概念ニャルラトホテプを召喚したのは不思議な感覚を持つ女の子。神討伐のためにみんなが仲良くなるまでの話   作:零眠れい(元キルレイ)

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3話 ちょいグロと召喚

 その日のうちに冬木市という所に着いて、まるで人気がなく誰も近寄りそうにない廃工場に目を付けたお兄ちゃんは、深夜に家出中の身である女の人を一人連れてきて、早速その体内から血を抜き取りにかかった。

 購入しておいた小さめなバケツにその女の人を固定して、血が漏らさず入るように両腕を縛り付ける。そしてリストカットみたいに、お兄ちゃんが愛用してる刃で皮膚に適度な切り傷をつけて、垂れてきた赤い液体が容器の中に行くという仕組みなのだが……

 

「お……おねがいっ……もう、ゆるし――あぁっぐっ!?」

「大丈夫だいじょうぶ、わかってるって。ある程度の血を提供してくれたら、ちゃんと解放するさ。さっきも言ったでしょ? オレたちどーしても生き血を用意しないとならない重大な訳があるんだって。

 だから君もボランティアだと思ってさ、ちょっとばかり協力してよ。貰うっていっても全部じゃない――せいぜい瀕死になるくらいだろうからさ」

 

 ――と、時々その女の人の両腕に新しい傷口を増やしつつ、すぐ隣から饒舌に話しかけているお兄ちゃん。……そう、見ての通り兄は、効率的に血液を採取しようなどとは考えず、あくまでもいつもの殺しにその工程を取り入れただけだった。

 だからあえて、すぐには致命的なダメージを与えずに、地道に少しずつ、確実に相手の恐怖心を煽りながら手間暇をかけて採血している。

 なぜ尋問でもないのに、そんな心理誘導をかけているのかといえば……曰く兄にとって殺しとは、単なる生命の死を楽しむものではなく、対象となる人物のあらゆる感情を引き出してこそのもの……らしい。

 度々それが本質だと語られたが、正直その辺のことは、わたしもまだ半分くらいしかピンときてなかった。自分にとって殺しとは、やはりどこまでも『相手に死を与える行為』でしかない。

 でも……だからこそわたしは、兄のその持論に惹かれ、理解に務めているのだ。――そうしてかれこれ五年ほど隣で見てきた経験で、共感まではできずとも、お兄ちゃんの嗜好は一通り把握したつもりである。

 だから例えば、兄がこうして対象者に話しかけているのは返事を貰うためではなく、より強い不安を掻き立てるためとか――今の『解放する』という発言はノリであることとか、そういったことは察せた。

 なので、当然のように非効率的なやり方で血を採取するのだろうことは、事前に予想できていたのだけど……。

 

「――お兄ちゃん、バケツがいっぱいになるの、まだまだ時間かかりそう?」

 

 女の人とは正反対の位置でバケツの中を覗き込みながら、わたしはそう尋ねた。普段ならばお兄ちゃんがどれだけじっくり人殺しをしようと気にかけないのだが、今日ばかりは『召喚』という楽しみにしていることがあるので、ついしびれを切らしてしまう。

 あくまでもわたしは頼み事をした立場だし、何より兄のこういった趣味にはできるだけ邪魔をしたくないので、そのやり方に文句をつけたくないのだが……些か待ちくたびれてしまった。

 ――そんなわたしの心境をある程度は汲み取ったのか、それともいないのか、ともあれ獲物である女の人の方を向きながらだが、上機嫌に応答してくれる兄。

 

「あーそうだねぇー、もうちょいかかるかなー? ――確か必要な量って、一リットルだっけ?」

「うん、それだけあれば足りるって」

「じゃあせっかくだし、具体的にそれがどれくらいの量なのか、この子に教えてもらおうか――ねぇ君、一リットルの液体って、大体この辺りまでだと思うんだけど合ってるかな?」

 

 嬉々としてニコニコと、バケツの半分よりやや下ら辺を指すお兄ちゃん。すると女の人は、そんな兄に怯えるようにコクコクと素早く、必死に頷いた。

 その反応が気に入ったのか、笑って兄は「そっかそっか、実は少し迷ってたんだよねー。助かったよ……だからお礼に、もっとゆっくりいたぶってあげる」と、刃物を見せびらかすだけで吐水口は増やさず……あぁダメだこれ。とても時間がかかるパターンである。

 欲を言えばサクッと抜いてほしかったのだが、仕方がない。気長に横から眺めるとしよう――別にわたしも、兄と同じ楽しみ方はしないというだけで、自分なりの楽しみ方を持ち合わせている。

 これらの拷問から、お兄ちゃんの口癖である『COOL』とか『可愛い』とか『色鮮やか』はあまり感じないが。代わりに『目新しさ』や『面白さ』が、わたしの胸の中を占領していた。

 だけど、何も魅力ポイントは手口だけじゃない――視線を上げて女の人の表情を注視してみれば、兄が狙った通りの苦痛と恐怖に滲みきったものになっている。

 

(やっぱり……こういう顔好きだな)

 

 見ていてとても、安らかな気持ちになる――たまらずわたしは、その頬に滴る一雫の涙を指ですくって、ぺろっと舐めた。

 なんだか絶望の味がして、いいね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 それから二十分か三十分かが経過したところで、ようやく血液が一リットルほど溜まったらしく、わたしは兄からそれを受け取ることができた。

 量としてはバケツ全体の二割もなかったが……実際に抱えてみると、そこそこの重さがある。お兄ちゃんは軽々と片手で手渡してきたが、わたしの場合は両手で抱えてなんとか運ぶことができた。

 これが大人と子供の筋肉の差か……なんて呆然と思いながら、わたしは少し離れた位置まで移動する。本当は受け取ったすぐ近くで魔法陣を描いても良かったのだけど、せっかくなら視界が少しでも晴れている所の方が綺麗にできるだろう。

 ――そんなこんなで悪戦苦闘しながらも、持参してきた召喚方法の書物をめくって、丁寧に解説されている通りに、自分の指を赤いインクで濡らし床に魔法陣を形成してみる。

 ろくに練習もせず、しかも定規が使えなかったので、少し心配になっていたのだが……ところどころに記載されているコツを余さず拾いながらやってみれば、結構うまくいった。

 これは解説が良かったからなのか、それともわたしには実はそういう才能が秘めていたからなのか……いや、前者だろうな。びっくりするぐらい分かりやすかったし……まぁ言ってみただけである。

 それから何度も完成図と照らし合わせながら、コツコツと赤い液体で模様を描き足していった――そしてあと少しで完成というところで、後ろから兄の声がかかる。

 

「よっ、調子はどう? 順調? ――へぇ、夢月にしては良い感じに描けてんじゃん。血で魔法陣なんて単純といえば単純だけど、こうしてみるとCOOLだねぇ。なんか滾るものがあるよ」

「ん――そんなに気に入ったなら、次はお兄ちゃんがやってみる? わたしはハマるほどじゃなかったから、今回限りでもういいかな」

「そう? なら儀式が終わったらその本貸してもらおうかな。――ところで、手助けがいるならと思って来たんだけど……」

「それなら平気。あとはここを繋げるだけだから……っと、これで完成だね。血もちょうど使い切ったみたい」

 

 少々雑ではあるけれど、それなりの出来ではあるだろう――冬ということもあって低温であるその床から指を離し、わたしも兄のように立ち上がった。

 そこそこ長い作業であったために、疲れていた膝の反動で一歩二歩後ずさるが、すぐに持ち直す。それから再三と確認してきた書物の完成図とわたしが描いたそれとを見比べて、こんなものだろうと頷き兄の方へと向き直った。

 

「早速始めてみたいんだけど……いいかな? それとも、あの女の人でもう少し遊んでからにする?」

 

 わたしが着実に魔法陣を作っている間、お兄ちゃんは何をしていたかといえば……瀕死状態にまで追いやった女の人をあーだこーだしていた。もちろん生かす気は毛ほどもなく、きっちり死ぬ所まで活用するつもりで。

 つい数分前までは嗚咽らしきものも聞こえていたのだが……思えば今は、それらしき音はない。もしやと推測してみれば、それはどうやら当たりのようで。

 

「いや、今はこっちの方が気になるし、さっきの血抜きだけでも割と楽しめたからもう息の根は止めたよ。死体も上手く隠しておいたから問題ない」

「そっか。……じゃあ心置きなく、やってみるね」

 

 兄からオーケーという返事を貰ったわたしは、満を持して魔法陣の描き方から次のページへとめくり、そこに書かれている呪文を一語一句違わず読み上げる。

 案の定フリガナがふってあるおかげで、知らない漢字もあったが躓く箇所はなかった。

 

「素に銀と鉄。礎に石と契約の大公。降り立つ風には壁を――」

 

 ……にしても、こんなもので本当に召喚なんてできるのだろうか? なんだかいざ始めてみると、玩具か何かで真似事をやってる感覚で、少し自信がなくなってきた……。

 あんまり深く考えずにいたけれど、今更ながらこの長ったらしい呪文……やっぱりバトル漫画かなにかに登場する、厨二病単語をそれっぽく羅列したものにしか見えない。

 ――実をいえば兄には話していないのだが、この街に来るために電車に乗ってる最中で、短編集を一読し終えたわたしは(ちなみに最後まで面白かった。これは歴史に残すべき名作)、改めて召喚方法を読み直した。……その時、奇妙な感覚に囚われたのだ。

 一回目のときは、こんな本を手にしたのは初めてだったのもあって、てっきりそういうものなのだろうとスルーしていたのだけど……二回目ははっきり、おかしいとなる。

 短編集の部分と召喚方法の部分とで、明らかに神聖度合いが違うのだ――短編集が濃密だとすれば、召喚方法はかなり薄い。

 それでも、あることには変わりないのだけど……なんでかな、やっぱり少し違和感がある。本全体からは確かに神様の気配があって、信憑性も十分にあると思えるのに、“どうして儀式の内容だけが嘘くさく感じる”のだろう?

 もしかして……この本の筆者はニャルラトホテプ神であるけれど、肝心の内容はデタラメなもの――つまりはちょっとした創作本でしかなくて、それこそお兄ちゃんの言っていたジョークアイテムとか?

 

「――告げる。汝の身は我が下に、我が命運は汝の剣に。聖杯の寄るべに従い、この意、この理に従うならば応え――って、えぇっ!?」

 

 そこでわたしが、呪文を止めてでも驚愕の念を漏らしたのは――そんな経緯もあって成功しないだろうと半ば思い込んでいたところで、きっぱり裏切られたからである。

 最初におや? と異変に感づいたのは、静まり返っていた空気の変化。最初は顧みるほどでない微細なものであったそれが、やがて尋常でない突風へと変わり。出どころを探ってみれば……やはりというべきか、この魔法陣から発生しているようだった。

 更に空気の流れのみならず、赤黒いだけであったその図形も、なぜか宝石のように煌めいて、何かしらの『魔術的なもの』が発動しているとしか思えないほどに、既に殺風景だったここは一変している。

 ――しかし一体、何が起きているのだろう?

 儀式が成功しているのは、わかる――おそらくこの本に書かれていることは正しかった。もとより直前では半信半疑にはなっていたが、それでも半分は信じていたのだから、それは受け入れられる。

 でも……。

 

(し、らない――わたし、こんな現象知らないっ!)

 

 わたしのイメージしていたものと、全然違う。まるで常識の外にあった法則が不気味に動いているような、あまりに無理解で無軌道なもの。

 まだ気構えている最中であったら、落ち着いていられたんだろうけど……完全に不意をつかれたために、鳥肌さえも立ってきた。

 とてもじゃないが、こんなのパニックに陥りそうになる――

 

「おっ……スゲェ! マジで上手くいったっ」

 

 ――だというのに、隣の兄が余裕綽々という面をしているので、この時ばかりは温厚なわたしでもやや八つ当たり気味に声を張り上げた。

 

「ちょっ――お兄ちゃん!? いくら何でも動じてなさすぎじゃないっ!? 何もない所から風吹いてんだよっ! 魔法陣が光ってんだよっ!?」

 

 全身に荒れ吹く風を浴びながらも、本を落とさないように両の指で掴みながらも必死にそう叫ぶも……しかしお兄ちゃんは、確かにその眼には興奮の色があるらしいが、その口ぶりは比較的冷静だ。

 

「だから凄いって呟いたじゃんっ。どんなアクションゲームをやっても心を動かされなかったオレが、今珍しく感動してるよ?」

「なんで感動で収まってるのさっ!? もっと焦ろうよ! もっと畏怖しようよ!」

「んー……そうしたいけど、これなら普段の夢月の言動の方が突飛だからなぁ……」

「はぁっ!? なにそれ不服なんだが!? こんな超常現象と比較されるとさすがに聞き捨てならないんだがっ!?」

「そんなことより。最後まで呪文、唱えてみなよ。なんか来そうな雰囲気だし、オレも神様会ってみたい」

「ぬぬぬぬっ……ああ、もうっ!」

 

 勢いだっ! ヤケクソだっ! なんとでもなってしまえーっ! ……話が通らないどころか続きを促されたわたしは、いっそ抵抗せず前向きに、全文を読み上げようと視線を本に戻した。

 どのみち中断することはできないだろうし、というか召喚が成功するのならむしろ喜ばしいことだし、ならばさっさと唱えてこの『おかしな現象』を終わらせた方がいい。

 そう判断するや否や、わたしは心なしか大声になりながらも、その意味不明な文章を口にする。

 

「ち、誓いを此処に。我は常世総ての善と成る者、我は常世総ての悪を敷く者。汝三大の言霊を纏う七天、抑止の輪より来たれ、天秤の守り手よ――わぁっ! わぁっ! わぁっ!?」

 

 慌てふためきながらも――わたしは言い切った、後のことは知らんという思いでお兄ちゃんの後ろに隠れて、少しでも衝撃を防ぐ。

 そのことでほんのり兄が(あ、こいつオレのこと盾にしやがった――)と不機嫌になったような気がしなくもないが、(だってお兄ちゃんの方が身長高いでしょ――!)と心の中で反論して弾いておいた。

 ……そんなわたしたちの掛け合いに関わりないとばかりに、最後の仕上げとこれまで以上に風が吹き荒れ、うねり、空間さえも軋ませようと苛烈になる。

 やがて絶頂にまで上り詰めると――途端にそこへ、無かったはずの『存在感』が生まれた。

 わたしはその感覚に覚えがある。間違えるはずない――この本に帯びていたものと、全く同じもの――これは、神様だ。

 

(本当に、召喚してしまったんだ……あれ?)

 

 今になって、わたしは再び……けれど、今朝の時とは違う心境で疑問を抱いた――どうしてわたし、神様を召喚したいなんて思ったのだろう?

 信仰して渇望しているならまだしも、こんな気軽に興味本位で、恐れ多いことを思いつくなんて……どうかしてたんじゃないのか?

 ……やおら心細くなって、そこから先の感情には深追いせずに、兄の背後から覗く形で目視してみれば――とっくに風と光は止んでおり、残り香のように煙だけが立ち込めていた。

 そしてその、魔法陣の中央には――まだシルエットだけだが、明確な人の形がある。長い髪をなびかせ、その四肢には妙にひらひらとした服を纏い、どうやらずっしりと佇んでいるようだ。

 ……一応、『本当に召喚できる可能性はある』という前提で動いていたために、それほど予想外という出来事ではないのだが……それでも、兄もわたしも唖然とするしかなかった。

 誰もがリアクションを取れず、しばしの静寂が訪れかけたその時――しかしそれを破るように、どこからともなく現れたその第三者が、今高らかに拳を上げて、煙を振り払うと同時に大胆不敵に口を開く――!

 

「僕と契約して、魔法少女になってよ! ――あ、やべっ、普通にミスった」

 

 ……何やらうっかりをしたらしいその神様は、まんまるに両眼を開いた――ようやく把握できたその顔立ちのみならず、声色、体つき、服装に至るまでその外見は、どう見ても一般的な二十代ほどの女性である。

 けれど、そこに帯びるオーラは普通じゃない――というか、これはどう捉えても神様だ。まだ断定はできないが、きっと彼女こそがこの本のタイトルにある『ニャルラトホテプ』その人なのだろう。

 彼女は決め台詞とばかりに自信満々なにっこり顔だったところから一転して、独り言のようにこう言い直した。

 

「本当は『私と契約して、マスターになってよ!』ってボケるつもりだったのに……作品違うだろってツッコミもないただの自己満足ネタをするつもりが……まぁいいや。――なにはともあれ、お嬢さんが私のマスターなのかな?」

 

 人畜無害とばかりに、人懐っこい無邪気な表情をこちらに向ける神様。そういえば、本にもそれほど邪悪じゃないって明記されてたっけ。

 

(そっか……だからわたし、これなら呼んでもいいのかなって思えたんだ)

 

 ――そう深くは考えずに、わたしは心の中で一人、腑に落ちるのだった。

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