オハラは一見すると穏やかな町であった。
案外人口も多く、ローグタウンほどでは無いが栄えている。
全知の樹を中心に、広がる平和な町。
数年後地図から消えるとは思うまい。
さて、俺はここに滞在することになるわけだが……現状野宿というわけにはいかない。
というわけで、手っ取り早く家を買った。小さい2DK。平屋だ。今までのお宝や稼いだ金の分で余裕で一括払いだった。
この世界では家を買うのに特に個人証明書など必要ないのが便利だと思う。流れ者でも金さえあれば家が買える。
冷蔵庫などの家電や家具も付いていて、しかし立地的に日当たりが悪いのかそこまで高くはなかった。別に日当たりは気にしないし、たいして住居にこだわりもないので適当に全知の樹に近くて安いところで即決した。
しかしこれからどうするか。
今すぐオハラの学者達に「バスターコールがかかるから逃げろ」なんて言っても信用されないだろう。というか最後の最後まで本を湖に避難させていた連中だ。逃げるという選択肢は無いに等しい。
しかしあの悲劇は朧げな原作知識の中でも悲劇として染み付いている。ロビンの過酷な人生を表すに等しい。
まぁまずは原作キャラと接触だな。
どうにかして信用を勝ち取って逃す方向にするか、事前になにか策を講じるか……。
ぶっちゃけ既にオルビアの船が出航しているから海軍側で情報操作とかは無理な気がしている。オルビアの船とか流石の羅針盤もどこにあるかわからんし。
まずニコ・ロビンを生きて脱出させることが最低条件として、それ以外に俺ができることって……ある……?
軍艦をなるたけ消すとか……どうにかして避難船に砲撃が行かない様にするとか……バスターコール中にしかできること、無くない……?
これで俺がポーネグリフ読めるようになったら良いのかもしれないが、はたしてできるだろうか。そもそもポーネグリフ研究の前に考古学で博士号取らないといけないわけで……。
無理では?
俺はあれだぞ、ぶっちゃけ歴史苦手だったぞ。艦これでも「あー、なんかソロモン諸島とか聞いたことあるわー」くらいで終わってたぞ。あきつ丸に関してはざっとwikiはみたけど、じゃあ戦争の時系列とか完璧に言えますかと言われたら完全にNOだ。
高校の世界史とかテストで60〜75くらいの微妙な点数を維持してたし、興味無いカテゴリになると平均点ギリギリだった。
そんな俺にあとたったの数年で考古学のエキスパートになれと? 無理無理無理。
部屋に引きこもってても仕方がないので外に出る。
人々の様子は、ロジャーが処刑されたばかりなので不安がる人もいたが、概ね日常を過ごしているようである。優しい緑の町に俺の真っ黒な服装はとても浮いた。一発で外からのものとわかるだろうな。
腰に物騒なものを下げてるのもあって、人混みでも俺と他人の間には一定の距離があった。
それに傷つくわけではないが、ここでは刀は仕舞っておいたほうがいいか。
「こら、ちゃんと使う時は使うでありますから」
不満げに秋茜がカタカタと鳴る。ロジャーの断首を見て昂っているのだろうか?
宥めて、背嚢に入れる。最後まで抵抗していたしこれは次使う時はご機嫌斜めかもな。
森と半ば一体化しているような町は空気がおいしい。ローグタウンは人の多さもあって綺麗とは言えなかった。
マイナスイオンを感じる町というのはこういう場所を言うのだろうな。
「あっちいけ! 妖怪女〜!」
ふと、子どもたちの喧騒が聞こえた。
黒い髪の女の子に、石をぶつけて罵る子どもが数名。穏やかではない。
「おやおや、喧嘩はいけないでありますよ」
「わっ! なんだ!?」
背後からぬっと出てみれば、生意気そうな顔をした男児が怯んだ。
俺は努めて優しく男児の手から次弾の石を取りあげる。
「これは人にぶつけるものではありません」
「ちげーよ! アイツ妖怪なんだ! 気味が悪い!」
「誰かに石をぶつけるより楽しいことがありましょう。ほらキャンディ」
「わー! やったー!」
はは、チョロいぜクソガキ。
某ペコちゃんの飴をあげれば、子どもたちは簡単に興味を無くして町に戻って行った。
子どもの懐柔のためだけに大袋徳用キャンディを買っておく余地はあるのである。
さて、黒い髪の女の子……ニコ・ロビンは石をぶつけられたせいで頭から血を流していた。
「ああ、怖がらないで」
俺が近づくと、ロビンは少し後ろに後ずさった。それを笑顔で宥めて、袖で流れた血を拭く。背嚢からガーゼを取り出し、軽く当てて固定する。簡単な応急処置だ。
「他に傷は?」
そう聞けば、ロビンはふるふると首を横に振った。その表情はひどく不思議そうである。
あまり他者に……オハラの学者以外に優しくされた経験が無いんだろうな。こんな子どもが一端の警戒心ってものを育ててしまっていることが俺の胸につきんと痛む。
「なら、良かったであります。貴女も、飴いるでありますか?」
そっと頭を撫でて、キャンディを渡す。
彼女の手には見るからに難しそうな本があり、脳に糖分は必須なことだろう。
レモン味のそれを、ロビンは少し迷って受け取った。
これは心を許されたというより、受け取っておいた方が穏便にすみそうだという計算からな気がした。
今はそれで良い。初対面から完全信用されたらそれはそれで心配になる。
「あ……ありがとう」
「! どういたしまして。自分、ここに来たばかりの旅人であります。あの全知の樹はすごいでありますな」
おお、お礼をちゃんと言える良い子だ。
俺は自然に話題を繋げる。やはり人間ある程度話した相手とは共感や友情心というものが芽生えるもの。
前世では割とコミュ障寄りだったが、今世ではガンガン行かせてもらうぜ……!
全知の樹を指差せば、ロビンの瞳が少し煌めいた。あそこは彼女にとって唯一の安息所のようなものだろう。
「その本も、全知の樹から?」
「は、はい……そうです」
「小さいのにそんな難しそうな本を読んで! すごいでありますなぁ」
会話のキャッチボールができているのは良いことだ。警戒はされているし側から見れば不審者に絡まれていると判断されても仕方ないかもしれないが、残念ながら彼女が不審者に絡まれてようと、助ける動きはこの町の誰も見せないのだ。
素直に本の表紙を見た感想を伝えると、ロビンは照れたように口をもじもじさせた。
俺の中の
「なんて本なのでありますか?」
「えっと……『海洋主義における造船技術とその歴史について増補版』」
「本当に凄いでありますな」
俺それ読んだら三秒で寝る自信あるよ。
ん? お前大学は何してたんだって? そんな前世のことどうでも良いじゃない。テキトーにモラトリアムを謳歌してたよ。
てか今のロビンって多分5〜6歳でしょ? その歳でもうそのレベルの本普通に読んでるの? 理解できるの?
天才ってすげぇんだな……。
俺が6歳の時はまだまだ絵本だったし、そこまで文系ではなかった俺は本よりも外で元気にケイドロしていた記憶しかない。
あの時代に親に読み聞かせられたり教科書以外の物語を摂取した記憶が本当にない。
蝉の抜け殻を教室の窓辺に日毎に並べていくという奇行をしたのはなんか覚えてる。
じわじわ増えていく蝉の抜け殻に女子がざわついていた。
そんなクソガキだった記憶しかない自分にとって、ロビンという少女はひどく大人っぽく……そして子どもとしての弱さを無理に捨てているように思えた。
無理矢理大人にならないといけなかった。と言うべきか。
幼少期に許されるべき甘えやポカを、彼女は許されていない。
こんな難しい単語まみれの本だって一人で読める。
絵本をもっと楽しむ時間があったって良いだろうに。
「全知の樹は図書館になっていて、どんな本でも無料で読めると聞いたであります」
「うん、あって……ます」
「お嬢さん、よければ自分に中を案内して貰えませんか? こんな難しい本を読める貴女なら、全知の樹の中でも選りすぐりの一冊を教えてくれそうであります」
「え、ええっと……」
おっと、流石に踏み込みすぎたか?
距離の詰め方が下手なのは前世から変わっていないのか?
ここでロビンに変に嫌われてしまうと最悪詰みなのだが。
ロビンは、本で顔を隠すと、おそるおそる、といった様子でこちらを上目遣いで見つめた。
黒曜石の瞳が俺を射抜く。
「わたしで……良いなら……」
「貴女が良いのでありますよ」
俺も同じく黒曜石の瞳を細めた。
これが俺とロビンの最初の出会いだった。