概念ニャルラトホテプを召喚したのは不思議な感覚を持つ女の子。神討伐のためにみんなが仲良くなるまでの話   作:零眠れい(元キルレイ)

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6話 重々しくも、揺るがせない警告

 わたしが何もできずに黙り込んでいるのを見かねたように、それまでほとんど沈黙状態を貫いていたお兄ちゃんが、代理とばかりに異議を唱えてくれる。

 その瞳は、いつも通りの抑揚のないものではあるが、決して意思は緩くしていない姿勢で……だけどその頼もしいはずの光景に、わたしの速くなった心拍数はどくんと、強烈な音を鳴らすばかりだった。

 

「ふむ……そりゃできなくはないが――もしやそれは、マスターになった夢月ちゃんを降りさせたいってことなのかな?」

 

 きょとんとして訊き返すニャルラトホテプに、お兄ちゃんは頷いて、あくまでも自分たちの都合ではなく相手のためという体を装う。

 

「こいつは見ての通り子供だし、頭悪いし、魔術だか魔法だかは使えないし、戦術戦略なんてもってのほかなんだ。あんたの役に立てるはずがない。もしマスターって役割が必須なら……オレがやってもいいよ。夢月よりは上手く立ち回る自信はある」

「――それなら心配に及ばないよ、龍之介くん。夢月ちゃんが役に立たないのは重々承知だ、もとより頼むことなんて何もない。

 あったとしてもせいぜい、ちょいと身体を貸してもらうだけ。私に付いてきてくれるだけでいいよ。さすがにこんな幼い子に無理難題をふっかけるつもりはないさ――私のマスターは夢月ちゃんで何ら問題ない」

 

 滑らかにする兄からの提案に――けれど相手は、意に介さないと安らかな口元のまま、兄以上に流麗な調子で反論し、断言する。

 

「それにさっきも言ったように、私は勝利することが目的じゃないからね。明後日辺りに一戦だれかとやり合うつもりではあるが……戦闘は私一人で賄うつもりだし、それ以降は傍観する。

 要するに私は、君らに高度な立ち回りなんて求めていないんだ。こちらの邪魔をしないでくれるならそれでいい。……一応龍之介くんにマスター権限を移すのは可能だけれど、私としては妹さんにやってもらう方が何かと都合が良いかな」

「……その都合って?」

「色々だよ。年齢とか性格とか……少なくとも現状ではこの子が一番適任だ。夢月ちゃんの代役になりえる人物がいるなら、まぁそっちに切り替えてもいいんだけど――彼女の希少性は、君もそれなりには察しているんじゃないのかな?」

「…………」

 

 まるで崩れることなく、それどころが微笑する余裕さえあるニャルラトホテプに――でもお兄ちゃんは、決して押されているわけではなかった。かなり露骨に嫌悪しているが、まだどこかに糸口はないかと探っている。

 人には無関心なあの兄が、頑張ってくれている……それも、わたしとの『約束』のために。……なのにわたしは手持ち無沙汰に見てるだけなんて、なんか……嫌だ。

 わたしだって本心ではちゃんと意見があるんだから、お兄ちゃんに加勢したいよ……こんな曖昧な警告だと、とてもじゃないけど耐える気になんて――。

 

『――ならば速やかにこのやり取りを断ち切れ。無条件で奴の言動を看過しろ。ニャルラトホテプは別格に危険だ――』

 

 “別格に、危険”……その単語を聞くなりわたしは、増殖してばかりの全ての葛藤を打ち払って、すぐさま無理矢理にでも二人の応酬に口を挟んだ。

 表面的には、というよりわたしの認識する限りでは、焦るようなことは何一つ起きていないように思える――だけどそれでも、一気に膨らませた衝動のまま、跳ねるように立ち上がった。

 

「あ、あのねっ! ニャルラトホテプ……わたしは別に、聖杯戦争に参加すること自体が嫌なわけじゃないの。ただ、死んじゃうリスクをなるべく、減らしたいだけで……。

 ……あ、で、でもっ、手を煩わせるつもりはなくてっ! その辺りの方針さえ明かしてくれたら、後は自分たちで何とかするから……っ」

 

 果たして何とかできるものなのかは、わからないが……ともかくお兄ちゃんが妥協できる方向に持っていくしかないと、わたしは声を張り上げた。

 わたしも兄も、懸念している点はただ一つ――『わたしの命がどう扱われるか』だけ。逆に言えばそこさえクリアしているなら、実のところ断る動機はない。

 なら、その情報さえ手に入ったら――仮にぞんざいな扱いをすると発言されても、それをもとに説得することができるはず……いや、するしかない。

 ――だけどそれらは、思いのほか杞憂であったようで……

 

「ああ……そういうことか。少し、説明不足だったようだね。確かにサーヴァントは死ぬものだが、マスターはその限りではないよ。戦闘意思を示さなければ、か弱い夢月ちゃんでも十分に生き残れるはずだ。

 巻き込んでしまったからには、私がここにいる間は君らの命をきっちり守る気でいるし、何なら誰にも捕捉されない拠点を用意してあげるから、そこで自由に過ごすくらいの気軽さでいてくれ。

 何回か外出することはあるだろうけれど……夢月ちゃんが余計なことしないなら、無傷で帰れるはずだよ」

 

 と、彼女は低くも高くもないあっさりとした声色で、スラスラと返答するのだった。もっと自分本位な言い分だったらどうしようかと不安だったが、これなら兄も、ひとまずは納得してくれるだろう。

 ほっ……と息をついてから、隣にいるやや不機嫌気味なお兄ちゃんの方へと、わたしは意識を向ける。

 

「そういうことなら、特に反対する理由はないかな。……えっと、ごめんね。お兄ちゃん……わたしのせいで、こんなことになっちゃって……でもわたし、死なないように気を付けるから――だからその……あの、ごめん……。お兄ちゃんには……折れて、ほしくて……」

 

 ――なんだかこれだと……警告に従うためとはいえ、神様を優先してお兄ちゃんをおざなりにしてるみたい……あの約束は、わたしが言い出したことなのに……。

 そもそもこんな厄介なことになったのは……わたしが召喚することを思いついて、しかもこれほどの危険性を見落としたからだ。……わたしのミスで。だけどお兄ちゃんはそれを、挽回しようとしてくれたのに。

 

(なに……やってるんだろう、わたし……今朝からずっと、やってることがめちゃくちゃだ)

 

 段々と兄のことを直視できなくなるわたしに。お兄ちゃんは諦めたように嘆息をついてから、「……わかった。オレも折れるよ」と端的に同意した。

 ……本当にこれでいいのかと自問するが……“それでいい”と、わたしの中の安全装置がなだめる。

 

『――後のことはどうとでもなる、“ニャルラトホテプと言葉を交わすな”――』

 

 流れ込んでくるそれらの文章は……やはり、全くもって意図不明だ。だけどそれでも……この神様が『別格レベルの危険性』である以上、何を差し置いても実行した方がいい。

 それによって自分や周囲に被害が出たとしても、“神に関する直感”だけは絶対的に信用するべきだ。それに……訝しいことばかりだが、一つだけ確かなこともある。

 なにせ無意識なものだから、裏付けは取れないけれど――ニャルラトホテプに対して常時、わたしの潜在的恐怖心が“過激に”刺激されている。……これは前提にしていいほどに、確信できる。

 この警告文が送られてきたのは、わたしがニャルラトホテプに明確な反抗心を抱いてから――つまりわたしの心身に関わらず、『反抗させない』ために強制力のある歯止めをかけたかった。……それほどまでに、わたしの奥底に眠る直感が、この神様に怯えている。

 そして、その恐怖に対処する術というのが……たぶん、警告の最たる主張である『ニャルラトホテプと言葉を交わさないこと』。

 となれば……次からは彼女との通常のやり取りも、最低限に留めた方がいいのだろう。……けれど、なぜそれが最善の行動になるのかは、相変わらず不明瞭なままだ。

 だって、さっきまでの自己紹介のくだりでも、当然相手と言葉を交わしていたけれど……自分の精神が汚れる感覚はなかった。……なのに、どうして。

 

(……いずれにせよ、沈んだり悩んだりしている場合じゃない。故意ではないにしても、ニャルラトホテプと接近し離れられないのが現状だ。……それも、今はお兄ちゃんが一緒にいる)

 

 兄はわたしのような“直感”を持っていない……こうして正確な対処をすぐ知れるのは、わたしだけ。とはいえ神様――それも別格レベルになってしまうと、抗うことなんてまず不可能だ。こんなの僅かな抵抗にしかならないから、正直放置しても大差ない。

 というか、普段なら警告に従うだけして放置してるところだ――でも今回は、せめてどういった脅威があるのかだけは、大雑把にでも把握しておこう。それくらいの責任は感じるべきである。

 幸いにも『聖杯戦争』については、わたしがやること、またはやらされることはないようだし……これならニャルラトホテプのことに専念できるはずだ。

 ……心の中で静かにそう決意しながら、わたしは立ちっぱなしになっていたので、そこでようやく床に座り直した。

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