概念ニャルラトホテプを召喚したのは不思議な感覚を持つ女の子。神討伐のためにみんなが仲良くなるまでの話   作:零眠れい(元キルレイ)

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1話 あれは神様だったのかな?

 すやりすやりと、わたしは慣れ親しんだ布団に包まれて、眠りについていた。睡眠特有のリラックスに全身を委ねて、頭の中で自動的に描かれていく夢に、抗うことなく浸っている。

 今日も今日とてその夢は、まるっきりファンタジーのような設定で、ファンタジーでしかないストーリーだった。現実に似ても似つかない、けれどどことなく現実味を帯びているもの――まぁ要するに、普通の夢だ。

 正夢でも、悪夢でもない――よくよくありきたりな、虚構だらけのデタラメなもの。ほんの少しの話題にしかならず、特別おもしろいわけでも、特別おそろしいわけでもない。

 だからそこまでならば、起きればすぐにでも忘れてしまうような、そんな小さな日常に過ぎなかったのだが――しかしここからは、ちょっとしたニュースくらいにはなるだろう、少し変わった不思議な出来事に変わる。

 

(――だれ?)

 

 足音が聞こえた。これといって特徴がない、至極平均的な足音が。……それはどんどんこちらに近づいてきて、目を閉じて夢を味わうわたしのすぐ横にまで寄る。

 なぜか怖い感じはしない。警戒心も働かない。『その人物』からは、敵意や悪意を読み取れない。逆に慈愛や温かさも帯びていないけれど、ともかくわたしは、その人のことを知っているような気がした。

 懐かしいわけでも、親しいわけでもない――会ったことすらないはずなのに、それでもわたしは知っている。……どうして、そう思ってしまうのだろう?

 なにがなんだかさっぱりで、ただひたすらわたしは困惑して……いや困っているというよりも、ただただ“わからない”となって。

 だけどそれを咎めるばかりか、『その人物』は不意に、楽しむようにわたしの頭を撫でるのだ。

 それは大人が子どもの頭を撫でるような、可愛がるみたいなさすり方。人間味に満ちた手つきで、人間としか思えないような――手のひらの形。

 

(ねぇ、あなたは……どうして、ここに)

 

 熟睡中のわたしは、つまりは意識がないわたしは、そのまま外部のほんのりとした刺激に気付くことなくされるがままに、触られるがままになっていた。

 わたしには『その人物』がどういう思いであるのかが、まだ測れない――けれどお構いなくとばかりに、ひとしきりに頭を撫でると今度は、悪戯心とばかりにわたしの頬を軽くつねったり、肩にかかる後ろ髪をすく。

 『その人物』は何も言わない。その眼差しに何を込めているのかが汲み取れない。その両目が何色であるかさえも、わたしは探れない。

 だけどそれが何者であるかは、どういう存在なのかは言い当てられる気がして――。

 

(あなたはわたしに、何を求めているの……?)

 

 口を開くことも叶わず、心の中でそう問いかけてみれば。

 途端に室内に響いた『くすり』という笑みのような返答に、わたしは目覚ましが鳴っているわけでもないのにガバッと飛び起きた。

 ……背筋が凍りついたわけではない。むしろ恐怖なんて感情は、一向に湧き上がらなくて。笑い声のようなそれも、ボリュームは大してなかった。

 しかしそれでも、眠気が吹き飛ぶ勢いでわたしは急速に覚醒していく――反射的に辺りを見回してみるが、けれど小さな自室には、わたし一人だった。わたしの服装も、少し散らかり気味な家具や小道具も、これといって変化はない。誰かがいた痕跡らしきものは、何も残っていなかった。

 ――なんだったのだろう、今のは。

 さっきのは夢の一部だったのだろうか? わたしの妄想でしかないのだろうか? こんなことは一度として体験したことがなかったために、ただただ途方に暮れるばかりで、置き去りにされたような錯覚にさえ陥り、わたしは無意識のうちにこんな単語を呟く。

 

「神――さま……?」

 

 ピピピピピピッ! ピピピピピピッ!

 

「ふぇぁっ!? ……って、ああ……なんだ。アラームか……びっくりした」

 

 あたかも自分の独り言に対して返事をするかのように、すぐ近くから生じた騒音は、別に奇っ怪なものでもなんでもなく、わたしが寝坊しないようにと日頃から設置していた目覚まし時計によるものだった。

 なにせタイミングがどんぴしゃだったために、ついビクッと肩を震わせてしまったけれど、その煩すぎない騒音の正体が判明したら、あっさり落ち着きを取り戻す。

 忙しなく動かしていた視線を枕元の目覚まし時計へと収束させて、わたしを起こそうと必死になっているその音を止めるために、スムーズに電源をオフにした。

 そのついでに時計の針を確認してみれば、現時刻はぴったり八時――窓から入ってくる明るい日光から、今が朝方なのだということがはっきりする。

 

「今日は、土曜日だから……急いで支度しないでいいのか。特に用事もないし……」

 

 これが学校がある日なら、すぐにでも立ち上がって十分以内に家を出ないと間に合わなくなるけれど、今日は休日。のんびりくつろいでいても、何も問題ない日である。

 どうして予定がないにも関わらず、こうして普段の登校日と同じ時間にアラームをセットしていたのかといえば……単に、毎日やっておかないといざという時に抜けてしまうから、習慣にしているだけだ。

 昔何度かセットし忘れて、遅刻して先生に怒られたから、その対処である。規則正しい生活を送るため……という、生き物としてしっかりしようという考え方は、わたしは持っていなかった。

 なので、せっかくの休日だしダラダラと、今から二度寝するというのもアリなのだが……うむ参った。眠気が完璧に消え去っている。

 身体も脳も完全に目覚めモード。さっきの不思議な出来事がそうしたのかは不明だけれど、もう夜まで寝付けそうにない。こうなったら潔く起きて、今日という休日を活用するとしよう。

 朝食……はひとまず後回しにして、とりあえず庭にでも行って、アリさんの観察でもしようかな。そう思って立ち上がろうとした節に――そこでようやく、わたしはその“本”の存在に気がついた。

 

(……? これは……?)

 

 まるでサンタクロース(実親または育ての親)が娘息子のすぐ脇にプレゼントを置くようにして、その一冊の本らしきものはひっそりと、目につきやすい所に佇んでいる。わたしに――そのプレゼントを送るとばかりに。

 もしもそれが自分の好みのものであったり、もしくは家族と仲が良いのならサプライズだろうと繋がって、嬉々として受け取るのだろうけれど――あいにく書物は苦手な方だし、わたしの家族の中にそういうことを行う人はいない。

 つまりわたしからすればその異物は、心当たりがまるでない全くの不気味なものでしかないのだ。……それでもなんの迷いもなくその本に手を伸ばしたのは、好奇心に駆られたからである。

 ぱっと見、危ないものではなさそうだし、確かに不気味ではあるものの、その紙からはそれ以上に惹き込まれる“何か”があった。

 ――手に取ったなんとなくの第一印象は、『なんだか古そうな本』というものだ。

 

(質感も、紙の色も、教科書とは全然ちがうなー……あれ? こっちが表紙?)

 

 試しにペタペタ触って、ひっくり返してみると……どうやら先程の真っ白な面は『そういう本だから』というわけではなく、単なる裏表紙だったかららしい。

 表にしてみると、そこには黒い筆で書いたような文字で、『ニャルラトホテプの召喚方法』とあった。……なぜ小学四年生で国語の成績が悪い意味でやばいわたしが、ラスト四つの漢字を難なく読めたのかといえば、親切にもフリガナがふってあったからである。

 にゃるらとほてぷ……というのが、何を指しているのか知らなかったけれど、自分でも読めそうという嬉しさと、趣きのあるワクワク感と、妙に吸い込まれてしまう感覚というトリプルの理由で、すっかりわたしは読書の姿勢に切り替えて、早速ページを開いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 すぐに飽きるかと思いきや、意外と長続きしてしまう。いやそれどころか、わたしはどんどんその本に釘付けになっていた。

 タイトルに反して召喚方法やニャルラトホテプに関する記述は比較的あっさりしていて、必要最低限度という感じ。そこから先の大半は、なぜか日記とも小説ともとれる独特な言い回しの物語が展開されている。

 だがその物語――より正確にいうなら短編集のようなその部分が、絶妙にわたしの心を刺激されるのだ。読書慣れしてないからゆっくりであったものの、中断することなんてできなかった。

 こんなに本を面白いと感じるのは、一体いつぶりだろう――誇張なしでそう思えるほどの出来だったために、意識は否応なしに綴られている文章へと向く。

 だから脈絡なく、背後の扉――この私室の唯一の出入り口であるそこが開いたことを察知するのに、一拍遅れた。

 その人はあらかじめ扉を二度三度叩くということもせずに、なんの躊躇いもなくわたしの部屋に入ってきて、間髪入れずにこう声をかけてくる。

 

「あぁいたいた。よー夢月、暇なら一緒に出かけない? このまえ新しい良さげな狩り場を見つけてさ、今が絶好の機会っぽいんだよねー」

「あっ……お兄ちゃんっ。来てたんだ」

 

 振り向けばそこにいたのは、わたしとはかなり歳の離れている兄、雨生龍之介。肩の力を抜いた仕草と声で、気さくにわたしの方へと寄ってくる。

 まだ九歳の、成人の半分も到達してないわたしと違って、既に独り立ちしている身の兄は、普段はこの家に住んでいない。けれど二ヶ月に一度ほどの頻度で、連休になるとわたしを『お出かけ』に誘いに来てくれた。

 お兄ちゃん以外の家族とは会話しない――どころか、クラスメイトとさえも交流しないわたしにとっては、貴重な話し相手である。数年前までは一人友達がいたけれど、その子と別れた現在では、縁があるのはお兄ちゃんただ一人だ。

 なのでそんな人を無下にするという発想もなく、これが両親ならば話は別だったが、気を許した兄ならば快く部屋に歓迎する。

 

「うんっ、いいよ。全然暇、むしろベストタイミングだよっ! ちょうどお兄ちゃんに、ちょっと手伝ってほしいことがあったんだ」

「ん……? 手伝い? なに、とうとう夢月にも殺人癖が芽生えた?」

「いや、そういうわけじゃないんだけど……これ」

 

 持っていた白い本――というより、歴史を感じる用紙を重ねて、一括りに纏めただけのようなそれの表紙を、お兄ちゃんにもよく見えるように差し出す。

 それから訝しるような表情の兄に、わたしは簡潔に伝えるのだ。

 

「このニャルラトホテプって神様、召喚してみたいの。でもそのためには人の血で大きい魔法陣を作らないといけないみたいで……だから今回は殺す時に、できるだけ血を抜いて取っといてほしいんだ」

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