あの後、俺は花の都を後にし、九里に戻ってきていた。しかし向かうのはおでんのいる九里城ではなく、編笠村だ。
ワノ国に来てから、秋茜が村に里帰りしたいと鳴くのである。
せっかくだし、秋茜の故郷にいる飛徹に刀のメンテナンスをしてもらおうと、飛徹の家の戸を叩く。
「ごめんください。お久しぶりです、秋茜の現持ち主であります」
「……お前か、入れ」
ガラリと戸を開ければ、少し老けた飛徹が刀の手入れをしていた。相変わらずの天狗顔だ。
秋茜がカタカタと鳴る。久しぶりの生まれた場所に高揚しているらしい。刀にも生まれた場所を思う気持ちはあるのだろうか。
船にもあるんだから、刀にもあるんだろう。
「どうも、お久しぶりであります、飛徹殿」
「ああ、秋茜はどうだ?」
「張り切り過ぎて困ることはありますが、なんとか使えているであります。久しぶりにワノ国へ戻ったので、少しメンテナンスをしていただきたく」
「わかった、貸してみろ」
秋茜を渡せば、飛徹はスラリと鞘から抜く。そして刃を眺めた。
「刃こぼれは無いな。錆びも
「譲り受けた刀ですから、それはもう念入りに」
海がほとんどのこの世界では刃物は錆びやすい。だからこそ、刀の手入れを怠ってはならない。
俺は今までしっかりと、秋茜を手入れし、その美しい刀身に何の曇りもないように注意していた。
刀を分解し不調がないか改める飛徹を横目に、俺は室内を見回した。
刀が多い、昔と変わらず鉄と炭の匂いがする。炉の火は今は消えているが、刀を作る時は真っ赤に燃え上がり玉鋼を溶かすのだろう。
刀に関係する場所は、どこも鋭さを帯びた雰囲気がある。
刀を造るこの場所は、その雰囲気が濃く、深い。
自分の精神すら研がれる感覚があった。
「うむ、なんの問題もない。大切に使われているようで、秋茜も喜んでいるようだ」
「じゃじゃ馬を怒らせると怖いですから」
秋茜は妖刀だ。三代鬼徹のように持ち主を死に追いやる呪いや、閻魔のように持ち主の覇気を勝手に吸い取るような事はしないが、とにかく気まぐれ。
怒らせれば豆腐すら切れなくなるだろう。だから、俺は秋茜の機嫌は常に良好になるよう気を遣っている。
話しかけ、活躍させてやり、手入れする。
それを怠らなければ、秋茜は絶好調の切れ味を見せてくれるのだ。
まぁ切れ過ぎて困ることも大いにあるが。
「ここも初めて来た時と変わらず、穏やかでありますな」
「ああ……刀を打つにはちょうどいい場所だ」
「…………」
この編笠村もやがて滅びる。カイドウの魔の手が伸びて。
この国の未来を知っているからこそ、それが近い今、心がザワザワと波立つ。
「……悩んでいるようだな」
「……っ、」
「秋茜が不安に思っているぞ。主の太刀筋に迷いがあると」
「それは……」
まさか秋茜に見破られていたとは。この刀は持ち主をよく見ている。
「……その……」
「迷いながら振るう剣は剣にも相手にも失礼だ。……何があった?」
飛徹はゆっくりと秋茜を畳に置いた。カタカタと鍔が鳴る音が聞こえる、
まるで秋茜すら「聞かせろ」と言っているかのようだ。
背中に脂汗が滲む。言っていいのだろうか? 言ってしまっていいのだろうか?
信じて、もらえるか?
「ワノ国は……そう遠くないうちに、地獄になります」
「……続けろ」
「将軍に就くのはおでん殿ではありません。黒炭オロチという男です」
「……黒炭……!」
「オロチはカイドウという海賊を後ろ盾に、武器を生産し、逆らう者を処刑し……おでん殿を、殺します」
「!!」
ぎゅっとスカートの裾を握った。
言ってしまった! 言ってしまった!
今のワノ国は平和だ。こんなことを言ったら、不敬として捕まるかもしれない。
それでも、俺は……おでんに死んでほしくないっ……!!
「それは真か?」
「信じられないでしょうが……はっきりと、自分の『観た』未来であります」
本の中で、だが。それでも今は現実だ。
「……秋茜が鳴いている。『主を信じろ』と」
「……!」
「おでん様と家臣のもとへ向かうぞ。その話……わしだけが背負うわけにはいかぬ!!」
飛徹は俺に秋茜を渡す。その鍔は鳴り続け、俺を鼓舞するかのように熱くなっていた。
「信じて……もらえるでしょうか」
「信じる信じないの話ではない。おぬしが話した事……それが重要なのだ!!」
編笠村を飛び出して、九里城へ。今もまだ、おでんは城下町で白ひげとおでんを食べているはず。
指先が冷える。目の裏が熱くなる。
ドンキホーテ兄弟の時は知っていて何もしなかった。そこで起きてしまった悲劇を、自分勝手に嘆くだけだった。
今度はもう失いたくない。たとえ信じられなくても、俺一人でなんとかしてみせる。
「おでん殿! お話があります!!」
「っなんだあきつ丸!?」
「この国の……未来の話であります!」
鍋を囲っていたおでんに叫ぶ。俺の声色のせいだろうか、おでんの表情が変わった。家臣たちも椀を置く。
「なにかあるのか」
「……この先の話、信じるかはあなた方次第。都で言えば処刑されるような事も言いましょう。……それでも、聞いていただきたい」
「わかった。錦えもん、人払いを」
「はっ!」
家臣たちが散り、町の人たちを広場から払った。白ひげ海賊団は動揺していたが、一応彼らにも関係ある話なのでその場にいてもらう。
「おでん殿……このまま行けば、貴方は数年後に……オロチによって処刑されます」
「なっ……!?」
「どういうことだ!? 姫様!」
家臣たちが俄かにざわめきだった。
それをおでんが止める。
「オロチ……というとヤスさんのところの」
「はい。その本名は黒炭オロチ……。外の海賊と手を組み、おでん殿を処刑し、ワノ国を地獄へ変える男」
「黒炭家……!?」
「断絶された筈じゃ……!?」
喉の奥がずいぶん乾いていた。
スカートの裾を、皺が取れなくなりそうなほど握りしめながら、話を続ける。
「おでん殿が出国した後、現将軍光月スキヤキ殿は死亡。将軍となったオロチは方々から金を集め、武器工場を建設し、カイドウという海賊と手を組みます。そこからワノ国の崩壊は始まるであります」
「スキヤキ様が死ぬ……!? あきつ丸様、貴女なにを言っているかわかってっ!」
「錦えもん、黙って聞いていろ」
俯きながら、俺はカラカラになった喉を痛めながら話した。
おでんがオロチとカイドウに騙され、武士としての尊厳を奪われる事。討ち入りに邪魔が入り、捕まり、釜茹での刑に処される事。そして……殺される事。
途中で涙が出てきた。口の中はこんなにも乾いているのに、瞳からは塩水が止まらない。
おでんは黙ってそれを聞いていた。途中から、家臣たちもただ黙っていた。
ワノ国は地獄へ変わり、カイドウとオロチの支配下の元、武器を作り、搾取され首謀者たちだけが贅を尽くす。そんな国になると、伝えた。
話終わった後、俺は息を切らし、帽子を目深に被り直す。
シンと静かになっている空間で、誰とも目を合わせられなかった。
「……あきつ丸」
「……はい」
「よく、話してくれた。おれの死を知っている中おれと関わるのは、辛かっただろう」
「そんな……ことは……」
おでんは手に持っていた瓢箪を置き、おれの頭に手を置いた。優しく、おでんとは思えないほど優しく撫でられる。
「なぁあきつ丸……お前が『観た』おれの死に様は、格好良かったか?」
「それはもう……町の人たちも、その死を嘆きました」
「なら……それよりももっと格好いい所を見せてやろうじゃねぇか。このおれがな!!」
「っ!! 信じて……くれるのでありますか?」
「馬鹿野郎、大事な友の泣きながらの告白を、信じねぇ男がどこにいる!!」
おでんは閻魔を抜くと、その刃で思いっきり自分の腹を切りつけた。
「なにを!?」
「これはお前の辛さに気づけなかった分だ。そして最初のお前の言葉を信じられないと思ってしまった分でもある。……お前らは、あきつ丸の言葉を嘘だと思うか?」
おでんは家臣たちに向かって問いかけた。
「おれたちは……最初こそ、とんだ妄言だと思った。でも、おでん様が信じるというなら……なにより、姫が本当にそれを背負ってきたのなら……! 信じる!」
「グラララララ……カイドウの野郎がやらかすと聞いちゃ、おれたちも黙ってられねぇな……。モビーの言葉を伝えてくれた恩人を、泣かすたぁいい度胸じゃねぇか」
白ひげは笑った。しかしその声は低く、静かな怒りを溜めた物だった。
ああ、この人たちはおれの言葉を信じてくれた。頭がおかしいと斬り捨てたりしなかった。
その事に、安堵の息が漏れる。
「打倒、カイドウ・オロチ! おれは将軍になるぞ!! お前らァ!!」
「おおおおおおおおおお!!!!」
武士たちの叫びが響く。
海賊たちもそれに呼応した。
俺はただ、静かに泣いていた。
秋茜が笑いかけるように、鍔をカチカチと鳴らす音が叫びに混ざって鼓膜に届いていた。