読書は難航していた。
序文は読み切った。序文だけで3ページもあるこの本。もう序じゃねぇだろ。
そして目次があり、本文に繋がるのだが……まず序文で判明した絶望的な案件をご紹介したい。
この本、同作者が出している「考古学基礎I」「考古学基礎II」「考古学基礎応用論」を読了済み前提の本であった。
絶望。
ロビン曰くこの一冊でも十分読めるらしいが、考古学のこの字も齧ってない俺が読むには難易度が高い。
そして大見出し3から「現代史学教育論」だとか「学び、あるいは世論から見た時代の転換期について」だとかの論文を批評批判するパートが入ってくるらしい。
当然俺はどれも読んでいない。
絶望その二。
つまり、これらのタイトルは考古学を語る上での当然の前提であって、まずはそれらを読んでないと話にならねぇよ。ということである。
さらにどれもパパッと読むには分厚いし難解だ。当然だ、それぞれしっかりと分厚いハードカバーに特殊装丁がなされた仕様で、作者は考古学の権威だったらしいし。
絶望その三。
この絶望スリーコンボを喰らい、俺はすでに心が折れそうだった。
もう漫画とアニメに甘やかされた俺の意識は活字を数千字読めば疲れてくる。しかしそのペースでは何十万字と紡がれたこの話を読み切ることはできない。
ええ〜なになに? 「昨今、考古学と歴史学の混同やアルカイオロギアー的信念に乏しい者による無理解な論調が強くなる中、編年や層位学的に没頭する我々考古学人は、あるいはニューアーケオロジーに酩酊する新規人というものは、やはりこの混迷とする考古学の世界に於いて一筋の希望といえよう」…………なんて?
急な専門用語やめてくれませんか?
なんか文中に大量の注釈ついてるし。え、これ全部読むの? マジで?
そしてこれをロビンは6歳で理解してんの? マジで??
いやまぁほら、後ろに案外文中に出てきた用語集みたいなものがついてねぇ〜。微塵もねぇ〜。代わりにすっごい大量の参考文献の欄があった。
既に大量の冷や汗が吹き出しているのだが、隣には本を読む俺の姿をじっと見ているロビンがいる。
純粋な瞳だ。まるでお気に入りの絵本を読んでもらっている子どもの様である。
しかしその本文は「昨今、考古学と歴史学の混同やアルカイオロギアー的信念に乏しい者による無理解な論調が強くなる中、編年や層位学に没頭する我々考古学人は、あるいはニューアーケオロジーに酩酊する新規人というものは、やはりこの混迷とする考古学の世界に於いて一筋の希望といえよう」なのだ。
おい誰か助けてくれよ。
読点が多いし接続語が多いんだよ。もっとワンピースのノベライズみたいな少年にも優しい文章で喋って。
改行したら死ぬのか? ってくらい文字ギッチギチに詰めんじゃん。
その注釈の量で一冊できるだろ。「○○とは□□の事である」のどっちも知らねー単語なんだわ。
親の仇か? ってくらい比喩使うじゃん。理解できなさすぎて遠いのか近いのかもわかんねぇよ、これが恋かな。
文句が大量に出てくるが、しかしここで「わかりません。読めません」と言えばロビンの真っ黒な瞳が更にドス黒くなること間違いなし。
読み進めなければならない。
「『考古学基礎II』でも言われてるんですが、この人の『歴史学と考古学の混同による論文の煩雑化』にはすごく同意できて、考古学の権威と呼ばれた人もそこに疑問を持ってたんだって嬉しくなったんです」
「へぇ……」
なんかそんなことを言ってるのね? この文は。
つまりどういうことだってばよ。考古学と歴史学の違いを知らねーよ。その時点でもう知識が違うんよ。
もうロビンのこと呼び捨てで呼べないよ。ロビン“さん”だよ。どんな知能してたらこれを年齢一桁で理解できるんだ。
もしかして俺って特別馬鹿だったのかな。
自分の知能に自信がなくなってきた。
とりあえず文字に視線を移そう。「特にこの世界に於いて海洋考古学及び水中考古学の躍進は目を見張るものであり、また戦跡考古学分野でも活躍するレキシーカ氏による『水溶性歴史論』はこれを読む歴史偏執家には是非とも推奨したい一冊である。レキシーカ氏によるアナーキーな視点からなるアンモグリフへのいっそ変態的な執念はやはり彼の盲目的なまでの歴史への愛好からくる結晶と言える」だそうです。
目が滑るよ。
またなんか知らない本出てきたし。アンモ……なんて?
注釈*(この場合のレキシーカ氏はレキシーカ・ナイダイでありレキシーカ・カイダイではない。彼の偉業は大見出し4で詳しく語ることとする)ってなんだよ。語らなくていいよ。誰だよ。
俺は目頭を押さえる。目が疲れた。歳かな。
これがまだ艦これWikiとかだったら真面目に読んでたんだけどさ、俺の大学分野って考古学とは一切掠ってないジャンルだったからマジで知識ゼロなわけ。
え? 普段着弾予測とか戦闘機管理やってるのにわかんないのかって? 馬鹿野郎あれは妖精さんの力が九割だよ。
これが船の歴史とかだったらまた興味があったが、ロビンにはごめんだけど考古学の根本的な考え方とかほんと未知。
なんっ……で俺はロビンちゃんの選んだ本が読みたいな♡ なんてやっちゃったの?
女児を口説く不審者としてお縄になっててもおかしくなかったぞ。この島の人がロビンをうっすら嫌っているからお縄にならなかったまである。
やはりコミュ障は生まれ変わっても治せないのか……?
俺はさ、俺なりに頑張ってるんだけどな。おでんみたいな実力見せつけりゃ良いやつは楽なんだけどなぁ〜!! 脳筋最高!!
しかしロビンが読んでいる俺の姿を楽しそうに見ている手前、本を閉じることなど言語道断。
あとで大量に甘いもん食べることを脳内メモして、俺はひたすらに文字を追っていく。
俺にとっては冷や汗ものだが、ロビンにとっては穏やかな時間だったのだろう。
気がつくと、ロビンは机に突っ伏して寝息を立てていた。俺は外套を毛布がわりにかけてあげ、また文字を追う。
しばらく読んでいると、流石にこの本が言いたいこともなんとなくだがわかってくる。
歴史学と考古学の違いは知らないが、なんかその混同に怒っていて、改めて論文の精査と学会の規定を見直し、考古学に邁進しようみたいなこと? が? 書かれているような?
で、その混同混迷した論文を批判し、また作者が真に考古学と歴史学それぞれの独立と協力を築いていると考えている論文をお勧めする。多分そんな流れだと思う。たぶん。
ロビンの言う「わかりやすい」かどうかは首を傾げるが、考古学の考え方の一つとしてはしっかりした主張なのではないだろうか。
奥付を確認したら、作者は百年以上前の人間らしい。この世界の人間の寿命わりとバグってるからまだ生きてるかもしれない。
ドクターくれはは何歳だったっけ?
しかし話の流れはなんとなく掴めたとはいえ、多くの論文や学術書を読んだ前提として書かれている部分は難解だしなんのこっちゃと言う感じである。あまりに多いのでクローバーにメモと鉛筆を借りて羅列してみた。
まだ三分の一も読んでないのにタイトルの数が10を超えている。
恐らくだがロビンはこの本に出てくるタイトル全部読んだんだろうな。と勘だがわかった。
このくらいの歳なら友達と人形遊びしたり外でかけっこしたり色々遊ぶことがあっただろうに、孤独なこの子はひたすら自分の知識を貯め込んでいる。
それが8歳で博士号取得という名誉に繋がれど、どこか虚しさは抜けない気がした。
俺は同年代の友達にはなれない。駆逐艦や海防艦だったらまた違っていたかもな。
暖かな日差しにこっそり欠伸をして、俺は古びた本のページを撫でる。
全知の樹は紙とインクの匂いがする。