俺が言いたいことは全て言った。
あとはドフラミンゴの判断を待つだけだと、俺は黙る。
数秒、数分と無言の空間が積もっていく。ロシナンテの荒い息がはっきりと聞こえるほどには静かだった。
「…………わかった」
ドフラミンゴはフッと醸し出していた怒気をしまった。突然解かれたそれに、秋茜を持った手がピクリと動く。
「今回は引く。ロシナンテにもローにも手を出さない。それでいいんだろ」
「は、はぁ……そうでありますが」
「言っておくが、おれは諦めたわけじゃない。アンタに免じて、この場は解散するってだけだ」
ドフラミンゴは「明らかに不服ですが」という雰囲気を醸し出しながらも、部下に撤退の指示を出す。
そのあまりの呆気なさに、俺は少し放心した。
こんなあっさり、良いのか?
「アンタの名前を聞いてなかったな」
「……あきつ丸」
「そうか、あきつ丸」
ドフラミンゴがゆらりと動く。その動作に思わず体を構えさせるが、ドフラミンゴはそれもお構いなしに……俺を抱きしめた。
「……は?」
「あきつ丸、お前も諦めたわけじゃない。いつか絶対に、おれの鳥籠にしまってみせる」
「は、え」
「その時までせいぜい……おれのことでも考えていろ」
耳元で囁かれる低音がこそばゆい。
俺が混乱から解けないまま、ドフラミンゴはさっさと行ってしまった。
まともな返事ができなかった。てっきり、殺されるかと思ったのに。
俺の放心が伝わったのか、遠くに行ったピンク色の高笑いが聞こえるが、俺はまだ固まったままだった。
「助かった……のか……?」
「っ、そうだ、ロシナンテ殿! 無事でありますか!?」
「ああ、生きてる……ゲホッ」
「すぐに応急処置を!」
ロシナンテの苦しげな言葉でなんとか正気を取り戻した。おそらく数分は放心してた気がする。肩に雪が積もっていた。
ロシナンテの傷をなんとか止血する。俺ではロシナンテほどの体躯の男を運べない。自力で移動してもらわないと……。
「ロー殿も、大丈夫でありますか!?」
俺はロシナンテが背にしていた宝箱を開ける。そこには記憶よりも白い部分が増えたローがいた。しかし原作よりも深刻な程には進行していなさそうだ。
ローはなにやらパクパクと口を動かしていたが、ロシナンテの能力によって何を言っているのか聞こえない。
ロシナンテに能力を切ってもらえば、「怖かった……!」と泣きつかれた。
とりあえずロシナンテにはなんとか立ち上がってもらい、俺はローを抱き上げる。
そして家に向かって歩き出した。
「……アンタの名前、あきつ丸っていうんだな」
「そうであります。そういえば、あの時は言ってなかったでありますね」
「……なぁ、なんでドフィに本当のことを言わなかったんだ。拒絶したのはおれだ」
「それでドフラミンゴ殿が余計にロシナンテ殿への殺意を持ったらいけないと。それにほとんど事実でありますから」
「…………アンタには助けられてばっかりだ」
俺は助けられなかったから今こんなことになっているのだ。と言いたかったが、ロシナンテが鼻を啜る音が聞こえて、黙った。
ローはよほど怖かったのか俺にしがみついて離れない。
雪降るスワロー島。ロシナンテとローが生き残っている。一緒に歩けている。
目的の完璧な達成だった。
しかしドフラミンゴがあんなあっさり引いてくれるとはな……。こちらとしては良かったのだけど、これドレスローザどうなるんだ?
あとなんか俺のこと鳥籠に入れる宣言されなかった? え、ドフラミンゴの傀儡にされるってこと? それは避けたい!
俺は燃料が切れたら動けなくなるから、海に出てないと実質死ぬんだ。燃料切れの状態でドフラミンゴの能力で無理やり動かされてみろ、最悪だぞ。
ロシナンテとローも引き続き狙われるみたいだし、この二人がこの先苦労するのは変わりない……か。どうしような。
家に着いたら、ロビンにお湯を沸かしてもらう。ロシナンテとローの身体は冷え切っていて、低体温で死ぬんじゃないかってくらいだ。
二人とも今は能力者だから湯船に突っ込むのができないのが惜しいところ。
白湯を飲みまくって体を温めるしかない。あと湯たんぽ。
「おかえりあきつ丸さん、その様子だと上手く行ったみたいね」
「ただいまであります。ただ二人の消耗が激しい。ロシナンテ殿が特に重傷であります」
プレジャータウンの医者に見せるか。しかし今は体を温めるのが最優先だろう。もう少し体力を回復させないと。
ロビンはどこかホッとした様子で、俺にも白湯を差し出した。
「戻ってこなかったらどうしようって思ってたの」
「それは……」
「あきつ丸さん、あそこで死んでもいいって言ってたの、覚えてるからな」
ローが恨めしげにこちらを睨んだ。
しょうがないだろう。許されるなら一回くらい死んでもいいかと思ってたんだ。
ダメコンあるし……。
「自分には残機があるでありますから、いいかと思ったんであります」
「ザンキ?」
「一度死んでも生き返れるのでありますよ」
「それは……悪魔の実の能力か?」
ロシナンテの疑問に首を横に振る。ダメコンってどう説明すればいいんだろうな。
「とにかく、あそこで一回死んでも自分は復活できたのであります。だからドフラミンゴ殿への手段の一つとして用意していただけでありますよ」
「だとしても肝が冷えたんだぞおれは! あきつ丸さんがあそこで死んじまったら、おれは一生後悔してた」
「命の安売りはよくないわよ、あきつ丸さん」
責めるような三者の視線に冷や汗を垂らす。別にコンティニューできる俺の死でロシナンテとローの二つの命を救えるなら安いもんじゃないか。
別に自殺志願者ってわけじゃない。ダメコンがある限り「死」というカードは俺の手札にあり続ける。
「あ、こら。煙草は禁止」
「んぶぇ」
ロシナンテが徐に煙草を咥えたので、取り上げて飴を口の中にブッ刺した。怪我人が煙草を吸うんじゃありません。
すでに火がついてしまっているそれ。勿体無いな……と代わりに俺が咥えた。この世界でも煙草はなかなか高い。
「ヒェ……」
「なんでありますか?」
「ナンデモナイデス……」
ロシナンテが顔を手で覆ったが、よくわからなかった。傷が痛むのだろうか。
俺は煙草の灰をシンクに捨てながら、これからのことを考える。
まず家を増築しないといけない。ローはともかく、ロシナンテサイズのベッドはこの家に無い。それに客室も無い。
あとローの珀鉛病の治療。これは本人の頑張りしかない。麻酔無しの手術は大層辛いだろうが、流石に病院から麻酔を貰えるわけ無いしな。
傷が概ね治ったらこの待機期間で知り合ったヴォルフに預けるか。ギブアンドテイクで全てが成り立っている彼になら二人を任せられるし、いずれ潜水艦を造ってくれるだろう。
「よし、とりあえずロー殿は珀鉛病を治さないとでありますな」
「そ、そうだ! オペオペの実を食ったお前になら、珀鉛病も治せるぞ! やったな、ロー!」
「で、でも……どうやって」
「能力者に関することはロシナンテ殿とロビン殿のほうが詳しいでしょう。同じ超人系、なにか発動のコツなどあるのでは?」
「えっ、そうだなぁ……」
「そうね……」
俺は能力者じゃないので発動の仕方とか知らないし……。ローは原作では一人で手術を完遂させたからセンスはあるんだろうが、今だと極限状態の意識が薄いから発動しにくいかもしれない。
あれやこれやとアドバイスを受け取っているローを眺めつつ、俺は煙草の煙を深く吐き出した。
救えた……。
ドフラミンゴはまだわからないが、取り敢えずこの二人はひとまず安心だ。
ドフラミンゴ……あいつはどうなんだろう。何をすれば救われたと思ってくれるんだろうな。
残念ながら俺はドフラミンゴに飼い殺しにされたくはない。
しかし完全に関係に亀裂が走ったわけでは無いだろうし、後でまた考えよう。
そう考えてポケットに手を入れると、なんだか覚えのない紙の感触がした。
取り出してみれば、ドフラミンゴのサインと電伝虫の番号。そして「絶対に連絡しろ」の一言。
「いつの間に……」
あー、うん、取り敢えず……電伝虫、買わないとなぁ。
つくづくよくわからないドフラミンゴに、俺は煙草の火を消すのだった。