「おでんの……妻ァ!?」
スキヤキの第一声は、まぁそうなるよな……という分かりきった叫びだった。
おでんの父親に挨拶はしておこうぜ、ということで、体調が無事回復したトキを将軍のもとへつれてきたのである。
突然現れたおでんの妻。それもすでに子どももいると聞いて、スキヤキは驚愕に顎を開けている。
「あやつ、結婚できたのか……」
それはそう。
破天荒で傍若無人。自由奔放なおでんがまともに恋愛して夫婦の契りを結んだというのは、なんというかよくやれたな……と感心してしまう。
それだけトキの恋愛偏差値が高かったのだろうか。それとも、これが運命ってやつなのだろうか。
「というか、あきつ丸はそれでいいのか?」
「スキヤキ殿……自分とおでん殿の間には何もないでありますよ」
ブルータス、お前もかと辟易した顔で返せば、よほど俺の嫌そうな顔が伝わったのか「そ、そうか」と納得された。
ともかくトキがおでんの妻として将軍に正式に認められたら、モモの助が次の次の将軍候補として名が上がる。今はまだ幼すぎるが、これから成長したら将軍のための教育が始まるだろう。
モモの助はスケベ心があるところはアレだが、おでんよりは常識人寄りだ。度胸もあるし、後継者としては教育できれば良い将軍となるだろう。
スキヤキは自分が完全におでんと何もない事を伝えると、しばらく何か悩んでいた。
「あきつ丸……お前のワノ国の働きは見事なものだ。将軍としても一個人としても、それを評価したいと思っている」
「? はい」
「どうだ、大名の誰かから見合いでも組んでやろうか。後ろ盾が増えればお前も安心だろう」
勘違いを解いたと思ったら今度はお見合いの話かよ。これだから恋愛事はめんどくさいんだ……。
艦娘はケッコンカッコカリこそあるが、その指輪は俺は持ってないし、そもそもの話……。
「悪いですが、断らせていただくであります」
「理由を聞いても良いか? 他大名との繋がりを濃くし、後継を望めるというのはお前にとって悪くない話だと思うが」
「自分、種族の関係で人と子を成すことができないのであります。折角の大名の家系を途絶させるわけにはいかないでしょう」
二次創作において、艦娘が子供を産めるかの問題は割とこう……紳士向けの作品では議論されてきたことではないだろうか。
俺の身体は、人間ではなく船に近い。血液らしき液体はおそらく燃料だし、内臓も人間としての内臓の働き方とまた違う感覚がある。
所謂子を準備するための「生理」というのも一切無いし、人の子どもを孕むというのは根本的に無理だと思われる。
その事をやんわり話せば、スキヤキとトキが息を呑む音が聞こえた。
「それは……辛い事を聞いた。すまなんだ」
「あきつ丸様……」
「いや、自分は別に気にしていないのでありますが……世継ぎを産めないとなると、余計な権力争いやら後継ぎ問題に繋がるでしょう。そういうしがらみができてしまうなら、自分は一生独り身で良いであります」
そもそも元男だぞ。自認性別が無機物に寄ってきているとはいえ、普通に男相手に欲情できる気がせんわ。
それに世帯なんて持ってしまったらワノ国に囚われてしまう。今でこそおでんの代わりとして九里に長く身を置いているが、一生涯をワノ国で過ごすというのは辛い。
ワノ国の海は狭く、海賊がそうそう来ないため、定期的にグランドラインに降りて海賊を狩らないと燃料がなくなって動けなくなる。
しかもワノ国近海は波が激しく来れる海賊も一握り。どうしても燃料を黒字にするには数日寝ずに海賊を狩らないといけない。
ならもうワノ国に留まり続ける事自体が結構……正直、デメリットなのだ。
それに他の接触、救済任務も残っている以上、この国に残すものを無闇に増やしたくなかった。
「おでん殿の正室はトキ殿です。しかし民にとってはあまりにも突然のこと。戸惑う者が多いと思われます。スキヤキ殿にも、トキ殿の立ち位置を安定させるために手助けをお願いしたい」
「ふむ、まぁ民のおおかたはあきつ丸が内縁の妻だと思っているだろうからな。そこを変えていかないと拙いか」
「という事で、自分に策があるであります」
ほう? とスキヤキとトキが自分を見る。
古今東西、女のギスギス、妬み嫉みは恐ろしいものである。今、町では自分とトキの正室争いが今、始まる──! みたいな認識がされているのではないだろうか。
下世話な話だが。
キャットファイトは怖いのだ。それが一人の男を巡ったものなら尚更。
だから、それを払拭するための行動を起こす。
「取り敢えずスキヤキ殿にはトキ殿がおでんの正室であると正式に発表してもらうとして……トキ殿」
「は、はい」
「遊びに行くでありますよ!」
「……えぇ!?」
森羅万象、百合に挟まる男は殺される運命にある。
*
「あら、あきつ丸さんいらっしゃい。お連れ様は見ない顔ね。いつものでいい?」
「はい、それを二つおねがいするであります」
俺はいつもの調子で半月堂に来ていた。トキを連れて。
女将さんはいつものように美味しい抹茶と半月練り切りを出してくれる。あと塩昆布。
お抹茶を飲んだ後の塩昆布ってなんでこんなに美味しいんだろうな……。練り切りの優しい餡子の甘さをリセットするのにも良いし。別メニューではおまけはカリカリ梅だったりするのだが、やはり甘い練り切りとにが甘い抹茶に塩味が程よく舌にささってたまらないのだろう。
二つのお盆を受け取り、一つをトキに渡す。トキは練り切りに彫られたうさぎを柔らかい笑みで見ていた。
「半月練り切りは自分の大好物なのであります。是非、ご賞味あれ」
「九里大名代理様のお墨付きって事で、売り上げも伸びてるのよ」
「通い詰めている甲斐がありますな」
女将さんは今日も快活に笑っている。
俺は練り切りを齧り、抹茶を飲み、塩昆布を口に含む。このループで一生過ごしていられる。
あま〜い練り切りの味を抹茶で流しつつその味の対比を楽しみ、塩昆布でキリッと締める。この即死コンボを編み出した人は天才か?
トキはうさぎが可愛らしくて、勿体無くて食べられないと可愛い事を言っていた。因みにおでんは一口で食べて「足りねぇ」と言う。
「そちらのお嬢さんはどなたなんだい?」
「ああ、この方はトキ殿。おでん殿の正室であります」
そう言うと、店内の空気が凍りついた。
やっべ、紹介方法ミスった。
「せ、正室って……」
「え、あきつ丸様じゃないの……?」
「自分はおでん殿代理であって恋人関係では無いのであります。将軍スキヤキ殿にも納得いただいている、正式なものであります」
あわてて訂正する。トキが肩身を狭そうに身をすくめるのが横目で見えた。あああごめん!!
「何言ってんだいアンタたち。おでん様とあきつ丸さんになんの恋情も無いことは分かりきってた事だろう」
女将さんが騒つく客たちに一喝した。
お、女将さん……!?
「女将さんは気づいていたのでありますか?」
「あんな甘さのかけらもないやり取りを最前で見せられちゃあ嫌でもわかるわよ。あれは腐れ縁だとか、悪友とかそう言う類のものさね。どっちにもなんの気もない、対等な関係なんだろう?」
「お、女将さん……!!」
勘違いの魔の手に呑まれてない人がまさかの半月堂に!!
俺は女将さんの言葉を蜘蛛の糸のように手繰り寄せ。客たちの混乱を解いた。
トキが居心地が悪いと半月堂を苦手に思ってしまったらショックだ。なんとかして誤解を解くことには成功した。
「す、すまんなおでん様の奥方。おれたちのはやとちりだったみたいだ」
「女将さんの人間観察力は本物だからな……」
「い、いえ、わたしは気にしてませんよ。あきつ丸様はわたしとおでん様の関係を真摯に応援してくださっているのです。とても救いになっております」
「女将さんはすげぇなぁ、伊達にこの店で何十年も客を見てきただけはある」
女将さんはフンと鼻を鳴らし、「他人の色恋に突っ込む前に自分の嫁のことを考えるんだね」と客に言い放った。
俺はもう女将さんにペンライト振りそうなくらい感謝した。
しっかり練り切りも抹茶も美味しくいただきました。ありがとう半月堂。フォーエバー半月堂。
「ではトキ殿、次に行くでありますよ!」
「つ、次って?」
「呉服屋であります!」
なんか女子って集まると服屋行ったりするんでしょ? 知らんけど!
俺の作戦はこうだ。俺とトキの不仲を疑われるのなら、そんなもの考えられないくらい親しくしているところを見せつければ良いのだ。人間噂より見たことの方を優先する生き物。不仲説が流れようが浮気説が流れようがこの……百合営業ならぬ百合活動で始末してやろうじゃない!
まぁ俺とトキの間に噂が立ちそうな諸刃の剣でもあるんですけどね。まぁそこは女二人を故郷に置いて冒険しに行ったおでんの責任ってことで。
押し付けてこ、責任。
呉服屋に来たは良いものの、俺はどんな着物がいいのかちんぷんかんぷんだった。
逆にトキは流行に敏感なのか、キラキラした瞳で反物や半衿、帯紐を見つめている。
特に紫に白の帯紐をよく見つめていた。ははぁん、旦那カラー。
「店主殿、あれを一つ新品で包んで欲しいであります」
「まいどあり」
そうして買った、トキが手に持って頬を染めているものと同じ種類の帯紐を渡せば、花が綻んだような笑みを浮かべられる。なるほど、おでんが惚れるわけだ。
「あきつ丸様……!」
「時期的にちょっと無理があるでありますが、出産祝いであります。お代は気にせずに」
「大切に、使いますね!」
傾国もかくやの笑みを向けられたら、こちらも財布の紐が緩くなってしまうもの。
へへへ、あきつ丸さんお金だけはあるからね、もっと物欲出してくれても良いのよ。
なんてぼーっと反物を見ていたら、トキからもなにか包みを渡された。
中を見れば、菊に水引があしらわれた簪があった。黒と青の水引に金の菊の花が上品に配置されている。
「あきつ丸様にお似合いだと思ったんです」
「じ、自分簪は着けたことがないでありますな……」
「お教えしますよ。きっととても可愛らしくなります」
なんてこった。カッコいいところを見せようとしたのにカウンターを食らった。
これがおでんを落とした“女”の力ってワケ……。
ありがたくいただいた簪を、帽子をとって早速つけてもらう。
手慣れた手つきでまとめられた黒髪は、金の菊がよく映えて……まるで夜空に浮かぶ宵の明星のようだった。
「ほら、やっぱり可愛らしい」
「……な、なんだか新鮮であります」
「あきつ丸様はあまりおしゃれに関心が無いと店主さんから聞きましたので……まずは簪から、と」
「確かに、あまりこういった店には来たことなかったでありますな」
基本都に来た時に行くのは半月堂と寺子屋と城だからな。あと地下工場跡地。
地下工場跡地は今は湿度や温度を一定に保たないといけない酒類の蔵に改装中らしい。新酒が楽しみだ。
「わたし、ワノ国に馴染めるように……おでん様の正室と認めてもらえるように頑張ります。だから、沢山教えてください。ワノ国のこと、九里のこと、あきつ丸様のこと」
「……最後のは、必要でありますか?」
「はい! わたしが嬉しいです」
トキは俺の簪で纏められた髪から溢れた後れ毛を優しく撫でた。
その瞳には、慈愛と尊敬の感情が詰まっている。
久しぶりのストレートな好意に、俺は柄にもなく少しだけ、頬を赤くする。
簪についた小さなとんぼ玉が、シャラリ、と揺れた。
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