「あ〜、本当に無理であります……」
「傷心だねぇ、お嬢ちゃん」
紫煙が空に上がっていく。
俺が白ひげ海賊団に出会った時の最初の言葉は、「金を払うので煙草をくれませんか」だった。
無性に煙草を吸いたい気分だったのである。
前世では財布を圧迫しない程度に吸っていた。たしか高校の反抗期真っ只中に先輩から一本もらってしまい、そこからダラダラと吸い続けていた記憶がある。
ヘビースモーカーというわけでもなく、一月に数本吸うか吸わないか程度だ。ストレスが溜まった時にベランダで吸っていた。
そのクセがこの身体になっても残っているらしい。ドンキホーテ兄弟への後悔で、俺は心が擦り切れていた。あきつ丸らしくない煙草を吸ってしまうほどに。
白ひげ海賊団はコイン数枚と引き換えに煙草を一箱とマッチをくれた。
慣れた手つきで一本吸い始めると、物珍しかったのか船に上げてくれた。警戒心は無いのか。
いや、初手で煙草ねだってくる女に警戒も何も無いか……。
「何があったのさ。失恋?」
「ちょっと拾った犬が逃げてね……」
天竜人云々の話はできないので適当に誤魔化す。甲板で吸う煙草は美味い。ゆっくり煙を染み込ませるように吸っていく。
「アンタ、“船沈メ”だろう? おれたちを沈めなくていいのか」
「……その通り名も、どこまで浸透しているんでありましょうね」
白ひげ海賊団にも噂は広まっていたらしい。一体誰が広めているのやら。
俺としては白ひげとやり合うなんて万にひとつも嫌なのだが、白ひげ海賊団は“船沈メ”が見境なく海賊を襲うバーサーカーにでも見えているのだろうか。
あながち間違っちゃいないが。
「自分も沈める船は選ぶであります。白ひげ海賊団とやりあって無事で済むわけがない」
「へぇ、ずいぶん高く評価してくれてるんだな」
「何より煙草の恩がありますからな。……っはぁ〜……」
ぼわりとほんの少しバニラの香りがする煙が口から吐かれる。灰は適当に海に落とす。自分の手を灰皿にしてもいいが流石に驚かれるだろうのでやめた。
白ひげ海賊団の船員……ラクヨウが酒を飲みながら笑った。
「まさか会って早々煙草を求められるとはなぁ」
「色々と限界だったのであります……。ああ〜」
「“船沈メ”がこんな美人な女の子ってのも驚いたがな。なんで海賊船を狩ってるんだ?」
「あ、それ、おれも気になるよい」
若い頃のマルコが会話に参加してくる。こんな気分じゃなければ素直にテンション上がったんだけどな。
「大抵はあっちからちょっかいをかけて来たから。あとは食糧とか金品を巻き上げるためでありますな」
「賞金首には興味がないって聞いたが」
「換金するために海軍と関わるのが面倒なのであります」
「ああ……確か5億のBB・ビークもお前がやったんだろ? そりゃ勧誘とかありそうだよい」
ビークをやったのは正しくはミホークなのだが、面倒なので訂正しないでおく。そういえばミホークは上手くやっているだろうか。死んではいないだろうけど。
「自分もここで白ひげに会うとは思わなかったであります。今の所の目的地はどこでありますか?」
「ワノ国だな」
「ああ……あそこは良いところでありますよ」
そうか、そろそろおでんが白ひげに加入する時期かぁ。おでんの死期がどんどん近づいて来てるなぁ。
「お前、ワノ国に行ったことあるのかよい!?」
「数年滞在しておりましたな。この刀もワノ国のものであります」
秋茜を見せれば、ラクヨウがほう……と頷いた。
「対価は払うから、ワノ国について教えちゃくれねぇか?」
「別に良いでありますよ。まぁ数年前のことだから状況が違うかもでありますが」
「ちょっと親父と話してくるわ」
ラクヨウは船首にいる白ひげのもとへ向かっていった。
俺は特に何か言うこともなく煙草を吸い続ける。煙で輪っかでも作って遊ぼうかな。
「なぁなぁ、お前強いんだろ? ガレオン船も切れるって聞いたよい」
「否定はしないでありますな」
「なんで海の上を滑れるんだ?」
「そういう種族なのであります」
「……魚人?」
「ハズレ、であります」
流石の魚人も海面を等速直線運動はできねぇんじゃないかな……いやできるのか……?
若い頃のマルコは好奇心旺盛な性格のようで、俺にさまざまな質問をぶつけてきた。
「出身は?」
「グランドライン」
「やっぱ剣士なのか? ビスタとどっちが強いかな」
「残念ながら本業ではないでありますな」
「じゃあ本業は?」
「秘密であります」
ここで艤装を展開して敵対行為だと思われたら困る。
「おいおいマルコ、あんまり詮索してやるなよ。あくまで客人だ」
「あ、ああ……わかってるよい」
「“船沈メ”、親父から許可が出た。ワノ国について知っていることを教えてくれ」
「了解であります」
吸い終わった煙草を海にポイ捨てし、俺は白ひげのもとへ向かう。
そこには、原作開始時点よりはるかに若い、髪の長いエドワード・ニューゲートがいた。
「はじめまして。“船沈メ”ことあきつ丸であります。ワノ国には数年滞在していたであります」
「グララララ……あの“海賊の天敵”がこんな小娘とはな。ここで船長をやっている白ひげだ。おれたちの次の進路はワノ国……だがいかんせん情報が少なすぎる。航海に関係することがあれば教えてくれ。金なら払う」
「お代はこの煙草一箱でじゅうぶんであります。金にも食糧にも困っていないもので」
なんなら接触系任務をこなせるので資材的には大黒字である。ロシナンテと接触の任務を見て鬱が再発しそうだが。
「ワノ国はご存知かと思いますが鎖国国家。この世界でそれができるのは、入国難度がそもそも高いからであります」
「ほう?」
「ワノ国周辺は切り立った崖になっており、辺りには巨大な鯉が棲みます。天候はいつも嵐で、入国するには巨大な滝を登るしかない」
「滝ぃ?」
「鯉って淡水魚だろ? なんで海に……?」
鯉に疑問を呈したのはサッチだ。この人も死ぬんだよなぁ……ティーチの暴挙をどれだけ防げるかもわかんないんだよな。そもそもサッチっていつ殺されたんだっけ……白ひげ海賊団に張り付いてるわけにもいかないし。
「周囲は淡水になってるのであります。滝の流れは速く、並の船では滝壺に呑まれて沈むでしょうな」
「ふぅん……お前はどうやって入国したんだ?」
「滝を登る鯉に掴まって」
「とんでもねぇよい」
あれは半分事故みたいなものだった。艦娘以外の良い子はマネしないでね。いやルフィが似たようなことしてたわ。
「とにかく航海士の腕が試されます。風は強く、波は高い。鎖国できるだけの過酷さがワノ国周辺にはあります」
「なるほどな……あとで航海士連中を集めろ。ワノ国入国のための会議をする」
「あ、あと入港するなら九里という領地の港をオススメするのでありますな」
「それは何故?」
適当にここでおでん乗船の布石を打っておくか。
「そこを統治している男が知り合いなので。自分の名前を出せば一発入国可能だと思うであります」
「コネクションか」
「なかなかクセのある男でありますが、悪いやつではありません。外の国に憧れていたので、土産話でもすればあっさり通してくれるかと」
「へぇ……」
おでんは今、愉快な大名生活の真っ只中だろう。懐かしくなってきた。
アイツは楽しく過ごしているだろうに、俺は後悔に苛まれ煙草で現実逃避している。あー、鬱鬱。
「面白そうじゃねぇか……。よし! あきつ丸! お前、ワノ国までおれの船に乗れ!」
「……はぁ?」
突然の白ひげの提案に、アホな声が出た。
「いや、え? 何故でありますか?」
「ワノ国について今のところ一番知ってるのはお前だ! それにワノ国の有名人とのコネもある。実力も確かだろう。別に仲間になれって言ってんじゃない、しばらく同盟関係を結ぼうって話だ」
「“海賊の天敵”と呼ばれている自分を船におくのでありますか?」
「なんだ、沈める気があったのか?」
「無いでありますが」
流石に白ひげに勝てると思うほど自己評価は高くない。ていうか元ロックス海賊団メンバーにはあんまり関わりたくないってのに……!
「悪いようにはしねぇよ。ちゃんと客人として扱うし、戦闘や雑用は船員に任せれば良い。ただワノ国に関することはどんな事でも教えてくれ」
「……条件があるであります」
「なんだ?」
「戦闘は自分も参加させてほしいであります。あと、自分の情報を他の海賊や海軍に漏らさないこと。これを条件とするであります」
「いいだろう」
白ひげはニヤリと笑った。
まぁ、なんちゃって里帰りと思えば良いか。たしか白ひげ海賊団の船、モビー・ディック号はワノ国入国の被害で船底に穴が開く。
同じ艦船として、その被害を抑えてやりたいとは思った。
なんせ、モビーから伝わってくる感情は船員たちへの感謝や献身の色だ。
あきつ丸が船だからか、俺はぼんやりと船の感情がわかる。おそらくだがクラバウターマンが宿っている船は感情を読み取れるのだと思う。
聞こえない船もあれば、モビーのようにかなりはっきり聞こえる声もある。
(ワノ国が危険でも、船長が行くならどこへでも)
(健気でありますな。同じ船として羨ましい限り)
(君にもいつかできるよ)
(まぁ、案外自由も悪くないのでありますよ)
俺は白ひげと同盟を結び、ワノ国まで同行することにした。
数年ぶりに会うおでんは、どんな立派な大名になっているだろうな。
懐かしい友の気配に、ほんの少しだけ、薄煙が晴れた気がした。