「ちょこまか動くね〜。どうやって海を走ってんのよ」
「お互い様でありますな……!」
戦闘を始めて30分は経ったか。
俺はひたすらクザンと距離を取りながら、時に砲撃、時に秋茜でなんとか攻撃を凌いでいる。
あの手のひらに触れた瞬間詰んでしまうのは、なかなか厄介だ。
海はクザンの移動によって、氷のフィールドへと姿を変えかけている。袋小路に逃げないよう、周囲を確認する必要があるのも忙しい。
凍る範囲が広くなるにつれ、空気も冷ややかになり、パラパラと雪らしきものが降ってきている。
口元から吐かれた息は白くなり、艤装にも冷たさが積もってくる。
寒冷地装備を用意していないので、このまま装備が凍りつくことがあったら艦載機が使えなくなる。
砲塔の動きも悪くなるし、やりたい遠距離戦に持っていけなくなるのは辛い。
クザンもそれをわかっているのか、氷の刃による接近戦をしつこく仕掛けてくる。
自然系の能力はやはり厄介だ。作中でも一段違う扱いを受けていた理由がよりはっきり理解できる。
特に、クザンは凍結による拘束や、海での行動阻害が効きにくい搦手が効かない相手だ。
徒手空拳で挑んだら死ねる。
俺は砕氷船ではないので、薄氷といえど氷を無理やり割って進むようなことはしたくない。艤装に霜が詰まったら大変だ。
氷の地面を避けつつ、接近してくる相手を躱すのは地雷原を駆け回る気分の様で。
「そろそろコートじゃしのげない寒さになってきたでしょ。諦めてお縄につきなさいな」
「もっと寒いところを知っている身として、この程度で音を上げるほどヤワではありません」
「つっても、さっきから防戦一方じゃないの〜」
ミホークに負けた通り、俺は剣術に関してはフィジカルに任せた戦いしかできていない。
蹴り付けたりと体術を織り交ぜるにしろ、クザン相手に軽率に触れに行くことは避けたい。
艦娘の本来の役目ではない接近戦を強いられているのだ。大将相手ではミホーク同様、数段劣ってしまう。
そもそも、船に剣だの殴り合いだのさせる方がおかしいんだ!
砲撃や艦載機支援が主っていうか、俺は揚陸艦だぞ!? 人や兵器を運ぶのが本来の仕事で、専門分野なんだよ!
こういう時ほど、戦艦や正規空母を羨ましく想ったことはない。
積載量に自信はあるが、火力に長けていると言えば全然そんな事はないというのに、バカみたいな威力を持ちがちなワンピースのキャラと戦わないといけないとか、艦娘のフィジカルチートが無けりゃやってらんない。
どころか、フィジカルチートに艤装があっても押されているのだ。何が楽しくて氷の中刀を振るわないといけないんだ。
「グッ……!?」
「ようやく1ヒットか、面倒だなぁ〜」
「どの口」
左肩に鋭い痛みと冷気が走った。
袈裟斬りのように、氷の線が斜めに走っている。氷弾が当たりでもしたか。
肩はまだ動くが、艤装がそろそろ凍りつき始めている。長時間戦えば戦うほどこの霜は濃くなっていく筈。そうなったら、もう対抗手段が刀しか無くなってしまう。
俺は再度艦載機を大きく飛ばす。
走馬灯に照らされた影が、鉄の立体を持ってクザンの上空に飛んでいき、機銃を掃射する。
爆撃機を装備できたらまた変わってきただろうが、あきつ丸は装備できない。
機銃とはいえ、地面にいるクザンへの威力がとても低いわけではない。これでも痛打は与えられているのだ。
が、そもそも相手のHPゲージがとんでもなく長いため、行動不能に追い詰められるほど打撃を与えられていないのが現状だ。
特に、覇気を纏っていないと接触すらできない自然系相手に、機銃の弾ひとつひとつに覇気を纏わせるのもかなり神経を使う作業である。
しかしクザンは手から氷の塊を撃ち出し、艦載機を数機撃墜する。
まだ全ては墜ちていないが、俺本体を狙うには多少残ってても問題無いと判断したらしい。氷の地面を踏み砕き、グッと距離を詰めてきた。
クザンにとっては全身が武器。
ただの雑魚海賊が迫ってきた時とは比べ物にならない危険信号が、戦闘回路に響くようだった。
「
「隙あり……であります!」
が、全身武器というのなら、こちらは全身兵器だ。
戦艦の様に巨砲が積めなくても、空母のように爆撃機が積めなくても、揚陸艦なりの戦い方があるってもんだ。
俺とて、こうして賞金首になったなら今までの戦い方で満足してはいられない。
そこで編み出した──というか、枷を外したのが、「戦闘中の道具使用」に関してである。
俺は揚陸艦として優れた積載量と、それを素早く積み下ろしできる特技がある。
簡単に言うなら、俺自身が四次元ポケットみたいなもん。
今までは艦娘としての戦い方──艦載機や副砲に頼ったり、武器である秋茜に頼ったりしていたが、そもそも戦争に使われるのは単純な銃や剣だけではない。
それを、艦娘らしさなんかを捨てて使わせてもらうことにした。
戦いに卑怯も何もねぇや。
というわけで、俺が今取り出したのは例の海楼石の島からちょろまかしてきた海楼石製の棒だ。
ただの長い棒。
海楼石の武器なんかもあったが、サーベルだのヌンチャクだの、武器の形をしているとその型を覚えないとだからな。咄嗟に使えるただの棒を選んでみた。
俺が簡単に持てる、せいぜいバットより少し長いくらいの細身の棒だが、能力者には海楼石が一番効く。
最初から出してたらすぐ対策を立てられるし、警戒度も上がるだろうから、ここぞと言うところまで取っておいたのだ。
相手が話してる時に殴っちゃいけないなんてお約束、もう無いようなもんだからな。
秋茜を納刀し、砲撃に切り替えたと見せかけて取り出した海楼石でのホームランは、クザンの腹に強烈なヒットを叩き込んだ。ホームランだけに。
「ッ海楼石……!」
「海に嫌われた者は苦労するでありますね。こんな棒が一番恐ろしいとは」
だが、海楼石の棒一本で制圧できたら海軍大将にはなっていないのだ。
依然油断せず、相手がガクンと体勢を崩したタイミングで大きく距離を離す。
上空にはまだ艦載機が数機舞っている……俺はそれを確認し、海楼石を仕舞った。
ここからは全速でこの場所からの脱出を図る。
「やってくれるじゃないのォ!!」
「ようやくクールぶった態度を崩しましたな! ですが、幾ら海を凍らせられようと……自分の方が速いであります!!」
あきつ丸は低速艦だが、流石に人間の走りと艦娘の滑走では俺のほうが勝る。
地上だったら追いつかれていただろうが、海は俺が一番速度を出せる場所だ。
アナタって遅いのねー! なんて、煽れてしまう。
さてさて、飛んでいる艦載機たちの中に、一機別の場所からの合流が入った。
戦闘機の中に混ざるのは、あきつ丸の代名詞でもある(大発動艇は除く)カ号くんだ。
クザンへの攻撃とは別に、機銃で意識を逸らしてこっそり飛ばしていたのである。
カ号からの情報は正確で、俺が進む先に一つの船が見える。
海軍の船だ。
「相変わらず謎の模様をしてるでありますねー! では……おっじゃましまーす!!」
「ハァ!?」
「だっ誰だ!? ここは海軍の船だぞ!!?」
迷い無く海軍の船に飛び乗った俺に、クザンがらしくない困惑の声を上げた。
そりゃ、普通は自分の船に戻るとか予想するよな。
ただ、俺の船にはミホークがいるとはいえ、ただの一般人が多く乗っている。巻き込むつもりはない。
この軍艦はクザンが乗ってきた船とは違う、巡回船のような物っぽいが、俺を後ろから追ってきているクザンを認識してすぐ敵対体勢をとった。
「貴様は……“船沈メ”あきつ丸!!」
「わざわざ捕まりに来たのか!!?」
「ご安心を、すぐ出ていくでありますよー」
「行け!! 捕えろ!!」
そろそろ日も傾く。
皆観光から戻ってきている頃だろう。予定とは少し早まったが、さっさとこの島を出てしまわねば。
俺はぐるりと周囲を見回し、クザンと比べると遅すぎる海兵のサーベルを避けながら、
俺の妖精さんは優秀だ。ちょっと早とちりなところはあるが、こういう時は言わなくても欲しいものを取ってきてくれる。
本人(本妖精?)たちも興味のあるものだからか、見つける速度はより早い。
「追いついたァ! もう逃がさないからなァ〜……!」
「おお、怖い」
いや本当に怖いな。
割と血管にきたのか、苛立ったクザンが軍艦へ上がってくる。
が、しかし俺はこの戦闘を続ける気は無い。
むしろ──
「ふふ、流石にこれ以上逃げ回りはしないでありますよ」
「あっそ〜。じゃあ……凍れ」
そう、むしろ──
「捕まえた♪ であります」
「────ハ、」
追いつかせた、が正しい。
ガチャンとクザンの右手首に嵌められた
クザンが最初俺に接近戦を強要したように、相手の弱点は利用していくに限る。
ならば、能力者すべての弱点は何か。
おさらいしよう。
海楼石の棒で殴った。それだけが一番クザンに効いた。
海賊にも能力者は多い。それを捕縛し収監する必要がある海軍は、とうぜん
なんなら、海賊だって持ってるくらいだ。
「海軍の偉い人とあろう者が、サボりなんていけません。……憲兵に、怒られてしまいますよ?」
「こ、の……ために、軍艦に……」
「では、一度頭を冷やすと良いかと」
俺は呆気に取られたまま、海楼石の手錠に囚われたクザンを船から叩き落とした。
海兵たちの悲鳴が聞こえる。
俺とてここでクザンを殺すつもりは無い。だから海兵が多い軍艦を探したんだ。
さっそく海に飛び込む海兵が複数人見えたから、大丈夫だろう。
「では、お邪魔しました」
俺はそんな惨状の中、悠々と帰ることにした。
能力者は海から出てもしばらくは消耗する。海楼石の手錠も付けてるんだから、より足は鈍るだろう。
今のうちに、この島を出ないとな。
「ただいまであります。突然でありますが、海軍の船が来てしまったのですぐ船を出すでありますよ」
「うわ、お前、その氷大丈夫なのか」
「わかった、すぐに出そう」
出迎えはキッドとキラーだった。
氷は、まぁお湯で溶かせばなんとかなるだろう。クザンの氷も、流石にこの程度だと万年氷とはいかないからな。
慌ただしく出港の準備が始められる中、ミホークがいつのまにか横に立っている。
「……大将の一人か」
「ええ、なんとか撒いてきたであります」
「何故おれを呼ばなかった」
「いや、ミホーク殿は舟番でありましょう」
「おれも戦いたかった……」
「えぇ……」
これだから戦闘狂は嫌なんだよ。
決めた、今度海軍大将と戦う時があったら、ミホークに押し付けてやる。
なんならそのまま船出してやる。
そう心に誓った。