概念ニャルラトホテプを召喚したのは不思議な感覚を持つ女の子。神討伐のためにみんなが仲良くなるまでの話   作:零眠れい(元キルレイ)

8 / 8
7話 龍之介が思っていること

「すぅ……すぅ……んぅ……」

 

 今日から、ニャルねーさん曰く約一週間ほどは過ごすことになるだろう拠点について、三人でほどほどに話し合い――終着したところで、うとうとしていた夢月がついに眠気に耐えきれなくなった。

 隣にいたオレに一声かけるなり、こちらの膝の上に頭を乗せてそのまま熟睡する。……妹は年齢的にまだ深夜帯での活動が困難なため、オレの趣味の最中であろうとなかろうと、限界が来たらこうして気絶するように寝落ちするのが常だった。

 だから今日もそうなるだろうなと……数分前に妹が自分の目をこすり始めた辺りで簡単に予想できていたオレは、特にこれといって驚くことはしない。

 そして同時に、いつもながら良い感情は湧かないし、それどころか初期の頃は鬱陶しいだの嫌気だのと悪い感情が多々あったほどで……けど、さすがに今となっては慣れさせられて、ほとんど感じるものがなかった。

 普通、仲の良い兄妹というのは、こういう行為をされたら多少は嬉しがるものなのかもしれないが――あいにくとオレは、夢月の兄であることを『ラッキー』と思うだけで、それ以外は何もない。

 元々殺人で知り合って殺人で仲を取り持ってるような、ある意味では薄い関係である。家族としてとか兄妹としてとか、そういった煩わしい押し付けは――むしろ夢月がそれ目的で甘えてきたら、オレは躊躇わず切り捨てるつもりでいた。

 妹の寂しさを世話したところでメリットがない。――まぁ、幸いにもどういうわけか、それらしい言動が全く見当たらないために、夢月はオレにとって『ありがたい存在』に留まっている。

 だからこそ、こうして徹夜できずに眠りにつくことも、割り切れる程度には寛容的でいられるのだ。……ただそんなオレでも、今回のことばかりは苛つきがあった。

 

(夢月の奴……なんでニャルねーさんに一切反発しないんだ? 庇ってやったら『折れてほしい』なんて遮ってくるし、そっからも質問と首肯だけで、否定だけは頑なにしない)

 

 そんな気弱な性格じゃないだろうに……一体なにがどうなってんだか。――さっきから、妹の振る舞いが明らかにおかしい。いやおかしい奴なのは百も承知だが、ここまで支離滅裂になってるのは初めてだ。

 別に、今更こいつが変なことをやり始めても、窘めるどころか気にするオレではないが……なにせ色々と引っかかることが多すぎて、スルーしたくてもできなかった。

 『約束』のこと、ではない――というか、本音でいえばあんなの反故になっても構わない。そっちより聖杯戦争という珍しさ満載なものの方が、よっぽど惹かれるものがある。

 何ならニャルねーさんが信頼できそう人物だったら、むしろ参加を嫌がる妹を言いくるめる側になっていただろう。『夢月との約束』と『面白そうなこと』のどちらを優先するかでいったら、断然後者だ。

 

『――お兄ちゃんはね、いつもはマイペースだけど、一回夢中になるとたくさん考えて凄いんだーっ』

 

 ……っ。

 ついさっきの、何気なく発していた夢月の言葉が脳裏を過り、またしても膨らんでいた好奇心にストップがかかって、腹が立った。……あれ絶対オレの殺しのこと指してる……でもだとしたら、ますます不可解だ。

 揺れているオレが、約束が果たせなくなる方へと場を流すのはまだいい。道理に適ってる。けど、それに固執していたはずの夢月が行うのは、問題としか言いようがない。

 実はこいつも約束のことなど二の次に思っているのか? あれらの言動は全て演技だったのか? ――だけどそんな懸念は、すぐに払拭されていった。十中八九、神様を名乗るこの女が元凶であることを、オレは薄々勘づいていたからだ。

 

「~~♪ ~~~♪ うーーん……我ながらピンポイントで心鷲掴みにする小説を書いたもんだなー。いっそこの道で食ってこうかな……あるいは自作品を利用して世界情勢でも変えてみたり? 可能性は無限大だねぇ」

 

 鼻歌交じりに、夢月がやたら気に入っていた召喚方法の短編部分を読み返し、目の前でリラックスして腰を下ろすニャルねーさん。へらりとした軽薄な笑みを浮かべ、本心なのか冗談なのかが区別できないセリフを独り吐く。

 改めてその姿を視界に入れてみれば――妹の目にはどう映っているのかは知らないが、オレにはどうにも、胡散臭い。さっきの聖杯戦争についての説明も、虚偽があっても何ら不自然でないほどに。

 まるで詐欺師かなにかを相手にしている感覚で……なのにそのくせ、常に堂々とした姿勢で愛嬌もあるから、大抵の人間にはあるはずの“隙”が見当たらなかった。これじゃあ闇討ちふっかけようにも無理そうだ。

 神ってのはこんなにも怪しげなものなのか? それとも、ニャルねーさんだけがそうなのか……どちらにせよ、油断できないのは確かである。

 過去に夢月から『色んな神様がいる』と聞いていたので、もしかしたらオレの理想とする神様が現れてくれるんじゃないかと、結構期待していたのだが……よりにもよってこんなのを引き当てるとは。……ついてないなぁ。

 

「――ところで龍之介くん。君、つっかかってこなくていいの?」

 

 視線こそは自身が執筆したというその本に向けており、とてもこちらのことに気を払っているとは思えない仕草であったが……ニャルねーさんはそんな風に、ややオレを意識しているかのような物言いをしてきた。

 

「口ではああして合わせてたけど、本当は彼女がマスターになるの、まだ同意してないんでしょ? 夢月ちゃんが邪魔してこない今なら反対し放題だよ?」

 

 果たして――それはどういった感情を込めて告げているのか、オレにはどうにも読み取れず。だが仮にその本意が判明したところで、オレは同じようにこうしてにべもなく拒絶しただろう。

 

「……やめとくよ。こいつが引き下がったなら、オレも何も言わない」

「ありゃそう? なら保護者から許可も下りたことだし、遠慮なく使わせてもらうかな。ちょっと試したいことがあったんだよね――っと、そう勘ぐらなくても、夢月ちゃんの命は保証するよ。その子は死なない、死なせないさ」

 

 誓っているつもりなのか、いないのかが捉えづらい……極端に重みのない語調で、彼女はそう語った。……言うまでもなく、こんなの真に受けることはできない。

 というか、これまでに得たニャルねーさん絡みの情報の中に、夢月を任せてもいいとなる根拠が一つとしてない。なのでできることなら、舌戦を続けてそれらしい口実を見繕い、せめて妹だけでも戦いとやらに関わらせないようにしたかった。

 確かに『面白いこと』のためなら、約束はどうなってもいいけれど――その二つともがパーになるのは避けたいし、ニャルねーさんに利用されて終わるのはもっと避けたい。

 彼女の裏が掴めたなら、まだコントロールのしようがあったのだろうが……ここまで探らせない以上、いっそそっち方面は放棄して、約束を達成する方向に動いた方がいいだろう。

 そしてそのためには――『夢月が死なないこと』が前提条件となってしまうのだ。だからとっさに、代役としてオレがマスターになる、という提案までした。

 楽しかったらそのまま続行するし、そうじゃなかったら程よいところで切り上げればいいという思惑で……どのみち、夢月にやらせるよりはマシだ。

 確かに妹は“神様のこと”になると、途端に理解できないほど鋭く確言するが……それ以外のことになると、言ってしまえばただの阿呆になる。下手をすれば並の園児よりも鈍感だ。

 印象的なエピソードは山ほどあって……例えば出会って間もない頃なんかに、『お父さんもお母さんもゆづきのことほったらかしにしてるし、きっと人殺しのことがバレてもなんとかなるよー』などと呑気に話していたが……。

 馬鹿かこいつと思った。殺しを容認されないことの不服さは、オレも同意見ではあるけれど……だからといって『放任主義だからバレても大丈夫』という結びつきは、逆にどういう思考回路なら生まれる発想なのだろう。

 あの時は度肝を抜かれたどころか、コレを管理しないといけないのかと、自分らしくもない冷や汗をかいたほどで……――ともかく胡乱な自称神のみならず、夢月にも主導権を握らせられない。

 好都合にもニャルねーさんの言い分は綻びだらけだったし、まだ気力は維持できていたから、もう少しくらいは粘っても良かったのだが……それでも、オレが引き下がったのは――

 

「……ニャルねーさんはさ」

「うん――?」

「本当に……神様なの?」

「うん、そうだよ」

 

 ふわぁ、とあくびを付け足して、「しっかし夢月ちゃんは、これのどこを面白がったんだろう……語り手に感情移入でもしたのかな?」なんて、彼女はあっさりと話題を脱線させる。

 しかもその口調からして――疚しい故に逸らしたかったわけではなく、飽きてしまったせいで執着がない雰囲気だ。「信じられない?」の一言さえ返してこない。

 ……とても根底からの疑問になってしまうが、『召喚されたこの人が神である』という、二人の中では常識になっているそれについて、オレはずっと信疑の境目でうろついていた。

 それでも信じている方へと傾いているのは――ひとえに夢月が“本物”だからだ。具体的にそういう場面に出くわしたのは数回しかないが、それでも身をもって味わっている。

 だから、そんな妹が当たり前のようにニャルねーさんを神として扱い――まるで相手を恐れているかのように、急に顔を陰らせて口を噤むようになった対応からして、やはり彼女は神様であり。

 そしてたぶん、やり取りの途中で“なにか”があった。――詳しい事情を把握できていないオレとしては、ひたすらにヤキモキさせられるだけだが……そうなってくると、今回の出来事は夢月の専門分野ということになる。

 なのでひとまずは、後味は悪いけど判断を委ねてみよう。……と、ようやく少しずつ気持ちが澄んできた辺りで。

 

「ねぇ龍之介くん。一つ、クイズをやってもいいかな?」

 

 そう、ニャルねーさんが唐突に切り出してきた。

 

「――え? ……なんで」

 

 全く予期しなかったそれに、オレは可否より先にその真意を尋ねる。現在相手に対しては不信感が募ってばかりなので、無駄な言葉は一つとして加えずに。

 ……けれど彼女はそのことを気に留めていないらしく、両指でページの端を弄りながら真顔でこう応答した。

 

「別に、今後の展開を左右するような重要なものではないよ。こんなのは私の娯楽……というより、私だけの特権を振りかざしたいって感じなのかな? 自分でもよくわからないんだよね、こんなクイズに意義なんて見出だせるはずないのに」

「…………」

「あぁごめんごめん、こっちの話だよ。どうでもいいんだ――どうでもいいくらいに、これはいかなる結果にも影響を及ぼさないから、気軽に付き合ってくれると助かる」

「……ん……まぁ、いいけど……」

 

 何が何やら、一方的な自分語りを聞かされたが……とりあえず、それほど構える必要はなさそうだ。それに神様がどんな出題をしてくるのか、純粋に興味がある。

 そう思って、オレは多少ながらも心を弾ませていたのだが……ニャルねーさんのにっこりとした口から出たその文面には、ほとほとに疑問符するしかない。

 

「――じゃあ問題。『私の正体はなんでしょう?』」

 

 と……それだけ言って、あとは回答を待つとばかりにこちらを眇めてくるニャルねーさん。――しかしオレとしては、あまりに意味が取れないせいで、この時ばかりは少し用心を解いて素になった。

 

「なにそれ、引っ掛け? それとも……実は神様じゃないの?」

「さてどうだろうね、ぜひともそこを込みで答えてほしいな。クイズという形式を取っているが、厳密にはアンケートとか心理テストみたいなものだから」

 

 ――あしらっている様子は、ない。けれど肝心な所には手が届かない、何とも歯がゆい言い方である。こんな不確かなもの……しかも思い描いていたワクワク感が欠片もないので、無視しても良かったのだが……

 

「……正直に言えば、至って普通の人間にしか見えないよ。全然変な形してないし、それらしい奇跡も起こさないし……もし夢月がいなかったら、神様名乗ってるだけの誰かって感じただろうね」

 

 再度ニャルねーさんを一瞥しながら、オレは分析ついでにそんな率直な見解を述べた。長い黒髪に、赤と青を基調とした、さながら秋コーデみたいな涼し気な格好……どれをとっても、人外的な要素はない。

 こうしてみると、コレから『神様の気配』というやつを感知した妹は、その体内にどんな器官を宿しているのだろうかと、この手で解体したくなるほどだ。

 ――これ以上は付き合いたくなかったオレは、それだけして後のことを放っておくつもりでいると……ニャルねーさんはどう受け取ったのか、オレの回答を耳にするなり、笑う。しかも残酷さとは程遠い、屈託のない笑顔だ。

 

「ははっ、君はどこまでも人間だね。うん、やっぱり君たちはそうでなくっちゃ。それでこそ、人の感性にのみ許されたかけがえのない良さだ――凄く良い答え方だと、私は誇張なしに思うよ」

「はぁ……」

 

 何やら褒められていることだけは察したが……こんな得体のしれない人物から認められても、特に感慨などあるはずもなく。

 それよりも、今は――熟考すべきことがある。四年前に妹と交わした、あの約束のこと。

 

(……そろそろ着手した方がいいのかなぁ。できればまだ先延ばしにしたかったんだけど……見てない所でぽっくり逝かれるよりは、マシか)

 

 それに……タイミングとしては、そこまで悪いわけじゃない。なにせもうじきあいつの――なら、その日に合わせてみるってのも――

 

(……ん? そういえば……こいつ、どうしてあんな嘘ついたんだろう?)

 

 ある程度の状況整理と、今後の身の振りを決めた後になって……そこでオレは、今更ながら違和感を持った。あの時は聖杯戦争のルールに集中していたのもあって、見過ごしていたが――妹のあれは、嘘だ。

 概要を教わっている最中、ニャルねーさんから『願い事はないのか』と訊かれた時、『ない』とすぐに返事をしていたけれど……それは違う。夢月には願いがある。

 それも切望して、希望にして……妹は今、それを叶えるために生きているようなものだ。……なのにどうして、万能らしい聖杯を求めなかったのだろう?

 確かにオレとの約束が果たせたら、その願いが叶う“可能性は”ある。でも決して確実じゃないし、夢月もそれを弁えているはずだ。

 もしかして……ニャルねーさんには怖くて明かせなかったとか? けど、その時の妹の表情は、それとは少し違ったような……。

 

(――ま、いっか。なんか考えがあるんだろうし、どのみちオレはこっちに専念するだけだ)

 

 他人の事情に深入りしないのがオレのポリシーだし――何より、あれこれうだうだと思索しないで、赴くままに思いついたことを実行するのが、オレ本来の在り方である。……そうやって、もやる内心を断絶させた。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。

評価する
※参考:評価数の上限
評価する前に 評価する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。