概念ニャルラトホテプを召喚したのは不思議な感覚を持つ女の子。神討伐のためにみんなが仲良くなるまでの話 作:零眠れい(元キルレイ)
いかに気難しくなさそうで、優しそうな神様であったとしても――それでもわたしは、ほどほどの緊張感を回避することができなかった。
でも、それもそのはずだ。相手がどれだけ善人であろうと、悪人であろうとも、位の高い人と対峙するとなっては、むしろ身が固くなるのは自然といえる心理だろう――更にいえば、彼女のセリフの意味がまるで汲み取れないこともある。
契約? 魔法少女? マスター? なんのことだかさっぱりだ。これはわたしの理解力と知識が足りてないせいなのか? それともトンチンカンな発言だから聞き流していいのか? まるで判断がつかない。
なのでわたしはどんな構えでいるべきか、右も左もわからなくなり、とっさに自分にとって『しっかりした大人』であったお兄ちゃんに助けを求めた。
「え、えっと、えっとっ、えっとぉ……お、お兄ちゃん、ますたーってバーのマスターのこと……だよね? なんのことかわかる? ――……お兄ちゃん?」
それまでは自分の中で様々な思いを巡らせていたために、全くといっていいほど視界に入ってなかった兄の様子を伺ってみれば――なんというか、少し変であった。
……いや、なんだかこれだと、奇天烈なシーンの後ということもあって、おかしな術にかかっているようなやばい感じなのかと誤解させてしまいそうだが――そうではなく単純に、わたしには予想外な反応というだけで。
お兄ちゃんはずっと、ニャルラトホテプ神から目を離していないのだが……しかしそれは、その威厳に魅了されているのではなく、『白けている』ような雰囲気なのである。
まるで“肩透かし”とさえ思っているような……そんな目つきだ。……お兄ちゃんは何にそんな、がっかりしているのだろう?
そんな要素はないはずなのに――そう思って兄の手首を軽く握って揺らしてみれば、そこで初めて、兄はこちらの方へと向く。だけどその顔つきはやはり、呆然としていて……
「……お兄ちゃん? どうしたの、ぼーっとして……神様に会いたかったんだよね? 嬉しくないの?」
「え……ああ、いや……」
しかしそう問いかけるも――返ってきたのはそんな、要領を得ない呟きだった。わたしにはお兄ちゃんが、何にそんなにも戸惑っているのか見当がつかない。
なのでますます不思議に思って、続けて言葉を変えて声をかけようとしたのだが……半ば置いてけぼりであったニャルラトホテプ神によって、阻まれる。
それまで悠々としていた彼女は、わたしを視認するなり「げっ……」と表情を曇らせて、小走りでこちらに駆け寄ってきたのだ。
「ちょ、ちょっと君っ、手の甲を見せて! 両手ともっ!」
……何がそうさせているのかは知らないが、ともかくとても焦っているらしい彼女は、有無を言わさないスピードでわたしの手を取り――その両方の甲を見つめる。
そして――
「あっちゃぁ……」
と、特に異常のないそれを確かめるなり、今度は眉根を寄せて酷く渋い表情になった。……何がなにやら事情が飲み込めないわたしは、もはやあったはずの緊張感さえも消失しかけて、はてなマークを浮かべるしかやることがない。
困惑のあまり、もう何もわかんねーやいっそこのまま思考停止になろうかなと、自暴自棄にも近い感覚に陥りかけるが……しかし。
残念ながら少し経っても何も進展しないために、やっぱりこちらからアクションを起こした方がいいだろうかと、汗をかいているばかりの相手に話しかけようとした矢先……。
「ギャアぁっ!? なに、全身に痛みが――ふぎぃっ!? 遅れて今度は右手っ!?」
「おぉっ、なに急に……なんかあった?」
なんの前兆もなく自分の身体を駆け巡った激痛に、耐えきれずわたしは立ってられなくなって、その場で崩れ落ちた。そんなわたしの異変を多少心配するように、それまで無言気味であった兄がちゃんとした文章を投げてくる。
まぁ逆にいえばそれだけなのだが……もとよりお兄ちゃんにそんな配慮を期待してないわたしは、大して不満がるわけでもなく、明滅していた視覚が回復してきた辺りで己の状態を把握することに徹した。
「いってて……へぇぁ? なんじゃこれ……」
攻撃された、わけではなさそうだ――痛みといっても内側から湧いたもので、意外とすぐに引いていったし、どれだけ周囲を見渡しても『害意らしきもの』はない。
ニャルラトホテプ神にも、お兄ちゃんにも、背景にもこれといって変化はなくて――だが一つだけ、妙なものが追加されていた。……先ほど彼女が注視していた、わたしの右手の甲だ。
それまで肌色であったそこに――何やら赤い絵が描かれている。……というより、紋章のようなものが刻まれている? なにはともあれ、あまり馴染みがなく心当たりがないのは確かだ。
「ん……どうしたの。痣かなんかでもできた?」
わたしがいつまでも立ち上がらず、右手の甲を凝視してばかりだったからだろう――さしもの気にかかったらしいお兄ちゃんが、膝を折って横からその紋章を眺める。
すると……奇異な事情は全部諸々すっ飛ばして、どうやら兄には惹かれるものがあったらしく、少しばかり目を輝かせていた。
「へぇ……いいね。痣じゃないみたいだけど、それとは違った良さがある。何の意味があるのかはさっぱりだけど、ちょっと羨ましいなぁ」
「お兄ちゃん的にはそんなに刺さったの? じゃあこれ、くーるってこと?」
「うーん、それ判定でもいいんだけど……どっちかていうとあれかな、この場合はオレの中の男としてのセンスが刺激される感じ。COOLってのはもっと特別な時に使う言葉だから」
「ほぇー、ちゃんと使い分けてるんだ。大体のことは大雑把だけど、その辺だけはきっちりしてるよね、お兄ちゃん」
兄の鑑賞眼に対する律義さに感心しつつも、結構他人事のような相槌を打つわたし。その奇妙な絵は、他の誰でもない自分の右手に描かれているわけだが、最初は驚きこそあれど段々と順応していった。
襲ってきた急な激痛も結局あれ一度きりだし……少し不気味ではあるが、こうしてみると肌に少し赤色がついてるだけで、焦燥するほどのものではない。
あとまぁ、お兄ちゃんの気楽っぷりを直で触れていれば、嫌でもそれが伝播してきた。……漠然と内心でそんなことを並べていると、兄がほんのりとした関心度合いで、こんなことを訊いてくる。
「夢月は何も思うことないの? さっきからやたら無反応だけど」
「別に、まるっきり感想がないってわけじゃないけど……ああでもどうだろ、少なくともお兄ちゃんほど響くものはないかな。言われてみればカッコイイ……気はするけど、どちらにせよ、わたしの中の女の子としてのセンスは刺激されないや」
そうやって思うがままに自分の感想を述べてみれば、途端にお兄ちゃんは呆れたと言わんばかりに眉を下げて、あけすけに尖らせた口調で……いやもはや一周して、丸い口調になって。
「おまえはどこまで感受性を失えば気が済むんだよ。ここまでくると人生つまんなく感じてない? もっとオープンに生きないと損するよ?」
「えっ、今のでそこまで落胆されるっ!? わたしの行く末を案じられるほどっ!? お兄ちゃんに憐れまれるレベルで魅力的なのこれ!?」
……と、なんだかいつも通りのやり取りを、いつの間にやらしていたわたしと兄であったが……そこで、それまでずっと口を閉ざしていたニャルラトホテプ神が、「よしっ」とやや誇らしげに、その時ひとりでに大きく頷いた。
「令呪も魔術回路もきちんと機能してるね。これで隠蔽は完了、さすがリカバリー力だけは最強な私。アクシデントは全部すっきり解決した」
どうやら知らないところでアクシデントとやらが発生し、更にはそれを片付けることができたらしい神様。
それから何事もなかったかのように、慌てふためいていたところから元の悠然とした振る舞いになって、今度こそ会話する気があったのだろう――彼女はわたしたちの方へと向き直って、こう告げるのだ。
「立ち話もなんだから、腰を据えてゆったり自己紹介でもしようか。そのついでに君たちが――というより、その子に置かれた状況について、かるーく説明するよ」
本当は聖杯戦争の説明シーンまで入れていたのですが、長くなったので分けました。実をいえばこの回のみならず、全体的に想定以上に文字数がかさんでます。当初の予定では次回にランサー視点が入るはずだったのに……。
今回はストックしながら投稿しているので、既に裏では8話まで執筆完了。そして早くも、ニャルが扱いづらい上に掛け合いが面倒だから退場させたいという気持ちになってます。
そんな彼女のイメージイラスト。私はニャルラトホテプ嫌いなのでラフだけです。清書はしません。
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