時の流れとは早いもので。
ロビンに料理を教えて、鍛錬させ、知識をつけていたらあっという間に月日が過ぎていた。
俺はスワロー島の一部に鳥籠が発動したことを確認する。
ロビンには待機命令を出し、鳥籠には近寄らないこと、海軍が来ているから家の外にも出ないことを伝えて外へ走った。
ロビンは何か言いたげだったが、聞いている暇はなかった。
鳥籠の糸は秋茜で切れた。まだこの頃は強度がそんなに強くないのかもしれない。
ドフラミンゴはまだ若い。能力の練度は原作のドレスローザのが遥かに上だっただろう。
俺はそのまま跳躍し、ドフラミンゴとロシナンテが互いに銃を向け合っているのを目視する。
やはり、ロシナンテはローを助けた。
俺は落下とともに秋茜を抜刀。二人の銃の銃身を切り取り、着地した。
突然の乱入者。そして切り捨てられた銃に、二人とも驚いているようだった。宝箱の中にいるであろうローの反応はわからない。
俺は秋茜を納刀しないまま、ゆっくりと立ち上がった。
「……久しぶりでありますね。ドフラミンゴ殿、ロシナンテ殿」
「お前は……!」
「兄弟喧嘩はよろしくありませんな」
ロシナンテを背後にする形でドフラミンゴと対面する。ロシナンテは既に重傷だ。銃は切り捨てたから後ろから撃たれる心配はない。
ドフラミンゴはサングラス越しに目を見開き、身体を強張らせた。
信じられないものを見たかのような、どこか覚悟していたような。そんな様子だ。
そりゃ、子どもの頃食料をくれた人が当時そのままの姿で現れたら驚くか。
「……フッフッフ、ああ、とんでもなく久しぶりだな。今までどこに行っていた?」
「旅を……しておりました。もう知っているかもしれませんが、ロー殿を貴方のファミリーに送り込んだのは自分であります」
「ああ……知ってたさ。あの古い飴をガキに渡す奴なんざ一人しか知らない」
古い飴? 背嚢にあるアイテムは腐らないから大丈夫な筈なんだが……。孫に寒天ゼリーを渡すおばあちゃんみたいに思われてる? それはちょっとやだなぁ。
「それで今更何しに来た」
「……あの時の贖罪と、喧嘩を止めに」
その言葉にドフラミンゴの笑みが消えた。
「贖罪……? ああ、確かにお前はおれたち兄弟に酷いことをしたなぁ」
「ええ、その罪を謝りに」
「そうだな……あの時の暖かさを知ってしまったから辛かったんだ。急に消えたアンタの事をずっと考えてた。黒が目に映るたび、お前が思い起こされて苦しかった」
そこまで追い詰めていたのか……。やはりドフラミンゴには相当恨まれている。よく対話に応じてくれたな。
これは……ロシナンテの方も不安になってきた。
「なぁアンタ。おれのもとに来い」
「……え?」
「もう逃したくない。ずっとおれのそばに居させてやる。お前の席はいつだって空席だった。それを埋める」
「……ドンキホーテ・ファミリーの仲間になれと?」
「ドフィ! 彼女を縛りつけるな!」
ロシナンテがそう叫ぶが、声を出すのも辛いだろう。
まさか勧誘が来るとは思わず、俺は目を丸くしてしまう。なんで恨んでいるやつを自分の手元に誘うんだ。
「フッフッフ……なんで恨んでいるやつを? という顔だな」
「……自分は貴方たちに酷い事をした。殺されても文句は言えないと思っているであります」
「殺す? 冗談じゃない」
ドフラミンゴの額に青筋が浮かんだ。
「アンタの事なんざかけらも恨んじゃいない。いつもいつもあるのは後悔だ。何故俺…俺たちから離れた? おれたちの何がいけなかった? この血がダメだったのか? なら何故施しを与えた? 何十年とずっと考えてきた。お前の真意がわからなかった。あの時虐殺すらしてまでおれたちを守って消えたアンタにどれだけ苛まれたかわからないか」
捲し立てられるように告げられた言葉。
そこにあるのは怒りと、俺に似た後悔と、疑問だった。
あの時の俺は……町民を虐殺した時の俺は正気じゃなかった。正直あの時の記憶はあまりない。でも、ロシナンテに拒絶されて、全ての世界が終わった気持ちになったのは覚えている。
しかし本当のことを話せば、ドフラミンゴはよりロシナンテへの殺意を強くするかもしれない。
「……怖かったのであります」
「怖かった?」
「あの時の自分は正しく正気ではなかった。返り血を浴びて、死臭に塗れていた。そんな姿を見て、拒絶されるのが……怯えられるのが怖かった」
「違う、おれが、おれがアンタを──!」
「何も違わないであります。あの時の自分は臆病だった。貴方たちを掬い上げた責任より、自分の感情を優先した愚か者だった。自分勝手に消えていったのであります」
それに、と続きを紡ぐ。
自分にとって罪の告白のようなそれは、自然と口が渇くことなくスラスラと出てきた。
何故かはわからない。ただ、詰まらず言えることは俺にとっては助けになっていた。
「自分はいつか、貴方たちがあんな……酷い目に遭うことがわかっていた。それを知りながら自分は何も貴方たちに言わず、まるで正義のヒーローのように助け出した。最初から伝えていれば、あんな目にそもそも遭わなくて済んだのに。自分の怠慢と臆病さが招いた、自業自得なのでありますよ、ドフラミンゴ殿」
「…………!」
そう言って、俺はなんだか自分のことがひどく馬鹿らしくなり笑った。
俺はいつだってエゴイストだ。誰かを救うのも、救わないのも、いつだって選択している。
この世界はもはや漫画の世界ではなく現実として俺の肩にのしかかり、どの人間にも、漫画でどんなモブだったとしてもそれまでの人生がある。
それを構わず、漫画の主要人物だからと依怙贔屓して助ける選別をしているのが自分だ。
あの町民達だって天竜人を虐げるだけの理由はあった。辛い経験をしていた。
それでも彼らが「ドンキホーテ兄弟」だから助けたのだ。あの時の俺は。
神気取りかと、自嘲が浮かぶ。
しかしその彼らも自分の精神を守るために放り出してしまった。
いつだって俺は自分が一番可愛い。
「だがあの時の優しさは本物だった! おれとドフィはそれで救われたんだ! アンタに酷いことをしたのはおれたちだ!」
「ロシナンテ殿。いいのであります。自分は罪を背負っていると自覚している。今になってそれを償いにきた愚か者でありますよ」
「……お前がそう思っているのなら、尚更おれはお前を離せなくなった」
ドフラミンゴが俺の身体に糸を巻きつける。そして、自分のもとへ一気に引っ張った。
俺はされるがままにその腕の中にダイブする。
「自分が貴方の元へ行ったとして、ロシナンテ殿を始末するのは止めてくれるのでありますか?」
「ロシナンテはファミリーを裏切った。始末はつけさせる」
「……なら、自分は貴方のもとへは行けない」
クズなんだが、俺の今回の目標はロシナンテとローの生存とオペオペの実だ。
ドフラミンゴの仲間になることではない。
俺は糸を覇気と膂力で引きちぎり、ドフラミンゴから離れまたロシナンテを背にする。
「お前……っ!」
「ドフラミンゴ殿もロシナンテ殿も、兄弟殺しの烙印を押させたくない。ロー殿の病も治したい。それが自分の目的」
「またおれから離れるのか! また、置いていくのか……!」
その言葉に心臓がずきりと痛んだ。
ドフラミンゴは被害者で、俺は加害者だ。
それでも俺はこの目的を違えるわけにはいかない。
「……ごめんなさい。自分はいつだって自分のエゴで動く。ドフラミンゴ殿にも、ロシナンテ殿にも、ロー殿にも死んで欲しくない」
「とんだ偽善者だ」
「ええ、だからこそ命を捨てる覚悟がある。この目的のためなら、今ここで一度死んだっていいと思っているのでありますよ」
ダメコン消費は痛いが死んでことが収まるならそれを選ぶ。残機はあっても一度死ぬことには変わりないのだが、まぁ、前世で死んでるし今世でも臨死体験してるし、慣れってやつだ。
「……どうすればお前を手に入れられる? 鳥籠の中に隠してしまえる?」
「自分は旅人。海を行く船。ずっと縛られたままではいつか沈むもの。ドフラミンゴ殿……残念でありますが、自分は誰のものにもならない」
俺は俺の自分勝手な願いを叶え続ける。
もう逃げたくない。ドフラミンゴに飼い殺しにされるのは「逃げ」だ。
命を選別し、殺すくせに誰かの生を願い、救済する。それがこの世界での俺の生きる意味だ。
向けた言葉の切先は、しっかりとドフラミンゴを捉えていた。