俺は昨日ドンキホーテ兄弟に出会った路地裏前に立っていた。
相変わらず火薬の匂いや人の叫びが煩わしいし、舞い散る埃が喉に張り付いて不快だ。
それでも立っているのは、明日もいると約束してしまったから。
「本当に、いる……」
黒煙に塗れたこの国では、黒い服というのは目立たない。その中で、目立つ金髪で目を隠した少年が路地裏からコチラを覗いていた。
今日はロシナンテしか居ないらしい。
「こんにちは、であります。ご兄弟は?」
「兄上は、ゴミ箱を漁りに……。そ、その……」
「食べ物でありますか? ほら」
俺は紙袋いっぱいに果物や干し肉を詰めたものをロシナンテに渡した。子どもでも持てるサイズにしたから、量は然程無いが。
「こ、こんなに……!?」
「自分は食べないでありますから、気にせず持って行くであります。明日もいるでありますよ」
「あ、ありがとう……!」
ロシナンテが路地裏に去って行くのを見送り、俺も路地裏前から移動する。
一度餌付けした生物には最後まで責任を持たねばならない……俺は明日を約束し、その為に海へ向かった。
海賊船はどこにでもいる。
「お前! ロシィに何もしなかったかえ!?」
「食糧を渡した以外、なにも? ほら、今日の分でありますよ」
「なんのつもりだえ……!? 油断させて、おれたちを売るつもりか!」
「そんな事して、自分になんの得があるでありますか? 生憎天竜人になんの興味も無いであります」
別に奴隷にされかけたこともないし、そもそも会ったこともない。本の中でド腐れ野郎だなとは思ったが、今のところ何の被害も被っていないので天竜人相手にも何も思わない。
俺は昨日と同じ紙袋をドフラミンゴに渡す。
ドフラミンゴは未だ警戒を解いた様子は無かった。
「ロシィに何かしたら殺してやるえ……!」
「杞憂でありますな。ほら行った行った。見つかるでありますよ」
紙袋はしっかり受け取って、ドフラミンゴは去っていった。
さて、今日も海に出よう。こんな街にいるよりよほどマシだ。海賊を狩っていると無心になれる。
「今日もいる……!」
「いるでありますよ。ほら、食糧」
「ありがとう……! お、お姉さん、名前は?」
「名乗るほどの者ではないでありますな。ただの通行人であります」
「この街の通行人はぼくたちを見つけたら棒で叩くよ」
「……ただの旅人であります」
あんな奴らと一緒にされちゃたまらない。天竜人に苦痛を味わわされたのは気の毒だが、その矛先を何も知らない子どもに向けるまで腐らせてしまったのは、この世界の環境が悪い。天竜人と一括りにしてしまうのは如何なものか。
まぁ海賊だからとまとめて沈めている俺に言われても説得力無いか。俺はただ運良く天竜人の魔の手から逃れているだけの一般人だ。
被害者にご高説垂れるのは違う気がする。
だからと言って、元天竜人の子どもを庇うことも悪いことでは無いだろう。
「兄上は、お姉さんとは喋るなって言ってるんだけど……」
「……」
「お、お礼は言いたいんだ。ありがとう」
「……ふ、いい子でありますな。おまけをあげるであります」
俺は懐から棒付きキャンディを取り出した。いちご味だ。
フィクションによくあるぐるぐるロリポップではなく、某ペコちゃんみたいなあれである。平べったい楕円形のやつ。
それを咥えさせると、ロシナンテは「甘い!」と頬を赤らめた。
俺は必死に心の中の母性を抑え込む。
「明日もいるでありますよ」
ヒラヒラ手を振れば、ロシナンテはこっそり振り返してくれた。あー、かわいー。
さて、今日も海賊を狩りに行こう。最近、街で黒い服の女が街を海賊から守ってくれていると噂になっている。
こんな街で感謝されても知ったこっちゃないが。
「こんにちは、はい今日の食糧であります」
「本当に……何が目的なんだえ?」
「あ、ありがとう!」
「ロシィ! 感謝なんてするな! どうせ……」
「いつか裏切られる?」
「っ!」
「同じようなこと、されたでありますか? 食糧で釣って、最後には追われた?」
そう聞けば、ロシナンテはこくりと頷いた。
そりゃ、鼠取りの要領だ、アイツらがやってないわけがない。
「別に、もう今日で止めてもいいでありますよ。この島から出て行く理由はいくらでもある」
「そ、れは……」
「信用する、しないは自由。自分も自由にやらせてもらうであります。信じるなら……明日もここに来るであります」
俺はそれだけ言って、初めて彼らより先に路地裏前から立ち去った。背後から声をかけられることもない。
街中を歩いていると声をかけられることが増えた。俺が海賊を狩っていることが知られたらしい。貧しいからか食糧を渡されたりは無かったが、握手を求められたり感謝を伝えられたりした。
そこまで嬉しくはない。
「お、来たでありますか」
「……これで裏切ったら死んでも殺すえ」
「それは大変でありますな。ほら、今日の分であります」
「ありがとう!」
ロシナンテはかわいーなー。母性が溢れそうになるなー。
ドフラミンゴの方は渋々俺を信用することにしたようだ。二人分の紙袋を渡し、おまけに飴を渡す。ロシナンテは「レモン味だ!」と笑っていた。もっとあげたくなっちゃう。
ミホークとは違う可愛さだ。ミホークはクールなネコちゃんという感じだったが、ロシナンテは怖がりなワンちゃんという印象。
ドフラミンゴは……全方位に威嚇する鳥。
「お前……海賊を狩って何してるんだえ?」
「……鍛錬?」
「はぁ? 賞金首を換金したり、そういうのじゃないのかえ?」
「海軍には訳あって関わりたくないのであります。それに海賊船から奪う金品で金は足りてるでありますし。……ああ、あとその中にある食べ物のいくつかは海賊船からかっぱらってきたものでありますな」
そう言えば、ロシナンテは驚いたように紙袋を抱きしめた。
「あ、危なくないの……?」
「危なくないと鍛錬にはならないでありますな。こう見えて結構強いんでありますよ」
「……確かに、ナイフでも傷一つつかなかったえ」
数日前の、二人を脚の間に隠したことを思い出したのか、ドフラミンゴは納得したようだった。ロシナンテは海賊と戦うなんて考えたことなかったのか、オロオロと俺を見つめている。
「それじゃ、あんまり長くいると見つかるでありますから、さっさと帰るでありますよ」
「う、うん……ありがとう」
「……まだ完全に信じた訳じゃないからな」
走り去って行く兄弟。
俺はいつものように海に出ようとすると、街の連中が手を振っていた。今日も頑張ってくれと応援の声を浴びせられる。
俺はそれを冷めた目で無視して、艤装を展開した。
*
その日、兄弟はあの路地裏に来なかった。
毎日食糧を渡す、もらう関係を築いて二ヶ月ほど経った頃だ。ロシナンテはもうすっかり俺に懐いていたし、ドフラミンゴは未だ噛み付くような態度は解けないが素直に食糧を受け取るようになっていた。
たまたま遅れているだけかと、立ち止まったまま待ってみたけれど、何時間経っても現れない。
まさか町人に捕まったかと思ったが、今日もアイツらは天竜人を探して武器を持っている。
どうしたのだろうと思っていると、路地裏から見慣れ始めた金髪がひとつ、姿を現した。
短髪にサングラス。ドフラミンゴだ。
その足取りは重かった。
「……こんにちはであります。これが今日の食糧であります」
「母さまが死んだえ」
その言葉に、一瞬息が詰まった。
「病気で、薬も無くて、ボロボロになって死んだえ」
「…………」
「おれ達は、何でこんな目に遭ってるんだえ……?」
ドフラミンゴは声を押し殺して泣き始めた。大声で泣いたら見つかってしまうから。
俺はそっと、その姿を外套で覆い隠した。
「痛いえ、苦しいえ、辛いえ……」
「…………」
俺が言えることは、何も無かった。
一体、誰を責めればいいのか、俺にもわからなかったから。