは即ち――――

 

 

「――アーサー・ペンドラゴンッッッ!」

 

 

 ――彼がこの場に、はせ参じたということにほかならない。


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