「どうせなら花の都観光もしたいでありますな」
無事に刀をゲット(少しやんちゃだが)した俺は、九里から都に向かって歩いていた。
平和なワノ国を見てみたいってのと、美味しい日本食を食べたいという気持ちで。
艦娘の基本動力源は燃料だが、人の食べ物も普通に食べられる。あきつ丸は大食いではないので量は食えないが……まぁ少女の身体だから胃袋の容量が無いのは仕方ない。
艦これというのは、ゲーム内で語られる設定が少なく、スピンオフ作品でも設定の統一性が薄い。
二次創作でも様々な派閥があり、特に艦娘という存在がどういう仕組みで成り立っているのかというのは作者の思想が出るところだった。
徴兵によって人間の女の子が艤装を背負っている? 深海棲艦を浄化して艦艇の記憶を取り戻させている? 本当に鋼鉄やボーキサイトから造り出している?
おそらくだが、今の俺は最後だ。
身体は人の体温こそあれ銃弾を弾き、砲撃の反動すら抑える。鉄くらいなら軽く曲げられる膂力に、尽きない体力。
燃料さえあれば栄養失調にもならないし、桁外れの身体能力は明らかに少女の体に宿っていいものじゃない。
何故か海を歩けるし、妖精さんの意思を知覚できる。艤装を扱える。
メンタルが艦船寄りになっているのも、身体が人より船に近いからではないだろうか。精神は身体に依存するというやつだ。
原作の艦娘がどういうものを想定しているのかはわからないが、今の俺は人外寄りの設定に準拠していると考えられる。
だから、ちょっと走れば九里から花の都まであっという間に着いてしまう。
日こそ傾いているが、常人の倍のスピードで都入りできたのではないだろうか。
黄昏時、そろそろ子どもは家に帰り、大人が酒を交わしたり賭場で賑わう時間になってくる。
並んだ家屋には灯りが灯り始め、屋台が提灯を出し始めていた。
転生初日でワノ国に来ることになるとは思わなかった。なんなら万国にも寄ってるし。転生早々イベントが多すぎるだろ。
グランドラインに「進水」した以上何処かしらで行くことになるとは思っていたが、ここまで早いとは。
まだワノ国がカイドウとオロチの手に堕ちてなくて良かった。もしその後だったら俺は四皇ふたりの海域に挟まれるとかいうクソ初動になっていた。
さて、俺は今日ドーナツと汁粉しか食ってないので、なにかしょっぱいものが食べたい。
飛徹との打ち合いで運動したため胃の容量にも余裕がありそうだし、少し豪華な夕食を楽しみたいものだ。
店内で食べてもいいし、屋台で買い食いしてもいい。ワンピースグルメは大抵美味いと相場が決まっている。
サンジの作る料理も食べてみたいよな〜、まぁ流石に関われないか。バラティエ時代ならともかく麦わらの一味に入ったら会う機会が無くなりそうだ。
「蕎麦……天ぷら……寿司……。迷うでありますなぁ」
ブラブラと陽が落ちた都を歩きつつ、俺はあちこちから香る美味しそうな匂いに涎を抑えていた。
この世界にはデジタルゲームもネットも無いし、本も貴重品。つまり、娯楽が食くらいしかない。
スマホに溺れた若者には物足りないのである。
うどん、お味噌汁、鍋……様々な店が客を取り合うように店頭でいい匂いを漂わせている。まるで蜜に集まる蝶のように町人たちが店内に吸い込まれている。
俺は迷いつつ、歩を進める。
路地に入り、屋台を素通りし、薄暗い、ある程度開けた場所で止まった。
「……何の用でありますか?」
チャキ、と刀に手を添える。
背後と進行方向から、数人の男が姿を現した。皆腰に刀を佩き、雑に着た着物からはでっぷりと太った腹が見える。その表情は卑しげに笑っていた。
「嬢ちゃん、よそモンだろ? ちょっとおれたちと遊ぼうや」
「生憎、そんな暇は無いのでありますな」
「悪いようにゃしねぇよ、いいモン持ってるしなぁ」
男たちの視線が俺の胸に寄せられる。不快だ。自認性別的には男が強い俺だが、不躾な視線をぶつけられて何も思わないほど寛容ではない。
しかし俺は相手の言う通り余所者。ここで相手を叩っ斬った場合、要らぬトラブルに発展する可能性がある。
カタカタと「斬りたい!」と伝えてくる秋茜を抑え、俺はこの状況をどう打開するか思案していた。
「花街の花魁にも負けねぇ上物だ。お前ら、順番だぞ」
「へへっ、優しくしてやるからな……」
「……大和魂を忘れた小物が、触れていい存在では無いのでありますな」
身体はあきつ丸なのだ。彼女が男にいいようにされている姿は見たくない。というか、俺が許さん。
斬撃の代わりに極寒の視線を返せば、男たちは縄やら刀やらをそれぞれ構えだす。
ああもう、なんでこう厄介ごとに巻き込まれるかな……!
「しょうがない、痛い目を見ても──」
「あ、ちょいと御免!」
「ぎゃあああああ!?」
鯉口を切ろうとしたその時だった。
空から降ってきた男によって、目の前にいた男が斬り捨てられたのである。
一瞬の出来事で、瞬きの間に4人ほどいた男たちが皆刀傷を負って倒れていた。
それは確実に今眼前に立っている男の仕業で、その二刀流と特徴的な髪型にははっきりと覚えがあった。
「な、なんだぁ!?」
「こ、光月おでんだ! あの荒くれ息子だ!」
「なんでってぇこんな路地に!」
男たちが慌てて逃げようとする。俺は今度こそ抜刀し、横薙ぎに一閃する。
秋茜はやる気じゅうぶんだったようで、それだけで残りの5人も背中を斬られ倒れ込んだ。
「見事!」
「そちらこそ、助かったであります。光月おでん殿」
血振りをし、納刀したところで話しかけられた。おでんも既に刀はしまっていて、こちらをどうこうするつもりはないようだ。
助けられた、と考えていいのだろうか。
「なに、女が嬲られるのを良しとする男はいまい」
「ふ、此奴らは男以下の存在と言うわけでありますな。御礼に酒でも奢るでありますよ」
「そりゃ良い! なぁ、その刀、なかなかの業物だろう。おれの閻魔に匹敵する」
「如何にも。妖刀『秋茜』……まぁ、これを貰ったのは今日で、まだ刀に引っ張られている未熟者でありますがな」
「そうかぁ? 随分と手慣れているように見えたが」
飛徹曰く「懐かれている」らしいので、俺の実力ではなく秋茜が張り切ってくれているのだろう。刀の扱いはあきつ丸の記憶からなんとか引っ張ってきている。正直、ミホークあたりにはお粗末だと笑われるんじゃないだろうか。
いや、あれは笑わないか。
「自分は夕食がまだなのでありますが……おでん殿はなにか食べたいものがありますか?」
「そりゃ、おれはおでんが大好物だからな! 良い店を知ってるんだ、行こう!」
大口を開けて笑う姿に、さっきの男たちのような下世話な思考は感じられない。ハーレムを作ったりしていたおでんだが、今は単純に酒を奢られることに喜んでいるようだ。
俺としても、正直「女性」を求められるのは困るから助かる。メンタルは男なのだ。
「その刀は何処で手に入れたんだ?」
「飛徹という刀鍛冶から貰い受けたであります。なんでも、問題児だそうで」
おでんは美味だ。ホクホクと大根や巾着餅、練り物を口に運んでいく。からしは必須だ。
光月のほうのおでんは、それこそアツアツの卵やらこんにゃくやらを、口の中が大火傷を負いそうなくらいの速度で食べている。
それと同時に大吟醸を喉に流し込み、またガンモドキや白滝を食べる。
その食いっぷりは気持ちいいほどで、店主はなにやら頷きながらおかわりをよそっていた。
俺はひととおり具材を一個ずつ食べて、満腹である。特に出汁の染みた大根が美味かった。箸を入れればほろりと崩れ、口の中で蕩けるような柔らかさ。からしの刺激が優しい根菜の甘さと交わって、うん、極上。
おでんの食いっぷりを眺めつつ、美人な看板娘さんにお酌される。店としても外の人間……しかも少女一人というのは珍しいらしく、なにかとサービスしてくれた。
あきつ丸の顔がいいのもあるだろう。そうだそうだ、あきつ丸は美少女なんだよ。
「良い飲みっぷりでありますな、おでん殿」
「そっちこそ、なかなかイケる口じゃねぇか! この店のおでんは美味いだろう!」
「堪能させていただいたであります。酒も、なかなか味わい深い」
前世では缶チューハイやらビールが多かったので、米の酒……日本酒はなかなか新鮮だ。艦娘の身体はアルコールにも強いのか、それともこのあきつ丸の身体が特別強いのか、結構ハイスピードで飲んでいるにも関わらず全く酔わない。
中には飲み比べを挑んでくる他の客もいるくらいで、店の中はすっかり宴会場に変わってしまった。
銚子を傾けつつ、その晩はどんちゃん騒ぎの宴を楽しみ、店の人に紹介された宿に泊まって日を終えた。
奢った酒代は、なかなか財布に痛かった。