今回割と胸糞回のため、無理だと感じたら即ブラウザバック推奨です。
その怒号が聞こえたのは、ドンキホーテ兄弟の母親が亡くなって一年ほどのことだった。
「天竜人の一族を捕まえたぞォー!!」
路地裏前に立っていた時、その叫びは遥か遠くの広場から聞こえてきた。ああ、防ぐことができなかった、と奥歯を噛み締める。
港に程近い路地裏前は、広場までかなり距離がある。荒れているくせに領土は広い国なのだ。
俺は広場に向かって走り出す。
そこには、磔にされたドンキホーテ兄弟とその父親がいた。
「矢は私だけに! 私だけにしてくれぇー!!」
「痛い! 痛いー!」
「兄上……父上……」
地獄だった。
何本もの弓矢が、石が彼らに当てられていた。
槍で、銛で体を裂かれていた。
火で炙られていた。
その体はとめどなく血を流し、アザを作られ、服はボロ切れのようになっていた。
ああ、遂にか。遂に彼が世界を呪う理由が作られてしまった。
「おい、もっと石を持ってこい!」
「弓矢もだ! 油を投げろ、火をつけろ!」
「馬鹿野郎、簡単に死なすな! 俺たちが受けてきた苦しみを何倍にもして味わわせるんだ……!!」
耳に入れたくもない声が聞こえてくる。
煙と血の匂いが混ざって鼻が曲がりそうだ。チリ埃が外套を汚し、煤が視界の中を舞っている。
誰かが、俺に気づいた。
「おお! “黒の英雄”だ!」
「アンタも天竜人には恨みがあるだろう! その刀で斬ってやれ!」
「お前ら、英雄様が通れるように道を開けろ!」
こんな時ばかり、町人達は揃って俺の前の道をあけた。ガチャガチャと武器があちこちに当たる音がする。甲高い金属音は耳障りで、できるなら耳を塞いでしまいたかった。
俺はゆっくりと吊られた三人の前に立つ。
ドフラミンゴも、ロシナンテも、瞳は見えなかったが、「お前が売ったのか」と恨むような視線を向けてきているのは分かった。
「違うでありますよ」
「は──?」
一言だけその視線に返事をして、俺は町人達に向けて思いっきり覇王色の覇気をぶつけた。
この身体はなぜか知らないが覇王の素質があるらしい。大日本帝国という威光を背負っているのだろうか。
今までは使い所がわからなかったが、もしかしたらこの時のためだったのかもしれない。
どさどさと倒れていく町人達。一人残らず気絶を確認すると、俺は秋茜でドフラミンゴ達を解放した。
「な……あ……」
「喋らないほうがいいであります。傷に響く」
俺は兄弟を右腕で、父親を左腕で担ぎ、その場を後にした。
目指すのは三人が住んでいたボロ屋だ。
「あああああっ!!」
「暴れない。消毒してるだけでありますよ」
ボロ屋に無事に来れた俺は、まず三人を床に寝ころばせ、消毒を始めた。沁みるだろうし痛むだろうが、こんな煤と泥に塗れた状態で包帯なんか巻けない。秒で破傷風になって死ぬ。
ミホークに使っていた救急品の残りで数は少ないが、無くなれば街の薬局から盗んでくればいいだろう。
俺はタオルで三人の身体中を拭い、消毒し、包帯を巻いた。縫合は素人なのでしなかった。それに今の状態だと麻酔無しの縫合は普通に死にそうだ。
あらかた治療を終える頃には、三人は懇々と眠っていた。いや、気絶したのほうが正しいか?
俺は飲み水を樽に注ぎ、三人分の食糧をテーブルに置く。
そして小屋を出た。そろそろ気絶していた町人達が起きる頃だろう。
「お前……天竜人を庇うのか!?」
「英雄だと思ってたら、とんだ重罪人だ!」
「諸共殺しちまえ!」
ほら、ボロ小屋の三人を殺そうと、町人達が蟻の大群のようにやってくる。
俺は秋茜で地面にラインを書いた。いつかのレイリーの真似だ。
「この線を越えた者の命は保証しない」
「なっ……!」
「民間人を殺すのか! 海軍が黙ってねぇぞ!」
「政府非加盟国の人間が何人死んだら、海軍が来てくれるんでありますか?」
その言葉に町人達は少し怯んだようだった。その証拠に、誰もラインを越えない。
「ラインを越えなきゃいいんだろ! 死ね!!」
ある男が俺に向かって銃を撃った。
俺はそれを素手でキャッチする。
「こんな鉛で何ができる? こっちは鋼鉄でありますよ」
「なっ……!? バケモノか!?」
「悪魔の実か!?」
銃が効かないことは彼らにとって大いに重要なことで、さらに怯む。
「構わねぇ! 物量で押せ! 天竜人は満身創痍、アイツさえ突破すれば簡単に殺れる!」
蛮勇な男の叫びに、町人達は皆叫びながらこちらに向かって武器を向けてきた。
俺は、ラインを越えた順番に秋茜で町人を斬る。
その死体を踏み越えて、新しい町人がこちらに向かってくる。
斬る。
また来る。
斬る。
斬る。
斬る。
斬る。
斬る。
途中からラインが見えなくなった。
斬る。
斬る。
斬る。
斬る。
斬る。
やがて夜が明ける頃には、ボロ屋前に集まっていた町人は全員切り捨てられていた。
夥しい数の死体が、目の前に築かれている。それを全て己がやったというのは、何だか現実感がない。
途中から、完全な「無」になって斬っていたから、一晩斬り続けていたというのもどこか他人事だ。
俺は、返り血を浴びて肌を真っ赤に染めていた。黒い外套はさらに黒く重たくなり、ぐっしょりと光沢ができている。ボタボタと流れる他人の体液が不快でたまらない。
「う……あ……」
ボロ屋のほうから気配を感じた。すわ取りこぼした町人かと思い視線を向けると、ふわふわの金髪。ああ、ロシナンテが起きてきたのだ。
俺は傷は大丈夫かと、ロシナンテの方向に一歩踏み出した。
「ヒッ!」
ロシナンテが尻餅をつきながら後ろに下がった。
怖かっただろう、辛かっただろう、もう大丈夫だよ。
そんな気持ちを込めて、俺は懐から飴を取り出す。今回は、メロン味だ。
「ぃやだっ!!」
パチン、と手を弾かれて、飴が地面へと落ちた。ざり、と砂利で飴がゴミへと変わる。
拒絶された。
頭がそれでいっぱいになった。
今思うと、血だらけの格好に背後には大量の死体、怖がられないわけがない。
それでも、今の俺にはじゅうぶんすぎるショックだった。
これがドフラミンゴだったならまだショックは弱かったかもしれない。でも、今まで俺に一番懐いていて、可愛い笑顔を見せてくれていたロシナンテから拒絶されたというのが、なによりキツかった。
俺はフラフラとロシナンテから距離をとる。
怖がらせてしまった。拒絶されてしまった。俺が余計なことをしたから?
無性に沈みたくなった。暗い暗い海に沈めば、ロシナンテが怯える
ああ、案外情を持ってしまっていたんだなぁと、その時初めて自覚した。
俺はただの、旅人だというのに。
「……ごめん、なさい」
「え、あ、ちが」
一言だけ搾り出して、俺は海岸へと駆け出し──海水の中に落ちた。
泡の中でなら、ロシナンテの怯える声も聞こえない。ロシナンテの怯える俺も見えない。
血が海水に溶けて、辺りが真っ赤に染まる。洗濯要らずだ。なんて、ちょっと冗談は言えない。
俺はそのまま泳いで島を離れた。
ロシナンテの拒絶の声が、ずっと耳に残っている。それすら泡に溶けてしまえばと、肺から息を吐き出した。
ごぽり、泡が弾ける音は俺が人生最後に聞いた音と同じだった。
*
ドンキホーテ兄弟のいた島から逃げるように出立した俺は、完全に傷心モードだった。
そりゃ、起きて早々真っ赤に染まった、刀を持った人間が目の前に現れたら子どもはビビる。なんなら大人でもビビる。
だから完全に俺の自業自得。ロシナンテは何も悪くない。
「はぁー……」
俺は今日何度目かわからないため息をついて、海を進む。
そもそも食べ物を与えるだけで本人達に働きかけないのが悪かった。住居を特定して艦載機で守るなり、本人達に危なくなったら自分を呼べと伝えるなり、やれることはたくさんあった。
ただ食べ物を与えるだけで、施すだけで満足してしまった己のせいで今回の悲劇は起こった。
一年と少し、俺は何をしていたんだ?
ドフラミンゴは俺が裏切ったと思うだろうか。ロシナンテは俺の姿がトラウマになっていないか。
後悔と不安が押し寄せてきて、もうどうにもならないくらい鬱になっていた。
そんな時である。
「おい、人が海に浮いているぞ!」
「なんだありゃあ!? 悪魔の実か!?」
「浮ける悪魔の実なんて聞いたことねぇよ!」
そんな叫びが少し遠くから聞こえてきた。
海賊か、海軍か。海賊ならストレス発散に付き合ってもらおう。
そう思って刀に手をかけ、船を見た時……俺はすぐ刀から手を離した。
白い鯨の船首、知っているドクロマーク。
白ひげ海賊団の船が、目の前にあった。