勝っ……た?
カイドウの首は確実に地面に落ちた。
シン、と島が静かになる。
数秒の間ののち、侍と白ひげ陣営からは歓声が、百獣海賊団からは悲鳴が上がった。
俺はそれを、青い海の上で眺めていた。
艤装はもうボロボロだ。黒い煙を吐き出しているし、もう一発でも撃てば誘爆して使い物にならなくなるだろう。バチバチと漏電している気配もある。
俺はもはやバケツを被る気力もなく、艤装を仕舞い海に倒れ込んだ。冷たい波が体をベッドのように受け止める。
空は覇気のぶつかり合いによって雲が割れ、鮮やかな空色を映している。
俺はそっと息を吐くと、そのまま気を失った。
*
「──! ──!」
…………。
「──ま! ──つ丸様!」
…………なんでありますか……気持ちよく寝ていたと言うのに……。
「あきつ丸様!!」
「んん……?」
名前を呼ばれて、思わず瞳を開けた。
微睡から強制的に意識を浮上させられて、若干不機嫌な声が漏れてしまう。
それでも、呼びかける声は止まらない。
「あきつ丸様! あきつ丸様!」
「う〜ん……あと五分……」
「起きてください、あきつ丸様!」
五分と言わず五十分くらいは寝たい。
そう思っていたら、思いっきり肩を揺さぶられた。うおおおお。
「起きる、起きるでありますよぉ……。おはようございます……」
「よかった……! あきつ丸様が起きられた……っ!!」
そこでようやく、声をかけていたのがトキだと気付いた。なんとか布団から起き上がった俺に抱きつく姿は、どちらかというとおでんにやるべき仕草だと思う。
寝ぼけ眼で状況を把握しようとすれば、俺はおそらく城の中の自室に寝かされていて、その周りにはトキやおでん、赤鞘だけでなく白ひげまでも座っている。
なんだか大仰なことになっていそうだ。と勘が告げていた。
「……状況の説明を」
「あきつ丸様が海上で倒れていて……もう起きないのかとっ……! 良かった、良かったです……!!」
「……白ひげ殿、カイドウは?」
「ああ、詳しく話そう」
曰く、おでんがカイドウの首を斬った後……それでもカイドウはしばらく暴れていたらしい。泣き別れた首と胴が別々に動き、熱息や雷鳴八卦を闇雲に撃っていたと。それを白ひげが防ぎ、体と頭を海に沈めてようやく死んだそうだ。カイドウって本当に人間か??
そして、俺の砲撃支援が無くなった事、艦載機が消えていたことに気付いた面々が海上の捜索を開始、鳥形態になっていたマルコが海上で倒れて気を失っている俺を発見。
あの時は生きた心地がしなかったと後に語られた。
なんとか引き上げ、カイドウ討伐の喜びもそこそこに緊急で俺の治療が始まったが、俺の身体は人とは全く似てかけ離れたもの。輸血はできない栄養剤が効かない傷が自然治癒しないと医者も匙を投げる始末。
せめてと包帯を巻いて布団に寝かせて、どうやら五日経っていたらしい。
「おれぁあきつ丸がもう死んじまったんじゃねぇかって……あの戦いで、全てを燃やし尽くしちまったんじゃないかってすげぇ不安だった!」
おでんが珍しく弱音を吐いた。
赤鞘や白ひげ達もうんうんと頷く。
恐らくだが俺はあれで完全に燃料切れを起こしていた。おまけに大破していたと思われる。そこに妖精さんがなんとか補給と応急処置をしてくれ、五日という日がかかりながらもようやく意識が浮上するところまで回復したと言うところか。
体感ではまだ中破ほどの感覚がある。
因みに応急修理女神は消費していなかったので、本当に燃料切れで寝てたな、これは。
まだ身体のあちこちが痛むが、取り敢えず動ける程度には修復が完了している。
「あー、カイドウが倒せたなら、まず良かったであります。自分は燃料切れと損傷で眠っていたようでありますな。命には別状無いであります」
もうさっさとバケツ使っちまうか、と俺は妖精さんから高速修復材を手渡され、頭から被った。
周りが「なにを!?」とどよめくが、これが一番早い。
消費されたバケツは虚空に消え、俺の損傷は全て回復した。包帯を解いてみれば、傷も綺麗さっぱり消えている。薄い痕すらない。
「うん、完全復活であります。心配をかけたでありますな」
「あのバケツでそんだけ回復するのか、ほんと摩訶不思議な身体してんな」
「でもよかったぁ!! おれぁ姫様が死んじまうなんて死んでも嫌だ!!」
錦えもんが男泣きを披露する。ううん、ほんと心配をかけたようだ。
「これでカイドウの脅威は消え去った……と考えていいんだな?」
「はい、オロチも消えカイドウも消え、ワノ国の暗躍、自分が『観た』元凶は全て排除できたと考えていいかと」
「と、言うことは……?」
「ワノ国防衛戦、完全勝利S、であります!!」
俺がVサインを作れば、ワッと歓声が上がる。
息をついて安心するもの、ただ喜ぶもの、グッと拳を握るもの。
おでんも、誰も死ぬことなくワノ国は護られた。百獣海賊団は壊滅し、残党もいない。
オロチ含む黒炭の魔の手が将軍家に伸びることもない。
まさしく、完全勝利。作戦成功だ。
「うおー! 宴だ! 宴だ!」
「あのカイドウに勝ったぞー!!」
「町のものに知らせるんだ! ワノ国は救われた!!」
「祭りの準備をしろー!!」
やんややんやとにわかに騒がしくなる室内。それを白ひげはやれやれと言ったふうに眺めていた。
おでんと抱き合って泣くトキの姿。大急ぎで宴の手配をする赤鞘。宴の気配に期待を濃くする白ひげ海賊団クルー。
俺は身体中に貼られた湿布や包帯を解きながら、その歓喜の声に耳を傾ける。
良かった。原作は完全に崩壊したけれど、おでんは生きてるし、ワノ国は地獄に変わらずに済んだ。
損害も、三日間で突貫で作った人工島のみ。都や九里には何の被害もない。
張り詰めていた糸が緩んで、深く息を吸って吐いた。
「肩の荷が降りたな、あきつ丸」
「白ひげ殿……あの場面での援護、本当に助かったであります」
「なぁに、おれは船を陸で戦わせるなんて酷だと思っただけよ」
あのままだったら応急修理女神を使う羽目になっていたかもしれない。カイドウに対して有利な海で立ち回れたのは、白ひげのあの一手が大きかった。
あとで存分にモビーの通訳をせねば。
「お前ら! 今日はおれの奢りだ! 飲んで、食って、勝利を祝えぇ!!」
「おう!!」
おでんの言葉に、全員の返事が轟く。
城の中はどんちゃん騒ぎになるだろうな、と俺はこれからの宴について考えていた。
きっと品目におでんは欠かせないだろう。
「うおー! 寿司、蕎麦、おでんに天丼! 豪勢だぁ〜♡」
「酒もなみなみ樽いっぱい! おい、誰か飲み比べしようぜ!!」
「おい! それおれの皿の肉! 取るなよ!!」
並べられた食事、酒。輝かんばかりの豪勢な食卓は、あっという間に戦場だ。
島での戦いより本気の顔した奴らが飯の取り合いをしている。
俺は熱燗をちまちま飲みながら並べられた料理に舌鼓を打っていた。
「あきつ丸……」
「おや、おでん殿。呑んでますかな?」
「そりゃたっぷり! それでだな、あきつ丸……ありがとう!!」
「えっ」
いきなり、おでんが頭を下げた。その光景に、料理の取り合いをしていた面々も驚いている。
俺は慌てて顔を上げさせそうとするが、おでんは頑なに首を上げない。
「お前の言葉が無かったらワノ国はどうなっていたか……! この九里は、どうなっていたか……! 感謝してもしきれねぇ!!」
「そんな、自分はただ『観た』ことを伝えただけで」
「おれのいねぇ間九里を守ってくれたのはお前だ! 百獣海賊団だってお前の援護がなきゃ勝てるかわからなかった! ワノ国はお前に莫大な恩がある!!」
おでんは話をここで一度切り、大きく息継ぎをした。
「それでだ……お前、この『閻魔』貰っちゃくれねぇか!?」
「えええええええええ!?」
「ちょ、ちょっとおでん様ー!?」
おでんの言葉に、俺はポカンと驚いていた。
家臣たちも初耳だったのか、何事かと焦りだす。閻魔は国宝にも近い力を持った妖刀。ワノ国ではそれこそ金に代えられない価値があるはず。
それを俺に渡そうと言うのだから、家臣達の驚愕もそうだろう。
俺はにっこり微笑んで。
「要らないであります」
「バッサリィ〜ッ!?」
「嫌だ! 貰ってくれ!」
「こっちも引かねえ〜ッ!?」
おでんはこうなると面倒だ。
どうするか……と考えたとき、俺にいい考えが浮かんだ。
「結構先の未来の話なのでありますがな」
「? おう」
「自分の孫弟子がこのワノ国に訪れる予定なのでありますよ」
「お前弟子なんていたのか」
「その者は痛快な強さを持つ三刀流の剣士! 世界一の大剣豪を目指す者であります」
その閻魔はそいつに渡しちゃくれないか。
と言うのが俺の要望である。
おでんが生存している以上、ゾロがどうやって閻魔貰うねん問題が発生するため、ここで布石を打っておこうと言うやつだ。
「強いのか? そいつは」
「ふふ、まだ産まれてもいないでありますからなぁ。ですが、自分の弟子が鍛えることになるでありますから、見どころはたっぷり」
「お前の見聞色はどうなってんだぁ?」
おでんが首を傾げるが、残念ながらこれは前世チートなので見聞色ではない。
ゾロはどうせミホークが好き勝手鍛えるだろうから、ワノ国に着く頃にはおでんともやり合える剣士になってるんじゃないだろうか。
知らんけど。
「その剣士、名前は」
「ロロノア・ゾロ。ここだけの話、霜月の系譜でありますよ」
「ほう! ヤスさんの親族か! 今から楽しみだ。わかった、それまで閻魔はとっておく」
「頼むでありますよ」
俺は熱燗を飲み干して、もう一杯今度は鈍燗を頼んだ。おでんも鍋を美味しそうに突き始める。
戦った後の宴はワンピース世界では常識だからな。
俺は楽しい楽しい宴の空間を、噛み締めるように飲み干すように味わっていた。