「よう、お嬢ちゃん……さっき、誰と話してた?」
そう色気の詰まったテノールで問いかけるのは、紫炎をふかす赤髪海賊団いちの色男だ。
ベン・ベックマン……副船長にして、銃の名手。白を纏う姿はなんとも言えない影のある魅力を引き出している。
ミホークとは違った偉丈夫って感じだな。まだ登場回数が数回だった時も、一定の人気を得ていたのは、こうして本人に会ってみると納得できる。
なんだか、雰囲気を作るのが上手いのだな。
「少し、この船と」
「へぇ、船と話せるってのは本当なんだな」
「どこでその話を? 懸賞金がかかると、そんな情報まで出回るのでありますね」
「なぁに、お頭は大昔にアンタと会ってたんだろ?」
……なるほど、シャンクスは覚えていたかー。
いうてロジャーの船に乗ってた時は下っ端っぽかったから、隅っこでちまちましててこっちを覗くばっかで聞いてないと思ってた。
そして、それを覚えてるともあまり思わなかった。
案外、注目されてたのか?
噂の話に納得しつつ、俺は手元の酒を回す。
シャンクスからは、あまり俺を覚えている空気は感じなかったが……。
「うちの頭は人間関係が大雑把でなァ、あんたの手配書を見た時に、『知ってるやつだな』なんて言われた時は驚いた」
「自分にしても、認識されているとは……と」
「ああ、話したことは無かった……のか? あいつは楽しいことに巻き込んだなら友達と思う癖がある。厄介な男だ」
「うーん、副船長に言われるとなんとも」
なんだか、そこの時点で少しルフィと似たところを感じる……。
俺は、シャンクスで一番記憶に残ってるシーンはやはり頂上戦争だが、若い頃もなんだかんだやんちゃしてるよな。
ゴムゴムの実かっぱらったり、フーシャ村にたむろしつつ悪党ボコったり。
ヒグマさん元気なんかな今。
ベックマンは、また深くタバコを吹かせた。こちらに煙は来ない。
「ミホークの弟子なんて大層なもんだからな……船と話せるなんて言っても驚きはしない」
「ふむ、やはりミホーク殿の弟子となると目立つ立場でありますなぁ……」
「ははは、アンタの名前なんかは手配書で初めて知ったが、“船沈メ”の噂は新世界じゃ有名だぜ」
「ほぉ」
俺は手元の酒を飲み干した。
ベックマンが次を注いでくれる。副船長の酌とは贅沢なことだ。
フーシャ村には無さそうなグランドラインの銘酒は、金色の炭酸をパチパチと弾けさせる。
俺は、ここでの俺の噂なんかを黙って聞く姿勢をとった。
「曰く、船と話せる。曰く、刀の達人。曰く、人語を話す船……眉唾な話から信用できるものまで様々」
「人の口に戸は建てられぬものでありますなぁ」
「海賊の情報網ってのは新聞じゃわからねェルートがあんのさ」
新世界にも、俺の噂は知れているのか。といっても、都市伝説的な扱いをされてるものも多そうだ。
それが真実とわかったら、厄介ごとに巻き込まれそうな気が……いや、すでに
「なぁ、ウチの船はなんて言ってる?」
「ふむ……」
(ベックマンに気を悪くしないでほしい。コイツはお頭の代わりになにかと苦労を負いがちでね)
(気を悪くなど、なんともしないであります。寧ろ、先の世界で自身がどう知られているかは大事な情報であります)
真っ直ぐにこちらを見る彼からは若干の警戒を感じるものの、そこに敵意や害意は乗っていない。秋茜も反応していないしな。
お頭の知り合いとは言え、得体が知れないから探っておこう、程度か。
レッド・フォース号の苦笑に、俺もまた笑みを返す。
海軍からの評価はなんとなくわかったものの、新世界に行っている海賊からの言葉は価値がある。白ひげは戦友だが、それ以外となるとどうにも予想に欠けた。
俺の存在が知られているなら、それ前提の立ち回りは必須だ。
ビッグ・マムとか反応してそうで嫌だなぁという気持ちはあります。
(ああでも……これでお前が信用を得たら、コイツが明かすことにどうか怒らないで欲しいとも思う)
(……? それは?)
(自分と話した証拠として、言ってみるといい。すぐわかる)
そのことに内心首を傾げながら、伏せていた瞳をベックマンに向き直した。
その時、一瞬彼のタバコが揺れた気がする。
「ベックマン殿は、自分に何か隠していることが?」
「この立場になると、人に話していない秘密なんてごまんとあるな」
「……自分を怒らすことが、あるのでしょう。自分は信用ならないと話す気が無いとなれば……」
「──なれば?」
「レッド・フォース号に隠した秘蔵酒のありか、シャンクス殿に教えてしまうでありますよ」
対価としていただいたマル秘情報に、悪戯っぽく笑えば、ベックマンのタバコがへにょりと下がった。
表情はポーカーフェイスなのに、そのギャップが面白い。
俺としては、教えても別に何も無いしな。酒は飲めるが好むと言われると……だし。
ベックマンは降参だと両手を顔の高さまで上げた。
「あの在処は本当におれだけが知ってる……が、ウチの船ならそりゃ知ってるな」
「ふふふ、ある階段の下……いい情報を得たであります」
「やめてくれ、ありゃ売れば億はくだらねェんだ」
お頭に見つかれば即宴で消費されるかな。
かわいそうなベックマン、ひとえにお前が副船長だからだが……。
背後の宴は盛り上がっているものの、やはりこちらに目を向ける人はいない。
ミホークとシャンクスのコンビは、月と太陽が同時に並んでいるようなもの。
さぞクルーの目を引くだろう。
かたやこちらは、星もない闇世の中か。
「……お頭にはいつ会わせてもいいと言われてある。ついてきな」
「……はぇ?」
クン、と顎をしゃくられ、船内に引っ込んでいくベックマン。それに少し呆けつつも、慌ててついていった。
……秋茜が少し、鳴った気がする。
赤髪海賊団の船内は、その賑やかさと違って案外整頓されていた。下手な海軍の軍艦より綺麗だ。
柱や床にたまに傷が見えど、それはとても小さくなんの船の異常にもならない程度のもの。むしろ、誉傷として撫でて喜ばれそうな戦闘の跡として見えた。
大事な傷ができたら、すぐに修理しているのだろう。
この船大工はとても優秀で、船思いと見た。
こうして他海賊の船内を歩くのは新鮮だ。
人格の無い……クラバウターマンのいない船とは違う、温かみや色が感じられる。
友達の実家を眺めて、なんとなく生活感やその家の慣習みたいなものを肌で感じるような、微笑ましさと落ち着かない感覚。
モビーとはまた違うものの、この船も愛されている。
どこか、レッド・フォース号が自慢げに揺れた。
「……? 少し揺れたな」
「ふふふ、上も賑やかでしょう」
「ああ、ミホークに会ったからって死合いはするなと言い聞かせているが……」
「また、なんか違った苦労を見た気がするであります」
俺も言っといたほうがよかっただろうか。
船内の奥の奥、なんとも微妙な位置にある客室の前で、ベックマンは足を止めた。
ここだ、と発すと、ノブに手をかける──直前
「何をしている?」
「うわ」
「……ああ、鷹の目か」
背後にミホークがいた。
ベックマンをその凶眼で睨んでいる。急にやってきたもんだから驚いた。赤髪と飲んでたんじゃなかったのか。
酒気の空気は帯びているものの、酔いを感じさせない鋭さがベックマンに刺される。
俺の背後に立って威嚇をするな。
「悪い、別に
「フン、全くな」
「ミホーク殿でありますか、あの鯉口は……」
秋茜が鳴いたのは、おそらくミホークの視線に反応したんだろう。俺が連れられて行くところを見ていたのか。
過保護な師匠だよ全く。
「……まぁ、アンタも一緒でいいか。その殺気をしまって貰えると助かるんだがな」
「ミホーク殿、あまり他人の船で敵意を漏らすのは」
「……フン」
すっと仕舞われたトゲトゲしい空気に、俺は内心ため息を吐いていた。
コイツが師匠下手ということはわかったが、それにしたって不器用過ぎるだろう。
俺とて、弟子上手なわけでは無いだろうが……コイツよりはマシな自信があるぞ。
「開けるぞ」
少しの間の後、ドアが開かれた。
調度品だとか、空気感よりも先に、その影に身を駆け出してしまったのを許して欲しい。
だってそこにいたのは。
ぼちぼち、完結に向けていきます。
番外編とかたくさん書く予定です〜。
お付き合いいただけると!