おでん、ロジャーたちはロード・ポーネグリフを写しワノ国を出て行った。
残されたのはイヌアラシ、ネコマムシ、そしておでんの妻トキとその子どもたちである。
トキは体調を崩しているようだったので城で少し休ませる。子どもたちも、いきなり環境が変わってストレスになるだろう。世話には細心の気遣いをと女中たちに言い含める。
何故か女中たちは複雑な顔をしていた。子どもの世話は初めてだったのだろうか。
おでんが帰ってきていたことは民衆には知らせないとして、今後は守るものが増えた。カイドウは未だ姿を見せない。もしかしたらワノ国から手を引いたのかもしれないな、と考えが浮かぶが、警戒するに越したことはないだろう。
俺はトキの様子を見に客室に訪れていた。
「調子はいかがでありますか、トキ殿」
「あきつ丸様……」
「ああ、寝たままで構わないであります。医者曰く疲労が溜まっているようですから」
トキの症状は感染症などではなく、疲労やストレスからくる熱だそうな。俺はトキの頭に乗せていた濡れタオルを絞り直し、冷やして額に乗せ直した。
トキは、その白い肌を不健康に赤く染めつつ、なにやら申し訳なさそうだ。
「ごめんなさい、貴女の事はおでん様から聞いていたのだけど……」
「? なにか謝ることが?」
「その……貴女、おでん様の……その、内縁の妻だったのでしょう?」
「……は?」
は?
は?
はぁ?
内縁の、妻。俺とおでんが、夫婦。婚約関係、好い人。
はぁー?
「と、トキ殿は何故そうお思いに?」
「おでん様と、長い時を旅して……領地も任されていたんでしょう? 家臣の方々も、おでん様がずいぶん信頼してらして、だからこそ外で私と言う妻を娶ったのが信じられないようでしたし……」
「あの者たちめ……」
おそらくこの勘違いはトキだけではなく赤鞘や城の者たちも持っているだろう。だからモモの助たちを預けた時微妙な顔をされたのだ。
内縁の妻として尽くしてきたものが外の浮気相手をどう思っているのか推し量られていたのだろう。
俺は深いため息を吐く。それにトキが体を震わせたが、俺にとっておでんを恋人になんて真っ平ごめんだった。
「自分とおでん殿には、そういった桃色の感情は一切無いでありますよ」
「でも……おでん様も貴女の話をする時は楽しそうで」
「おでん殿と自分の関係を表すなら腐れ縁、手合わせ仲間、ただの友人。妻どころか恋人どころか片想いも存在しない。至極シンプルな関係であります。おでん殿本人も同じ認識だと思うでありますよ」
出会いこそ助けられた関係だが、そのあとはひたすら手合わせ! 手合わせ! 手合わせ! と色気も何もない。
おでんの視線に色は感じなかったし、俺もそんな視線を向ける事はなかった。
ただ対等な関係。それが俺とおでんの関係であり、それ以上でも以下でも無い。
おでんの妻はトキしか考えられないと思っているし、モモの助や日和は友人の子どものような感覚だ。
一切、トキの考えているような関係には無いとはっきり断言する。
「……それにしても、これがワノ国の総意なら相当めんどくさい事になるでありますな」
「面倒くさい事……」
「トキ殿の立場が危ういであります。おでん殿に任せられた手前怪我など全くさせないでありますが、単純に居心地が悪いでしょう」
女中のひそひそ話や城下町の噂というのはストレスになるものだ。特に女のそれはねちっこいからな。先ずは誤解を解くのが先だ。
「そもそも突然現れた嫁の時点でスキヤキ殿がどう思うか……いや、彼の方ならおでん殿の突拍子もない事には慣れてるはず。まずスキヤキ殿に挨拶、その次に城での誤解を解いて、じわじわ町に広めていくのがいいか……」
「……あの、あきつ丸様はそれでよろしいの?」
「再三言うでありますが、おでん殿とそういう仲になるというのは……トキ殿には悪いでありますが、自分は絶対無理であります」
そもそも現状船の意識も混ざっている俺が恋愛できるのか? 船は恋をするのか? 自我の無機物と生物の境界とは? そんなこと考えてたら思考が宇宙に飛ぶぞ。
万が一おでんが俺を想ってたとしても絶対振ってたね。俺にお前の手綱を握れというのか。無理だ。
原作でもトキがおでんを想う気持ちは凄かったし。おでん×トキしか勝たん。そんな気持ちである。
「つまり本当に……何もないのね?」
「そうであります。あーもう、赤鞘達の誤解を解くのが今から胃が痛い」
安心したように息を吐くトキとは別に、俺は今からあのトキよりも思い込みが激しそうな九人に説明することを考えていた。
特にワノ国居残りメンバーは俺の九里での活躍を知っている。それだけワノ国に尽くしているという事は、やはりおでん様のことが……!? 的思考にハマっている可能性が高い。無理だ。
しかしこのワノ国できちんとトキの立場を確立するためにはやらねばならん。
吐血しそうな程の胃痛に見舞われながら、俺は赤鞘九人男たちを呼び寄せた。
「姫様、何かありましたか」
「あー……貴方達が考えている、最悪の勘違いを解くためでありますな」
「はて……?」
「まず……この中で、自分をおでん殿の内縁の妻的存在だと思っていた人、手を上げるであります」
全員上げた。
「あああああああああ!!!! もう!! 違うであります! なんでそんな勘違いをっ……もうっ……!!」
「え、いやだって、おでん様の一番の家臣で」
「おでん様の三歩後ろをずっと歩いてて」
「おでん様のいない間も九里をずっと守ってて……」
「そりゃ、こんなんもう光月の一族みたいなものだろうと」
それを羅列されるとなんか、叙述トリックみたいな気分になるな……。本当に何もないというのに。
ああもうトキがまた「やっぱり……?」って顔してる。
胃が! 胃が痛い!!
「おでん殿と自分の間にはほんっとうに何もないであります! 恋愛のれの字も無い! 微塵も!」
「そんな、姫様無理をしなくても」
「そうそう、浮気したおでん様がろくでなしなのですから!」
「ちがあああああう!! 本当に何も無いのであります! クソ、勘違いが解けない!!」
俺は説得した。
半泣きになりながら説得した。
おでんとは何も無いと。
逆にトキという妻と子どもが産まれていたのはめでたい事だと。だからこそこの勘違いを解いてトキの立場を守らなければならないと感じていると。
それはもう必死に説得した。若干いつものあきつ丸キャラが剥がれていたような気もする。
「自分はぁ!! 本当におでん殿とは何もなくてぇ!! ただのッ友人……! 友人なのであります……ッ!」
「わ、わかりました姫! わかりましたから!」
「そ、そんな泣かなくても……泣くほど嫌ですか」
「嫌でありますな」
「うわぁ急に落ち着いた!」
スンッ……と涙を引っ込め。とりあえず赤鞘の誤解は解けたぞとガッツポーズだ。説得は実に一時間に及んだ。本当にもうやだ。
おでんだってアイツ俺が献立に口出ししないと100%おでん出してくるし、手合わせの気分になったっていきなり切り掛かってくるし、チンピラに絡まれながらこっち来るし、まじで関わっているだけで苦労の塊なんだよ。
むしろそんなやつとよくいい感じになれたなやっぱトキ先輩ってすげーわ。そこに痺れる憧れるぅ。
「とにかく赤鞘達は速やかにこの誤解を城から取り除く事! 万が一トキ殿や子ども達に被害が入ったらおでん殿に申し訳が立ちませぬ! 『あきつ丸はおでんの妻ではない』! 繰り返し!」
「『姫様はおでん様の妻ではない』!!」
「『恋愛感情も無い』!」
「『恋愛感情も無い』!!」
「行ってよし!!」
部屋を即座に出ていく赤鞘たち。
部屋に残されたのは息を切らしながら胃をさする俺と寝ているトキだけである。
こんだけ言っとけば誤解もなくなるだろ。そう思ってトキを見れば……泣いていた。
「っえ、な、な、どうしたでありますか!?」
「いえ、ごめんなさい。嬉しかったの。不義理を働いたわけじゃなくて良かったって……」
「……トキ殿はあのおでん殿を射止めたお方。おでん殿もあれで不義を働くような者ではありませぬ。──共に、帰りを待ちましょう。トキ殿」
「……はいっ!」
トキは笑った。
俺も笑う。
しかしこれから地獄の勘違い修正コースに入っている事は確定していて、俺は今日は少し飲む酒を増やすことを考えていた。