あきつ丸(仮)が往く!大海賊時代特殊任務!   作:月日は花客

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58:あきつ丸、勉強スル!

 

 俺は一週間で『考古学の必要性〜多様な歴史文化とその背景概論〜』を読破した。

 おい、讃えろ。

 ノートと鉛筆を右手に、左手に「考古学用語辞典(八版)」を携え、オハラに通い貸出カードをゲットしてからは徹夜で読んだ。

 この身体が三徹くらいならコンディションに影響が出ない艦娘クオリティで助かった。

 とにかく読みながらノートに登場した論文や本のタイトルをメモし、辞典でわからない用語を検索した。頻出する表現もノートにまとめ、俺なりに暗号を解読するような気持ちで何度もページをめくった。

 夜はカンテラの明かりを頼りにひたすら文字を追い、論文を読んでないと話にならないパートは一旦諦めて読み飛ばした。

 それによって、この分厚い学問を語ったハードカバーを倒すに至ったのである。

 一週間もかかってしまった。先が思いやられる……。

 

 なによりMVPは辞典だ。ネットで用語集なんかを検索したりPDFにまとめられないこの世界では、記録は基本、本となる。なら、考古学に関する用語辞典のようなものがあるかもしれないとダメ元でクローバーに聞いてみたところ、ちゃんとあった。

 これがあったから俺は挫折せずに難敵を倒す事ができたといえよう。

 辞典の中身を完全に覚えたわけじゃないので、まだまだお世話になりそうだ。

 

 ロビンに読み切った事を伝えると、それはもう喜ばれた。感想を求められたので、夜通し考えてきた俺なりに考えて理解しようとした解釈を伝えた。

 一応納得できる答えを出せたのか、ロビンはニコニコと嬉しそうに頷く。俺が一週間かかってなんとかこの本の一端を掴んでいるというのに、この子は俺よりも幼いのにそれより早く理解し他の文献を漁り始めた。

 天才って言葉で簡単に括っていいものじゃないのかもしれないが、ロビンは天才だ。

 

 一応、この学術書の中に出てきたタイトルの中にはユニークなものもあり、それに俺は少し興味を惹かれていた。

 大見出し4で語られた「水溶性歴史論」は沈んだ船に対するアプローチもしていたらしい。やはり船に関することのような引っ掛かりがあると手に取りやすくなる。

 あと、これまた辞典くんのおかげなのだが、いわゆる「名著」「権威」とされている本や人物は辞典の中で簡単にまとめられていたのである。

 この本はどういう事を説いて、どういう部分が革新的だったのか。

 この人物はどういう思想をもって、どの分野で活躍したのか。

 そういう事が数行にだがきっちりまとめられており、概要を知っているという点で読む勇気というものに力を貸してくれた。

 少しでも輪郭が掴めているなら読書のハードルはグッと下がる。

 

 俺は久々に……ほんと久々に勉強らしい勉強をしていた。こんな本気になったのは受験以来だろうか。でも受験も推薦取れてたからそこそこ楽だったんだよな。めっちゃレベルの高い大学行きたい! みたいな向上心は無かったし。

 Fランでは無かったと思うが、まぁそこそこだ。模試は惰性で受けていたし、塾は行っていなかった。

 テスト前にはそこそこ勉強していたけれど、まぁ課題が終わったら最低いいか。というゆるいライン。

 正直前世含めて今一番勉強に真っ向から立ち向かっているかもしれない。

 知識を得ることは嫌いじゃない。動画サイトで雑学動画なんかを観るのは好きだったし、厨二病を拗らせていた時期に太宰治の人間失格だとか、夢野久作の瓶詰地獄を開いてみたりもした。

 勉強が嫌いなのではなく、単純に優先順位が低かったのだ。世の中には娯楽が多すぎた。

 だから、俺は燃料にかなり余裕があるのも相まってしばらくは全知の樹と家を往復し、ひたすら本を読んだ。

 こういう時この世界にシャーペンが無いのが不便だ。鉛筆はいちいち削らないといけないのが面倒である。

 鉛筆削り用の小刀を使うたびに秋茜が「浮気か……?」と鍔を鳴らすのも気まずかった。背嚢にしまってあるのになんで音が聞こえるんだ。

 子ども用に買ったはずのキャンディを味わうことなく噛み砕きながら、俺は深夜ひたすら本と向き合っていた。

 感想を伝えたときの、ロビンのあの嬉しそうな表情が忘れられなかった。

 気になったタイトルをいくつか挙げれば、彼女は本棚にすっ飛んでいってすぐにその本を机に積み上げた。

 順調に懐かれている……? のだろうが、その視線にはなんだか過剰な期待と尊敬が込められている気がした。

 俺はいまだに彼女に己が無知であると伝えられずにいたのだ。

 

 こればっかりはプライドとかではなく、単純な……期待を裏切るのが怖いという気持ちだった。

 彼女が向けてくる尊敬の眼差しは何か致命的な勘違いを孕んでいるだろうが、それを否定してロビンの関心が俺から薄れるのは、あるいはマイナスになってしまうのが怖い。

 結果的に騙すような形になってしまっているが、まだギリギリ尻尾は見えていないと思われる。

 俺にできることは、この積み上げられた本たちを地道に消化していくしか無い。

 

 ある日、流石に長時間座っていると身体が凝り固まるので、休憩とお昼ご飯ついでに外に出ていた。

 手頃な屋台で小腹を満たし、町をふらついていると、女性の金切り声が耳をつんざいた。

 

「どーしてアンタはこんな事もできないの!?」

 

 キンキンと頭に響く声で女性はなにかを捲し立てていた。怒りすぎてもはや言語として聞こえづらい。

 何が起きているのか、と近づいてみれば、ロビンが女性に殴られていた。

 

「洗濯物を取り込んで! 掃除して! 皿洗いをする! それが居候のアンタを置いてやる最低限の義理だと言っただろう! なのにこんなくだらない本にかまけて疎かにするなんて、この穀潰し!!」

「うっ……!」

 

 ロビンの腹を女性が蹴り上げる。

 それに一瞬覇気が漏れそうになるが、ここで騒ぎを起こしてはいけないとなんとか踏みとどまった。

 俺は数度深呼吸をして冷静さを取り戻し、ロビンを庇うように女性の前へ立ちはだかった。

 

「なんだいアンタ! 邪魔をしないでおくれ!」

「子どもに手をあげるのは感心しないのであります。叱るにしても、やり過ぎでは」

「うるさい! 部外者のアンタが何がわかるって言うんだい、アタシはこんな気味の悪い子さっさと出て行って欲しいって言うのに!」

「……出て行って欲しい、のですね?」

 

 俺は軍帽から少し眼光を鋭くして女性を見た。恐らくだがこの人がロビンを一応養っていたおばさんだ。

 居候であるロビンをひどく嫌っていて、奴隷のようにこき使っていた記憶がある。

 この行き過ぎた折檻もその一環ということか。

 

「なら……自分が彼女を引き取る、と言ったら?」

「はぁ?」

「自分は彼女と面識がありまして……。もし貴女が彼女を“邪魔”だと思うなら、自分がこの子の居候先に変わるであります」

 

 女性からすると、それは使い勝手は悪いが従順な奴隷を一人失う事かもしれない。しかし家族に割って入る邪魔者を簡単に処理してしまえる方法でもあった。

 労働力と、家族の団欒と金。天秤はどちらに傾くか。

 

「アンタ、その子がどんな子かわかってるのかい? とんだ妖怪女だ、あとから『やっぱり無理でした』なんて言っても聞かないよ」

「生憎とそんな予定は無いでありますな」

「……フン! ならソイツを連れてさっさとどっかに行っちまいな! 顔も見たくないよ」

「そうですか。では」

 

 俺は倒れたままのロビンを姫抱きにし、投げ飛ばされた本を持って自宅へ向かった。

 日当たりは悪いが格安で買った2DK。建物に囲まれた路地を少し曲がれば辿り着く簡素な室内。

 そこにある妖精さんベッドよりは寝心地が悪いが、ボロボロではないベッドにロビンを寝かせる。水道からタオルを濡らし、蹴られて転がった時にできた擦り傷を拭く。絆創膏を貼り付け、後はそのまま寝かせておいた。

 気絶しているわけではないが、あまりに突然のことに反応が追いついていないのだろう。

 強制的に俺と同居に舵を切ってしまったことは後で謝ろう。しかしあそこにいてもロビンはいい事が無かったように思える。本を読む時間を家事に圧迫され、せっかくの才能を潰されている。

 親戚でもない旅人と同居。しかも承諾無しの強制スタートは気の毒だ。懐かれているとしても一緒に暮らせるかは別だろうに。

 まぁ幸運にもこの家は部屋が二つあるのだから、完全に生活圏を分けたっていい。

 

 俺はいまだに黙ったままのロビンを背後に、図書館から借りた「水溶性歴史論」の続きを読み始めた。

 これはいちいち表現が官能的というか、あ、本当にこの学問を変態的に愛している人が書いたんだな。とわかるユニークな言い回しが多く、考古学の知識より国語力の方が試されている気がする。

 しかしその分文章としてはとっつきやすく壁を感じないので、ロビンに勧められたやつよりは少なくとも早く読み終わりそうだ。

 そこまで分厚くないというのも良い。

 まぁそれで辞典くん取り上げられたら困るのだが……。

 カリカリとペンを走らせながら文字を追従する。

 やがて微かに聞こえ出した泣き声は、気づかないふりをした方がいいのだろうか。

 日当たりの悪い部屋は、薄暗いままに外の穏やかな日常から隔離していた。









オハラ編長くなりそう。主に日常シーンが。
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