概念ニャルラトホテプを召喚したのは不思議な感覚を持つ女の子。神討伐のためにみんなが仲良くなるまでの話 作:零眠れい(元キルレイ)
あと龍之介描いてみた。タッチを寄せる技術がないにしては、形にはなってる……はず。どちらにせよデスクトップには飾れないイラスト。
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もはや確定気味にしていたが、案の定というべきかその女性こそが『ニャルラトホテプ』であり、更にはこの召喚方法の書物の執筆者であることも明かした。
なぜこの本を書き残し、わたしの部屋に置いていたのかと尋ねてみれば……「だってイベント作りって面白いじゃん? ドッキリを考えるみたいでさ」という、神様らしいのか俗っぽいのか、なんとも言えない動機である。
けれど彼女は、思った通りにそれほど悪い神様ではなさそうで――何が何やらの急展開についていけないわたしたちを、それなりに配慮しつつ引率してくれた。
長時間ここに居座るつもりもなかったため、とりあえず腰を据えれる場所を確保し、元々持ち込んでいた夜食を交えながら詳しく話そうか……という風に、すんなりと流れが決まる。
その夜食というのは、予めコンビニで購入していたおにぎりことだ。今日は二人して夕飯は軽くしか摂っていないから、これ(儀式殺人)終わったら食べようかくらいのノリでいた。
しかし……仮に召喚できたところで、神様には人間の食事は不要だろうと判断し、当然二つしか買っていないわけだが。いざ実際に食事していると、なんだか自分たちだけで少し申し訳ない、という気持ちになる。
そのことを遠慮気味に伝えてみると……ニャルラトホテプ神は「いやいやお構いなく、私は食事する習慣がないんでね」と、特に気にした素振りもなく、寛容的に受け止めてくれた。
しかも、それだけじゃなくて――こういう時のためにと、わたしが個人的に持ってきていたランチャーム……本来は醤油を充填して弁当に入れておくこの容器に、代わりに蜂蜜を充填しておき、早速そのおにぎりにかけようとしたのだが……。
わたしの悩みを瞬時に見透かしたように、まだ何も知らないはずの彼女が「そんなことしなくても、私に貸してくれたら食べやすくしてあげるよ」と言い出したので、ならばとお願いしてみる。
するとニャルラトホテプ神はそのおにぎりを握るばかりで、見た目は何も変化しなかったのだが……少しして返してもらうと、その米粒と具と海苔は、どういうわけかとても食べやすくなっていた。
すごい、魔法だーっ! ――と、感激のあまり声もなく、瞳をキラキラさせて大きくしていたら……
「ふーん……雨生龍之介くんと、その妹の夢月ちゃんねぇ……しかも君たち、血の繋がりはないんだ」
――そう、向かい側に位置する彼女は、のんびりとした口調で呟いた。すっかり緊張感が溶けていたわたしは、「そうだよ」と気さくに返す。
「何でもわたしが三歳の時に、今の家に来たんだって。変に歳が離れてるのはそのせい。お兄ちゃんが全然それっぽくないからか、さすがに親子だって間違えられたことはないけどね」
「あー、確かに。さっきは兄妹っぽい距離感で親しげにしてたから、すんなりそうなのかなって繋げたけど……二人のやり取りを聞いてなかったら、せいぜい従兄弟や近所のお兄ちゃん呼びしてるのかなって感じたかもね」
「ほぇー……神様でもそう受け取るくらい、傍から見たらわたしたちって仲いいんだ。……なんだか嬉しいような、照れるような、ちょっとそわそわしちゃうなーっ」
「その様子だと――夢月ちゃんはよっぽど、お兄さんのことが好きなのかな?」
「好きっ! お兄ちゃんはね、いつもはマイペースだけど、一回夢中になるとたくさん考えて凄いんだーっ」
そんな風にわたしは、気付けばクラスメイトなんかと話す時とは比べ物にならないほどに、他愛のない話題で声を弾ませて、砕けた態度でいられた。
お兄ちゃん以外の人と相手する時は、無視したくなるどころか目線を合わせることさえも嫌気が差すけれど、やはりあれは『神様を認識しない人間』相手にしか発動しないんだなと、改めて痛感する。
……にしても、わたしは割と楽しんでいるから、一向に構わないのだが――すぐ隣にいる兄の様子が、少々気にかかった。チラリと確かめてみれば……既におにぎりを完食している兄は、しかし全くこちらの会話に加わってくる気配がない。
関心がない、わけではなさそうだが――終始かなり素っ気ない顔つきである。成人してるし、コミュ力高いし、神様に会いたがってたから、てっきり無邪気に話しかけるのだろうとばかり……。
ああでも……そういえば普段はこれくらい無口なんだっけ? わたしの時は普通に接してくれるし、材料行きの女の子にはノリノリで声かけるから、ついそっちが素なんだと思い込んでしまったが……まぁなんにせよ、お兄ちゃんが話したくないなら、このままでいいか。
――一通りそう整理をつけて、おにぎりを一口分、飲み込んでから、わたしはニャルラトホテプ神へと視線を送った。
「それで、ニャルラトホテプ……さん? さま?」
「呼び捨てでいいよ、君べつに信者でも何でもないし」
「わかった! ――ニャルラトホテプがさっき言ってた『聖杯戦争』って、どんなものなの?」
何やらその戦いとやらにわたしが参加することになったらしいのが、まだ具体的な内容までは聞かされていない。なのでそろそろ頃合いだろうと促してみると、ニャルラトホテプはシンプルに、肩の力を抜きながら教えてくれた。
「一言でいえば、聖杯を賞品にしたデスゲームだね。選ばれた七人が偉人やら英雄やらを一人召喚して、一蓮托生になって戦うの。
そして最後に生き残った一組の願いを、聖杯が叶えてくれるって仕組み。呼び出した現代人の方をマスター、呼び出された伝説上の人物をサーヴァントって呼称する」
「じゃあこの場合は、呼び出した現代人はわたしだから……わたしがそのマスターってやつで、ニャルラトホテプはサーヴァントってこと?」
「そう。君の右手の甲にあるそれは、その印みたいなものだ。細かいルールは他にもあるけれど、君に押さえてほしい概要はこんなものかな。
――ただ、一つだけはっきりさせておきたいんだけど、夢月ちゃんは何か願い事ある? 聖杯は万能だから、よっぽどトチ狂ったものでない限りなんでも叶えてくれるけど」
「ううん、ない。欲しいものもやりたいこともないから、もしその賞品を貰ったらニャルラトホテプにあげるよ」
特に迷うこともなくそう返事をすると、相手は安堵したように更にくつろぎの笑みを深めるのだ。
「ははっ、ならちょうど良かった。私は今回、勝利するつもりはさらさらなくてね。それなりに楽しめたらさっさとリタイアするつもりだったんだ」
「え……それって、負けるつもりってこと……?」
「うん」
わたしの恐る恐るな確認に、いとも容易く肯定するニャルラトホテプ。その淀みない表情と即断さから、まず覆す気はないだろうことはすんなりと読み取れた。
だが、相手がどれだけ伸びやかな気分でも――わたしとしてはむしろ、気が気でない。というより、聖杯だかサーヴァントだか、そんな突拍子もない単語よりよっぽど……その二文字が重く胸にくる。
(む……無茶だよ。とてもじゃないけど、こんなの引き受けられない……)
『聖杯戦争』なんていうものは、聞いたことも見たこともないために、まだあまり現実味がないし……『一蓮托生になって戦う』と急に言われても、創作物みたいでイマイチ実感が伴わない。
けれど……ともかく『わたしがデスゲームに参加することになった』という事実は咀嚼できた。できたからこそ……すぐにでも断りたい。
デスゲームにおける敗北ってことは……つまりそれは、死ぬってことだ。ただでさえ生死を賭けることは避けたいというのに、ニャルラトホテプが“遊び感覚”なら……どう足掻いたって、わたしの生存率は限りなく低い。
しかもそのことに――彼女は何ら憂いていない。神様という立場にいるから、地球人一人がどうなろうと知ったことではないのだろうけれど……その忖度のしなさは理解できるし、責めるつもりもないのだが。
でも、なんというか……それは困るのだ。だからまだ命じられていない今のうちに、きちんと『できない』って難色を示そう。神様相手だから丁寧にはするけれど、きっと少しくらいの訳なら組み込んでくれ――
『――ダメだ。これ以上やり取りを引き延ばすな――』
…………え?
その時――突如として脳内に響き渡った『警告』に、わたしはただ当惑するしかなかった。その感覚自体は勝手知ったるものだったから、気後れすることではない……が、タイミングとその文章が、あまりに釈然としない。
なぜ……一体、なにに対しての警告……? だってここには、危険なモノなんてないはず……神様であるニャルラトホテプも、安全であると感覚も理屈も速やかにそう答えを出せる……なのに、どうして。
『――全てにおける最優先事項だ。“ニャルラトホテプと言葉を交わすな”――』
意味が、わからない……――でも、何度もこの直感には助けられてきたし、これ以上に変わった要求も過去にされたことはある。だから、応じることに躊躇いはない……いや、この場にいるのがわたし一人なら、即座に応じていた。
だけど――
「……ねぇニャルねーさん。その聖杯戦争ってやつ、今からでも辞退することはできる?」
だけど今は――お兄ちゃんが隣にいる。更に兄には、ニャルラトホテプの言葉を無視できない事情を抱えている。……わたしとの『約束』だ。
交わしたあの約束のために、わたしとしても兄としても、『聖杯戦争』という命を落としかねないそれには関わりたくなくて……だから当然の判断として、お兄ちゃんはニャルラトホテプとのやり取りを引き延ばした。