黒煙と炉の熱で満ちている。
都の地下に造られた武器工場は、空気が悪く入るだけで息苦しかった。
カン十郎はひと足先に工場へ潜入している。直にほかの侍達も来るだろう。それまでになるべく情報を集めつつ、隠密に徹しなければならない。
カン十郎は一応、黒炭家には未だ黒炭カン十郎として認識されている。しかし、カン十郎にすらこの工場は明かされていなかった。おそらく、カン十郎の役者魂からうっかり漏洩される事を危惧されたのだろう。
工場の中にはヤクザに追われて失踪したと言われているものや、脛に傷を持つ男たちが働かされていた。
剣を打ち、弓矢を作り、棍棒を熱する。
地下空間という閉ざされた空間での空調は最悪で、炉に近いものはだくだくと汗を流しながら必死にハンマーを振るっていた。
その規模は下手な町より大きく、これ程の工場をどうやって建設したのか、資金源や人員が気になるところだった。
奴隷のように働かされている男たちを見張っているのは、なにやらワノ国では見慣れない格好をしている屈強な者たち。
明らかに外部の人間が関わっているのは明白。
カン十郎はコソコソと隠れつつ、都の地下に隠された闇を暴こうとしていた。
突如、地下内に轟音が響く。
男たちの狼狽える声も同時に聞こえる。その剣戟の音に、カン十郎は即座に赤鞘の仲間たちが来たのだと判断して筆を構えた。
「敵襲! 敵襲ーッ!!」
「工場を守れ! 守らないと殺されるぞ!」
さっきまで武器を作っていた男たちが武器を取り、悲痛な顔をして工場入り口付近に駆けて行った。
あっという間に工場内が閑散とする。
おそらく赤鞘の者が暴れるだろうから、自分は今のうちに情報を漁り、ついでに工場の設備の把握も進めよう。
カン十郎は走り出す。あきつ丸様は今オロチのもとへ向かっているのだろうか。
施設内の情報はあらかた簡単に手に入った。油断していたのか、はたまた仕事自体が雑なのか、簡単に輸出する武器のノルマや雇用者という名の奴隷リスト、武器が保管されている場所を抑えることができた。
カン十郎はそれらを素早く写し、絵に描いたカラスを実体化させ、脚に括り付けた。目標はあきつ丸。優秀なカラスはこの都にいるであろうあきつ丸の場所を簡単に見つけるだろう。
情報収集は終わった。
カン十郎は戦いの音が止まない入り口方面へと向かう。
愛刀の辻死梅の鯉口を切った。
「ぎゃーっ!? なんだコイツら!? 馬鹿みてぇに強え!」
「いてぇ! いてぇよお!」
そこでは、錦えもんとアシュラ童子が、異国の洋装をした男たちを切り捨てていた。どうやら働かされていた男たちは峰打ちで済ませているらしい。
「おお、カン十郎! 無事だったか!」
「ああ、この工場の情報はあらかた調べ終わった。あとは失踪者たちの保護と、この外の者たちの排除、工場の破壊だけだ」
「助かる! ではこの錦えもん、外つ国の暴漢たちの相手をしてしんぜよう!」
「おれは工場の破壊を担当するか、カン十郎はどうする?」
「まだ隠された情報があるかもしれない。それを探ってみる」
各々がやる事を即座に判断し、別れる。
不審な姿をした男たちの腕は大したことない。錦えもん一人で事足りるだろう。
アシュラ童子も、その巨躯を活かして工場の破壊を進めるはず。
ならば、自分は……。
カン十郎はもう一体カラスを描き出すと、そこに「地下工場襲撃」と走り書きをした紙を括り付け、飛び立たせた。目標はマネマネの実の能力者である黒炭ひぐらしである。
既に判断してこちらに向かっているかもしれないが、この状況で自分が何もしていないのは不自然だろう。わざとこちらの情報を黒炭に渡す。
ひぐらしに向けたカラスはすぐに帰ってきた。距離的にやはり察されていたかと、カン十郎は工場の監視ルームで破壊される工場を見つめていた。
「カン十郎! 無事でありますか!?」
そこに、叫びながら入ってきたのはあきつ丸だ。いつもの黒い外套を黒煙で汚しながら、カン十郎に駆け寄る。
監視ルームは多数の伝電虫によって映像が映し出されているが、唯一この監視ルームだけはモニターに映っていない。伝電虫が監視していないのである。
「カン十郎、工場は……」
「アシュラ童子が破壊に向かっております」
「っ、今すぐ止めるよう言うであります! この工場は都の地下に突貫で造られた施設! このままでは都に被害が……」
「あきつ丸様」
「なんでありますか? カン十郎、早くアシュラ童子たちを止めて──」
「……三文芝居に付き合っている暇は無いな」
一閃。
あきつ丸の身体を袈裟斬りに斬り捨てる。
辻死梅に赤い線が走った。
「カン、十郎……? なん、で」
「あきつ丸様はな、それがしと『本当に』二人の時は……それがしを『勝虫カン十郎殿』と呼ぶんだよ」
まるで「お前の今の主人は自分だけ」とでも伝えるかのように、あきつ丸はその真っ黒な瞳をまっすぐこちらに向けてくるのだ。
その妖艶な、しかし深い不穏さを帯びた視線に慣れ切っていたカン十郎は、あきつ丸の異変にすぐ気がついた。
それに、まだあきつ丸に飛ばせたカラスが戻ってきていない。彼女の本気の疾走はカラスも苦戦させているのだろう。
「うらぎ、たの、か」
「役を変えただけだ。黒炭カン十郎の仮面は剥がれた。ならば次の舞台に移るのが役者という者」
「貴様っ!! 貴様ぁ!!」
「あきつ丸様の顔で無様な姿を晒すな」
カン十郎は未だあきつ丸の体を真似続けるひぐらしの腹を踏みつけ、その脳天に刀を突き刺した。
ドス、ともガツ、とも取れる音が監視ルームに響く。
それを以てようやく、ひぐらしは元の老婆の姿に戻った。
「それがしに偽物とはいえ主を殺させるとは。地獄すら生ぬるい」
今のカン十郎はあくまでも勝虫カン十郎。
おおかたひぐらしはあの姿で錦えもんやアシュラ童子の動揺を誘い、工場破壊を阻止する予定だったのだろうが……唯一味方だと思っていた自分に殺されるとは、人を騙し続けた老婆には皮肉な最後だと、ゾッとしないなとカン十郎は刀の血振りをする。
さっきから施設の振動が止まない。アシュラ童子が存分に暴れ回っているようだ。
「カン十郎殿」
「……あきつ丸様」
締め切っていたドアが開き、またも黒い外套を黒煙で汚したあきつ丸が入ってくる。
肩には伝令のカラスを乗っけていた。
「伝令のカラス、ご苦労だったであります。おかげでこちらもオロチ討伐に集中できた」
「いえ、発見が遅れたのはそれがしの失態。既に幾つかの武器が輸出された後でした」
「それなら自分もオロチの動きに気づけなかった。失態でありますよ」
カン十郎を見るあきつ丸の真っ黒な瞳は、先ほどとは違い明らかな重い深淵を孕んでいた。
主人のもとを離れていないか。自分のことをまた騙していないか。いつだって言葉には出さず観察されている。
その圧は、偽物のあきつ丸には到底無い深海の水圧のような感覚で。
「……これからも、頼むでありますよ。
「……はっ、これからも尽力いたします」
裏切っていた過去から、あきつ丸がカン十郎に向ける視線や感情は他の赤鞘と違う。
菊の丞や河松には少し甘く、錦えもんや傳ジローには素直に頼っている。雷ぞうやアシュラ童子は良き同僚といった距離感だ。
しかしカン十郎には、ひたすらに「試して」くる。視線で、言葉で、文面で。
もう二度と、裏切らないだろうな?
そう物語っている表情は、他の赤鞘の誰にも見せないカン十郎だけの顔。
カン十郎はそれに冷や汗をかきながらも、内心優越感を持っていた。
あきつ丸という圧倒的な強者が、自分に向けてうっすらと警戒を隠している。
視線を向けられる回数が多い。自分にだけやけに単独行動をさせる。どこか態度がそっけない。
それらは全て、おでんも、赤鞘も、九里の民衆も知らないあきつ丸の闇の部分。
自分だけがそれに浸らされていることに、カン十郎は仄暗い執着を覚え始めていた。
しかし、それを表に出すことはしない。
役者として、最後まで、あきつ丸の優秀な勝虫カン十郎としての役を演じ続けるために。