「自分のことを、少し話すであります」
俺の胸の中で泣きじゃくるロビンを撫でながら、俺はゆっくりと声を吐き出した。
どうやら軽い臨死体験のようなものをしたせいで、ロビンにはずいぶん心配をかけたみたいだ。服はいつの間にか病院着に変わっているし、恐らくあの後病院に運ばれたのだろう。俺の身体は人間と違うから、匙を投げられて自宅に安置されたと考えるべきか。
俺の身体は深海みたいに冷たく冷えていた。いつもは少し低いが人間並の温度があるはずなので、ロビンは肝が冷えただろう。この温度は俺にとっては深海の温度だが、人にとっては死体の温度だ。
流石にロビンも俺の身体が普通じゃないことは察しただろう。
「自分は、人間ではないであります」
ロビンの息が止まるのを布越しに感じた。
「正式名称、『艦娘』。人よりも船に近く、燃料で動き鉄で修復される、唯一の種族」
「かん、むす……」
「どうやら、ロビン殿を助ける時に深く潜りすぎたようであります。自分、潜水艦ではない故、沈んだと身体が勘違いしたようでありますな」
前世の死因に近いシチュエーションだったのもよくなかった。より死をイメージしてしまう。
今回は艦船のあきつ丸が呼び出してくれたから間違いに気づけたが、最悪目覚めないルートもあったかもな。
ロビンがぎゅっと服を掴む。
「ああ、ロビン殿を責めているわけではないであります。無事で良かった」
「ごめんなさい、あんなところで本を読んでたわたしが悪かったの」
「謝らなくていいでありますよ。ロビン殿が無事ならそれで良かったのであります」
最悪あれで沈んでたとしても、応急修理女神が起動してた可能性もある。俺はこれがある限り命に残機があるようなものなので、多少無茶ができるのだ。
なによりロビンが死ななくてよかった。彼女の命は一つしかない。
その気持ちを伝えれば、ロビンの表情が複雑そうに曇った。
「……あきつ丸さんが無事じゃなかったら、何の意味もないよ」
「あー、申し訳ないであります。……落ち着いたでありますか?」
ムッとしたロビンに謝りつつ、その背中を撫でる。さっきまで大声を出して泣いていたから、疲れただろう。
ロビンはこくりと頷いた。それに俺も頷き、ロビンを抱き上げて立ち上がる。ロビンが何某か叫んだが、体温が戻ってこないから調節しなければ。
キッチンでコーヒーを淹れて、熱々のそれをグイッと飲み干せば、ほんの少し指や足先に温度が戻ってきたような気がした。
もう一杯コーヒーを淹れて、ロビン用にココアも淹れる。
そしてダイニングへ戻ってくれば、ロビンはすでに席に着いていた。
「どうぞ」
「ありがとう……ねぇ、どうしてこの島に来たの」
一瞬、その質問の要領を得なかった。数秒、黙り、ロビンが俺の目的は全知の樹ではない事に辿り着いたのだと気づく。聡い子だ。まったく。
俺は口の中のコーヒーの苦味を転がしつつ、どう説明するか、と頭の中でプロットを組み立てた。隠し通すのは難しい気がする。
「──ロビン殿は、博士号を取りたいんでしたな」
「? うん」
「なぜ、博士号を取りたいんです?」
ヒュ、とココアを飲み損ねたロビンの息が鳴った。表情にすぐ出るところはまだ子どもだ。それでは何か隠しているのがすぐわかってしまう。
ロビンは視線を右往左往させながら、あ、とかええと、とかを口端から溢している。
「歴史の本文」
「……ッ!?」
「この島に、あるんでしょう」
俺はそれに構わず切り込んだ。ロビンがココアを机に置く。
俺はコーヒーによって人間の体温を取り戻していく身体を確認しながら、話を続けた。
「それを全知の樹にいる学者たちは研究している。それが、禁忌とわかっていても」
「どうして、それを……」
「ここから先はまだ信じなくてもいいでありますが」
子どもには酷な事実だが、ロビンは俺がここに来た理由を聞いているのだ。
別にまだ妄言と切り捨てられてもいい。元々こんな早く言うつもりは無かった。
「そのポーネグリフ研究が災いして、オハラは滅ぶ」
「は……!?」
「政府によって地図から消えるのであります。このオハラは、将来。自分はその被害を少しでも抑えようとここに来た」
手を握ったり戻したりを繰り返せば、もうだいぶ人らしい血色と体温に戻っていた。まだ芯のほうが冷えている気がするが、自分の心臓に手を突っ込める輩はいまい。
ロビンは、まだ俺の言ったことが完全に受け止められていないようだった。まぁ当然だが。
しかし頭の良いロビンならすぐわかるだろう、ポーネグリフの禁忌と政府の陰謀が線で結ばれる。
俺は黙ってそれを待っていた。
「……なんで、そんなこと、わかるの」
「グランドラインの方には、特殊な力……覇気という存在があるであります。それを、極限まで鍛えると、ひとは未来が見える」
見聞色のせいにしておくのは便利だ。原作知識チートをうまく誤魔化すことができる。
ロビンが覇気の存在を知っているかは知らないが、グランドラインという常識が通用しない世界の話を下手に嘘だとも言えないだろう。
「見たの。オハラが滅びる未来を」
「見たであります。考古学の悲惨な末路を」
ロビンは自分の心を落ち着かせるようにココアを一口飲んだ。
俺は最早体温を取り戻すためという仕事を終えたコーヒーを、ちびちび飲んでいる。
自分の故郷が滅ぶなど、齢一桁の子どもに伝えるべきことではない。
しかし目の前にいるのは博士号を目指しポーネグリフ研究を求める一介の学者でもある。
「……どうして、放っておかないの? ただの旅人のあなたにとってここが滅んでもなんの関係もないはずだった」
「…………」
俺はそれにすぐ返事をすることができなかった。
俺が今まで原作キャラを助けてきたのは、最初は任務のためだった。しかしこうして長くこの世界で生きてみると、彼らはキャラクターではなく一人の人間として今を生きている。
そんな彼らの未来を知っているなら、救えるところは救いたいと思った。
とんだ救世主気取りのセリフだが、まぁ、簡単に言うなら原作で好きになった時点で俺は絆されているのだ。相手が自分を知らなくても、自分が知っているならそれでいい。少しでも暗いところから連れ出せるなら気づかれなくても手を引いていく。
俺ができることは限られているし、馬鹿だからもっと上手いやり方もあるんだろうけど、目の前にできることがあるならやってみる。
世界線を間違えた俺がこの世界で生きる意味はそう言うことなのかもしれない。
「目の前の」
そんな事を考えつつ、俺はなんとかそういう思考をロビンに上手く伝えようと脳みそをこねくり回す。
「歴史に消されそうになっている命を、自分は放っておくことができなかったのでありますな」
「……そっか」
「禁忌であれ、命を奪っていい理由にはならない。あれは……うん、非道であります。本当」
バスターコール自体政府の暴挙として非難されてもいい。軍が島を破壊するボタンを気軽に一個人に任せるのは如何なものか。
海軍としてもやり口に反対する者はサウロなりクザンなりいるだろうに、世界政府くんさぁ……。
俺は頭を抱えた。本を、図書館を燃やすと言うのは人によっては本気で耐えられない人もいたのではなかろうか。
知識の源を消し飛ばすと言うのは理性ある人間としての行いから最も離れているのでは。
そしてロビンがこの事を知っても未だこの島が詰んでいることには変わりないのだ。
もうこれを機に全知の樹学者メンバーにもバスターコールの有無を伝えようか。信じる信じないは別として政府への警戒心くらいは強くできるだろう。
「あきつ丸さん、わたしに、できることってある?」
「え?」
「オハラを救えるなら、わたしも何だってする。ポーネグリフだって読めるようになる」
「……」
ロビンは任せて、と胸を張っていた。
「まずは、博士号を取るところから、でありますな」
「うん、がんばるね」
ロビンに張られていた薄い膜のような壁が、とっぱらわれた気がした。
俺はその事に薄く微笑む。
彼女の笑顔のためなら、軍艦だって沈められるだろう。