何時間経っただろうか。
ミホークと手合わせという名の殺し合いを始めて、随分と時間が経っていることはわかった。
体感では、もう三日四日過ぎ去ったような気分だが、日は一度も落ちていないらしいから、長くても4、5時間だろう。
俺は明確に消耗していた。
あちこちに深い切り傷ができ、気力も削られている。刃に精彩は欠け、刀を握る手は力がうまく込められなくなっている。本来の艦載機や艤装を使った戦闘なら丸々数日間ぶっ通しで戦えただろう。しかし、本来は主としない刀を長時間高度に使い続けることはこの身体には無理らしい。
砲撃の衝撃にも耐える体幹は崩れるし、援護射撃を日夜行える集中力はとっくに切れている。
ミホークによる大技も、辛うじて避けていなかったら胴体を大きく袈裟斬りにされていただろう。開いた詰襟からは球のような血を浮かせる傷が虫のように俺の肌に張り付いていた。
状態としては中破が適当か。
出血過多での心配は無いとはいえ、随分と血を流してしまっている。燃料効率も落ちている筈だ。
流石の鷹の目。ということだろう。最早俺の実力などとっくに超えて、前を進んでいってしまったのだ。
その証のように、目の前のミホークは数ヶ所切り傷はあれどもそのどれもが軽傷で、これからの継戦にも全く影響が無い範囲だ。
艦娘としての肉体的特徴に頼っている俺は、そのステータスがダウンすると大きく弱体化してしまうのだろう。
ミホークレベルの強敵と当たる時は、しっかり艤装を使わないとあっという間に負けそうだ。
ミホークの一撃を俺がギリギリで凌いだところで、一度剣戟に隙間が生まれた。
お互いに剣を納める。
ようやく師弟のコミュニケーションの終わりか、とため息を吐こうとした時──遠くから、悲鳴が響いた。
人数は複数、同時に大きな波の音も聞こえてきており、平時のそれではないと確信できる。
しかも、その悲鳴が響いてきたのはオービット号があった方角だ。
ヂリリと嫌な予感が脳を焦がして、俺は何か言おうとしていたミホークを放り滑走する。
お願いだからただの海賊であってくれと、久々に燃料が大きく消費されていく感覚を水飛沫と共に置き去りにして、全速のハンドルが折れるほどに速く滑った。
今日の航海士による気象予報は晴れのち曇り。海は穏やかで、風も強くない。程よい天気であり、夜もまた静か。
グランドラインではないこの海はある程度熟達した航海士の予報はほぼ当たる。オービット号は客船なのもあって、乗っている航海士のメンバーもそこそこベテランであり、俺が護衛していた期間だけでも予報を外したことはなかった。
外に出た時の感覚も見てわかる通りの晴れであったし、脚から伝わる海の波音も静かだった。
予兆は何も無かった。
無かった筈なんだ。
しかしその期待は、最早船と呼べるはずのない木片が浮かぶだけの水面に沈んで消えた。
オービット号はその立派な姿を木端に変えて、人の気配を一切無くしてただ痕跡を残したまま無くなっている。
薄れているワンピースの原作知識が、サンジとゼフを遭難させた渦潮だと脳内に今更赤線を引いた。
バクバクと鳴る心臓が身体に響くが、それとは反対に冷静な頭が「またか」と俺自身にため息を吐いていた。見開いているはずの俺の目から感じる視線は、軽蔑と呆れが込められ、救いようの無い馬鹿を見下すように内側から神経を刺している。
ロビンの姿は、見つからない。
「どうした」
追いかけてきたらしいミホークが声をかけてきたようだが、俺は返事をする事もできず、ただ目の前の事実に自分を思考の中で鞭打つのに忙しかった。
いつもいつも大切なことを忘れる頭は、いっそ己の記憶も意思も消し去って、完全に「あきつ丸」になってしまった方が余程素晴らしく明るい未来が待っているのではないかともしもの世界を幻視させる。
あるいはそれは、俺自身の甘さや軽率さから逃げたいがための醜い逃避なのかもしれない。
注意はしていた。毎日航海士の予報を聞き、海から伝わる波の異常を確かめ、周囲を艦載機に廻らせた。
だからまさかそんな、ミホークと会っていた数時間であの水難事故が起きるなんて、そんな、わからなくて。
グルグルと回る視界と思考がどんどん最悪な未来を描き始めている。ロビンは能力者だ。海に嫌われている彼女がサンジやゼフのように波に乗ってどこかに漂着するとは思えなかった。オハラでのあの出来事のように、俺でさえ苦労する重さをもって深い海の中に沈んでしまったのだろうか。
その時、俺がこの場にいたら助けられたのだろうか?
「……船が二隻、沈んだ跡のようだな。乗客に知り合いでもいたのか」
「自分、わかっているのであります」
「どうした?」
ミホークに向けた言葉では無かった。
何か喋らないと、そう本能が脳を刺激したのか、大して頭も回らないままに口だけが回りだした。
何故かいびつに上がった口角だけは、固定されているかのように動かせない。
知っているのに助けられなかったのは、これで何回目だろうか?
「自分は船であります船でありますから当然沈んだらそれまでなのでありますいや違うわかっているのであります自分は艦娘でありますが無念のままに死んだ先に待つのは黄泉ではなく別の存在だということを知っているでありますわかっているのであります本能でもっとドス黒く理不尽で危険な存在へと堕ちることにわかっているのでありますそれでも彼女がこの海の中に沈んだというのなら引き揚げてあげたいのです海の中は暗くて冷たくて人がいない寂しい場所なのでただ身体に藻が這って錆びて朽ちていくとても静かな場所なのでそこに誉もなくただ沈んでいくのはとても可哀想なので私は俺は自分が深海に堕ちたとしてもそれを成し遂げられるならば」
「落ち着け」
切り傷がある方の頬を思いっきりビンタされて、ようやく俺は何かぶつぶつと喋っていたらしいことを理性で理解した。
首がもっていかれるかと思うほどの張り手は、俺の狂いかけた瞳に正気の光を取り戻すのに十分な威力をしていた。
ミホークは、その影を落とした瞳で真っ直ぐに俺を見つめている。
「海に知り合いが投げ出されたなら探せばいい」
「だから、俺は海の中に行こうと……」
「馬鹿者、船が自分から沈んでどうする。海の底に沈んだ確証も無いだろう。先ずは周辺を探せ」
「でも、そんな、都合良く生きてる筈が……」
言いかけた時、二発目のビンタがまた傷のある方の頬を襲った。切り傷と打撲で馬鹿ほど痛い。
「おれはあの日、お前に会わなかったら無常のまま死んでいただろう。しかしおれはあの日からここまで生きている。死ぬような目には何度も遭ったが、ここまで生きていている」
「……?」
「嵐の中船が転覆し、海王類のいる海域に放り出された事もあった。しかし生きている」
「それはあの船の造りの問題では……?」
「いつもそうだった、海で死にかけた時、
ミホークの、瞳は影の中輝いて、どこか灯台が発する光を思わせた。
「お前が人を護る船だというのなら、そいつも生きているだろう。……その前にお前が沈んだら、どうなるかは知らないが」
ミホークは掴んでいた俺の胸倉を離し、さっさとあの飛行物体を放てと腕を組んだ。
俺は、頬の痛みに涙目になりながらも、なんとか艤装を用いて艦載機を呼び出す。
本来の武装であるそれは、呼び出すだけでも感覚が鋭敏に研ぎ澄まされる。
傷口に滲みる潮風が、赤い線に宿る体温をはっきりと主張させてくる。
探すだけ、探してみよう。
ダメだったら?
深海まで探しに行こう。
それでもダメだったら?
沈んでも、探し続けよう。
暗い海の底で、独りで朽ちていくのは、あまりにも哀しいから。
大丈夫、たとえ俺が別の何かになったとしても、ロビンはきっと俺だってわかってくれるさ。
俺は、ミホークの瞳に突き動かされるままに艦載機を空へと飛ばした。
本作の感想が1000件を超えました。
暫くの更新停止などありましたが、ここまで沢山の方に読まれ、また暖かい応援の言葉をいただけて本当に嬉しいです。
今後も、あきつ丸(仮)の旅を見守ってくださると、幸いです。
作者も、そのために精進して参ります。
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