こうして三日後、ついにロジャーの処刑の日がやってきた。
ローグタウンは来た時以上に人で賑わい、特に処刑場には大量の人間がおおわらわ。ぎっちり詰め込まれた人間たちはロジャーの登場を今か今かと待っている。
俺はそれを少し離れた人混みから眺めていた。流石に人が死ぬところを何か食べたりしながらは見れないので、手ぶらだ。この人混みに乗じたスリなんかには気をつけながら、ただその時をずっと待っている。
でも中には酒だの肉だの片手に眺めてる奴もいて、この世界でのメンタルの豪胆さを垣間見た。モブですら人の死で肉が食える世界なのだ。
まぁ処刑対象が海賊王ってのもあるだろうが。
既定の時刻になり、時計塔の鐘が鳴る。
海兵に連れてこられたロジャーの姿が見えた時、大衆は沸いた。記者が写真に収め、ペンを走らせる音が聞こえる。
海賊王にしては心許ない鎖に大人しく繋がれて、ロジャーは処刑台へ上がっていく。
コツ、コツ、とブーツの音が響くたび、誰かの息を飲む音が微かに響く。
海兵が断頭用のサーベルを両脇に構えた。
「これより、海賊王ゴールド・ロジャーの処刑を行う!!」
その言葉に沸いていた大衆がスッと静かになる。
あんなちゃちなサーベルで海賊王の首が取れるもんなのだろうか。それとも病で覇気まで弱っているのだろうか。
緊迫感が漂う広場に、カメラの音が響く。
ついに、ついにだ。と民衆が汗を垂らすところで、ロジャーが口を開いた。
「おれはこれから面白え時代が始まると思ってる」
「死刑囚!? 何を……!」
「大海賊時代だ! 海賊がこの世界を動かす。海には海賊船が絶えなくなるだろう」
「まさか……ONE PIECEが実在するのか!?」
さぁ、人々を海へ駆り立てろ。
「おれの財宝か? 欲しけりゃくれてやる……探せ! この世の全てをそこに置いてきた!!」
ド、とサーベルがロジャーの首に振り落とされた。生首が転がる。
最期の言葉は、しかしはっきり明朗に民衆に聞こえていた。
大海賊時代、財宝、この世の全て。
様々なものがその言葉を反芻していく。確かめる様に、ONE PIECEという伝説を自分の中で確かなものにするために。
海軍が落ち着かせようと散らばって鎮静を図っても、民の湧き上がった心は止まらなかった。
記者はビッグニュースに慄き、あるものはこれからの海の治安を不安視する。あるものはONE PIECEの存在に心躍らせ、あるものは興奮して叫んでいた。
処刑を見届けた俺は、そのまま広場を離れていく。
「大海賊時代が始まる……世界が、動いていく」
これから海には海賊が増え、弱肉強食の世界となり、より一層銃声と剣戟の音が飛ぶ世界となる。
ロジャーが残した財宝を求めて、海賊王という名声を求めて、圧倒的な力を求めて。
数多の馬鹿達が海へ出るのだ。
「あ〜、ついに原作が始まったんだなぁ……」
俺は、ついいつものあきつ丸口調を崩してそう呟いた。
ロジャーが死に、大海賊時代が始まる。それはコミックス第一巻でも描かれた場面だ。ここがワンピースの世界なのだと、より強烈に頭に刻まれた気がする。
なんだろ、やっぱあの有名なセリフを聞けたからだろうか?
人々を海へ駆り立てたセリフは迫力満点。ビリビリと威圧が伝わってきた。
さてさて、そんなこんなで重大任務(報酬の目処無し)を背負わされた俺だが、次やることを考えていた。
ロジャーの死に目には会えたし、しばらく東の海には用がなさそうだ。ルフィまだ産まれてねーし。
となると……と艦橋型スマホをいじると、そこそこ近い任務が表示される。
「オハラ……か」
バスターコールによって沈む、知識の島。
そこでニコ・ロビンは様々なものを失ってしまう。
オハラ全体を助けられるかは置いておいて、ロビンの脱出を手助けなりはできるだろう。
流石にバスターコールに俺が対応できるかと言われると……うん……。たしか大将候補も来てたはずだし……。
軍艦ならある程度沈められると思うが、バスターコールの規模って島が地図から消えるレベルなんだろ?
殲滅できても破壊速度に追いつけるかどうか……。
そもそもあれって軍艦が沈んだら逐一新しいのが投入されるシステムなんだろうか。そうなるとキリが無いんだが。
ポーネグリフ研究をやめろとは言えないし、やはり政府に知られる前にどこか別の島に引っ越してもらうのが吉か?
いやでもあの学者連中、簡単に島を離れてくれるだろうか。
うぐぬぬ……とアイスクリームもろくに食べていないのに頭が痛くなってくる。
幸いまだバスターコール事件まで数年あるので、そこで解決策を模索していければいいだろう。
なんか……パンダみたいなやつがやらかすんだよな? なんだっけ名前。わからん。
クザンってロビン逃すんだっけ? あれ、でも仲間を殺してた様な……ああもう、俺の原作知識もかなり偏ってきてるな。
「取り敢えず……がんばろ」
あきつ丸エミュもしっかりせねば。
この身体この声から男口調が漏れてんの違和感しかないからな。やはりあのあります口調じゃないとあきつ丸って感じがしないぜ。
あの海賊王に託されちまったからには、簡単に死ぬわけにもいかなくなったしな。
あれ? そういえばもう二十年以上こっちにいる? 前世超えた?
マジかよ俺人間より艦娘として生きた時間のが長くなったのか……のわりにまだ人間意識残ってんな。
混ざってるな〜とは思うんだけど、俺は明確に俺だし。意識しないと口調も素に戻るし。
相変わらず自分の意識がフラフラしてるぜ。
「オハラってどこでありましたっけ?」
オハラという島があるのは覚えているが、オハラがどの海にあるのかは覚えていない。
そこはまぁ、羅針盤さん回さないと。
でもこの羅針盤、最短距離かなんかで行かせようとするのか、凪の海とか通らせてる様な気が……? 海図無いからわからないが。
でも海王類襲ってきたことないし……まぁええか。
俺は目的地をオハラに設定して、港から海に出た。
船達もこれから起こるであろう海賊ブームに各々の反応を示している。
(ぼくらはこれからどうなってしまうのだろう)
(かいぞく、たくさん、でる?)
(おれの主人は海賊になるってよ!)
ローグタウンにはならず者も多いので、これから船を改造して海賊をやるものも出てくるだろう。
それが生き残れるかは別として、彼らは持ち主の意思に従うしかないのだから大変だ。
艦船のあきつ丸はどういう気持ちで戦争に参加していたのだろう。
混ざり掛けの精神ではわからないことだった。
今後どんどん精神が混ざっていって、最終的に艦娘のあきつ丸になったとして、俺の存在はどこへいくのだろう。
あきつ丸と俺の性格や思想は明確に違う。その変化に周りは理解を示してくれるだろうか。
そもそも奴隷やらきな臭い政府が存在する世界に完全なあきつ丸を生かせたくないから、やはりここは人間の精神である俺が耐えねばなるまい。
なによりあきつ丸には俺のアドバンテージであるワンピースの知識は、恐らくない。いやわからんが、無い気がする。
そんな彼女にこの大海賊時代の果てを見届けろというのは、ちょっと、酷じゃないか。
深海棲艦との終わりない戦いに身を投じている彼女を更なる戦いに引き出そうとは思わない。
混ざり掛けの今がちょうどいい。
まぁ、単純に俺の意識が消えるのが怖いっていう事情もあるが。
意識が消える時はどんな感覚なんだろうな、沈んでいくのと同じ感じなんだろうか。
溺死経験者からすると、あの感覚はもう二度と味わいたくないのだが。
「どうなるやら」
とにかく、今は目の前のオハラの問題に目を向けよう。
俺は羅針盤に従って、全速で進み出した。