「ねぇ、黒炭カン十郎」
そう言って、俺は屋根からカン十郎の前へと降り立った。
夜道を灯なく歩くカン十郎の表情は、あきつ丸の夜目でよく見える。
明らかに動揺している。
「……なんのことで? おれは黒炭の名ではありません」
「正直に言うなら、楽に殺してあげるでありますよ」
「意味がわからない。乱心ですか」
新月の夜。カン十郎に俺の顔は見えているのだろうか。全身真っ黒な服装は夜によく溶け込むだろう。
カン十郎はいつもの筆を持っておらず、素手だった。
「カン十郎殿、いつもの筆はどこにやったのでありますか?」
「……散歩には必要無いので、置いてきたんです」
「散歩? こんな時間に?」
「……それは貴女にも言える事」
「自分は違うでありますよ。散歩ではなく、裏切り者を始末しにきたのであります」
「だからっ──!」
俺は叫び出そうとしたカン十郎の首に素早く刃を当てた。
カタカタ、カタカタ、鍔が鳴る。
裏切り者は許さないと、鳴く。
「っ……!!」
「下手な演技はプライドに障るでありましょう。おでん殿の目は誤魔化せても、このあきつ丸の目は誤魔化せないであります」
まぁほんとは本誌で読んだから知ってるだけなんだけどね。転生者の特権って事で。
「……いつから……」
「ふふ、いつからでありましょうなぁ? でも、隙を見せたのは今日が初めてでありますよ。お見事」
「ぐ……」
刃を、わざと
「バレてしまっては……しょうがない……殺せ」
「おや、案外すぐに諦めるのでありますね」
「バレた以上、役者は舞台から降りなきゃなんねぇ。なにより、アンタに勝てる気がしない」
カン十郎は両手をあげ、降参のポーズをとった。ふむ、潔し。
このまま切り捨ててもいいが……戦力が減ると言うのは、いささか勿体無い。
俺は秋茜を納刀する。
その不自然な動きに、カン十郎は少し間抜けな表情をした。演技が崩れている。
「新しい“役”を与えると言ったら?」
「っ!?」
「『夕立ちカン十郎』の役は剥がれた。なら、話を次の舞台に移そうじゃありませんか」
「な、にを……」
「
「な……な……っ!」
演じる事でしか生きられないのなら、役が剥がれて死ぬことを選ぶなら、新しい役を与えてしまえばいいじゃない。
「死に場所を探していたんでしょう? こんな何も無い路地裏で、一刀のもとただ首を斬られて死ぬと言うのは、役者としてあまりにも……
「……!」
役に生き、役に死ぬ歌舞伎者が、こんな夜に死ぬのは恥だ。
もっと派手に、もっと視線を集めて、もっと役に没頭して! 死にたいと思わないか? カン十郎。
その筆で情報を売るのなら、その筆ごと俺に寄越せ。
「……姫様なんて、大人しいものじゃないな、アンタ……!」
「これでも戦乱に生み出された船。使えるものは敵のものでも使うのであります」
接収は基本です。敵国の兵器? 食糧? 作戦? なんでも使うよ、だって勝ちたいものね。
まだ表向きになっていないとはいえ、これは戦争だ。手段に構ってたら負ける、そういう戦いだ。
敵軍のスパイ? なら裏切らせろ! 敵軍のことは敵軍が一番よく知っているのだから。
「で、答えを聞くでありますよ。答えによっては、カン十郎は失踪し、オロチに消されたと仲間の士気を上げるただの道具として使わせてもらうであります」
「……わかった。その大役、受けよう。おれは……それがしは、役者ですから」
「なら、良し。さぁて、では初仕事、期待しているでありますよ。勝虫カン十郎」
「はい……あきつ丸様」
カン十郎は夜の道に消えていく。オロチのもとへ行くのだろう。情報を持ち帰って。そして、俺のもとに更なる情報を持ち帰ってくる。
ああいう手合いは扱いやすくていいね、生きる意味と死に場所を求めているなら、それを与えてやればいい。
「……もし、貴方が死ぬような場面があれば、思いっきり派手な場面を作ってあげるでありますよ」
人々の脳裏に焼き付いて離れない死に舞台を用意してあげよう。
一世一代の大舞台。その役は“黒姫”が送る二重スパイ。
決して、その正体見破れず、敵の様相は丸裸。
しかしてその者、実のところは心を壊した悲しき
その悪足掻き、ただの一度も見逃せぬ。
さぁ、今日もまた夜に進むその姿を、眩まされぬよう……。
なんてな。
親友でもない俺の刃で死ぬなんて嫌だっただろうしなぁ。これでもう一度裏切ったなら容赦なく叩っ切るが、ひとつ情を見せておこうじゃないか。
秋茜は切れずに残念そうだが、機嫌を直してくれよ。ここでカン十郎を切るのは俺としてもあまりやりたくないことだったからな。
同じ釜の飯を食った仲だ。そうそう割り切れない。
「さーて、城に戻るでありますか」
夜風には十分当たった。戻って予算計算の続きをしよう。
宵闇の中、カチリ、と拗ねたような鍔の音がした。
*
「おい、聞いたか!? 賭場が解禁だって!!」
「ああ、しかも玉を50集めたやつは姫様と直接会えるらしい!!」
「金を賭けれない賭場なんてと思ったが、それならやるっきゃねぇな!」
「おっかあ! 『光月公園』に行ってくるー!」
「はぁい、ブランコは順番に遊ぶのよ」
城下町を眺めると、そんな声が聞こえてくる。
大名代理に就任して数日。無事に賭場が解禁され、公園も小規模ながら完成した。
目安箱の願いを叶えた事により俺の信用度も上がったらしく、町に降りれば手を振ってくれる人がたくさんいる。
中にはちょっと、こう、ギラギラした目を向けてくる奴もいるが……実害は無いのと、護衛の菊の丞だったりが威嚇してくれるので放置している。
「今日も一日お仕事お仕事〜であります。傳ジロー、経済の流れはどうなっているでありますか?」
「はっ、既にオロチと繋がりのある任侠者を何名か特定。オロチとは関係ありませんが、裏金によって私腹を肥やしている商人も確認しています」
「ふむ……対処は」
「おでん殿に恩のある同業者に妨害を頼んでおります。裏金に関しては、令状が出来次第逮捕可能です」
「宜しいであります」
傳ジロー優秀だなぁ〜経済関係全部こいつでいいもんなぁ〜。俺なんて城の上でテキトーに書類に判子捺してるだけですよ。
「次、アシュラ童子」
「おれの方は特に問題なくまとめられております。やる気のあるものは人力車の訓練に送っていますが、暴れる事なく順調だそうです」
「うむ、宜しいであります。引き続き、仕事をよろしく頼むでありますよ、二人とも」
「はっ!!」
赤鞘メンバーはそもそもスペックが高いので、俺が方向性を決めて仕舞えば割となんとでもなる。というか、対応力がみんな高い。おでんに訓練されたんだと思う。
マジで「姫様働きすぎでは?」「おでん様くらいの速度でもよろしいのに……」という声が家来達から聞こえるのである。
おでんは危機感持った方がいい。
「お」
窓から真っ黒なカラスが入ってきた。
カン十郎の描いたカラスである。繊細な描写のそれはとても絵からできたとは思えない。
その脚に括り付けられた文書を受け取れば、カラスはまた飛び立っていく。
「……へぇ、なかなか苦労しているようでありますね」
オロチは資金稼ぎに難航しているようだ。霜月やヤクザものにも手を出して金を集めているらしい。おそらくおでんに借りる予定だった分を自分がシャットアウトしているからだろう。
オロチの資金計算の帳簿の写しは畳んで背嚢に入れておく。ここなら俺以外の誰にも開けられることはない。
「さて……おでん殿が帰ってくるまで、まだまだ……。なんとか、やっていかないとでありますな」
ジワジワと減っていく資材画面を見ながら、俺は燃料のやりくりに苦心するのだった。