概念ニャルラトホテプを召喚したのは不思議な感覚を持つ女の子。神討伐のためにみんなが仲良くなるまでの話 作:零眠れい(元キルレイ)
「――それで、君が私のマスターなのかな? お嬢さん」
暗く沈んだ廃棄された工場の中――赤い魔法陣の上に現れたその『人らしきもの』は、わたしにそんな問いを投げてきた。
一見すればその大人は、女性とも男性とも見分けつかない体型で、衣服を一切纏っていない。ここが風呂場などであったならまだしも、こんな外で、それも無人の所で、しかも廃工場内に現れたとあっては――かなり変態的で、エキセントリックなシーンである。いっそシュールとさえいえるだろう。
付け加えるなら、その『人らしきもの』は元々ここにいたとかではなく、わたしが魔法陣を描いて呪文らしきものを呟いたら、どこからともなく出現したのだ。それも、映画みたいな煙付きで。
ここまで様々な意味で非現実的なことが起きたとなると、むしろ現れたのが奇々怪々な怪物でなく、中性的な顔立ちというだけの平々凡々な人間でも、それはそれで異様さが増す。
だけどわたしが感じ取ったのは、そんな理屈抜きにした“ありえない”だった。
(――なに、これ……?)
恐怖心とは似ても似つかない思いに縛られ、たまらずすぐ隣にいた兄の服を掴む。兄はなにも感じていないのか、怪訝そうにわたしの名前を言うだけだ。
だけど今のわたしには、そんな周りのことに気を払う余裕なんてない。……両目を張って固まるしかないわたしに、その『ありえないもの』はフレンドリーにも近寄ってきた。
「ん? どうしたのかな、そんな狂っているものを見るような目つきをして。もしや裸体で現れたのは、子供には少々刺激が強かったかな? でも服を着るのは人間だけの文化で、我々には着用する習慣がないんだよ」
「…………っ……」
「――それとも、私がここにいるのがそんなにも不可解?」
わたしと目線が合うように腰を落として、ぬるりとした非常に緩やかな動作で、『それ』はわたしの片頬に手のひらをあてがってくる。ほんのりと冷たいだけの、しかし不自然といえるほどではない温度――皮膚の感触。
痛みや痺れは特になく、故に危害といえるほどではないのだが――それでも、全くの異質な生物から唐突な接触とあれば、少なくとも驚きというリアクションは生まれてしまうものだ。
――そのはずだった。わたしだって驚きたかった。そんな些細な所作一つで少しでも眉根を動かせたなら、どれほど安堵しただろう。
「な……にが、あなたを形作っているの……?」
いつの間にかわたしは、喉から声を絞り出して虚空に投げかけていた。
己の矮小さを弁えていたし、その言葉には『かすか』とさえ言えないほどの力しか宿っていないことも、十分に承知している。
……だけど。
「ありえない、よ……駄目だよ、こんなの――この世に存在したらいけないよ」
肩を震わせることもできず、首を横に振ることもできず、頬に当てられたその手を払うこともできない――が、それでもわたしは、口だけは達者に動かしていた。……自分でも何をやっているのだろうと、そう思う。
こんなモノを前にしては、どんな行いにも価値はないというのに。……それを理解していながらわたしは、本能的に目の前の『狂気』を拒絶し続けた。
一度受け入れてしまったら――生きていける自信がなかったから。
「だって、こんな矛盾……認めたら、何もかもが――」
「なら一つ、クイズをしようか」
わたしのセリフを遮るようにして、彼ないし彼女は、半ば強制的にそう提案した。見ればわたしの頬を触っていた片手はとっくに離れていて、代わりにすぐ目の前で人差し指を立てている。
「正解したらご褒美をあげる。そう気構える必要はない、誰だって答えられる簡単なものさ」
「……っ?」
相手の意図が読み取れないから、ではない――その発言をわたしの中で、どう処理すればいいのかがわからなくなって、戸惑って、吐きそうになって。
――だけど相手は、速やかにこう繋げた。
「さて問題です。『私の正体はなんでしょう?』」
そしてわたしは――そのクイズとやらに、何も反応することができない。きっと一秒過ぎても、三十秒過ぎても、生涯の時間を費やしたところで、何も答えられないだろう。
だからいつまでも沈黙する。いつまでも回答の候補すら浮かばない。わたしには何も――できない。
すぐさまそう悟って目を伏せるわたしに、数瞬ほど経過したところで『その異様』は、ゆるりと立ち上がってこう語った。
「うん、正解。とはいえ、どんな回答でも当たってるんだけどね。……じゃあ約束した通り、君にはとびきりのご褒美をあげよう」
「雨生夢月(ゆづき)」――と、そのとき初めて、わたしのフルネームを呼ばれた。ただそれだけのことで、わたしは抗えない意思が働くようにして、それを――『神』を視界に入れる。
その人影は笑っていた。
その人影は――わたしを見据えていた。
「君は私に、どんな在り方を望む? どんな“神様”であってほしいと、浅ましくも地べたから見上げ、乞い祈る――?」
……その問いかけに。
「わた、しは――」
――そこからのことは、『私』も知らない。
彼女がどう答えたのかは、なんとなくなら予想できるけれど、実際はどうだったのかは調べようがなかった。
その“記憶”はあっても、ついぞ『記録』は見つけられなかったからだ。
それらが『真実』であることを、私には立証することができなかった。
だからこの記憶は、“存在しなくなった出来事”と――そんなラベルで十分だろう。これ以上の詮索は虚言に繋がりかねない……それはできれば避けたい。
些かもやることではあるが、アレは『そういうもの』なのだから、いちいち気にしていても仕方がないのだ。
「やっぱり人間と接していた方が、よっぽど有意義ね」
――思えば。それが理由で私は、あいつからのこんな面倒な頼み事も、嫌がらずに引き受けてしまったのかもしれない――……。
……かつて■■は、『自分が存在する』ことを窮屈に感じていた。
『自分』という重みが、『存在』という堅さが、重力よりも物理法則よりも、狭苦しくて仕方がなかったのだ。
身体を透明にしたら解決するものではない。死ねばそれで良かったわけでもない。
どれだけ己の血肉を透き通らせても――やはり『自分』を溶かすことはできないし。
どれだけ己の生命を散らしても――やはり『存在した』という歴史は残ったまま。
故に■■は、一度でいい、そんなあらゆる拘束から解放されてみたいと、不意に好奇心を抱いた。
どこまでも緩やかなモノとして、いかなる縛りにも囚われない……こんな窮屈さから最も程遠い“何か”へとなってみたい、と。
本人にとっては、ほんのりとした願いでしかなかったが……行動力だけはピカイチで、ルール破りを恐れない■■ならば。別段強い熱意はなくても、悠々と気付けばその方法に辿り着いていた。
それは宇宙規模で禁忌とされていて、一人でも手を出せばたちまちこの世とあの世を破滅に陥れ、その身は『大罪』を背負うことになる危険なものだ。
その手段は、決して実行してはならないと知っていた。
その代価は、決して相殺されることはないと弁えていた。
――だけどそんなの、関係ない。■■の好奇心は、その程度では抑えられなかった。
触れてはならないとされるその禁忌は、しかしやり方さえ理解していれば誰でもできる、極めて簡単でくだらないものだった。……けれどこんなの、よほどの愚か者にしか興味は持てないだろう。
そう、■■のような生粋の愚か者でない限り――そして神秘の領域に足を踏み入れた、その時だ。■■はたちどころに悟った。
今この時から、己はあらゆる重みと堅さから解放され、ついに念願であった“窮屈でないモノ”へと成り果てたのだ。
もはや超常的な力をもってしても、絶対的な理を用いても、もう誰にも■■を縛ることはできない……それを骨の髄まで実感した。
……その在り方は、絶対防御という言葉は似合わず、無敵という表現も少し異なり――ただただ、“躱す”ことに特化したものだった。
呪いじみた不治の病は、いとも容易くなかったことにできる。
得意なことは、あっさりと苦手にすることが可能だった。
炎気質から、試しに水気質へと切り替えてみる。
怒りっぽい性格を、このさい気弱な性格にしてみよう。
殺されてもいつでも、それを忘れたように生きていられた。
その名前も、その種族も、その性質も、その経歴も――平たくいえば“何でもあり”。全てが思いのままに、■■のタイミングで固定させて、また別のものにできたのだ。
――とどのつまり、その禁忌とは――『事実を確定できない概念』であった。
どんな事実を積み上げても、どれほど苦労して事実で抑止しても、どれだけ事実に救いを求めても……■■がひとたび思うだけで、それらは例外なく瓦解する。
幾重にも最悪から活路を見出させた“矛盾”と呼ばれる機能を頼みにしても、やはり■■を止めることはできなかった。
そうして次第に、自由自在に本物と偽物を弄ぶ立場として――いつしか『這い寄る混沌』という異名で、様々な星や生物から崇められるようになる。
何人たりとも犯してはならない大罪を行ったモノとして……かつてはちっぽけな一つの生命体でしかなかった■■は、今や“生命体”という次元では到底推し量ることができない、『邪なる神』となった。
……だけどそんなことは、■■にとっては些細なことで、どうでもいいことだ。もっとそれよりも、致命的な欠陥を抱えてしまった。
森羅万象を穢し、冒涜した■■は――その代償として、全てを失ったのだ。
全てを手に入れたと同時に、何もかもが根こそぎ、消えてしまった。
もう己は……切望し、渇望し、あらん限りに努力をしても、どこまでいっても“フリをする”ことしかできない。
どんなに規則性があるように振る舞っても、唯一無二のこの権利を握りしめ、それを手放せない以上――こればかりは、■■にもどうすることもできなかった。
たとえ永遠にも似た悠久の時を『こうしよう』と決定し、その個性を定めたところで。
ある日「やっぱりやめた」と、気まぐれでも■■が方針を変えてしまったら、そこで水の泡の如く、瞬時に変化してしまう。
■■に、変えられない形はない。
■■に、変えられない心もない。
魂も、跡も、質も……全部が全部、己が念じるだけで苦もなく変えることができてしまう。
そこには煩わしかった“重さ”も“堅さ”も……その一切が、つい失笑してしまうほどに無かった。
――これほど軽いモノが、かつてこの世にあっただろうか。
――これほど薄いモノが、かつてあの世にあっただろうか。
もはや神となった■■は……どんなものより意味がなくて、どんなものよりも価値がなかった。
たった現在に限定して、自らその中身に大量の規則を詰め込み、制しても……結局その本質は、“空っぽ”も同然だ。
――『無い』も同然だ。
けれどまたもや矛盾することに……己には『有る』という騙しに等しい正直行為しか、赦されていない。
なぜならそれこそが邪神としての務めであり、役目であり、永久に逃れることのできない罰なのだから。
「……なんだ」と、■■はため息交じりに呟く。
「てっきり面白そうだと思ったから、宇宙のルールとやらを破ってみたのに、こんなにも『つまらないもの』だったなんて……あーあ、やるんじゃなかったぁ」
……なんて、あの日の私はそんな風に、大層に嘆いたものだよ――と、向かい合わせに座るニャルラトホテプは飽きたように、長かったその語りをようやく結んだ。
奴はいかにも思い出話であるかのように、流暢にもそれっぽく、つらつらと一方的に喋っていたが……だとしたら根底から、滑稽なほどおかしな矛盾がある。
もしもその話に、嘘偽りがないのだとして――だったら全てを失ったこいつに、語れる過去なんてないだろう。
故にこれらは、ニャルラトホテプが暇つぶしに作った妄想話か。仮に本当の思い出であるとしたら、呆気なくそれらが覆るのも、時間の問題である――。
久しぶりにFate/Zeroの小説を読んでいるのですが、なぜかギルガメッシュにロリを感じました。ショタじゃないです、ロリです。
あと時臣かわいいなって思いました。ケイネスは(声が)とりっぴいです。
投稿頻度は決めていませんが、とりあえずゆっくり、まったりやります。
追記(04/17)……後半の本文を大幅に変えました。本編には影響ありません。
ニャルのイメージイラスト
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