民間人の避難はあっさりと終わった。
学者達がオハラに前代未聞の津波が来ると予報したのだ。それこそ島を飲み込むレベルの津波が。
海の藻屑になりたくなければ避難しろ、と掛け声をあげれば、民間人達は避難船に乗り込み速やかに隣の島へと避難していった。
避難船の手配には時間がかかったが、こうもあっさり民間人の避難が完了するとは。もっと疑われたり反論があると思ったのだが、本能でこの島は危険だと感じ取ったのかもしれないな。
ロビンは博士号を取得し、ポーネグリフが読めるようになった。読めるようになってしまった。
彼女の考古学への執念は人一倍強く、一度本気で「ポーネグリフを読めるようになったら、世界中が敵になる。それでもいいのか」と聞いた。
返ってきたのは、「わたしにはこれしか無いから」というシンプルな答えだった。
それにあきつ丸さんはわたしの味方でしょう? と言われたら、俺も閉口するしか無いわけで。
それが彼女の選んだ道なら、俺は何も言わないことにした。ポーネグリフが読めることが世界政府にバレなきゃいいのだ。なんとしてでも隠し通すようにはしっかりと言いつけた。
バレなきゃいいのだ。バレなきゃ。
学者を乗せグランドラインを渡る予定の船は、規模もあって年が明けてようやくオハラに到着した。
船を待っている間も二分された派閥はどこか静かだったし、微妙な空気が棚から本が消えた全知の樹に満ちていた。
船に荷物を積み、船底にある隠し部屋にポーネグリフの研究資料を隠した。
食糧に万が一の医療品、衣服にその他諸々貨物を詰め込めば、あとはもう乗り込んで錨を上げるだけ。
逃亡の準備は整っていた。
「クローバー殿」
「ああ、わかっとる。オハラに……別れを告げんとな」
「順番に船に乗り込むであります。自分が曳航するので、進路に関してはご心配なく。ただこれから向かうのはグランドライン。ある程度の危険は承知してもらいたいであります」
「ああ……じゃあな、お前達」
生存派の学者達は死亡派の学者達にそれぞれ別れを告げ、船に乗船していった。
クローバー博士も、苦々しい顔をしながらも船に乗っていく。
死亡派は残されたがらんどうの町で終わりを待つ。オハラと命運を共にする。それは故郷に殉じる精神なのか、諦めなのか。
どちらが間違っているとか、そういう話では無い。ただ、それぞれ譲れない思考があったからこその二分だ。
ロビンは、黙って船に乗り込んだ。博士号を取得したことを、まだお祝いできてなかったな。本の詰め込み作業や貨物の準備でゴタゴタしていたから。
どこかでちゃんと祝ってやりたいのだけれど。
錨が上がる。
俺は曳航用の鎖を艤装に繋げた。これでも膂力は船、十数人規模の木製の船を曳くくらいなんてことない。
最後まで、生存派は死亡派に手を振っていた。
正に今生の別れなのだから、しんみりとしている。
しかし彼らはどちらも禁忌を犯した、この世界では大罪人。
せめて苦しまずに逝けばいいのだが、と俺もその背中を眺めていた。
思ったより早くワノ国へ戻ることになった。
もう十年くらいは帰らなくてもいいかと思っていたのだが、これでは割とカッコつけて去った余韻があんま無いんじゃ無いか。
ルートとしては、羅針盤任せなのでたぶん大丈夫。
海王類はなぜだか俺に手出ししてこないし、海賊は適当に砲撃なり斬撃なりで消し飛ばせばいい。
たまに食糧調達に貨物を強奪したりするが、あっちから手を出してこなければこちらも何もしないので、自業自得だ。
逃亡船はただの連絡船に近いものなので、砲撃なんかはできない。
それを見て油断しているのだろうが、そんな相手、しばらく振るわれなくてウズウズしている秋茜の餌食になるのみだ。
簡単にグランドラインに侵入し、新世界へ向かう。
そういえば、たまたま買ってみたニュース・クーにミホークの手配書とニュースが挟まっていた。“海兵狩り”として懸賞金がかけられているらしい。何やってんだアイツ?
ミホークとも久しく会ってないな。今はどこで何をしているやら。ビブルカードなり作った方が良かったかもしれないが、まぁこの距離感が良いだろう。次会ったら本気で戦えなんて言われてるし、弟子との殺し合いは御免だ。
白ひげ海賊団も順調にナワバリを増やしているようだ。この世界のニュースは大抵海賊の話題で占められている。
そのおかげで知り合いの動向がわかりやすい。
またモビーに会いたいな、オーロ・ジャクソン号との約束は果たせなかったが、またボーッと船同士語り合いたいものである。
懐かしさに思いを馳せつつ、喧嘩を売ってきた海賊船を一刀両断した。
学者達は最初、俺の戦闘能力にそれはもうビビっていた。
巨大なガレオン船が刀の一振りで沈んでいく様はそりゃあビビるよな。しかもこんな少女が。
最初こそ少し遠巻きにされたが、その刃が自分に向くことはないとだんだんとわかってくれたのか、航海を始めて数日で距離感は元に戻っていた。
ロビンだけは、何故か苦々しい顔をしていたけれど。
何故だろう? やはり博士号をまともに祝ってあげられなくて拗ねているのだろうか。
こちらも都合があったとはいえ最年少で博士号取得は栄誉だからな、ちゃんと祝いたい。
ワノ国に行ったら、ちゃんと美味しいものを食べさせて祝ってあげよう。ワノ国の料理が口に合うと良いのだが。
慣れた新世界の海を渡り、いつもの斬撃エレベーターでワノ国に侵入した俺は、九里の港に船を止める。
そして、艦載機を一機、九里城に向けて放った。これだけで俺が来たとおでんに伝わるだろう。
俺は曳航で少し多めに燃料を消費してしまったが、道中の海賊船やワノ国救済の貯金でまだまだ燃料には余裕がある。久しぶりに海に出れてリフレッシュにもなった。
やっぱり艦娘は海に出ないとね。
「姫様ー!!」
「あきつ丸! 久しぶりだな! ということで──桃源十拳!!」
「突然斬りかかるのはどうかと思うでありますがー!?」
爆速で駆けてきたおでんの一撃をいなし、その脇腹に蹴りを叩き込む。
砂浜を転がっていったおでんは、「なかなか早い帰りじゃないか!」と笑った。
それを傳ジローが呆れた目で見ている。
「姫様、頼みというのは?」
「少し問題が起きまして……移民を受け入れてほしいのであります。人数は15。全員が考古学者であります」
「それはまた突然な。何があったので?」
「ポーネグリフの研究が政府にバレたのであります。その避難先に、ここを選ばせてもらったのであります」
「ポーネグリフが……?」
ワノ国には将軍家がポーネグリフの読み方を教えられる。赤いポーネグリフもあるし、割と歴史的観点から見ると政府の禁忌を幾つか踏んでいる。
政府にとってはポーネグリフを読めるだけで処刑対象だ。
しかし政府との繋がりが薄いワノ国ではポーネグリフを研究しただけで命の危険、とはあまり結びつかないようである。
かくかくしかじかと説明すれば、なるほどと理解の言葉が返ってきた。
「おでん殿、九里にこの者たちを置いてほしいのであります。急なことで悪いでありますが……」
「なに! あきつ丸の珍しい頼み事だ、喜んで引き受けるぜ」
「あと、大量の……それはもう大量の本を置ける蔵を作ってほしいのであります。今は自分の背嚢にしまっているのでありますが、流石に積載量ギリギリで……」
「傳ジロー、大工共に連絡だ! ついでに空いてる長屋があっただろ、そこになら15人程度なら普通に暮らせるよな?」
「はい、すぐに手配を!」
ワノ国の人は話が早くて好きだぜ。
トントン拍子に進んでいくワノ国移住。
それに学者達はポカンとして、成り行きを眺めていた。いや、眺めてることしかできなかったのか。
案内された長屋はワノ国なら普通に暮らせる、少し良い造りの建物だった。町からは少し離れているが、学者達は気にしないだろう。
その近くに蔵書を入れる蔵を作ってもらう。これはかなりの規模になるだろうが、地下なんかを活用すれば全知の樹ほど巨大な建造物にはならなそうだ。
「ほんとに、何者なんだ? あきつ丸嬢は」
「謎が多いな……」
そんな言葉が聞こえたが、俺はただの旅人なのだ。
姫様呼びは……いい加減やめてほしいのだが。