フレバンスは真っ白な街だった。
どこもかしこも、白、白、白。
フラッシュを炊いたら反射で目が潰れそうだ。住民達もほとんど白色の服を着ていて、真っ黒な俺とロビンはさぞ目立った。
しかし観光客には慣れているのか、不審な目で見られることはない。
俺はとりあえず、当分の宿を探さねばならない。
しかし、珀鉛に短期とはいえ接触し続けるのはあまり良くないだろう。ロビンは子どもで中毒になる可能性も高いわけだし。
となると、森暮らしになる。
街から離れると、真っ白だった木がじきに緑を取り戻し、深く進んでいけば完全な深緑が見える。
家は妖精さんが造ってくれるから良いとして、まぁこんな獣もいるような森が誰かの所有地というわけでもないだろう。
少し開けた場所を軽く伐採して整地し、残りの木材を妖精さんに任せた。
「取り敢えず珀鉛は避ける生活になるであります。調味料や染料にも使われているので気をつけて」
「だから森暮らしなのね」
「できれば早めにトラファルガー・ロー殿と接触したいでありますが……」
「ローの両親はお医者さんなんでしょう? わたしが仮病を使うとか?」
「親に会ったとしてロー殿本人と繋がりができるでありますかね……?」
オハラでは学者も何人か助けることができたが、今回はおそらくロー以外は全て見捨てることになる。そうなると、関わりを持っても辛くなるだけだ。
病院で患者と先生という立場で接触しても、子どもには会わせないだろう。
考えていると家ができたようだ。
ミホークと過ごしたあの孤島にある家とほぼ同じ作りだ。ベッドも一緒である。何故二台作らない、妖精さんよ。
俺は道中海賊から奪った食糧をそこに移し、一度街を探索してみることにした。
「病院の場所や逃亡ルートを確認しておきたいでありますな」
「まだ数年余地があるとはいえ、時間は無駄にしたくないね」
「と言っても、数年ずっとロー殿を探し続けるわけにもいかないであります。どこかで本屋にでも寄るでありますか」
「本当? やった」
フレバンスの終末までまだあと六年ほどある。長いようで短い年月だ。ロビンの身体強化や知識の吸収は引き続き行わないと。
俺自身もこの街について理解をもっと深めないとな。
艦娘の身体は鉛中毒なんかにならない。つまり珀鉛を気にせず行動ができる。
ロビンはほどほどに珀鉛から隔離しつつ、俺が動いていかないと。
「まずは街に……ぶっ」
「あきつ丸さん、カエルが!」
「まて、すてるな!」
顔面にカエルが飛び込んできた。うへぇベトベトしてる。
それをロビンが能力によって取り、茂みへ放ろうとする。
それを、まだ声変わり前の幼い声が待ったをかけた。
「解剖につかうんだ、えーと、かえしてくれ!」
「カエルを解剖……?」
「ロビン殿、渡して良いでありますよ」
ビチビチと跳ねるカエルを摘んでいるロビンに、声をかけてきた男の子にカエルを渡すことを伝える。
メスを持った男の子はふわふわした班模様の帽子を被り、目の下に隈があった。
トラファルガー・ローだ。
こんなところで出会えるなんてラッキー!
ロビンがカエルを渡したのを見つつ、俺は声をかける。
「こんな深い森に来て、危ないでありますよ」
「べつにいつも来てるから大丈夫だ。そっちこそ、見ない顔だけど旅人か?」
「今日からここに越してきた者であります。自分はあきつ丸。こちらはロビン殿」
「どうも」
「おれはロー。街の方に住まないのか?」
ロー少年は好奇心が強いのか、不思議そうにこちらを見つめる。
珀鉛が危険なので離れて住んでいます、とは流石に言えない。
「森の方が静かで故郷に近いのであります。家はあるので、ご心配なく」
「ふーん、どこから来たんだ?」
「西の方から」
「へぇ」
遠いな、と感想を漏らしたローは、満足したのか近くの木陰に座ると、メスでカエルを解剖し始めた。
ロビンがちょっと嫌そうな顔をする。うん、まぁ、グロいもんな。
哀れ捕まったカエルの成仏を祈りつつ、俺はここがローの定位置らしいことを察した。
なんてラッキーなんだ。今年の運全部使ったかもな。
「ロビン殿、早速フレバンス観光と行くでありますよ」
「その前に手洗いたいかも」
「確かに」
俺も顔を洗いたいわ。一回帰るか。
「ではロー殿、また会ったらよろしくであります」
「おー」
「じゃあね」
ロビンが手を振るが、本人はもうカエルの解剖に夢中なようだ。
一旦帰って手と顔を洗い、街へ向かう。
街は真っ白。北らしく寒く、深雪の街という形容も似合うような景色だ。
数年後に戦火に見舞われるとは全く思えない。
俺はまずローの家である病院の場所を確認した。かなり大きく、ローの家が裕福だったことがわかる。医者ってすげぇなぁ。
街に溶け込む白で、壁材にも珀鉛が使われているのだろう。
今は特に用事がないから入ることはしない。なんとなく認識しておけば良い。
次に向かったのは本屋だ。街全体が裕福だからか、本屋もそれなりに大きかった。
ロビンはざっくり見て回って気になる本を選ぶようなので、一度店内でバラける。
俺はなんとなく写真集を選んだ。この真っ白な街には足りない色を摂取したいと思ったのかもしれない。
様々な国の絶景がフルカラーで印刷されているそれはなかなかのお値段がしたが、俺の懐を痛くすることはなかった。
ロビンが選んできた本数冊とまとめてお買い上げ。ロビンは考古学以外にも様々な分野の知識を深めようとしているのか、生物学や医学の本も見えた。彼女の頭脳なら簡単に理解ができるだろう。
興業も珀鉛で成り立っているこの街は、広場では屋台や大道芸人が街を賑わせている。
真っ白なパンケーキはおそらく珀鉛が調味料に使われているし、大道芸人のメイクも珀鉛だ。
上層部が隠しているとはいえ、こんなにも珀鉛産業に依存しているのは国民として不安にならないのだろうか?
いくら掘っても掘っても無くならないほどあるとはいえ、一つのものに生活全てを支えられるのは不安定に思わないのだろうか。
それとも、そう思わせないのも上層部の作戦なのか。
目先の金に眩んで何万人の命が飛ぶんだろう。
「白いでありますなぁ」
「白いね。本当に白い」
教会や玩具屋、レストランに服屋。みんな白い。
目がチカチカしてくる。
街を一周して森に戻ってくれば、その緑色に自分がまだ色を認識できることに安心した。それほどまでにあの場所は白しかなかったのだ。
ローはまだカエルを解剖していた。おそらく二体目だ。更なる犠牲に心の中で手を合わせる。
「帰ったら読書タイムでありますな」
「あきつ丸さんは何を買ったの?」
「風景写真集であります。綺麗な景色を写真越しとはいえ眺めるのは楽しいでありますよ。ロビン殿は何を買ったのでありますか?」
「えーと、『医学会名論文集』と……」
と、ロビンが言ったところで、ローが「えっ」と反応した。
おや? と立ち止まれば、なにやらショックを受けたようにローがこちらを見ている。
「あれ、買ったのか」
「え? うん……」
「そうか……」
明らかにしゅんとするロー。
「欲しかった本なのでありますか?」
「……ああ、今度の小遣いで買う予定だった。なかなか本屋に入荷しなくて……」
「おやおや」
それは……悪いことをしてしまった。本屋の人も「それを買う人がいるとは」なんて言っていたし、またしばらく入荷はしないだろう。
明らかにがっくりと肩を落としたローに、ロビンは本を持って駆け寄った。
「じゃあ、貸してあげる」
「えっ」
「ローがこの森にいる時間だけ、貸してあげるよ。わたしは家でいくらでも読めるから」
「い、いいのか……?」
「学びたい気持ちを無下にはできないの」
俺はロビンのファインプレーに内心拍手喝采だった。これでローと定期的なコンタクトが取れる。
ありがとうロビン、子ども同士の関わりなら俺が不審者になることもない。やったぜ。
ローは少し照れくさそうに「ありがとう」と本を受け取った。
「あきつ丸さん、わたし、しばらくここで本読んでるね」
「わかったであります。何かあればすぐ呼ぶでありますよ」
「はーい」
もう一冊買った本を俺が持っていた袋から取っていくと、ロビンはローから少し離れた切り株に座った。
ローはもう早速本の世界に飛び立っている。
俺は二人の本好きにニコニコしながら、家に帰ることにした。
白い世界から逃げるような足取りだったかもしれない。