「お前らぁ! 酒を用意しろ! おでんもだ! わざわざ滝を越え来てくれた異国のものたちを歓迎するぞォ!!」
九里は見違えて栄えていた。
花の都と負けず劣らずの家々が並び、さまざまな店が商売をしている。元ならず者が多いからか人相は悪いが、皆楽しく日常を過ごしているのが見てわかった。
おでんの言葉に、酒屋が大量の酒を用意し始め、飲食店がおでんの準備を共同で始める。
おでんは、この九里をきちんと統治していたらしい。
「あれっ、もしかしてあの方、“黒姫”じゃないか?」
「黒い髪に黒い外套、腰にある刀……間違いないわ! “黒姫”様よ!」
俺が街を歩いていると、なにやらコソコソと噂されている。
“黒姫”とはなんぞや。
「おでん殿、“黒姫”とは?」
「ん? お前のことだろう?」
「ここにいたときはそんなふうに呼ばれていた記憶が無いのでありますが」
「おれがお前との手合わせの思い出なんかを語っていたらいつのまにかな! まぁ似合ってるしいいんじゃないか」
「また自分の知らないところで二つ名が増えている……」
どうやらおでんは俺との戦いや旅での思い出をそこかしこで語っていたらしく、家臣たちの姫扱いも混ざって“黒姫”と呼ばれる存在が出来上がったらしい。
おでんが俺のことを思い出話に語ってくれたのは少し嬉しいが、話を盛ってないだろうな、と不安になる。
「あれがおでん様が山の神を倒した技を受け流したという“黒姫”か……」
「おでん様の家臣も彼女に勝てないと聞いたぞ」
「あの刀、伝説の業物なんでしょう? 作った刀鍛冶も手を焼いていたのに手懐けたと聞いたわ」
全部本当のことでした。おでん疑ってすまん。
そして俺もなかなか規格外扱いされているな? と今の自分の力量を考える。
おでんには剣術では負けているし、ミホークも既に俺を越えていそうだ。白ひげにも勝てないし……いや、比較対象がおかしい?
いやでも……。
「ずいぶん派手な噂が出回ってるよい」
「ありゃ本当なのかい?」
「まぁ……概ね?」
「すげぇな……」
白ひげ海賊団も、外部の人間としてさぞ目立っている。特に身長が高い連中は、ワノ国ではそこそこ珍しいからか目立っていた。
「すぐにおでんも酒の準備もできる! ワノ国を存分に楽しんでくれ!」
広場に巨大な鍋が置かれ、おでんがグツグツ煮えていた。その出汁の香りが胃袋を刺激する。白ひげたちもごくりと腹をさすった。
酒も、樽に並々と注がれて並べられている。
完全に宴の用意だ。
「おでん様ー!」
「何事ですかー!?」
しかし街が突然宴の雰囲気を出せば、家臣たちが黙っているわけもなく。
イゾウと錦えもんが駆けてきた。
彼らも成長していて、なんだか感慨深い。家臣として日々苦労しているのだろう。まぁ、彼らの場合本気で苦労している時とその苦労を楽しんでいる時が半々なのだが。
「って、あきつ丸様〜!?」
「お、お久しぶりです姫様〜!!」
最初こそおでんに注がれていた視線が俺へと移ると、なんだか幻でも見たかってくらい驚かれた。帰ってきたのがそんなに驚愕することか。
「お前、ワノ国の姫だったのか?」
「いや、外部の者であります。勝手に言われているだけでありますよ」
別にワノ国生まれでも無いしな。王族の血筋でもない。本当、勝手に姫って呼ばれてるだけ。
「おうお前ら! こいつらは外から来た海賊だ! 今から歓迎の宴をする! そしておれはこいつらの船に乗る!」
「待てェ! 船に乗るのは許可してねぇぞ!!」
「そもそも出国自体だめですおでん様!!」
両側からツッコミを喰らうが、おでんの意思は硬い。俺はどーせおでんが船に乗ることを知っているので、黙って叱られるおでんを眺めていた。
それにしても、九里大名となって落ち着きを得たかと思ったら全然そんなことはなかった。
「というか、港で起きた衝撃は……」
「ああ、おれとあきつ丸がいつもの手合わせをしただけだ!」
「何大名が一人で勝負を挑んでるんですかー!? 怪我をしたら事ですよ!!」
「大丈夫、おれが勝った」
「そういう問題じゃ無い!!」
「あ、もうおでん食べてていいでありますよ。あの説教長くなるので」
「いいのか? じゃあ遠慮なく」
おでんが煮え過ぎてしまう。
俺は用意された小皿におでんを盛っていく。それを船員たちに渡しながら、おでんへの説教をBGMにしていた。
おでんはこれと決めたら何を言っても聞かない。それをなんとか思い直させないといけないのだから、家臣は大変だ。
俺は断じて家臣じゃないが。
「お、うめぇなこれ」
「アツアツでうめぇ!! なんだこれ!」
「辛いの大丈夫なひとはからしもあるでありますよ〜」
「おれにくれー!」
「おれもー!」
おでんは好評だった。まぁ原作でもモリモリ食ってたもんな。
俺はまだ白ひげ海賊団の宴の分が腹に溜まっているので食わない。おかわりを求める船員に次々とよそってやる。
「うおー! この喉が焼ける感覚……! なんてうまい酒だ!」
「口当たり滑らかで美味しい〜! もう一杯!」
酒の方も、好評なようだ。ジョッキでいってる人もいるし、燗にしてもらっている通な人もいる。
モビーにも食わせてやりたいなぁという言葉が聞こえた時、俺は自分ごとのように嬉しくなった。
あきつ丸に乗っていた乗員は、あきつ丸のことをそこまで思ってくれる人がいたのだろうか。わからない。居たらいいなとは思う。
最近自分の精神がより船に近づいている気がする。
それに不快感はないが、いつか本当に船の意識だけになってしまった時、皆は今まで通り俺に接してくれるだろうか?
「いやー宴の席で説教はかなわん! あきつ丸、おれにもおでんをくれ!」
でも、おでんや白ひげは変わらず俺と接してくれそうだなぁとどこか安心する。
生き延びさせてやりたいんだけどなぁ。
俺の中で、オロチとカイドウへの暗い思いが、沸々と沸き起こっていた。
「あきつ丸様、あとは自分が」
「ああ、お願いするであります。自分は少し花の都に行ってくるでありますよ」
鍋の番をイゾウに任せ、俺は花の都へ向かった。九里から花の都への道はだいぶ整備されて、昔よりはるかに短い時間で到着することができた。
これもおでんの政策だろうか? それとも将軍だろうか?
知る由もないが、花の都も変わらず栄えていた。
俺は見慣れた通りに足を運ぶと、やはり見えた半月堂の看板。
「どうも」
「あら、あきつ丸さん、お久しぶりね」
「女将さんも、お久しぶりであります」
「注文は、いつもの?」
「ええ」
久しぶりに来た半月堂は少し大きくなっていた。席が増えているし、メニューも増えている。
繁盛しているようで何よりだ。
俺は抹茶と半月練り切り、塩昆布が乗せられたお盆を受け取る。相変わらず練り切りに彫られたうさぎはかわいらしかった。
「花の都も、変わらず栄華を保っているようで何よりであります」
「あら、もう何年も平和よぉ。おでん様が九里大名になってからは、九里の治安も改善したし……」
「おでん殿は上手くやっているのでありますか?」
「そりゃもう、都から九里に移る人もいるくらい」
どうやらおでんはこの六年間、そこそこ真面目に大名をやっていたらしい。
家臣たちの苦労もあるだろうが、あの破天荒がこうしてちゃんと人の上に立っているというのは、頼もしいやらなんやら。
しかし、もう既にオロチの侵食は始まろうとしている。
おでんの白ひげ、そしてロジャーとの旅は楽しいものだろう。しかしその裏で、巨大な影がワノ国を飲み込もうとしている。
自分一人ではどうにもならない、それはそれは大きな影が。
「……将軍様は息災でありますか」
「もうお年ですからね……でも、おでん様がいらっしゃるから皆心配はしてないわ」
違う。将軍になるのはオロチだ。
おでんは策略によってワノ国から消される。家臣を未来に飛ばし、何十年後の麦わらがそれを打倒する。
いつかワノ国が解放されることを知っていても、おでんの死は俺には耐え難いものがあった。
できるなら往生させたい。でも、おれがカイドウに勝てるとは微塵も思っていない。
「……女将さん、ワノ国は変わるであります」
「……?」
「自分は半月堂を気に入っているであります。この練り切りとお抹茶が大好きであります。……だから、どんな事があっても、店を辞めないでほしいであります」
「急にどうしたの、あきつ丸さん」
「……ちょっとしたわがまま、であります」
花の都がカイドウとオロチに支配されるまで、あと何年?