「なぁ……あきつ丸さんの寝相って、いつもあんな感じなのか」
先日、ロビンが買い出しから帰ってきたらローがあきつ丸に抱きしめられていた事件。
あれは怒ったロビンによって強制終了となったのだが、当人であるあきつ丸は抱きしめるに至った流れを一切覚えていなかった。
そのことが気になった……というより、心配になったのだろう。
いつもの本を読む午後、徐にローがロビンに聞いてきた。
ロビンとしては、子どもとはいえ異性のローをあんなに抱きしめて寝るあきつ丸に危機感を覚えたりしたのだが、本人が無意識にやっていることだからタチが悪い。
「そうなの。困った癖よね。わたしは別に構わないんだけど、あの人は寝起きは隙だらけだから心配だわ」
「……ほんとにな」
ローはあきつ丸が起きた時に謝られていたが、ロビンとしてはもう少し意識を持って欲しい。
あきつ丸は16〜18歳ほどの姿をしているが、プロポーションがとても良い。つまり、健全な男の子には刺激が強い。
なんならロビンも、最初の頃はドキドキしたものだ。
「寝てるあきつ丸さんに不用意に近づかないことが一番ね」
「……そう睨むなよ、悪かったって」
ローは、その「健全な男の子」の分類に入る。
あきつ丸は子どもに手を出すことなんてしないが、あの素面で人をたらし込む言動で何人の初恋を奪ってきたのやら。
ロビンは今一番彼女に近いものとして、彼女を守ろうと思っていた。
つまり、変な虫がつくと嫌なのである。
ローは今のところギリギリセーフだ。
「あきつ丸さん、寝起きはすごく無防備なの。どうにかならないかしら」
「寝起きが悪いなら低血圧とかがあるかもしれないが、あれはまた……別の問題な気がする」
いつもの変な口調が取れ、ふわふわした甘い声で囁く姿は劇薬である。賢いロビンはそれをよく理解していた。
いつもは見聞色の覇気や持ち前の警戒心で男を寄せ付けないあきつ丸だが、あの寝起きの無防備さを狙われると危ない。
しかも彼女は一度寝るとなかなか起きないタイプだ。
「……変な気は起こさないように」
「わかってるよ!」
ロビンはジトっとした目でローを見る。ローも何度も言われたその言葉にジトっとした目で返した。
ロビンはここ最近の朝のあきつ丸を思い返す。
ダブルベッドで二人揃って寝る生活で、彼女を起こすのはいつだってロビンの仕事だ。
*
ある日の朝。
鳥の声が聞こえる。いつもの起床時間。
ロビンはあきつ丸にいつものように抱き込まれていた。頬に彼女の豊満な胸が当たっているが、もう慣れたことだった。
両腕両脚で抱き枕のようにぎゅうっと抱きしめられているから、能力を使ってなんとか腕を解く。
「あきつ丸さん、起きて」
抜け出したロビンを探すように、あきつ丸がシーツの上に手を彷徨わせる。
ロビンは布団を剥ぎながら、いつも通りに声をかけた。
しかしこれで起きたら苦労しない。
もう一度呼びかけると、ようやく「んん……」と返事なのかわからない呻き声が返ってきた。
「ほら、朝よ」
「あと50分……」
昨日は遅くまで海に出ていたようだから、眠いのかもしれない。しかしここで寝かせるとこの人は昼まで寝ている。
ロビンは心を鬼にしてこの気持ちよさそうに寝るお姉さんを起こさないといけないのだ。
「ダメ。今日もローが来るんだから、起きないと」
「んんん……」
なんとかベッドから起き上がらせると、あきつ丸はロビンの肩口に頭を置いた。
ぐりぐりと擦り付ける様は猫が擦り寄るような動作で微笑ましいが、肩で寝られるのは困る。
「おーきーて」
「んぅ……」
ぺちぺちと肩を叩けば、ようやく目を擦ってあくびを一つ。
しかしまだ頭が起きていないのか、ボーッと、ふわふわしている。
「ろびん……?」
「ロビンよ。朝だから起きましょう? あきつ丸さん」
「うん……」
ぽやぽやとしているあきつ丸の髪を整える。寝癖はあまりつかない方なのか、さらさらと手櫛が黒髪を通っていった。
「……はっ! おはようございます、ロビン殿」
「はい、おはよう。あきつ丸さん」
ここでようやくあきつ丸ははっきりした意識を取り戻す。今日はまだ早かった方だ。
そうして、二人とも着替えて朝ごはんを食べて一日がはじまる。
これが大体のロビンの朝だった。
ロビンとしては、かわいいあきつ丸の姿を見れるこの時間は幸福である。
これは自分だけの特権だし、自分しか知らない彼女の弱いところ。
そう優越感に浸っていたのだが、この前の出来事によってローにもそのことがバレてしまった。
あまり面白くはない。
まぁ、ローがあきつ丸が寝ているところに遭遇する確率は低いだろうし、ましてや一緒にベッドで寝る日なんて来るわけないのだから、まだ許せる。
と、思っていたのだが。
「ただいまであります」
「あれ? 今日は早いね、あきつ丸さん」
「ああ……ロー殿」
「なんだ?」
「ロー殿のご両親から連絡がありましてな。なんでも急患の方が入ったらしくて、今日はうちに泊めて欲しいと」
「……え?」
ロビンは先ほどの自分の言葉を呪った。これがフラグ、というやつか。
あきつ丸はローの両親ともなにかと交流していた。家にいる時のローの様子だとかを、一時的な保護者として報告していたらしい。
なので、彼の両親からの信用度は高く、夕飯を食べていくこともたまにあった。
しかし、今日は泊まりとな。
これはまずいぞ、とロビンは内心慌てた。
あのベッドで三人で寝ることになったら……? あきつ丸の寝起き被害者が増える。確実に。
そして彼女を起こす役割を取られるかもしれないという焦り。それが今のロビンの心中だった。
「自分はソファで寝るでありますから、二人は寝室のベッドで寝るでありますよ」
「わ、わかった」
「そ、そうよね。流石にあのベッドに三人は狭いわよね」
あきつ丸の言葉に、ロビンとローはあからさまにホッとした。おそらくローも似たようなことを考えていたと思われる。
かくしてお泊まり会は開始された。
しかしだからと言って何か特別なことをするわけでもなく、いつものように本を読んで、ご飯を食べ、本を読む。そういう流れだ。
ロビンは今日はシンプルな文学書を読んでいた。ベストセラーになった有名なフィクションで、教養として読んでおきたいと思ったのだ。
ローはいつも通り医学書を読んでいる。流石のロビンも、現役の医者を両親に持つローには医学知識では敵わない。
あきつ丸は、海の戦士ソラを黙々と読んでいた。大人っぽい彼女が児童書を大真面目に読んでいるのは少し面白い。
やがて夜になり、夕飯を済ませ、三人は眠りについた。
いや、二人は起きていた。ロビンとローである。
二人は明日、どうやってあきつ丸を起こすかを会議していた。
「わたしが起こすから、ローは部屋で待ってて」
「……おれも起こしたい」
「……」
ローの主張に、ロビンはスンッと表情を失くす。今のローはロビン的にギリギリアウトだ。
「あのふにゃふにゃのあきつ丸さんはローには刺激が強すぎるわ」
「お前とおれ大して歳変わんないだろ」
「年齢の問題じゃないわよ!」
と、ロビンは思わず大きな声を出してしまい慌てて口を押さえた。彼女を起こしてしまうかもしれない。
時刻は深夜だ。もうすっかり眠っているはず。
「……変なことはしないでよね」
「わかってる」
頭のいい二人は、これ以上話しても堂々巡りになるだけだと察した。ロビンは納得できないながらも、万が一ローが変なことをしたら容赦なく関節技を極める決意をして眠りについた。
*
朝が来てしまった。
ほぼ同時に起きた二人は、あきつ丸がいるリビングへと向かう。案の定、彼女は未だ寝入っていた。
「あきつ丸さん、朝だよ」
「朝だぞ」
二人が声をかける。しかし、眠りが深いのか起きる様子はない。
「あきつ丸さーん、起きてー」
ロビンが肩を叩く。「んー……」と寝言のような声がかすかに聞こえたが、まだ意識は夢の中だ。
「起きてくれー」
ローも軽く肩を揺さぶってみる。
すると、ロビンとロー、どちらの腕もあきつ丸に掴まれ、引き寄せられた。突然のことに、二人はそのままあきつ丸に抱き込まれてしまう。
「んへへ……ろびん、ろぉ」
「……拙いわね、捕まったわ」
「起きてくれ、あきつ丸さん……!」
がっちりと抱きしめられて、下手に動くことすらできない。ロビンは能力の使い所かと腕を組もうとする。
「……おれは、おまえらをまもれてるかな……」
その言葉に、二人は動きを止めた。
さっきまでの砂糖のような声とは違う、雪のような寂しさを纏った色だった。
「すくえてるかな……ごめんな……しってる、のに」
抱き込む力が強くなる。
「しなせたく、ないなぁ」
ぽつりと溢されたその言葉は、二人の耳にやけにはっきりと染み付いていた。
「あきつ丸、さん」
震えた声でロビンが抱き込む手を握ると、ようやくその眼が開かれる。
「ん……おはようございます、また自分は人を抱き枕に……」
スルリと拘束が剥がれ、二人はその腕から解放された。
「今朝ごはんを作るでありますね〜」
欠伸をしながらキッチンに歩いていくあきつ丸を、ロビンは黙って見つめることしかできなかった。
彼女が背負うものを、自分は思ったより軽く見てしまっていたのかもしれない。
寝起きに見せる姿こそが、彼女が奥に隠した「弱音」なのではないかと、ロビンはぎゅっとカーペットの上に拳を作る。
彼女は覚えていないだろうけど、ロビンとローはこの事を忘れられないだろう。