ワノ国がオロチとカイドウの魔の手から完全に逃れ、勝利したことはワノ国全土で広められ、人々は祭りを催した。
ワノ国のあちこちで花火が上がり、民衆が酒を飲み、豪勢な料理を食べている。
貢献者である白ひげ海賊団も快く祭りに参加させられ、呑み比べや屋台、余興にクルー達は笑顔で興じている。
白ひげはそんな祭りの中心から少し離れ、あの決戦の島を眺めていた。
遠くに見えるボロボロの人工島は、白ひげが能力で作り出したものである。グラグラの力で山を削り、土地を作ったのだ。
そこには大量の百獣海賊団の死体があった。
そして、それを黙々と海に沈める黒い影がある。
あきつ丸だ。
城での宴を存分に楽しんだというあきつ丸は、夜風に当たってくると祭り会場を離れていた。
白ひげも、少しあの喧騒から離れたくなり海岸に来たのだが、島で彼女がなにやら動いているのを見つけてからそれをじっと眺めている。
あきつ丸は死体に刀で念入りに穴を開けてから、海に沈めていく。
それはあのキングも例外ではなかった。一体一体丁寧に、沈めた後は手まで合わせて死体を処理していくあきつ丸。
その姿は、さながら死神のようにも見えた。
祭囃子は一晩中続く。
あきつ丸はその膂力で死体をどんどん運び、数時間で島は血のみが染み込むただの平地となった。
あきつ丸の外套は真っ赤に染まり、ぼたぼたと血を垂らしている。一体何人の血が混ざっているんだか。
「よぉ」
「白ひげ殿」
水上滑走によって九里の浜辺に戻ってきたあきつ丸は、挨拶もそこそこに海で血を洗い流し始めた。
彼女の体からはいつも潮風の匂いがする。
浜辺は暗く、今は人も寄りつかない。
「水葬とはお前らしいな」
「ワノ国の主流は火葬でありますが、あの規模の人数は骨が折れますので」
あの戦いで、あまり活躍できなかった刀が拗ねていたから、という理由もあるらしい。白ひげからしたら十分健闘していたと思うが、この刀は主に似てストイックなのかもしれない。
「なんで死体を滅多刺しにしてたんだ?」
「ああしないとしばらくして体内にガスが溜まって浮かんでくるのであります」
「へぇ」
グランドラインなら海王類に食べられるなり、波に粉々にされたりするのだろうが、ワノ国は海流も穏やかで海王類もいない。彼女は海に物騒な死体が浮かんでくることを懸念していたらしい。
その為に祭りを抜け出してまで処理か。と白ひげは酒を呷った。
「それに、キング殿の死体は隠さねばなりませんから」
「……ルナーリア族ってやつか、あれは」
「ご存知でありましたか」
昔聞いたことがあった。
ルナーリア族というかつて神と呼ばれていた種族がいたと。
黒い翼に炎、褐色の肌に白い髪。
マスクによって肌や髪は見えなかったが、彼はそうなのではないかと白ひげはあの激戦の最中予測を立てていた。
政府に居場所を言うだけで一億ベリー。そんな懸賞金がかけられている者の死体など、いったい幾らになるやら。
「政府に利用されると言うのは、寝覚めがよくありませんから」
「慈悲深いこって」
おそらくだが、あきつ丸の種族も唯一無二だ。海上を滑り、未知の兵器を運用する彼女の種族なら、この世界で簡単に国の一つでも作れただろう。あきつ丸以外にもいるなら、その素振りを本人がしていてもおかしくないのに、彼女はいつだって「一人」を匂わせていた。
滅んだと言われているルナーリア族への共感と同情が、彼女なりの葬いに現れたのではないか。と白ひげは声に出さず思う。
「あの者はカイドウをよく慕っておりました。なら、彼の人と同じ海に沈めると言うのは誉ではないのでしょうか」
「それが、お前の種族の価値観か?」
「さぁ……」
あきつ丸は外套を絞りながら、曖昧な返事を白ひげに返す。
その多色の言葉は、同じ種族に会ったことがない故の疑問か。
あきつ丸は外套を着直すと、ただ黙って海を見つめ……なかった。
また海へと出ていく。
「今度はどこへいく?」
「……気配が、するのであります」
また曖昧な返事に、白ひげは首を傾げた。
あきつ丸が向かうのは、百獣海賊団の本船だ。沈めるのかと思ったら、乗船して中に入っていく。
金目のものでも取ってくるのだろうか。
そう考えつつ酒瓶の中身を消費していると、あきつ丸がなにか布の塊を抱いて戻ってきた。
見聞色で察知する生物の色。
白ひげは少しだけ目を見開いた。
「そいつは……」
「タグには『ヤマト』と。カイドウの子どもでしょうな」
目立つ角に、白と青のグラデーションがかかった髪。すやすやと眠る女の子の首には、似合わない鉄製のタグがつけられていた。
一目でわかるカイドウとの血縁関係。
あいつ、子どもがいたのかよ。それなのにあんな死闘に身を投じたのか、ろくでなしめ。と白ひげは内心気分が下がる。
しかしそう思ってももうカイドウは生き返らない。自分が確実に始末したのだから。
「……どうするんだ。あのカイドウの娘だぞ」
「子どもには罪は無い……そう思いたいのであります。カイドウの業は、この子が背負うには重すぎる」
「だとしても、ワノ国の連中はどう思うだろうな」
「……この子が親を亡くしたのは、自分の責のようなもの。ワノ国の民が受け入れられないなら、自分が連れていくであります」
「お前、そりゃ……」
まるで、この国から出ていくみたいに。
そう口から出かかったとき。背後に気配がふえた。
穏やかな芍薬の香り。トキだ。
あきつ丸を探していたのか、走ってきたらしいその姿は少し汗ばんでいる。
「あきつ丸様、此処にいらしたのですね」
「トキ殿……」
「あら……その、子どもは……」
ここで、トキもこの子どもの縁者を察したのだろう。口を覆って顔を青くした。
トキは人の親だ。自分たちがこの子に何をしてしまったのか痛いほどわかったのだろう。
「トキ殿は、この子に罪を感じますかな」
「……いいえ。親の罪は子どもが背負うものじゃない。誇りこそ受け継げど、罪も罰も必要ないでしょう」
「トキ殿が理性的なお方で安心したであります」
「この子、名前はわかるの」
「『ヤマト』だそうでありますよ」
「ヤマト……ヤマトちゃんね。良い名前だわ」
トキは愛おしそうにヤマトの頬を撫でた。安心しきったように眠る、モモの助と同じくらいの少女に、彼女なりに思うところがあるのだろう。
あきつ丸が帽子を被り直す。まるで今からいうことに張り手を喰らう覚悟をするかのように。
「トキ殿、この子を育ててくれませんか」
その言葉に、トキは息を呑んだ。
白ひげも、酒瓶を持つ手を強める。
カイドウの子どもというのは、ワノ国にとって厄ネタでしかない。
そのヤマトを育てるというのは、彼女にとっても、彼女の周りにとっても難しい問題だ。感情的にも、物理的にも。
それでもと、あきつ丸はその瞳に強い意志を込めてトキを射抜く。
「彼女がもしワノ国に害をなすことがあったら、その時は自分が腹を切って沈むであります。お願いできませんか」
「そんなっあきつ丸様、そこまでしなくても……」
「いえ、この奇妙な縁と過去の業。清算させるならこの命も惜しくありませぬ」
「…………良いのよ、本当に。わたしも、この子の事が哀れで……愛おしいの」
トキはあきつ丸からヤマトを受け取ると、そっと子守唄を歌い始めた。眠っているのに聞こえているのか、ヤマトがニコッと笑う。
その反応に、トキは笑みを深くした。
「夫はわたしが責任もって説得するわ。わたしも、この子を育てたい。健やかに、元気に」
「……かたじけない。断られたら、自分が連れていく所存だったであります」
「……やっぱり、ワノ国を出て行ってしまうのね」
白ひげは空になった酒瓶を意味もなく見つめた。
あきつ丸はワノ国に多大な貢献を残した。それこそ救世主と呼べるほどの大きな功を。
将軍に頼めば一生不自由して暮らす事のない環境を用意される事だってできるだろう。
だが、彼女はあくまで「船」なのだ。永遠に港に停められ、海に出られない「船」は「船」と言えるのか?
ワノ国の海は狭い。
「ええ、ワノ国には随分とお世話になりましたが」
「それはこちらの台詞よ。寂しくなるわ。この国のみんな貴女を好きなのに」
「好いてもらえるのは嬉しいでありますが……この国は、自分にはあまりにも……平和すぎる」
「平和は嫌い?」
「好きでありますが、自分は所詮兵器でありますので」
彼女の生き方は海軍の軍艦に近い。
平和のために戦うことを厭わないが、平和になればお役御免。人を超えた火力を持ちながら、海が無いと生きられない。本人はそれをよく承知しているのだろう。
白ひげは彼女の種族は実は儚く危うい存在なのではないかと考えていた。
「グララララララ……なぁあきつ丸、おれの船に乗るか?」
「有難いですが、ご遠慮します」
「だろうな。お前は船に乗るより自分が海を進む方が好きだ」
ダメ元で言ってみたが、やはりか。白ひげは笑う。モビーは随分あきつ丸に懐いているみたいだが、彼女はずっとモビーに乗っているほど大人しくないだろう。
娘にするのは歓迎なんだがなぁ、とこぼす。
「娘とは畏れ多い……やはり我々は『同盟相手』でしょう」
「ちと距離が無いか?」
「ある人は言うのでありますよ、『同盟相手とは友達である』と」
「グララララララ、なんだそれ」
とんだバカが考えた理論だ。と笑いつつ、それで良いな、と白ひげはくるりと空の酒瓶を手で弄んだ。
モビーの友人。白ひげの友人。クルーの友人。
それくらいでいいじゃないか。
長い海賊人生、打算で関係を築きすぎて簡単な答えを忘れていた。
「おれは祭りに戻る。酒が切れた」
「あきつ丸様、この子はわたしに任せて、たまにはワノ国に寄ってくれると嬉しいです」
「トキ殿……ヤマト殿を頼むでありますよ」
三人は祭囃子の方向へ歩き出した。
白ひげは楽しげに。トキとあきつ丸は覚悟を決めたように緊張して。
祭りはまだ終わらない。
提灯の灯りが、眠るヤマトの頬を朱色に照らしていた。