みなさんも季節の変わり目にはご自愛くださいね。
ロビンにバトンタッチし、俺は黙って気絶したフリを続ける。
俺は読書スペースの椅子を簡易ベッドにして寝かされ、視界情報は頼りにできない。聴覚をフル活用して、俺は聞き耳を立てていた。
「ロビン……何故ポーネグリフのことを話した」
「あの人なら、信用できると思ったの……」
「しかしそれによって彼女は危険に晒されるかもしれなかったんじゃぞ!」
「ごめんなさい……でも、見聞色の覇気? でオハラの未来がわかったのよ。今はそれについて考えなくちゃ」
「しかし……未来がみえる、なんて本当なんですか、ロム氏」
学者の一人が、覇気を知っていた学者に問いかける。ロムと呼ばれた男は本を見せたのか、紙の音が聞こえた。
「グランドラインでは覇気を習得してようやく強者としての第一歩を踏み出せるなんて言われているらしい。おれは習得していないからわからないが、あきつ丸嬢がグランドラインから来たのなら、可能性は高い」
「オハラの滅亡……それは我々の研究の死を意味する」
「クローバー博士……どうします? 信じますか」
「信じずに崩壊を待つ方が愚かじゃろう」
そのやりとりに俺はこっそりと息を吐いた。一応は、信じてくれたようだ。
覇気について知っている学者がいたのも幸いしたな。流石全知の樹だ。
しかし、そこからの話し合いは雲行きが悪くなっていく。
「オハラにバスターコールがかかるとしても、自分はここに留まりますよ。自分はここに研究者として骨を埋めると決めたんだ」
「馬鹿な、ポーネグリフは写しを作れば別の場所でも研究はできる! ここは逃げた方が賢い選択のはずだ」
「全知の樹を見捨てると!? この図書館にどれだけの価値があるかわかっていないのか!?」
学者達は「逃げる」か「逃げない」かで二分されたようだった。
逃げない派の言い分は、全知の樹を置き去りにできないこと。研究者として、長年拠点としてきたここに骨を埋めたいこと。最後まで政府に抗って死にたいこと。
逃げる派はポーネグリフの研究が最優先で、拠点を移してでも世界の真理を見届けたいこと。単純に死にたくないこと。研究を続けることこそ政府への反抗になること。
まぁどちらも理解はできる。
しかしロビンの味方である俺としては、全員が「逃げる」方向に舵を切って貰いたいのだが……。
論戦は激化していく。
「全知の樹はこの島最大の価値だ! それを簡単に切り捨てるっていうのか!?」
「それ以上に命は大切だろう! ポーネグリフ研究をここで途絶えさせてはいけない!!」
クローバー博士はただ黙って学者達の言い争いを眺めていた。彼がどちらにつくかでバランスは大きく崩れる。
ロビンは心配気にこちらをちらちらと見ているようだ。視線が刺さる。
別に演技だから頭痛も何もないのだが、この論争には頭が別の意味で痛くなってきた。
このまま派閥が別れてそのまま時間だけが経ってしまうというのは拙い。
ロビンとクローバーがどう動くかがわからなくなる。
「政府のことだ、どうせ逃げても追いかけられて殺されるぞ!」
「それでも時間稼ぎはできる!」
「この本の山を、知識を、守って死にたいんだ!」
「それで世界の真実を見られなくなったらどうするんだ!」
意見が飛び交い、もはやディスカッションではなく口論になってきた。
全知の樹に固執したり、政府の追手を心配する派閥の言い分も、ポーネグリフによる研究を第一とする派閥の言い分もわかる。
俺としてはロビンがどちら側につくかがわからないのが怖い。
「ポーネグリフの研究って……そんなに、悪いことなの」
「ああ……文字通り世界が敵になる。政府に追われ続け、いつ消されるかわからない。そんな茨の道だ。ロビン、お願いだからポーネグリフの研究に興味を持つのはやめてくれ……お前はまだ子どもじゃ」
「…………っ」
ロビンの悔しそうな気配が見える。
彼女は聡い。大人より大人な思考をすることもある。だから、年齢を引き合いに出されても納得できないのだろう。
自分はもう十分大人だ。
そう考えてしまって、理解の邪魔をする。
「逃げるのはダメなの? 船に全知の樹の本を積んで、遠くに逃げるのは」
「無理だ。この全知の樹にどれだけの冊数が収蔵されていると思っている? 本の重さで船が沈むぞ」
「せ、せめて価値の高い本だけでも」
「この図書館にある本はすべて尊いものだ。価値なんてつけられない」
ロビンがなんとか説得しようとするも、全て叩き落とされてしまう。おのれ、大人気ないぞ。
しかし全知の樹はそれだけ学者達にとって重要で、そして大切なものなのだろう。
ロビンは今のところ逃げる派のようだ。まぁこの島のために命を張る覚悟ガンギマリ学者になるよりはマシだ。そうなるともう気絶させてさっさとオハラを離れるしかなくなるからな。
「逃げたい奴は逃げればいい! おれはオハラから一歩も動かんぞ!」
「そんな強情な……お前だってポーネグリフ研究に熱心だったじゃないか!」
「そのために全知の樹を見捨てるっていうなら、おれは死んでもここから動かん! 政府なんざ糞食らえだ!」
過激派の意見が出始める。この議題はこの1日で終わるものじゃないだろう。
クローバーが手を叩き、学者達を一度黙らせた。
「急いで今結論を出す必要はない。重要なのは、そう遠くないうちにここでの研究がバレ、オハラにバスターコールがかかること。各々意見や主張はあるだろうが、今は一度冷静になるのじゃ。大声を出しては寝ているあきつ丸の負担にもなる」
「う……」
クローバーの一声により、学者達は少し頭が冷えたようだ。しかし議題は解決していない。
残るか、残らないか。逃げるのか、逃げないのか。
その二択は究極で、どう足掻いても後悔は残るだろう。
本に関しては、俺の背嚢に詰めればギリギリ全部入ると思う。
しかし、本が無くなった全知の樹だろうとそこで長らく研究してきたのは変わらない。
ポーネグリフ研究の資料をどうやって隠すかもあるし、ポーネグリフ本体は動かせないから政府にとって証拠になってしまう。というか、「疑わしきは滅せよ」なサカズキが来る時点でだいぶアレ。
「っ……うう……」
「! あきつ丸さん、目を覚ましたの?」
「なんとか……酷いものを見たであります」
「あきつ丸嬢……あんたの事を疑っているわけじゃないが、オハラにバスターコールがかかるのは確実な事なのか?」
俺は頭を押さえながら椅子に座り直すと、神妙な顔で頷いた。
「自分の未来視は……それに対して事前に対策なりをしておかないと、ほぼ確実に当たるであります。……おそらくバスターコールがかかるのはあと一〜二年後。それまでになんとかしなければ……」
「全滅……か」
クローバーが苦々しく眉を顰めた。
「……自分の特殊な力を使えば、全知の樹の本を全て移動させることは可能であります」
「なんだと!?」
「しかしその場合ポーネグリフの資料は別で隠さなければなりませんし、どちらにせよ全知の樹を離れる判断をするのは貴方達次第……」
「……なんにせよ選択は必要ということか」
政府は臆病だ。そしてしつこい。
学者達がポーネグリフ研究に手を染めていると分かったら捜索は当然始まるし、見つかり次第殺されていくだろう。
それをわかってでも外に出て研究を続けるか、オハラと心中するか。
それを決めるのは本人達で俺ではない。
「ロビン……お前さんは逃げろ」
「どうして!? わたしは……!」
「お前はまだ幼い……研究のために命を落とすには早すぎる。こんな子どもが考古学者など誰も信じまい」
「でも……でも……」
ロビン自身も、まだ自分がどうするか決めかねているようだった。
学者として、ポーネグリフの真実を知りたい気持ちも、大人として認めて貰いたい気持ちもあるだろう。
「……自分の言葉を信じるか信じないかは、貴方達がご自由に。しかしこのままでは確実に……オハラも、全知の樹も、人も、全て焼かれるであります」
「……アンタは、何者なんだ」
学者がポツリとこぼした。
確かに、見聞色の達人で、全知の樹の本を一気に移動できる力を持った少女なんて、異質でしかない。
「グランドライン出身、強襲揚陸艦。未来が見えるからこそ、破滅から逃れたい……ただの旅人であります」
きっと学者にとって欲しかった答えとは違う抽象的なものだろうが、俺はこれ以上は言えなかった。
さぁ、オハラ壊滅の足音が聞こえてくるぞ。
学者達は……どうする?