ローはドンキホーテ・ファミリーに入団した。案外あっけなかった。
ドフラミンゴは珀鉛病のことを鉛中毒だと知っていて、特に隔離だとか殺菌だとかそう言う事をすることもなかった。
物騒だし胡散臭いが、変に理知的というか冷静なやつだと思った。
ドンキホーテ・ファミリーのメンバーは一癖も二癖もある変人ばかりで、穏やかとは言いづらい。
フレバンスで珀鉛病が発症するまでは穏やかな生活を過ごしていたローにとっては、その騒がしさに慣れない部分もあった。
同年代の子どもがいたけれど、なんだか完全には信用できないような、ロビンのように同レベルの知識を求めるのは違う気がした。
いや、おそらく彼らが「普通」なのだ。ローは自分が捻くれた事を自覚していたし、ロビンも子どもらしくない子どもだという印象を抱いていた。なぜ彼女がそうなったのかは、ついぞ聞けなかった。
ベビー5もバッファローも、本はほとんど児童書くらいしか読まないし、むしろ遊んだりお菓子を食べることのほうが魅力的なようだった。ローの読む医学書には触れさえもしなかったし、それを読むローをどこか違う世界の住民のように見つめていた時さえあった。
ローはドフラミンゴによって教育のカリキュラムが組まれていた。
武術、砲術、航海術、もちろん医術も。
様々な知識と技術をドフラミンゴはローに詰め込んだ。
学ぶことはもとより嫌いではなかったが、座学だけではなく実践もある戦闘術には苦労した。
銃を撃って肩を脱臼したり、武術でボコボコにされたり、剣術で手の豆が潰れたり。
それでもこの世界に一矢報いることができるなら、なんだって吸収した。
ローの珀鉛病は想定よりもゆっくりと病状が進行していた。いや、じわじわと体が侵されているのは変わりないのだが、急速に体が白くなっていく患者を見てきたから、己のそれはとても緩やかに進んでいるとわかっている。
それは、おそらくローが何年も珀鉛の町から離れたあきつ丸の家で一日を過ごしていたことも関係していそうだった。
思えば彼女が作るお菓子には珀鉛が一切使われていなかったし、部屋の調度品も白の影は何一つなかった。
両親にも珀鉛の安全性についてしきりに聞いていたようだし、もしかしなくても珀鉛の危険性について気づいていたのだろう。
ならどうしてそれをもっとしっかり言ってくれなかったんだ。無理矢理にでも珀鉛から遠ざけてくれれば、父様も母様もラミも死ななくて済んだかもしれないのに。
いや、これは八つ当たりだ。ただの、イライラした感情を理不尽にぶつけているだけだ。
一度冷静になろうと、ローは懐から飴を取り出した。色とりどりのそれは白は無く、カラフルで。それはどこかローを安心させた。
何味でも良かったから、適当に黄色のやつを選んだ。
簡単に剥がれる包装紙を取り去り、舐めれば甘い味がする。
ローは飴は噛み砕かずにちゃんと舐めて食べるタイプだった。
「ロー、次の勉強についてだが──」
その時、ドフラミンゴが部屋に入ってきた。
やばい、勉強をせずに飴を舐めているのを怒られるかもしれない。いや、怒られると言うより、お子ちゃまだと煽られるかも。
ローはそう思いながらも、今さっき食べ始めたばかりの飴を手放すことはできなかった。
これは彼女がくれた大切な餞別だから。
「ロー、お前、それ……」
ふと、ドフラミンゴの様子がおかしいことに気づいた。問題集が書かれた紙束を床に落とし、「ありえない」と言ったように表情を歪ませている。
サングラス越しで見えないが、その目は見開かれていることだろう。
ドフラミンゴはカツカツとローに詰め寄ると、飴を持つ手をガッと掴んだ。
その強さに、思わずローはか細い声を上げる。
血管が浮き出るほどに力の入ったドフラミンゴの手は、なぜか震えていた。
「お前、その飴をどこで入手した」
「急に、なんだよっ……! ただの飴だろ! か、買ったんだよ!」
「その飴はもう何年も前に生産終了になっている。売っているはずがない」
「は……?」
ただの飴の生産を、なぜこの男が把握しているのか。好物だったのか? この男が、こんなちゃちな飴を?
ドフラミンゴはいつものニヒルな笑みを無表情にして、ローの手首を掴み続けた。
「もう一度聞こう、それをどこで手に入れた?」
「……ここに来る前、貰ったんだよ」
ギチギチと音が鳴り始めた手首が痛む。きっと掴まれた部分はあざになって当分消えないだろう。
ローはあきつ丸の言葉を思い出していた。「自分はドフラミンゴに恨まれているから、自分と繋がっていたことは話さないほうがいい」。それは本当なのかもしれない。
ローはなるべくぼかして、あきつ丸との関係を漏らさないように努めた。
しかし、
「その飴をあげたやつは、黒髪に黒い服の女だったか」
「……!」
その言葉に、反応してしまう。
ポーカーフェイスの練習はまだ不完全で、子どもゆえの素直さでローは思いっきりその表情を歪めた。明らかに正解ですとドフラミンゴに言ってしまったようなものだった。
ドフラミンゴはそこでようやく、ローの腕を解放する。やはり真っ赤な跡がついていた。
「フッフッフ……そうか……生きていたのか……」
「あっあの人はおれの恩人だ! 何もするな!」
「そうか、アイツはお前も拾い上げたのか……そうか……」
ローの叫びも気に留めず、ドフラミンゴは何かを考えるそぶりを見せる。
「なに……悪いようにはしない。アイツとは色々……そう、色々あった。まさかお前の飴で生存確認をするとはな、フッフッフ……」
「……あの人を恨んでるのか」
ローは思わずそう聞いた。
ドフラミンゴの様子は普通ではない。明らかに、あの二人の間で「なにか」があった。
それがどんな内容なのかはわからないが、ドフラミンゴが彼女をどう思っているのかは把握しておきたかった。
もう彼女と連絡を取る術は無い。通信機は別れる時に回収された。
だが、万が一彼女にドフラミンゴの殺意が向くのなら……どうにかしたいと思った。
しかし、ローの言葉にドフラミンゴはまた表情を無くす。
「恨んでいる? 何故そう思った」
「あの人が……ドフラミンゴは、自分を恨んでいると言っていた。……あの人を殺したらおれはお前が大嫌いになる」
「恨んで……そうか……そう思われて……」
ローなりに警告をしたつもりだった。彼女に手を出すなと言いたかった。
だが、「恨まれている」と伝えた時のドフラミンゴが……まるで、迷子の子どものような声で呟くから、本当に何があったのかわからなくなった。
あきつ丸はドフラミンゴから恨まれていると思っているが、ドフラミンゴの今までのリアクションは……どちらかと言えば、恨んでいるというより執着や寂しさの感情が薄く見えて。
こんなふうに感情をあからさまに見せるのもドフラミンゴらしくない。
「アイツはなぁ、ひでぇ事をしたんだよ。おれ達兄弟に」
「は?」
「そうだ、とんでもなくひでぇ事をしたんだ。もう何年も前の話だ。それでもはっきり思い出せる。そう、酷かった。あんまりな事をした」
「ドフラミンゴ……?」
ブツブツと独り言のように言葉を漏らすドフラミンゴ。
ローはいよいよ混乱して、要領を得ない内容に困惑の言葉を返すしかなかった。
過去を思い出しているのか、ドフラミンゴは一人がけのソファに座ると顔の半分を片手で覆う。
「だがおれ達も酷い事をさせた。今じゃあんな事別になんも思わねぇが、アイツにやらせるには酷だった。違うんだ、アイツはもっと……そう、もっと綺麗な存在だったんだ。あんな血みどろの、死臭に塗れた事なんてさせたくなかった。そうさせたのはおれ達だったんだよ。なぁ、でもよ、それでも今もアンタはガキを救って、あの時みたいに飴をやってるのか。生きてるのか……」
その言葉の羅列は、ドフラミンゴが脳の中に浮かんだ事をひたすら溢しているだけのようだった。
その異様な姿に、ローは彼女の姿を思い出す。
黒い髪に、黒い瞳、黒い服。少し低い体温に、柔らかな声。
暴漢から救ってくれたことはあったが、血みどろの姿など想像もできなかった。
「ロー、アイツの今の居場所はわかるか」
「……知らない。おれも何も言われなかった」
「そうか……」
ドフラミンゴの掠れた声には、深い後悔と執着の色が、滲んでいて。
ローは彼女のこれからが、ドフラミンゴによって閉じてしまわないか不安になった。
黄色い飴は、日の光を反射してそこだけ綺麗に輝いていた。