ローは世界を呪ってしまった。
両親を、妹を、友人を、恩師を亡くした。
残り数年の余命、それら全てを吹き飛ばしてでもこんなクソッタレの世界に復讐したい。そう呪詛を吐いていた。
その表情に涙は無く、ただ暗い、濁った瞳が虚空を見つめていた。
フレバンスで唯一生き残った珀鉛病の少年。彼の復讐心は深く重かった。
俺とロビンでは彼を復讐の道から逸らす要因にはなりえなかったのだ。
それが、少し悲しい。
自分たちが親よりも大切な存在になっているなんて思ってないけれど、少しでも彼を破滅衝動から引っ張り上げる糸になれば良いと思っていたのだ。
しかし彼にとって、その糸は細すぎた。
「……家族を殺した世界が憎い。一人生き残った自分が嫌いだ。なぁ、なんでおれだけ助けたんだ?」
「あの時、珀鉛病の症状が軽くある程度動けるのはロー殿しかいなかった。流石の自分も、そう何人も人を運べないであります」
「だとしても、なんでおれを助けた!? あのまま死なせてくれてもよかっ──」
「ロー殿」
そのローの叫びは、見過ごせなかった。
その言葉は言っちゃいけない。
少しだけ、ほんの少しだけプレッシャー程度の覇王色を滲み出し、ローを黙らせる。
「それは、死したご両親と妹君への侮蔑となるでありますよ」
「っ……!」
トラファルガー夫妻は俺にしきりに「ローを頼む」と言っていた。なんとなく自分の最期を悟って、ローが生き残ることを察していたのかもしれない。
今のローは珀鉛病を発症してはいるが、まだ指先や脛といった末端にしか白くなる症状は出ていない。
あれだけ騒げるなら倦怠感や痛みも無いだろう。
原作の時より余命は長いはずだ。
「そんなに全てを壊したいでありますか」
「……ああ」
「世界が憎いでありますか」
「……ああ」
では、それを手助けしてくれるかもしれない組織を紹介しよう。
俺はとある手配書を机に広げた。
「ドンキホーテ・ドフラミンゴ……」
「ドンキホーテ・ファミリーに行くであります。そこなら、きっとロー殿の『答え』が見つかる」
俺は決めていた。俺たちがローの支えになれなかったら、大人しくドンキホーテ海賊団にローを引き取らせると。
オペオペの実を手に入れるにはドンキホーテ海賊団に潜入中のコラソンことロシナンテの存在が必須。
それにこの状態になったローの心を溶かせるのは彼しかいないと思ったのだ。
俺では原作知識という余分な要素が入り、ロビンにはまだ慣れない「ローを愛する」という行為を純度100%でやってくれるひとだから。
「海賊団に入れって?」
「今のロー殿にとって最適な環境はここであります。その爛れた復讐心を消化できるのはここしか無い」
「……なんでそんなことわかるんだよ」
その言葉に、俺は少し黙って、笑う。とても今まで見せたことない悪い笑顔だったと思う。
俺の瞳にさっきからハイライトが留守をしているのは自覚済みだ。
「自分は少し未来が見えるのであります」
「は……? こんな状況で冗談言うなよ」
「信じるも信じないも結構。ただ今ロー殿が選択できるのは、このまま自分たちとぷかぷか海の上に浮かんで死を待つか、ドフラミンゴ・ファミリーに加入して世界を少しでも壊してやるか。この二択でありますよ」
幼い子どもに背負わせる究極の二択は、こちらを睨みつけるローの姿で答えが分かりきっている。
わざと煽るような言葉を選ぶのは、その復讐心がどれほどのものなのか確かめるため。
ここで、はいそうですか大人しく死にますなんて言えるなら大したもんだ。
「……わかった。ドンキホーテ・ファミリーに行く。場所はわかってるんだろうな」
「拠点は把握済み。というか既に今向かっているであります」
帆船のように見えて妖精さんの魔改造によってモーター搭載のスクリュー船になっているこの船は、羅針盤により進路をドンキホーテ・ファミリーのいる港に設定してある。
ゆうゆうと風をものともせず進む小舟は異質に見えるかもしれない。
「自分は事情あってドフラミンゴには恨まれているであります。故に、ロー殿は単身でファミリーの拠点に行かなければならない」
「恨まれてる? 何したんだよ、アンタ」
「ちょっとね……。だから自分のことは話さないほうがいいでありますよ。自分が送り込んだと気づかれたら怒るかもしれない」
ドンキホーテ一家のあの事件は今でも俺の心の棘となっている。
血みどろになったままロシナンテを怯えさせ、それに勝手にショックを受けて逃げた。無責任だと、未来が見えていたくせに事件を放置したと恨まれていても全くおかしくない。そんな人が珀鉛病の子どもという「厄介ごと」を送り込んできたと判断されたらローが殺されかねない。
俺が紹介したと言うのは伏せておいたほうがいい。
「……前から思ってたんだが、アンタ何者なんだ」
ローのその問いに、俺は「ただの旅人」としか答えられなかった。
ローにとっての俺は何者なんだろう。気になったが、この状況で口にすることはできなかった。
*
「あの大きな屋敷がドンキホーテ・ファミリーの拠点であります。珀鉛病のことは隠さなくてもいいでありますが、自分のことはなるべく話さないほうがいいかと」
「わかった」
あれから船を進め、現在のドンキホーテ海賊団が拠点としている屋敷が見える丘に俺たちは立っていた。
ローにはドンキホーテ・ファミリーの情報について、この数年間で得られた事を教えた。ほとんどが非道な事だったが、ローはそれを暗い瞳で黙って聴いていた。彼らの蛮行に何を思っていたのかは俺でもわからない。
「最後に、餞別であります」
「……? 飴……?」
俺はローに棒付きの飴……ロビンにあげたような某ペコちゃんみたいなやつを何本か渡した。
「辛い時は飴を舐めるであります。糖分補給は馬鹿にできない。これからきっと沢山の試練がロー殿を待っているでありますが、心が折れそうな時こそ飴を噛み砕いて上を向くといい」
「……」
「それと」
俺はかがむと、外套でローを包み込み抱きしめた。
そっと背中を叩く。
「どんなロー殿でも、自分は今も味方であります。ここで別れても、自分はロー殿を忘れないでありますよ。……ごめんなさい。貴方しか掬い上げられなくて」
「…………」
俺は言いたい事を言い切ると、黙ったままのローの背中を押す。
その勢いにつられるまま、ローは何も言わずに屋敷の方へ歩いて行った。
だんだん背中が遠くなる。
だんだん彼と認識できないほどに小さくなっていく。
俺はローの姿が見えなくなった頃、ずるずるとその場にしゃがみ込んだ。
始終をずっと見ていたロビンがそっと肩に手を置く。
「あきつ丸さんは間違ってなかったよ」
「いいえ、自分はいつも間違ってばかりだった」
「間違ってたら、わたしもローもこの世にいないわ」
「案外強かに生きていたかもしれないでありますよ」
「そうかしら、でもきっと、いまよりもっと辛い目にあってた」
俺は結局ローに何ができたのだろう。
そんな事を考えずにはいられない。
原作通りにローの家族は死んで、ローはドンキホーテ・ファミリーに加入することになる。
珀鉛病も止めることはできなかった。
俺はどこか思い上がっていたのかもしれない。ワノ国を救って、オハラの学者を少しでも生き残らせて。誰かを救うと言うことが自分にはできて、それは絶対なのだと考えてしまっていたのかもしれない。
結局は、俺の力なんて弱いものでしかないのに。
ロビンは俺の帽子を外し、その頭をそっと撫でた。
温かい温度が頭に染み込んでいく。
ローの物語はまだ終わってない。
スワロー島。そこで俺はきっとドンキホーテ兄弟と対面する。
その時、彼らはどんな反応をするだろうか。
許してはもらえないだろうな。
今のうちにあの島に向かわないと。と、これからやる事を頭の中で整理していく。
そうしないと、なんだか泣き出してしまいそうだったのだ。