概念ニャルラトホテプを召喚したのは不思議な感覚を持つ女の子。神討伐のためにみんなが仲良くなるまでの話   作:零眠れい(元キルレイ)

3 / 8
2話 不思議少女は兄が好き

 詳しいことはリビングで朝食を摂りながらということになり、わたしが両親から用意されたご飯を黙々と口に入れている間、既に食事を済ませているお兄ちゃんは、隣の席で渡した本を読み解いていた。

 現在はこのリビングに限らず、自宅にはわたしとお兄ちゃんしかいない。お父さんもお母さんも外出中だ。だから白昼堂々と、犯罪計画について語っていても何も問題ないのである。

 ……まぁ、あの放任主義な二人なら、自分たちが法律に反したことをしてると知っても、極力関わらないようにと見逃すような気もするけれど。でも……そう零したらお兄ちゃんから、『絶対に悟らせてはいけない』と強く念押しされたので、ちゃんと油断せず警戒する。

 犯罪ごとに関する全般は、兄の判断に任せるのが無難だ。――なのでこの『召喚』についても、兄ができないというのならそれに従うつもりではあったのだが……

 

「……うーーん……」

 

 先ほどから一人で神様の召喚方法を流し読みしている兄は、明確に止める言葉を紡がないものの、それでも渋るとばかりに頬杖をついて、唸ってばかりだった。

 賛同か不賛成か――せいぜいわたしが予想していたのはそのどちらかであったため、そのどちらともつかない“難色”という顔つきをするとは……ちょっと意外である。一体なににそんな、躓いているのだろう?

 書かれていることは小学生のわたしにも理解できるほどの、担任の先生の授業よりも懇切丁寧な解説だったし、注意事項にも目を通したが、これといって渋るようなところもなかったはずだ。

 もしかして……召喚の手順のページにあった、『用意するもの……血液(一リットルもあれば十分)』に手こずっているとか? わたしにはそれがどれくらいの量かイメージできないけれど、簡単に取れないくらいに多いのかな。

 兄の反応を横目にするたびに、モヤモヤとした不安が覆いかぶさる――けれどとりあえずは、読み終えるまで待ってみようとわたしは朝食を続けた。

 今日の献立は、野菜炒めと食パン一枚。豪華なわけでも質素なわけでもない、一般的だろうそれらを、しかしわたしは独自に調味料を入れて味を変えた。

 野菜炒めの方には二種類のジャムを、水で軽く濡らした焼きパンには、全体的に醤油を垂らす。うちの両親は料理下手というわけではないが、わたしにはこちらの方が、断然食べやすかった。

 この食べ方がおかしいことくらいは、さすがのわたしも弁えているため、学校内では――というより、外ではやらないようにしている。

 だけどここには気を許したお兄ちゃんしかいないから、遠慮なくそれらを食すことができた――残り食パンが半分というところで、それまで視線を落としていた兄が唸り声以外のものを発する。

 

「――……っと、説明書としてはここまでなんだ。こっから先は……へ? 小説?」

「あ、うん。まだ全部読めたわけじゃないけど、たぶん残りはその短編集だと思う。すっごく面白かったよっ! つい一気読みしちゃったくらいっ」

「ふぅん……」

 

 わたしの熱量とは正反対とばかりに、相変わらず興味があるのかないのか定かでない顔つきをするお兄ちゃん。どうせそこで切り上げる気だったのだろうが、わたしが惜しみなく好評したら押されるように、黙読を再開した。

 兄は昔から、こういった創作物を何かと厭う。何でもリアル感がなく薄っぺらいからという理由らしいが、きっとそんな感性が冷めきった兄でも、この短編だけは読み始めたら止まらなくなるはずだ。

 なぜなら同じく感性が冷めきっていたわたしが、こんなにハマってしまったのだから! ――なので一、二ページほど進んだところで、わたしは期待を込めてお兄ちゃんに堂々と話しかける。

 

「ね、ねっ、面白いでしょ!?」

「いや全然」

 

 そして一瞬で撃沈した。……兄の表情は何一つ高揚を帯びていない、それどころか何色も宿しておらず――言ってしまえば態度その他諸々が、『つまらない』と物語っている。

 しかしどうにも腑に落ちなかったわたしは、少しばかり譲れなかったため抗議の声を上げた。

 

「え、えぇぇー……嘘、なんでぇっ? 読めば読むほど惹き込まれないっ?」

 

 ――けれどそんな頑張りも虚しく、お兄ちゃんは否定的にかぶりを振ることさえせず、『どれのこと言ってんだろ……?』とばかりに首を傾げて、こんな返答をするだけだ。

 

「これならその辺に売ってある少年漫画の方がいいんじゃねぇ? それともなに、中盤で巻き返したり、ラスト付近でどんでん返しでもするの?」

「あう……しない、です……」

「じゃあいいや。――それより、訊きたいことがあるんだけどさ」

「はい……なんでしょう……」

 

 お兄ちゃんは酷くあっさりと関心をなくしたように、その日記ともとれる短編から視線を離し、パタリと無慈悲にも本を閉じた……。

 きっと兄のことだから、わたしを傷つけるつもりなど全くなく、素直に感想を言ってるに過ぎないのだろうが……その追撃に、わたしはすっかり床に伏せる勢いで沈んでいく。まさかここまで良さが伝わらないなんてな……ううん……。

 別に自分で書いたものではないし、知り合いが執筆したわけでもないので、そこまでへこむ必要はないのだろうけれど……なんだかそれでも、ちょっぴりショックである。

 世知辛いなー……なんて、そんな風に自分の内心に集中していたために、相槌は打ったもののわたしは少し、ぼんやりしていた――だからお兄ちゃんから来たその質問に、とっさに返事をすることができない。

 

「夢月はこれ、本当に実現すると思う?」

 

 兄は本を指差しながら、極めて真剣な両眼でこちらを見てくる。その意味をたちどころに汲み取ったわたしは、その眼差しをしっかり受け取って、下がっていた身と心を起こし、しゃきっとした。

 それから改めて、表紙の――『ニャルラトホテプの召喚方法』と記載されているその書物を手に取り、じっくりと眺めながら浮かんだ“直感”を、包み隠さず兄に伝える。

 

「……わかんない。できるような気もするし、できないような気もする。なんでかあんまり、はっきりしないんだよね――でも、一つだけ。“この本からは神様の気配がする”のは、確かだよ」

 

 ……それは、少なくともわたしにとっては、ごくごく当たり前なセリフだった。別段訝しるほどのことでない、そういうこともあるだろうというもの。

 だけど他の人――例えばクラスメイトなんかにこの話をしたら、きっと相手にしてくれないどころか、変な噂を流すのだろう。

 『雨生夢月が気味の悪いことを言っている』……と。

 でも、お兄ちゃんだけは違って――完全に懐疑心がゼロというわけではないが、それでもあくまでも信じる方向で、気負うことなくこんな確認をしてきてくれる。

 

「神様の気配って……神本人? 信者とかそういう、派生のものじゃなくて?」

「うん。……お兄ちゃんは感じないの?」

「んー……これといって特には。オレにはただの、『猿でもわかる召喚儀式の説明書』をそれっぽい雰囲気で作ったジョークアイテムにしか見えないなぁ。まぁおまえがそう感じるなら、たぶんガチなんだろうけど」

「…………」

 

 そっかとわたしは、大人しく引き下がった。つまんでいた本を置いて、あと少しで食べきる食パンをかじりつつ、そっと口を閉じる。

 お兄ちゃんのそれに悪意がないことは分かっていた。自分のそれが怪しいもので、常識とかけ離れていることも分かっている――だけどやっぱり実感だけは、いつまで経っても生まれない。

 だってお兄ちゃんには見えずとも、わたしの瞳にははっきりと映っているのだから――確かに初見では看破しづらいが、一度そうだと認識したら間違えようがない。

 この一枚一枚の紙、綴られた一つ一つの文字には、明らかに神様の名残がある。実際にこれを執筆したのがニャルラトホテプという神なのかは、まだ判断できないけれど……そうだとしても、不可思議ではない。

 ……むしろわたしとしては、そこまで判明しているにもかかわらず、決定的な部分である『召喚の実現』について、いつまでも直感が働かないことの方がよほど奇妙に思えた。

 

「けど、急にどうしたんだよ」

「え……?」

 

 最後のパンの欠片を飲み込みながら、わたしは考え事を区切ってお兄ちゃんの方を向いた。すぐにはそのセリフの意図を察せないわたしに、兄は素朴な疑問を吐露するように、こちらの表情を一瞥する。

 

「だってほら、こういう宗教じみたものにはもう関わらないって、むかし宣言してなかった? 今更どういう風の吹き回しだよ、こいつに会って何がしたいのさ」

「ああ、それは……」

 

 と、別段やましいことはなかったために、つらつらとわたしは何も思考することなく、つまりはニャルラトホテプという神様を召喚したい動機について、思ったままのことを伝えようとしたのだが――

 

「……あれ、なんでだろ」

「は?」

「えっ、あ、いやっ、えーっと……その……」

 

 「うーん……?」と、いざ声を発しようとした瞬間に、わたしは急に何も出なくなって、そこで初めて自分自身に疑問視した。――どうしてわたし、神様を召喚したいなんて思ったのだろう?

 言われてみれば、そうだ。わたしもう、こういうのには拘らないって決めたのに――まぁでも別に、あれは拒絶するって意味で宣言したんじゃなくて、あくまで心持ちみたいな問題だし……うん……。

 たぶんああも眉を顰めてる兄のことだから、あっちはあっちでかなり当惑しているのだろうが……それ以上にあたふたするわたしは、まとまらないままに気づけば、こんな返しをする。

 

「そんな特別な動機はないっていうか……なんかこう、この本の通りにやったら、何か良いことが起こりそうじゃないっ?

 紹介にも『ニャルラトホテプは善良な神だよ☆』って書いてあったし、危険な香りもしないし……だからただ、なんとなく試したいっていうか……なんというか」

 

 どことなく支離滅裂のような、しかし一応の筋は通っているような、そんなあやふやとした答え方しかできないわたしだが。

 「……要は好奇心ってやつか」と、兄なりに噛み砕いて解釈したらしく、そのことは納得したようだ。……というより、お兄ちゃんにとって重要だったのはそっちではなく、次のことだったらしく――。

 

「ってことは、オレとの約束を忘れたわけじゃないんだな?」

「そ、そりゃもちろん! 忘れるわけないよっ!」

 

 今度は迷わずそう即答すると、それまで何ともいえない顔つきであった兄であったが、口元にいつもの嗜虐的な笑みを浮かべて、二回ほどわたしの頭をさする。

 見ればそれまで漂わせていた曇りや怠けが、すっかりなくなっていて――様相はすっかり、殺人鬼モードになっていた。

 

「いいよ。早速その冬木って場所に行って、やってみようか」

「っ……ほんと?」

「ああ、そんなに手間はかからないみたいだし、儀式殺人ってのもなかなか愉快なものかもしれない。まぁ成功したら、御の字ってことで」

「うんっ……ありがと、お兄ちゃん!」

 

 たまらずわたしも、自然に笑みがこぼれてくる。それは心を開いた人の前にだけ出る、親愛の証のようなものだった。

 ――わたしは人を殺している時の兄が、一番好きだ。

 獲物となる女子供を絶望に叩きつけるその姿が、この世で一番、輝いて見えるから。




 夢月のイメージイラストです。キャラデザがそこそこ変わってます。

【挿絵表示】

 オリ主関連のイラストばかりだと申し訳ないので、できることならFate/Zero関連のイラストも描きたい。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。