お付き合い、よろしくお願いします。
俺がワノ国を出国すると言う話は、トキを除くワノ国全員が反対した。
まぁ皆から愛された黒姫様であるから、当然かもしれない。
おでんに九里大名の座を返し、ただの旅人あきつ丸に立場が戻ったので、やることもなしさっさと出ていこうとしたのだが……。
「姫様行かないでぇ〜!!」
「ワノ国のどこが不満なのですか!」
「姫様〜!!」
この惨状である。
俺はもう姫様ではないし、ワノ国はいい国だけど海が狭いし海賊が来ない。俺にとって海賊が狩れないというのは死活問題である。
酒で燃料補給をしてた時なんてほんとギリギリだったんだぞ。
「トキ様は寂しくないのですか!?」
「寂しくはありますが、あきつ丸様の言う通りワノ国はあきつ丸様が生きるのには少し難しい環境なのです。納得なさい」
「それはそうですがぁ……」
俺と特に関わっていた居残り組赤鞘メンバーはずっと駄々を捏ねている。ええい見苦しい。男が子どもっぽくごねるな!
「別にこれが今生の別れでもなし、ワノ国にはずいぶんお世話になったでありますが、潮時というもの」
「うっうっ、姫様のいないワノ国は寂しくなりますぞ〜!」
「スキヤキ様〜!!」
「ううむ……しかしもう本人には縁談も養子縁組も断られておる。あきつ丸を引き留める術はもう……」
「姫様〜!!」
正直スキヤキは割と早い段階で納得してくれたのだ。俺はワノ国の狭い海では生きられないし、大名代理をやっていたときのように酒で騙し騙しやるのも限界がある。そう伝えれば、苦い顔をしながらも頷いてくれたのだ。
おでんは流石にもう「おれも連れて行け」とは言わない。大名や将軍後継ぎとしての自覚がようやく芽生えたのだろうか。
それとも、閻魔を渡すと言う使命を託したからか。
トキも覚悟は決まっているようだし、あとは赤鞘と民衆をなんとか納得させればこちらの勝ちだ。
ちなみにこの攻防を白ひげ海賊団は面白そうに見ている。酒の肴にするんじゃない。
「ワノ国は自分にとって第二の故郷のようなもの。いつかはわからないでありますが、どこかしらで近くに来たら必ず寄るでありますよ」
「ほ、本当ですね……? グスッ」
「ずっとお待ちしておりますからねぇ〜!!」
ワノ国じゃないと味わえない美食も多いし、日本が懐かしくなったらワノ国に来よう。
おでんがあきつ丸なら城を自由に出入りしていいと言ってくれたし、モモの助たちの成長も楽しみだからな。
まぁ次いつ来れるかの具体的な予定は立てれないわけだが。
「あきつ丸……おぬしのお陰でワノ国は発展し、その栄華を保つ事ができた。オロチに将軍の座を奪われずに済んだ。……感謝してもしきれない」
「スキヤキ殿……自分も、この土地には随分とお世話になったであります」
「おぬしの寿命がどれほどかはわからんが、この先将軍が何回変わろうと、ワノ国はおぬしを歓迎すると誓おう。国の歴史に、必ず名を刻んでおく」
「そんな大仰な……。でも、感謝するであります」
俺の種族的な命はどれほどあるんだろう。
艦船としては四年で沈み、艦娘としては十年以上、今も続いていて、人間としては二十歳で終わった。
体の劣化は見えず、歳をとった風も覚えず、怪我は資材さえあれば無傷に戻る。
艦娘が本当に「永遠」なら、いつでも気軽に来れる場所があると言うのは救いになるだろう。
それが何十年後になるかは別として。
「あきつ丸! ワノ国に帰ってきたら必ず九里に来いよ!」
「また半月堂にいきましょうね、あきつ丸様」
「はい、それまでおでん殿たちも息災で」
城の中にしんみりとした空気が満ちた。
俺はそれに構わず、秋茜を手に持って外へ出る。
城下町では、民衆たちが泣きながら手を振っていた。
「あきつ丸様〜! どうかお元気で〜!!」
「ワノ国はずっと貴女を忘れません!」
「姫様の舞がもう見られないのか……終わりだ……」
「ひめさま! かえってきたらおしえてね! ぜったいだよ!」
惜しみながらも祝福してくれる彼らに手を振りながら、俺は海岸へと向かう……前に、少し路地へ曲がった。
そこには、カン十郎が立っている。
「あきつ丸様。お疲れ様でした」
「カン十郎こそ、未だ続くその名演技、観せてもらっているであります」
カン十郎はあの時おでんの家臣ではなく俺の家臣となった。それゆえに、俺が海に出ていく以上それまでの命を下さねばならない。
カン十郎は真面目な顔で俺を見つめている。今ここで用済みと斬られるとでも思っているのだろうか?
残念ながら自分から駒を捨てにいくような性格ではないのだ。
「カン十郎、貴方は引き続き勝虫カン十郎として、ワノ国で任務に当たってもらいたい」
「承知。して、内容は」
「ヤマト殿の件に関する情報操作と、保護。カイドウの娘という件に関してはトキ殿と18の折に話すと決めてあるであります。それまで、ヤマト殿がカイドウの娘だと察し、命を狙う者たちの対処を」
「……了解しました。必ず」
「頼むでありますよ、勝虫の名に恥じぬ働きを期待しているであります」
ヤマトの立場はまだ完全に安全にはなっていない。あのツノでカイドウの娘だと察し、不穏分子を消そうとする輩もいるだろう。
そういった不届きものからヤマトを守り、世間に流れる情報を操作する。
それがカン十郎に与える次の任務だ。
それ以外はおでんの家臣赤鞘九人男のメンバーとして仕事をしてもらいたい。
カン十郎は静かに頷き、去る。
それでいい。カン十郎との別れに涙は必要ない。我々は主従として繋がる縁があるのだから。
俺は港で白ひげ海賊団と合流した。ワノ国出国までは一緒するという話だったのだ。
白ひげは今日も今日とて酒瓶を手に持って船員たちの作業を待っているようだった。
「お待たせしたであります、白ひげ殿」
「おう、涙の別れは済んだかよ」
「それはもう存分に。モビー殿の準備は?」
「もうすぐ出港できる。お前、次に行く場所のあては決まってんのか?」
「さぁ……自分はもうただの旅人でありますから、気ままに」
「そうかよ、まぁ海のどこかで会ったらまた宴でもやろうぜ」
親父ー! 準備完了だよい! というマルコの声が海岸に響く。
白ひげは腰を上げ、俺と共にモビーへ乗り込んだ。
海岸には人はいない。俺が別れは町中で終わらせてくれと頼んだからだ。
大勢に見送られる別れはなんだかこそばゆいから。
「さぁ野郎ども出港だ! 二度目の滝降りにビビってるやつはいねぇだろうなぁ!?」
「おおー!!」
白ひげの叫びと共に、モビーが海を進む。滝へと向かっていく。
俺は小さくなっていく九里城をじっと見つめていた。
原作をかなり壊してしまったけれど、俺がいる時点でこうなる運命だったのかもしれない。ワノ国はその先何十年かは平和を保つだろう。
何かあっても、おでんや赤鞘たちがなんとかしてくれるはずだ。
モモの助やヤマト、日和も、健やかに育ってくれると良いな。
明るい空色の中、破裂音が響く。
花火が、上がっていた。
俺の新たな旅路を祝福するかのように、華やかな火花が空を彩っている。
白ひげ海賊団はそれを歓声を上げて楽しんでいる。俺も、よく、よく見ようと目を細めた。
身体の芯に響く音と光は、覇王色のぶつかり合いにも似ていたけれど、これはそんな物騒なものじゃなくて、ただ俺を見送ってくれる証で。
少しだけ、視界が歪んだ。
ワノ国は大好きだ。
日本に似ている事抜きにしても、人々の誇り高い感性や、美味しい食事、華やかな町人文化。
ここ数年ですっかり愛着が湧いてしまっている。
こんなに良い国なのに、俺が留まるには不便すぎるという、なんてことだ。
俺は小さくワノ国へ手を振った。
それに振りかえすように、ワノ国特有の海の波が、ちゃぷんと、音を立てて揺れた。