「……それで、お前の言う『弟子』を連れてきたわけか」
「ああ」
淡白な返事が会議室に落ちる。
さほど大きくない、せいぜい5〜6人が集まるような会議室で、俺はやわらかいソファの感触だけに意識を逃していた。
そもそもの発端は、ミホークが七武海の誘いを受け取った事。
アイツの思考はよくわからんが、たぶん七武海になった方が面倒な羽虫が少なくなると考えたんだろう。受けると言うから、じゃあここで解散かと思っていたら、無理やりマリンフォードに連れてこられた。
俺はミホークの弟子とはいえ、今回の七武海に関しては本当に何も関係がない。
行ったとして何をやると言うのか。
というか、クザンの言い分からして俺は海軍から相当に警戒されていそうだったから、行きたくなかったのに。
首根っこを掴まれて、ミホークが妖精さんたちに勝手に指示をして気づけばグランドラインに戻ってきていた。
何故そいつの言うことを聞くのだ妖精さんよ。
何故コイツらに羅針盤を任せていると知っているのだミホークよ。
「なるほどな……」
「……」
そうして半ば無理やり敵地に押し込まれた身としては、とんでもなく気まずい。
既にセンゴクが元帥になっていて、さっきからこちらをじっと見てくるが冷や汗が止まらない。
センゴクの隣にはまだ少し若さが目立つおつるさんがいる。髪が若干黒い部分が多い。新鮮だが、見つめる気力は既に失せている。
「……あー、自分に聞かれてまずい事があるなら席を外しますが」
「何が聞いてまずいことがある? 言ってみろ」
「いや、七武海の決まりとか周知されたら不味いこともあるかもしれないでしょう」
「フン、お前に聞かれたところでどうこうなるとは思えん」
「ハァ……」
俺としては、ここでドンチャンやらかす気は無いので、極力いい子にしている。
ここで何かをやらかせば三大将や他中将も飛んでくるだろう。そもそも目の前にいるクソデカアフロが海軍でいっちゃん偉い人だし。
ガープは姿が見えない。
任務にでも行っているのだろうか。
「席は立たなくていい。今回メインの議題となるのは“海兵狩り”ミホークの方だ。ここにきた時点である程度返事は察せられるが、七武海になる気はあるか」
「ああ、そのつもりで来た」
センゴクの仕切り直した問いに、ミホークは素直に頷く。
流石のミホークでも、ここで戦闘狂の面は出さないか。ここで刀を抜かれたらどうしようかと。
「なら、必要書類に幾つかサインをもらう。そして、これからお前には七武海の規則と特権が与えられることになる」
「……」
ミホークが目線で続きを促した。
「お前には、海軍──政府所属の海賊として、他海賊への抑止力として働いてもらう。その代わり、手配書と懸賞金は免除だ。海兵がお前を捕まえることもない」
「フゥン……」
「他海賊や、……政府非加盟国への略奪行為も許可される。だが、こちらの指示にはある程度従ってもらう。特定の戦争への参加義務や、海賊の討伐命令が下ることもある」
「……」
「政府はお前を認めたということになるが、当然見過ごせない反政府運動や暴逆を行った場合即座に七武海の席は撤廃される。忘れぬように」
「わかった。書類を出せ」
思ったよりスムーズに話が進んでいく。
ミホークは出された書類に少しクセのある筆記体でサインし、海軍元帥から確認の判が押された。
こうして、ミホークは晴れて王下七武海になったわけだ。
なんだか想像よりも事務的で夢の無いやり取りだったな。もっとなんかこう……殺し合い一歩手前まで行くとかそういうのを想像していた。
海軍としては、心臓100個届けられるとかよりは穏便だからトントンと話が進んだのかもしれない。
あのローがいつかアレをやらかすと思うと少し胃が痛くなる。心臓100個て。お姉さんそんな事教えた記憶ありませんがな。
ドンキホーテの教育か? ドンキホーテの教育のせいなのか?
「手続きは終わったわけだが……」
「なんだ。まだ何かあるのか」
「いや、まさか“船沈メ”が“海兵狩り”の弟子だとは……」
「自分はそもそも此処について来る気は無かったであります。文句ならミホーク殿に言ってください」
「たかがマリンフォードに少し赴くだけだ。あそこで離れる道理もあるまい」
コイツ海軍本部のこと「たかが」って言ったぞ。センゴクの眉間の皺が寄った気がする。
俺は絶対色んな事聞かれるから来たくなかったのに。
クザンの様子からして、海軍が俺の情報をあまり持っていないのは明白。そんな中、本人が拠点にひょこひょこやって来たら鴨葱と思われるだろうが。
そんなこと言っても「おれが王下七武海になるから平気だ」とか言ってる聞かないし。
「そうだ、王下七武海になった時、何かしらの条件を出していた奴がいたな」
「……なんだ。その条件によればこの判は取り消すことになるが」
「コレの懸賞金を取り下げろ。手配書もだ」
「ハァ!?」
お前この前懸賞金が出た時は金額が足りないって文句言ってただろーがよ!!
というか、七武海の特権とはいえこれは許されるのか……? 絶対無理だぞ。
俺が驚愕の声を上げれば、センゴクは何やら考え込んでいた。
ずっと黙っていたおつるさんが「落ち着きんさい」とお茶を飲んだので、俺も手元のお茶をいただいて気を落ち着かせる。
ミホークにも、なにやらミホークなりの考えがあるらしかった。
「基本的に懸賞金が取り下げられることは無い。七武海での取り下げ自体がイレギュラーだ。その要望は許可できない」
「フン、臆病者め……まぁ良い。この件が受けられなくともおれはサインを撤回しない」
「ミホーク、お前さん何を考えているんだい。弟子の安否に気を遣ってでもおるのかね」
ミホークの行動はいつも突然だし、前提が飲み込めてないまま少ない言葉だけで理解しようとすると大抵誤解する。
案外本人は聞けば答えてくれる奴だから、本人に躊躇わず聞けばいいと俺が悟ったのはいつだったかな……。今でも驚きとか文句が先に出てまともに聞けてない気がするが。
その点、おつるさんの冷静な意見はミホークに問題無く受け止められた。
「コイツは余計な金だのに縛られない方がいいと思っただけだ。師匠として弟子の環境に気を使うのは当然だと思うが」
「何をまた。明日の天気は刀でありましょうか」
「事実にしてやろうか?」
「いえ、遠慮しておきます……」
コイツの場合刀じゃなくて斬撃の雨を降らせることくらい造作も無いことだろう。
おつるさんは、この男から出た弟子を思った言葉に少し目を見開いた。こんなソロ活謳歌してるマイペースな男が、俺の現状がどうこう考えていてくれたことには、俺自身も驚いたが。
……いや、案外ミホークは俺を見ていてくれている。
剣の指導をしてくれたり、なんだかんだ南の海の旅もついて来てくれていた。本人的には、戦いの少ない退屈な日々だったろうに。
俺を心配して口を滑らせたこともあったし。
ミホーク、お前割と外のことをちゃんと見れるタイプなのか……?
と感動しかけたが、俺がクザンと戦闘になったことを特に心配せず「おれも戦いたかった」で済ませた近場の事実がそれを冷めさせた。
やっぱ気まぐれだコイツ。
「わたしたちとしては、そっちのお嬢さんに聞きたいことは山程あるけれど……」
「申し訳ないですが、自分が語れることはほぼ無いであります。自分はこの道に海軍がついて来るとは思えない故に」
俺がやっていることは、別角度から見たら未来の凶悪犯を増やしていることになるのかもしれない。
カタクリ、ドンキホーテ兄弟、ロビンやロー……将来強大な海賊になる人も、子どもの時は無力だ。あの時始末していれば、減った死者もあるかもしれない。
が、やると決めて、一度介入したからには俺はこの道を征く。
オハラもフレバンスも、あそこで消えるべきじゃなかったと思うし。ワノ国もカイドウに支配されるべきじゃなかった。
文句がある奴は、この砲と刀で払うのみだ。
おつるさんは、何か神妙な顔で俺の肩に手を置いた。俺と身長が近いからか、おつるさんの瞳が真正面から見える。
まだシワの少ない目元には、それでも苦労と現実を見てきた説得力があった。
「海軍の『正義』と違う『正義』であんたが動いていると言いたいなら……覚悟するんだよ。その道はとても楽なものではないからね」
「心得ております。おつる殿にはあまり迷惑がかからないように心掛けますとも」
「ハッハッハ、ミホークや、この娘大事にしておやりよ」
「言われずともわかっている」
……何やらおつるさんの琴線に触れたっぽい。
いやぁ、おつるさんの能力は下手なロギアよりも厄介だからな。敵に回したくないものだ。
海軍に対して喧嘩を売るような真似は、余程のことがない限りセーブしていきたくはある。が、この世の中セーブできないことが多すぎるので、仕方ない。
マリンフォードを後にする時、その本部に堂々と刻まれた正義のマークは、俺にはあまり立派なものには見えなかった。
海軍は……結局のところ、政府の所有物。なんだろうな。
俺は俺として、これからも頑張っていこう。
「疲れた。ワインを出せ」
「帰って早々に弟子の扱いが雑でありますな。大切にしてくれるのではなかったので?」
「しているだろう。早くワインを出せ」
「ハイハイ」
まぁ、俺としても少し気分は良くなったので、ワインセラーを増築してやるか。
中のワインはミホーク持ちだが。
大事にしてる(海の底に落ちない程度に)