私の描くキャラは大体みんな情緒不安定。
「あら〜? ワノ国近く以来じゃないの」
いつものサボり、観光業が有名なこの島は人が多く紛れるのには好都合だ。
その中で、やたらと目立つ黒色に、おれは休息もそこそこにため息が出る。
なぜ、自分はこうも偶然で彼女と出会いやすいのか。
あっちこっちと軌道が読めない航海をする彼女は海軍の情報網をもってしても掴まえづらく、まともな交戦情報は上がってこない。
海軍大将なんて、よっぽどデカい首がでなきゃ本部で書類仕事か世界貴族様のお守りだ。
同僚の黄色いのも赤いのも、彼女のことは知りつつも実際には会ったことは無い。
だというのに、なぜ自分は二回目の遭遇と指を折り始めているのか。
内心ドンヨリする思考を得意のポーカーフェイスで隠し挨拶すれば、相手は呑気にアイスクリームから口を離した。
「人は成長が早いでありますなぁ。出世となると、気苦労も多そうでありますが」
まるで自分はそこから外れているような口ぶりだ。
気の抜ける口調からは、やはり前に会った時と同じくあからさまな邪心は感じられない。懸賞金がかかっても、彼女は何年前かのままだった。
彼女──あきつ丸の容姿の不変さは、書類での備考にて疑問視されていた。
長命な種といえば巨人族やそっち系の種の特徴を受け継いだ魚人が思い浮かぶが、彼女はただの人間にしか見えない。
だというのに、およそ何十年と、その外見も声の高さも、変わっていない。
わざとらしい世間話もそこそこに、戦闘を仕掛ける。
捕まえればサボりの説教が減るだろうと考えたのは本当だが、本気で捕縛に入る気は無かった。
おれは、ただ知りたかった。
アンタは何者で、何をしてきたのか。
海軍の言う「悪」は一貫しているように見えて、上の立場にいくほどにブレて見える。が、最上位に近い程まで達すると、逆に一貫していると納得できる。
その「悪」は“政府にとっての”という枕詞がつくだけ。簡単だ。
海軍は正義のヒーローなんかじゃない。
結局はこのクソッタレの世界のシステムの一つで、縛られ、行き先を決められている駒に過ぎない。
だからこそ、おれはダラけきった正義を掲げる。
見逃す、サボる、そう言い訳を連ねて、自分の中のまだ残る「正義」を全うする。
あーだこーだ考えて考えて答えを出すことから逃げた今でも、大将の座は退けられていないのだから滑稽だ。
今回も、そうやって自分の「正義」と言い訳をするつもりで。
行動を制限したら、聞きたいことを聞いて、その次第で沙汰を決めようと思っていた。
のだが。
「ちょこまか動くね〜。どうやって海を走ってんのよ」
「お互い様でありますな……!」
思っていたよりも、“船沈メ”は手強い。
海を主戦場とし、自由に駆けることができる時点で能力者の天敵と言えるのだが、そのハンデを幾分無かったものにできる自分の力を持ってしても、彼女はすばしっこかった。
目的は拘束。
半身を凍らせれば目的は達成なものの、どうにかこうにかおれの力が及ぶのを避けて、接近戦から抜けようとする。
刀使いよりもその特徴的な装備からの砲撃の方が手慣れているあたり、本業は遠距離なんだろう。
だが、おれには関係ない事だ。
サーベルを展開し、懐に潜り込めればいいが……体格差も相まり、何度その腕を掴もうとしても指は空を切るばかり。
正直ここまでやるとは思っていなかった。
いや、ガレオン船を両断している時点で膂力はバケモノと認識していたものの、本体の戦闘能力についてはフィジカル頼りという印象が付いていたのだ。
釣り針に引っかかる寸前で逃げる小魚のように、ヒョイヒョイと躱され戦闘時間だけが延びていく。
「グッ……!?」
「あ、ヤベ……。ようやく1ヒットか、面倒だなぁ〜」
ついうっかり、拘束とは関係無い一撃を喰らわせてしまう。
普通の人間なら氷で体が半分使い物にならなくなる威力だが、彼女はやけに丈夫らしい。袈裟斬りに氷が張っただけで済んでいる。
やはり種族からして人間とは違うだろう。
何者なのか。
どこから来たのか。
同じような存在はいるのか。
政府は関わっているのか。
聞きたいことが増えていくも、相手は徹底抗戦をやめない。
ジワジワと身体中に霜が降りてきて、寒いだろうに、動きづらいだろうに。
海軍大将を目の前に戦意を喪失しないその心は逞しいものだが、今はそれが逆におれの手を煩わせている。
ただ殺すだけならまだしも、ここで彼女を殺しても得るものは何も無い。
おれの中の謎を晴らしてからどうにかなってくれと、氷の勢いを強めた。
あきつ丸に対する「知りたい」感情は、別に彼女が何か政府の外道に関わっているんじゃ無いか……とか、そういう心配や同情とは違った。
あきつ丸自身がそれで苦しんでいようと、おれには関係無いように思えもした。
おれは……ただ、自分の中にある海軍への反発と怠惰を許せるだけの理由を、彼女から知りたいのだ。
おれは海軍所属であるけれど、海軍のやること全てを肯定するわけではないと、このまま“上の意思”とやらに呑まれてたまるかと、抗うだけの理由が欲しいんだ。
それだけの事ができるものを、アンタは持ってるんだろ。
時にグランドラインで。
時にワノ国で。
時に東の海で。
時に北の海で。
そして今、ここで。
何をした、何をしている?
何に突き動かされている?
それは、おれが「悪」と言えるものか?
それとも、「正義」のせいにできるものか?
今はいない親友の言葉が、まだおれの中で息をしていた。
『ワシらが本当に望むのは「人の命を救う正義」だが……今の海軍がやっているのは、「政府の命に従う正義」だで……』
『海軍も罪の無い人を殺しとるのだ、そこらの海賊よりももっと……、皮肉だで。なら、ワシらよりも誰かを救ってきた海賊が現れたら、ワシは正義を名乗れるか?』
『だからこそ、ワシらは目の前で見て判断しないといけないんだで。……なぁクザン、ワシはおめェのそういうところこそ、大将に相応しいモンと思っとるだ! デレシシシ!』
「──知りてェんだよ」
その話をしてすぐ、親友は行方不明になった。
ワノ国へ調査に向かう船の一つに乗って、波に雷に呑まれていった。
生死は──わからない。
「──知らなくちゃ、いけねェんだ」
おれは体の奥で積もる焦りに突き動かされていた。
このままでは、あきつ丸への負荷が過剰になってしまう。拘束任務は数多くこなしてきたが、そのどれよりも気を張っていた。
彼女から、あきつ丸から漂う海の気配が、海に呑まれて消えた親友を思い出させて仕方がない。
ワノ国の海を、アンタは知っているだろう。
「
「隙あり……であります!」
ワノ国の波を押し返す幻覚をもって彼女に腕を伸ばした。だが、直後体の芯に響く衝撃に一瞬意識を飛ばしかける。
海楼石……!!
どこまでも、能力者を潰すような力をしている。
どこから出したのかは知らないが、覇気よりも濃い自然の力を抑え込めるそれに、パキパキと周囲の氷にヒビが入った。
「海に嫌われた者は苦労するでありますね。こんな棒が一番恐ろしいとは」
そう言うアンタは、海にいっとう愛されてるんだろう。
おれの中で、一線を保っていた標識が、音を立てて折れた。
「やってくれるじゃないのォ!!」
「ようやくクールぶった態度を崩しましたな! ですが、幾ら海を凍らせられようと……自分の方が速いであります!!」
水飛沫をあげて、あきつ丸が遠のいていく。
確かに、凍らせてそれを踏み砕かないように走る必要があるおれとアンタでは、速度は縮められない格差がある。
だが、それがどうした。
絶対に捕まえてやる。
低温の中、脚に熱が巡る感覚がやけに鮮明になる。
外からの風でも、循環する熱を冷ませやしない。
氷とて、触れすぎればヤケドするもの。
内に高温が宿ろうとも、外を凍てつかせるそれに遅れは無い。
……が、あきつ丸が向かった場所が想定の範囲外だった。
あの女、海軍の船にわざわざ乗り込みやがった。
サボりのおれはこの船に軍艦を伴っていない。あれはただの巡回船だろう。悲鳴にも似た構えの声がつんざく。
ほんっとうに相手が何をしたいのかわからない。理解ができない。
だからこそ知りたいと腕を伸ばすのだろうが、アレはもはや奇行と呼べるそれではなかろうか?
海兵を人質にする気かと思ったが、そんなとはなく、あきつ丸はお気楽に下級海兵の剣を避けている。
煽っているのかなんなのか、兎にも角にも追いつけば全てわかる。
追いついた瞬間、問答無用で凍らせて仕舞えばいい。多少軍艦を巻き込んでもしょうがない。始末書は面倒だが、放置するか誰かに押し付けよう。
「舐めやがって」
ヒラヒラと蝶のようにコートをはためかせて逃げるサマは、今のおれにとっては苛立ちの燃料にしかならない。
軍艦に飛び乗り、他海兵の驚愕も後に目の前の黒を氷色に変えようとした時だった。
ガチャン。
「────ハ、」
「捕まえた♪ であります」
脱力する体。使えない氷結。
おれの手首に、海楼石の手錠が嵌められていた。
瞬間、コイツの思惑に全て気がついて、膝を折る。
海軍なら、海楼石製の手錠は積んでて当然のものだ。軍艦でも手早く持って来れる場所に常備してある。
それを、コイツは利用しやがったのだ。
そのまま海に落とされ、おれは今回の捕縛作戦が失敗に終わった事を悟る。
能力者は海と海楼石には無力だ。
あの笑顔、海兵がおれを助けることも見越しているだろう。
ブグブグと肺から空気が抜け、氷とはまた違う海の冷たさに当てられる。
強制的な脱力感も相まって、思考が冷めていく。
「ッゲホッ!! ヴェ……オエッ」
「だ、大丈夫ですか!?」
「すぐに鍵を──!」
あー、何やってんだろ、おれ。
なんからしくなくガチになっちゃってまぁ。
あの言葉を思い出すのにも、慣れてきたつもりだったんだけど。
海水が全身に纏わりついて不快な中、おれは甲板に寝転び、近くにいた一人の海兵を呼んだ。
「何か自分にできることがあれば……!」
「じゃー、アイス買ってきて、アイス」
「……へ?」
「味は極濃厚焙煎黒ゴマで。あ、三段も要らないから。一段でいい、カップで」
「……え、か、かしこまりました??」
それはそれとして、良いように逃げられたのは悔しいし、聞きたいことも聞けてない。
「……はー、メンドクサ……」
大の字になって仰ぐ空は、もう水色から色を変えかけていた。
ワノ国の海は、何かに守られているかのように外敵を寄せ付けないそうです。
ですが、国内で正体に気付かれるよりはマシな対応をしてます。